第13話
□■□■
「―――だからシロは、シロは、」
「もういいわ。ありがとう。よく話してくれたわね、シロちゃん」
マリーに優しくなでられ、シロはほっと息を吐いた。
話す最中も泣き出したり喚いたりせずどこか淡々とした様子の彼女だったが、やはり心労はあるようだ。
腕のなかでくたりと力を抜くシロをなんの気なしにあやしてやりながら、セブンスはマリーを見やる。
「マリー、この子の言ってた既視感はたぶん魔法」
「やっぱりそうよね? 無自覚な未来視かしら」
「たぶん違う。実はさっきこの子を助けたときに私も視た」
「なんですって」
ぱちくりとまたたくマリーに頷きを返す。
「いま思えばあれはこの子の魔法が私にも干渉したんだと思う」
なんども繰り返したような強烈な既視感。
それもなんパターンも異なった。
「具体的なことは分からないけど―――いまを繰り返したような、そんな感覚だった」
(そんなすごい事故から生き残ったのもこれのおかげだとしたら……幸運の妖精というのも、あながち冗談じゃないかもしれない)
まだ知らぬ魔法への興味に目を細めるセブンス。
そんな横顔を眺めていたマリーだったが、やがてパンッと手を打った。
「なんにせよ、とりあえずウチでかくまいましょうか。幸運の妖精さんなら大歓迎よ」
「あ、ありがとうです! えへへ」
マリーが言うとシロはセブンスにじゃれついて嬉しそうに笑った。
見知らぬ相手の家に連れられると聞いた反応とは思えず、意外そうにまたたくマリー。
(勢いで押し切るつもりだったけれど、あんがい乗り気みたいね。クロという子のお導きかしら)
とはいえそれなら好都合。
気が変わらないうちにふたりはシロを連れて家に帰ることにした。
席を立とうとしたところで、セブンスがふとカウンターの方へ視線を向ける。
キッチンのほうから忙しなくやってくるショートブロンドの長身女性に警戒を向けていると、つられて視線を向けたマリーがぱぁと表情を輝かせて彼女を迎えた。
「パリス! そんな! まさか本当にあなただったのね!」
「やあマリー! その通り! わたしさ!」
カフェの以前にあったレストランのオーナーであるパリスとの再会に、マリーは興奮した様子でハグを交わす。セブンスはあまり面白くなかったが、彼女が同じようにハグを求めてくるのでにこやかに応じた。
必要に応じて社交性を演じるくらいはできるのが優れた暗殺者だ。マリーがそう思っているらしいので空気を読んでいる。
「いやはや。さっそくお越しくださるとはさすがいい鼻をしているね」
「うふふ。驚いたわよ! だってこんなにオシャレなカフェからスパイスの香りがするんだもの! 鼻がおかしくなってしまったのかと思ったわ!」
「はっはっは、これでもなるべく抑えているんだけれどね」
快く笑う彼女に、後ろからコホンと咳払い。驚いて振り向くと、そこにはブラウンの髪をウェーブさせた女性が腰に手を当てて立っていた。
「突然飛び出したと思ったら、ずいぶんと楽しそうですね、アナタ?」
にこやかな笑みを浮かべているにもかかわらず底冷えするようなアイスブルーの瞳。
パリスは表情を凍りつかせてセブンスたちを振り向く。
「しょ、紹介するよ。わたしの妻でクララというんだ。見ての通り少々スパイシーな子でね」
「あら。照れてしまいますわ」
うふふふふ、と笑うクララ。
マリーはふたりの左耳にお揃いの白銀のイヤリングが輝いているのに気がついて唖然(あぜん)とすると、セブンスと顔を見合わせ、それから声をあげて笑った。
「あはは! やっぱり噂はあてにならないわね! 恋人どころか結婚だなんて! もう、結婚式に呼んでくれたらよかったのに! 忘れるなんてひどいじゃない!」
「その反応を見るために呼ばなかったのさ」
ウィンクしながら胸をたたくパリスにクララはあきれた様子でため息を吐く。
「私はお世話になった常連さんはお呼びするべきだと言ったのですが……」
「うふふ。でもパリスらしいわ。ご結婚おめでとう、パリス、クララ」
「私からもおめでとう。また料理を食べられて嬉しいよ」
マリーとセブンスの祝福を受けて、恋人たちは恥じらうように頬を染める。
そっと肩を抱いて笑みを交わすふたりの姿は惚れ惚れするほど仲睦まじく、マリーは無意識にセブンスに寄り添った。それを受け入れて腰に手を回せば、彼女は嬉しそうに見上げてくる。
そんな姿にパリスたちはくすくすと笑う。
「君たちのときは、ぜひとも遠慮しないでワタシたちを呼んでほしいね」
「とびきりのごちそうをご用意させていただきますわ」
「もう……バカなこと言わないでちょうだい。ねえ、セブンス」
見上げる視線は、言葉とは裏腹にどこか期待しているように見える。
セブンスは穏やかな笑みを浮かべ、マリーの額にくちづけた。
「マリーにはきっと、真っ白なドレスが似合うよ」
「セブンス……」
「ははっ。これはいまから準備しておかないといけないかな」
茶化すように笑われて頬を膨らませるマリーを見つめながら、セブンスはぼんやりと考える。
(結婚か……マリーが望むのなら、それもありかな……)
美しいドレスを着た彼女は、想像の中にも愛おしい。恋人よりも深い関係になるということで、永遠にそばにいられるかもしれない。そう思えば今すぐにだってプロポーズしたいほどだ。
けれど殺伐とした世界に身をやつすセブンスにとっては、そんなありふれた幸せがどこか遠いことのように思えた。
「―――ところで、そちらのお嬢さんはどうしたんだい?」
愛を確かめ合う恋人を見守っていたパリスが、ふとなんの気なしに尋ねる。セブンスの腕に抱かれていたシロは、人見知りしているのかびくっと震えて顔をうずめた。
はじめから注意が向いていたことにセブンスは気がついていたが、マリーも返答は考えていたようで動揺もなく笑みを返す。
「ああ、この子はちょっとした事情で保護しているの。シロ、怖がらなくても大丈夫よ」
マリーがよしよしと頭をなでると、シロはこくりと頷いてパリスたちを見上げる。
「し、シロはシロです。はじめまして、です」
「うん。はじめまして! ふたりの友人のパリスというんだ。よろしくね」
「クララと申します。お嬢さん、キャンディはいかがかしら」
「はわぁ! だいすきです!」
きらきらと目を輝かせるシロに、やさしく微笑んだクララはピンク色のキャンディを差し出す。おくるみスタイルのシロがごそごそと手を抜く前にセブンスがそれを受け取り、少女の口にそっと食べさせてあげた。
とたんに、ぱぁ! と見開かれる少女の目。
「おいひぃれす!」
「それはよかった」
ほにゃんとほっぺたが浮き上がるシロをクララはにこにことなでる。
パリスはそれをしみじみと眺めてぽつりと呟いた。
「子供は女の子がいいな……」
「パリス。子供の前ですよ」
「はっはっは!」
じろりと睨まれたパリスが白々しく笑いながら目を逸らすので、マリーたちは声をそろえて笑った。
そんな和やかな交流もひとまずお開きとして、セブンスたちは店を出る。
「おふたりさん! 次来たときはみんなで写真を撮らせてくれないか!」
振り向けば、パリスがカフェから顔を出して手を振っていた。
ひととききょとんとしたマリーだったが、パリスが懐から取り出した一枚の写真を見てあっと思い出した。
彼女には常連客の写真を携帯するという奇特な趣味があって、それを聞いたマリーがノリノリでスリーショットを提案したことがあるのだ。
マリーはにこやかに笑って手を振り返す。
「もちろんよ! こんどは奥さんと一緒にね!」
「約束だよ! 飛び切りのコーヒーをごちそうするからね!」
そう言ったきりクララに連れられて店内に戻っていくのを見送って、マリーはフフッと小さく笑った。
「素敵なこともあるものね。私驚いちゃったわ」
「ふふ、よかったね」
ルンルン気分で足取りも軽い彼女をセブンスは愛おしげに見つめる。写真というものは正直あまり好きではなかったが、マリーが嬉しそうなのでそれ以上のことはない。
しばらく思い出話に花を咲かせて歩いていると、マリーがポンと手を打って足を止める。
「そうだわ。帰る前に電話しましょうか」
どうやら道にある公衆電話を見て思いついたらしい。目を輝かせて見上げる彼女にセブンスはうなずく。
「そうだね。この子をどうするかっていうことにも関わるし」
「そうよね!」
セブンスの肯定を受けて、マリーは意気揚々と受話器を取った。
周囲を警戒しつつ電話ボックスに背を預けたセブンスは、なんの気なしに腕の中のシロをふにふにとあやす。どうやらシロはお腹がいっぱいになって眠気がやってきたらしく、飴をころころうつらうつらとしながらも楽しげにあやされた。
(セブンスって子供好きだったかしら?)
そんな姿を物珍しげに眺めるマリーの耳に、通話がつながったブツッという音が届く。
次いで聞こえてくるのは快活な青年の声。
『平素よりお世話になっております。こちらローグライズなんでも修理センターです。ご用件はなんでしょうか』
「実はモグスクットの修理を頼みたいのだけれど、腕利きを紹介してもらえるかしら」
『かしこまりました。ご指名などございますか?』
「できればズーがいいわ。この間もとてもお世話になったのよ」
『ズーですね。少々お待ちください』
『ロ~グライズ♪ ロ~グライズ♪―――』
電話の向こうから小バカにしたような幼稚な歌声が聞こえてくるので、マリーは手慰みにセブンスといっしょになってシロをいじる。
「もぐすくっと……?」
眠たげにぼぉっとしながら首をかしげるシロ。
そうかと思えばもぐもぐと寝言ともつかない言葉を噛む彼女にマリーは笑う。
「合言葉みたいなものよ」
「にゃるです……」
分かっているのかいないのか。シロはがっくんがっくんと首を揺らしてほとんど意識を失っている。
その頬をむいむいと弄るマリーの手を、セブンスはなにげなく自分の頬に移動させる。ついでに転げ落ちたキャンディをキャッチして口に放りながらマリーを見つめた。
「マリー、ちゃんとできる?」
「もちろんよ。もう慣れたわ」
自慢げに胸を張った彼女にセブンスは微笑み、頑張って、と耳元で応援した。
そうしているとメロディーが止み、また青年の声が飛び込んでくる。
『大変お待たせいたしました。お客様の御要望通りズーのほうを派遣できそうですが、よろしいでしょうか』
「おねがいするわ」
『ではお名前と住所を控えさせていただきます』
「そうね。名前はマリー、住所は―――。なるべく早くお願いしたいのだけれど」
『承知いたしました。可及的速やかに派遣させていただきます。見積等に関しては担当のものからお聞きください』
「分かったわ。いつもありがとう」
『ありがたいお言葉です。今後ともローグライズなんでも修理センターをよろしくお願いいたします』
がちゃ。
礼を交わして受話器を置くなりセブンスの腕に抱き着くマリー。
「さ、帰りましょうか。少し遠回りをしてね」
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