王太子ユーグレンの所感


 魔法樹脂の中から蘇った麗しの乙女、リースト伯爵令嬢オデットが学園でやらかした出来事を聞いて、ユーグレン王太子は王宮の自分の執務室で爆笑していた。


 彼はオデットが解凍されたとき、王家からの見届け人としてリースト伯爵家を訪れていた人物だ。

 オデットが愛したかつての王女殿下の、弟の子孫にあたる。

 だから彼女が最初、彼を自分の愛しい人と勘違いしたのも無理はない。

 この国の王族は黒髪黒目が特徴で、端正な顔立ちも男女共通なのだ。

 実際、今も残るオデットの愛した王女の肖像画と、ユーグレンはよく似ていた。


 また、自分の護衛兼側近でもあるローレンツの年の離れた妹グリンダとの、何やら女同士の怪しいエピソードも最近ではよく耳にする。


 何とも話題に富んだことだと、また笑いが溢れた。

 彼女たちの場合は“男避け”の目的がありそうだが、それでも現在まだ婚約者のいないオデットに告白や婚約の打診をする男たちは絶えないとのこと。




「すごい女性だな。これでは誰も彼女に手が出せぬ」

「わかっておられませんね、殿下。そういうことではないのです」


 王太子補佐官で側近のひとり、前宰相令息のグロリオーサ侯爵令息エルネストが、その銀縁眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら硝子面をギラリと光らせた。


「百合の間に挟まる男は死ね。これぞ世の真理」


 まるで世界の重大な真実を明かしたかのようなキリッと引き締まった顔つきで語られるも、ユーグレンにはこの“百合”というやつがいまだによくわからない。


 この銀縁眼鏡に銀髪クール青年のエルンストは、学生時代はユーグレンと一緒にオデットのリースト伯爵家の他の人物の熱狂的なファンだった。

 どうも彼の父親や祖父、そのまた曾祖父も麗しの美貌を持つリースト侯爵家の一族に首ったけだったらしい。

 よってその発言には一家言ある。


 ……わけもなかった。

 彼らは要するにオデットを含む麗しのリースト伯爵家過激派なだけだ。


「リースト伯爵家の人間は、その麗しの美貌で人気がありますが、恋愛ならともかく結婚となると不遇なことが多いのですよ。理由がおわかりですか?」

「ん? 美しい者の隣に自分が並んで良いのか悩むからだろう?」

「違いますね。『この美しい人の血筋に自分の容貌が混ざって変な顔になったらどうしよう』と苦悩するからです。だからリースト伯爵家側から婚約を打診されても泣く泣く断る家が多い。子供の顔を見て笑われるようなことがあれば、自分のことが許せなくなりますからね」


 流れるように説明されて、ユーグレンは黒い目を瞬かせた。


 本人を愛するのではなく、容貌を愛でるだけなのか? と疑問に思ったが、あえて口には出さなかった。


 リースト伯爵家の美貌を好む者には、外見ばかり見て、案外本人たちの内面を見ない者が多いのだ。


「ふむ? まあ、彼女は今後も周りを振り回すのだろうな」




 ユーグレン王太子の元には、学園の主だった生徒たちの進路表がある。


 オデットが戦って引き分けに持ち込んだ公爵令嬢グリンダは、親が決めて本人は嫌々させられていた婚約を自ら破棄して、卒業後は他家の事業を手伝うことにしたらしい。

 その行き先には『リースト伯爵家』とある。


「伯爵家の事業を助けるために、公爵令嬢が赴くか。なかなか刺激的じゃないか」


 逆ならともかく。

 もっとも、リースト伯爵家は当主が有能で近年大きな功績があり、そろそろ爵位がひとつ上の侯爵に上がる。


 侯爵家を、更にひとつ爵位が上の公爵家の者が助けるため関わるなら、別に何もおかしいことはなかった。




「それにしても」


(過去の王家には、リースト伯爵家の者と想いを通わせた王族もいたのだな)


 王姉グレイシア。

 ユーグレンの母、現アケロニア王国の女王と同じ名前の人物だ。

 彼女はオデットを愛した。オデットも彼女を同じように慕っていた。

 学園生のときはオデットのファンクラブの会長だったという。


(まったく、そんなところまで私と同じなのか)


 ユーグレンは今のリースト伯爵家の当主ヨシュアのファンクラブの会長だった。

 彼とユーグレンは同い年で、学園での学年も同じ。


 彼らが入学したての頃、学園に竜が襲来したことがあり、その竜を討伐した英雄となったのが当時既に天才魔法剣士として知られていたヨシュアだ。


 その鮮烈な姿にユーグレンは魅せられた。

 以来ずっとユーグレンは“竜殺し”のリースト伯爵ヨシュアの大ファンだ。


 残念ながら、王姉グレイシアとは異なり、ユーグレンは彼を手に入れることはできなかったけれど。



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