第12話
□■□■
―――暗い。
目を塞がれているからなにも見えない。
がたがたと揺れる。さっきは、たしかもっと静かにぐわんと揺れていた。
「クロちゃん、シロたちどこにつれていかれちゃうです?」
手足を縛られているからすがりつくこともできないので、芋虫のようにうにうにと身体を押しつけてなんとか安心しようとするシロ。隣り合うクロの温もりだけがシロの不安をごまかしてくれる。
そんなシロは、すぐにすりすりと応えてくれるお姉さんのぬくもりに頬をほころばせた。
「安心しなさいシロ。あなたは幸せになる未来にあるの」
「クロちゃん……」
未来の見えるクロの言葉はシロを深く安心させる。
シアワセというものがなにかをよく知らないシロだったが、クロの言葉はなんだって信じられた。
「えへへ。いっしょにシアワセになるですクロちゃん」
「……ええそうね。シロとクロは、ふたりでずぅっと幸せよ。約束したでしょう?」
少女ふたりは身体を触れさせ合って、ささやくように微笑みを交わす。
(クロちゃんのにおいです……えへへ……)
背丈はほとんど変わらないのに、クロによりかかっているととっても大きなものに守られているとシロは感じる。何度目かもわからない約束が、それを守ってくれている。
ずっとこうしていたいとそう思って。
―――ふいに、クロがぴくりと身じろぎする。
「クロちゃん?」
シロにはひどい胸騒ぎがあった。
まるでなんどもそうして問いかけたことがあるかのような気がする。
「シロ」
クロの吐息がシロの耳をくすぐる。
いつもお部屋にいるときのことを思い出して、シロは少しだけ体が熱くなった。
(でも、さわりあいっこはいまできないでした……)
どきどきと心臓を弾ませるシロに、クロの優しい言葉がしみ込んでくる。
「まっすぐに走るの。太陽……一番大きな光の見える方向に」
「はえ?」
「そうしたら私と同じ髪の色をした、赤い瞳の女の人に出会えるの」
「でもクロちゃん、シロはしれないよ」
「その女の人に助けを求めて。少し怖い人だけど、そうすればあなたは助かる」
「わからないです。なにいってるですかクロちゃんっ」
(とってもこわくて、こわくて、いやです……)
意味の分からないクロの言葉を、シロは何回も何百回も聞いているような気がした。
イヤになるほど彼女の言葉が記憶に刻まれる。
分かる。
分かる。
この後になにが起きるのか―――分かる。
「未来を見たわッ!」
クロが叫んだ。
耳元で響く大声にシロはびっくりしてひっくり返る。
クロの言葉を聞きつけた大人が彼女に詳しいことを聞こうと怒鳴りつけてくるので、シロは恐ろしくてがたがた震えた。
「くろちゃ、クロちゃんッ!」
(こわいです! いやです!)
シロが一生懸命に叫んでも、クロは無視して大人たちに『未来』を告げていく。
「このままだと車は事故に遭う! ここに乗っている全員が全滅するほどに大きな事故に! いますぐ右折しなさい! そうすれば助かる!」
「きゃあ!」
クロの言葉の直後、シロの身体はぐぅわんと振り飛ばされた。
どこかに背中が当たって息が詰まる。
そして―――
「ぅ……あ……?」
気がついたとき、シロの身体は全身が痛くなっていた。ケガはないが、打ちつけたような痛みがある。
ゆっくりと起き上がって、彼女は目隠しも拘束もなくなっていることに気がついた。
けれどそんなことよりも大事なことがある。
シロにとって、自分のことなんかよりも大事なことが。
「クロちゃん、クロちゃんっ!」
―――シロはすぐにソレを見つけた。
なんども見つけたことがあった気がする。
それくらいに簡単だった。
横転するトラックから大きな火の手が上がっていて。
シロとトラックの間にソレは転がっている。
「くろ、ちゃん、?」
ソレは見慣れたものだった。
なんどだって見た覚えがあった。
いつもはひとつまとめにしている黒髪が散らばっていた。
なにか赤黒いスープの上に浸っている。
ぼうぜんと近づいていくと、ソレはもっとよく見える。
黒髪の中に隠れていたから気がつかなかったけれど。
ソレは―――上半分しか、なかった。
「く、ろ、」
いくつもの幻視があった。
ぐちゃぐちゃにくだけたソレ。
扉の角に縦に割られたソレ。
炎を纏って絶叫を上げるソレ。
下半分しかないソレ。
髪の毛だけの名残しかない染みになったソレ。
トラックの前面にへばりついたソレ。
荷台の下から黒髪だけを覗かせるソレ。
自分の身体にまき散らされたソレ。
いくつもの幻視があった―――けれど。
顔が見えてしまったのは、いまの、それだけ。
「くろ、ちゃ、ん」
血だまりを見下ろす。
顔の半分が潰れていても分かる。
ソレはいつも自信満々だった。
ソレは優しく頭をなでて笑いかけてくれた。
ソレは顔も知らない母親を思わせた。
ソレはいま、なにとも言えない無の表情で。
ソレは―――クロ、だった。
「くろちゃん」
不思議なくらいシロは落ち着いてた。
なんどだって見た光景だった。
なんど見ても変わらない光景だった。
「クロちゃん」
なんど泣いただろう。
なんど喚いただろう。
なんど狂っただろう。
なんど死んだだろう。
それを繰り返したという感覚があった。
いまを繰り返し繰り返したという実感。
だから一滴も泣かず泣き慣れた。
だから一声も喚かず喚き慣れた。
だから一切も狂わず狂い慣れた。
だから一度も死なず死に慣れた。
だから少女はきびすを返す。
「おおきなあかりのあるほう……くろとあかの、おんなのひと……」
覚えている。
彼女の遺言。
走れと言われた。
それはなによりも信頼できる言葉だった。
だから少女は走り出した。
そうして未来がいまに至る。
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