第25話

 □■□■

 

 朝の到来を、セブンスは時計の文字盤の向こうに見た。

 そっと揺り起こせば目を覚ましたマリーたちとともにのんびりと朝食を食べる。

 保存食である缶詰はあまり美味しいと呼べるものではなかったが、セブンスは好きな人といちゃつきながら食べるものならなんでも満足できるタイプの人間だ。


 それからインスタントのコーヒーでのんびりと一服。

 コーヒーを飲んだことのないというシロに飲ませてみると彼女はひとくちで悲鳴を上げて、ささやかな笑いが生まれたりした。

 いつも通りののんびりとした朝の風景に、シロが混ざってもまるで違和感はなかった。

 そんな朝もいいものだと、セブンスは思った。


「……さて、じゃあそろそろ行ってこようかな」

 コーヒーを飲み終えると、セブンスはベッドから立ち上がる。

 そのとたん霧散する穏やかな朝の空気。

 そこが日の射さない密閉空間であることを唐突に思い出して、マリーは息苦しさをごまかすようにセブンスの手を握った。

 彼女の手を握り返し、額を重ねてセブンスは笑う。

「大丈夫だよ。ちゃんと全員殺してくるから。そうしたら、もうマリーは怖い思いをしないで済むからね」

 安心させようとする言葉にマリーは不器用に笑う。

 泣きそうな頬はヒクついて、眉は不安げに斜めになっている。

「本当よね? 本当に、大丈夫なのよね、セブンス。ちゃんと、ちゃんと帰ってくるのよね?」

「もちろん。これまでもそうだったでしょ?」

 スクラップブックを引き寄せてマリーに抱かせる。

 重厚なそれは、セブンスが無事であったこれまでの証。

「飛び切りのニュースをマリーに届けるよ」

 くちづけを交わす。

 シロの目の前であるにもかかわらず、マリーは熱烈にセブンスを求めた。

 だからセブンスは、シロの目をそっと手で隠してやりながらもそれに応えた。


 やがて離れたふたりは、最後にもういちど触れあって。

 そうしてこんどこそセブンスは背を向けた。


「行ってきます。ふたりで仲良く待っててね」

「……ええ。いってらっしゃい」

「いってらっしゃい? です! えへへ、マリーとなかよしです!」

「うん。それならいいんだ」

 セブンスは部屋を後にする。

 扉の隙間からシロを抱っこするマリーを見て、そっと微笑みが浮かんだ。

(ふたりのためにも手早く終わらせてこよう。しょせん相手は魔王の一派の、それもこの国一つ分だ)

 扉を閉ざせば、セブンスの表情からは一切の温もりが消え失せる。研ぎ澄まされた刃のように鋭利な気配に、空気までもが震えるようだった。

 可能なかぎり人目につかないように、裏口を通って路地へと出た。夜間降っていた雨はもうほとんど止んでいたが、外気はじめじめと心地悪い。


 まずセブンスは情報屋との約束の場所を目指した。

 敵のアジトが分からなければ潰そうにも潰せない。

 その点に関してはセブンスはあの情報屋を信用している。得体のしれない獣ではあるが、マリーと出会う前から積み重ねた実績があった。珍しいことにセブンスが、愛する相手以外で個体として認知する数少ない相手でもある。なにせ獣なので覚えやすいというのはあるが。


 果たして約束の場所に着くと、彼女はすでにそこにいた。

 きょうは麦のような毛色を持つキツネの姿で空中に寝転んでいる。

「ふむ。おぬしだけか七の字」

「ゴタクはいいから情報をちょうだい」

「獣より社交性のないやつだのう」

 獣の顔で器用にも呆れてみせるズー。

 けれどのっそり身体を起こす頃には、路地を通る風が動きを止めていた。

「成果は上々といったところかの。報酬はおぬしの前回の仕事の報酬の三割くらいで手を打ってやろう」

 魔王関連の情報と考えればずいぶんと良心的な価格だ。セブンスは当然受け入れてズーからの報告を聞く。

 彼女の口から淡々と語られるのは、アジトの場所、構造、要注意人物、そしてそのトップについて。

 それから、幸運の妖精のこと。

「あの白いのについてだがの」

「幸運の妖精とか呼んで狙ってる件は知ってる。魔王の子飼いだったんでしょう?」

「うむ、その通りのようだのう。どうもハイエナどもはとんでもなく強力な魔法か、それとも魔王の何らかの秘密を知っておるとかそんな風に思っとるらしい。ここの一派もそれを求めとる。魔王の後釜狙いで荒れとるからのう、少しでも優位に立ちたいのだろうて」

「くだらない」

「おんしはそうだろうの」

 きゅーきゅーと笑ったズーは面白がるように器用な笑みを浮かべる。

「だが他人事ではないようだのう。どうも奴(やっこ)さんらはおぬしとやり合おうとしておるようでな。相当の戦力を集めて待ち受けておる。ワシが見たときには主要人物は全員揃っとったよ」

「分かった。それだけ聞ければ十分」

「まあせいぜい頑張るがいいわい」

 おざなりに尻尾を振るズーに見送られてセブンスは去っていく。

 

 セブンスが路地の向こうに消えていくのを見送ったズーはひとつ吐息した。

(すまんのう七の字。おぬしのことはわりと好きだがの、ワシはあくまでも情報屋でな)

 情報屋であるズーは嘘の情報を話さない。

 彼女が見たときに主要人物が全員いたというのも事実だ。

 しかしときには話せない情報というものもある。

 それは例えば―――顧客情報。

(まったく偶然というやつは恐ろしいのう)

 しみじみと思う彼女のもとにとある顧客が訪れるのは、それから少し後のことだった。

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