第26話

□■□■


カジノ王と名高い絢爛なる魔王は、いくつもの国に手広くその手腕を広げている。

 セブンスたちの住む時限の魔王の国もそのひとつ。

 バーから宿泊施設までを網羅した三階建てと地下一階からなる計四階層の大規模な娯楽施設『デザイア』。そこがセブンスの目的地、敵のアジトとなる場所だった。

 普段はその名に恥じない様々な欲望にぎらつく宮殿は、いまはどこか物寂しい。

魔王の死以来休業しており、輝かしいネオンも鳴り響く音楽もそこにはなかった。

 敷地を囲う高い柵から中をうかがうセブンスは、その異様なまでの静けさに敵の準備が完全に終わっていることを理解した。

(それなら話は早い)

 向こうからくるのなら、探して殺すよりも遥かに簡単だ。

 そう思ったセブンスは開け放たれた門から堂々と敷地内に入っていった。

 噴水や美しい花壇に目もくれず通路を渡り、あっさりと欲望の居城に到達する。

 扉の向こうにたくさんの気配があることを感知したセブンスは、けれど一切臆することなく室内に歩を進め―――


 バッ!


 と彼女を迎える爆発的な光。

 明かりが落とされカーテンを閉め切った室内で、スポットライトだけがセブンスを照らし出した。

『ようこそお越しくださいました白無垢様』

 スピーカーからゆったりと響く女の声。

 セブンスの視線の先、階段の上に照らし出されるのは、ふわふわの桃色のドレスをまとう艶のある黒い縦巻き髪の女。お嬢様然とすましているが顔立ちはどこか幼げで、少女といっても違和感がない。

『わたくしは当施設の支配人キャンディと申します』

 しゃなりと頭を下げる彼女を、セブンスは知っていた。

 ズーの情報にあった要注意人物だ。特徴が合致している。

 詳細は不明だが、物体をどこからともなく取り出すような魔法を有しているという。

 暗闇の中で自分を取り囲む気配を冷静に数えながら、セブンスはその手中にナイフを握った。

『本日はあなた様のために刺激的な催しをご用意させていただきました。ぜひごゆるりとお楽しみくださいませ』

 ふわり。

 彼女が手を広げた瞬間に、室内の灯りが一斉に点灯する。

それに乗じて投擲した短剣は、女の傍らにいた老人にあっさりと受け止められていた。

(やっぱりいたか)

距離があるとはいえ、その存在に確信を持てないほど気配を隠していた老人にセブンスは目を細める。


一方で、眼前にまで迫った刃にも顔色一つ変えなかった女は、セブンスのとても分かりやすい返答ににっこりと微笑んだ。

『ご期待いただけるようでなによりでございます。ではどうぞ、心ゆくまでご堪能ください』

 背を向けた女が奥へと消える。

 エントランスに残ったのは老人と―――そして数えるのが億劫になるほどの自動小銃を向けるキャストたち。

 スリムな形状といってもキャストが持つにはあまりにも不似合いで。しかもとても一個人に向けるべき数ではないそれら。

それを前にしてもセブンスは動じず、情報と建物の構造をすり合わせていた。


デザイアの一階はエントランスとカジノフロア。入り口すぐには吹き抜けとなった円形のエントランス兼ダンスホール。左右と奥にはカジノへつながる大きな扉があって、扉の左右と入り口の左右にある階段から二階ホテルフロアの廊下に、ホールの中央のらせん階段が地下のプールバー(※ビリヤード台のあるバー)へとそれぞれ繋がっている。支配人室とVIPルームのある三階には二階奥の階段から移動でき、先ほど女はその方向に行ったようだった。


 男女見境なく武装したキャストたちはセブンスを取り囲むだけでなく二階の廊下や階段からも銃口を向けており、しかもそれらは誰ひとりとして笑みも恐れも表情にない。指示のひとつでもあれば興奮も躊躇いもなく淡々と人間をミンチにできるような経験と訓練を積んだ人間であることが伺えた。

しかしそれらよりも、セブンスは老人ひとりに注意を向ける。

 彼は廊下からホールに降り立つと、悠然とした足取りでセブンスのもとへとやってきた。

「お初にお目にかかります白無垢様」

 銃口の囲いを開いて目前に立った彼は、どこまでも流麗なお辞儀を披露する。

「キャンディお嬢様の召使をさせていただいておりますスレイブと申します。以後お見知りおきを」

 そう言って差し出してくる手を、セブンスはあっさりと手首から切り落とした。

「この人数が全員じゃないはず。私を殺したいならいますぐに全員集めた方がいい」

(その方が手っ取り早いし)

 淡々と告げるセブンスに老人はわずかに目を見開き、それからにこやかに笑む。

「これはこれは。ですがご安心を。私共の総力を挙げて貴方様を満足させるようお嬢様に仰せつかっておりますゆえ」

 そう言って拾い上げた手を当然のようにつなぎ合わせる老人。

彼もまた、魔法の内容は不明ながらも要注意人物として挙げられていた。

曰く、『不死身』の異名を持つ用心棒であると。

それで試してみたのだが、どうやら本当に手を切り落とした程度でどうにかなる相手ではないらしい。

(まあ、『不死身』だろうが殺せば死ぬし)

 そんなことを思いながら両手に短剣たちを出現させた瞬間、嵐の如き音音音の轟き。

いったい誰が開始の引き金を引いたのかさえ分からない怒涛の銃撃が一瞬前までセブンスのいた空白を鉄塊に変え、そして降り注ぐ短剣の雨にホールのキャストたちは穿たれ死んでいく。

ひとっ跳びで囲いを飛び越えたセブンスは、後ろ向きに疾走しながら両手の拳銃を向けてくる老人を追った。

「盛大なセレモニーをご堪能くださいませ」

 老人の声は音に食われ聞こえない。それなのになぜか聞こえているような気にさせられる穏やかな笑みの真下、拳銃である必要性が疑わしいほどの大口径から放たれる轟音の弾塊。

 空中で身を捩りすれ違うだけで暴風が巻き起こるような一撃は当然その反動で老人を吹き飛ばし、彼はくるりと回転するまま中央のらせん階段へ。

(鬼ごっこでもするつもりなのかな。ウザいな)

 走って飛んでと複雑な挙動で短剣をまき散らしてはキャストたちを虐殺していくセブンスも彼を追ってらせん階段へ。壁を跳ね飛ぶように急速に階下へ降りていく彼女と目が合った瞬間に老人は両手の拳銃を投げつけ、さらに流れる様な手さばきで両手に掴んだ細身のナイフを投擲する。

 空中で弾きあい壁に弾むことで四方向から迫る拳銃とナイフたちをセブンスはきりもみ回転とともに弾き飛ばし、着地と同時に跳び出して老人へと刃を向ける。

 老人が腕を掴んだと認識した瞬間にはひょいと手首の返しで投げられていたセブンスは即座に彼の手首を切断して解放され、天井を蹴り飛ばし距離をとりながら短剣を投げつける。

(いまのはちょっと真似できないな。けど抜け出すのはそう難しくない)

「なんとも残酷なことをなさる御方です」

 天上を見ながら短剣をひょいとかわす老人の言葉。

 視線の先には彼の手がある。さっきついでに天井に縫い付けてきたものだ。

 知ったことかと短剣をまき散らしながらセブンスは疾駆する。

 壁に弾んだ一部の短剣たちによるさきほどの老人より高密度の包囲攻撃。けれど老人はあえて真正面という一点へ突撃、弾幕を避けてひっつかんでと通り過ぎ、手にした短剣でセブンスの首を狙う。

「ほっほう!」

 短剣を消滅させることで空振りさせたセブンスが迷いなく魔臓の辺りに叩きこむ短剣は思い切り身体を逸らして回避され、そのまま階段に手を突いた老人はハンドスプリングのように足から跳び出す。

 すれ違いながら空中で胴体を分断するセブンスだったが、老人は別たれた下半身を掴み上半身に押し付けながらあっさりと着地、そのまま異様な速度で階段を走り降りていく。

(切断は効果がない。刺突は効果がありそうだ)

 老人の魔法の性質を少しずつ解析しながらすぐさま追っていくセブンス。

やがて地下一階のプールバーへと到着した途端に感覚が捉える多数の魔術の気配。

壁に天上に床にビリヤード台にまで仕込まれたそれらを一息で捕捉したセブンスは、老人への最短距離を阻害するものだけを短剣で破壊しながら安地を駆ける。

接地型の魔術にはいくつか種類があるが、セブンスの捉えたそれは圧力や衝撃によりくりかえし発動する地雷のようなものだ。

全体を砕くくらいしなければ物理的に破壊できないそれは、しかし魔力が断絶されると途端に機能不全を起こし自壊する。その点で魔力の絶縁体とでも呼べるセブンスの『純白(ピュア=ホワイト)』との相性は抜群に悪い。

セブンスには都合のいいことに、そして老人には都合の悪いことに。

「お聞きしていた通りの観察眼でございます」

 けれど一切動じた様子のない老人は、立てかかっていたキューを手にしながら台を飛び越え手球を勢いよく突き弾く。

壮絶な勢いで放たれた手球はテーブルの縁に弾み高速で飛翔するとセブンスが潰していない魔術のひとつを起動させ、さらに爆ぜる衝撃に弾き飛ばされ次の魔術へ。

連鎖的に弾ける魔術の嵐。台の上のビリヤードボールまで巻き込み荒れ狂う衝撃の渦の中、7番の弾丸をかすめながらもセブンスへと襲い掛かる老人。

「私はこう見えてハスラー(※ビリヤードのプレイヤー)として生計を立てていたこともあるのですよ」

 突き出されるキューを頬にかすめるセブンスは本来木製であるはずのそれが金属でできていることに気がつく。ひとたび脳天を突かれれば吹き飛ぶのは眼球かなにかだろう。

 振り払う殺人キューを掻い潜り、その瞬間吹き飛んでくる4番玉に跳び退る。かと思えば老人が空中で突き弾いた手球により複雑に反射して飛び出してくる9番玉を切り落とした瞬間、セブンスは妙な感触にとっさに飛びのいた。

 とたんにしゅうと音を立てて急激に発火した玉は次の瞬間ボンッ! と弾けると手榴弾のように破片を飛び散らせ、盾にしたビリヤード台をずたずたに抉った。

「パインボールとでも洒落込みましょうか。空間全てでお楽しみいただく当店オリジナルのゲームとなっております」

 風を切って振るわれるキューと風を貫いて飛来する炸裂球(パインボール)。

 自分の身体をポケットに縦横無尽に暴れまわるそれらを掻い潜りながらセブンスがばらまいた短剣がその柄で魔術を叩き、一斉に弾け跳ぶと高速で老人を襲う。

「ふッ」

 ぎゅるるんと回転するキューが飛来する短剣を弾き弾き弾き落とす。それでも落としきれなかった短剣を身に受けながらも老人は向かってくるセブンスへとキューを突き出した。

(やっぱり刺突は効果がある。なら問題ない、これで殺せる)

 冷静にそれとすれ違いながら、一閃でキューを切断する。

 目を見開く老人の隙に差し込む短剣。

 その瞬間背後からの気配を感じたセブンスは、老人の胸に短剣が突き刺さった瞬間に飛びのいた。

(―――手?)

 セブンスの背後から迫っていたのは空飛ぶ手首。

 半ばから裂けて血を流しながらも老人の腕に収まるそれは彼のものに相違なく、そして手中には1番球が。

「結構なお手前でございます」

 投げつけられるキューの残骸をかわす。

 そのときにはすでに空中に浮いている1番球に、老人は一息に手刀を振り下ろした。


 ばぐっ、と割れる1番球。


 その瞬間のふたりの行動はまったく別々だった。

 セブンスは台の陰に隠れ、老人は階段めがけて駆け出していく。

 その背にせめてと投げつけた短剣は空中でボールに打たれ、次の瞬間1番球は炸裂する。

 すぐさま老人を追って跳び出すセブンスの視界の端で、空中で衝突しあったボールたちが度重なる衝撃に耐えきれずついに砕ける。

 この後なにが起こるかを一瞬で理解したセブンスは最高速で階段に駆け込み、その背後で度重なる炸裂音が響き渡った。吹きすさぶ風がプールバーのほうへと駆け抜けていく。

 もしもあと一拍でも長くあの場にいたら無傷ではいられなかっただろう。

 かといって動揺もなく追走するセブンス。

 階段に垂れ落ちる血液からして老人には十分なダメージが入っているようだった。

(心臓も魔臓もやれなかったけど、手応え的に肺は潰れたはずだ)


 上の階からやってきていたキャストたちの向こうへと壁を走って逃げていく老人の背を捉えたセブンスは、一切のためらいもなく銃撃の中へと飛び込んでいく。

壁や天井を足場に初動を回避してキャストたちの中に入ってしまえば、フレンドリーファイアを恐れてまともに弾丸は飛んでこない。即座に近接戦に切り替えようとする彼ら彼女らを手当たり次第に殺戮して、セブンスはまた一階へ。

 荒れ狂う銃弾に短剣をばらまきながら、奥のカジノの方へ向かっていく老人に追従する。

(まだあれだけ動くのか)

 やはりやるなら一撃で確殺ないし機能不全にしなければいけないと反省するセブンス。

 あの一瞬わずかに致命傷を避けてみせた老人への驚きよりは、次に同じシチュエーションになったらどう殺すかというシミュレーションの方が彼女にとっては重要だった。

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