第11話
□■□■
なるべく人目につかないようにとしたせいでトイレを探すのにやや手間取りつつ。
カフェにたどり着いたセブンスが合流すれば、マリーはにこやかに迎えてくれた。
「思いのほか遅かったじゃない。強敵だったのかしら」
「そうじゃないよ。マリーのためにお土産を持って帰れなくて……ごめんね」
ソファに隣り合いながらしょんぼりとうなだれる。
マリーはセブンスの肩を抱くとその頬にやわらかくくちづけた。
「そんなのどうでもいいのよセブンス。私のために頑張ってくれたのが嬉しいの」
「マリーは優しいね」
「愛する人に鞭打つ趣味は私にはないもの」
セブンスもくちづけを返し、花を香るように肌をすり合わす。
そうしてしっかり慰めてもらったところで。
カフェの店員にいくつかの注文をしてから、セブンスはマリーに集めた情報を伝えた。
絢爛(けんらん)なる魔王の印をつけた追っ手。
少女に対する幸運の妖精という言葉。
やはり拷問の成果がなにもないので、情報といえばその程度だ。
(もうすこし拷問の腕を鍛えておこう)
マリーに語りながらもひっそりと思うセブンスだった。
それはさておき。
「―――絢爛(けんらん)なる魔王にも幸運の妖精さんがいたなんてねぇ。奴隷かなにかかしら」
「たぶん。まずまずマトモな生活はおくれてたらしいけど」
暗殺者などやっているセブンスは、金持ちの下で子飼いにされる魔法使いなんかを見る機会がたまにあった。なにせ有用な魔法というのはそれだけで値千金なのだ。
それらは大体が暴力や麻薬などで強引に縛られた家畜同然の生き物だったが、この少女はそうではないとセブンスは言い切れた。
「怪我もない。ちゃんと脂肪も全身についてる。ヤクを打った形跡もない。髪も伸びっぱなしっていう感じじゃなくて手入れされてる。―――なにより目に意思があった。怖いから逃げているだけみたいな感じじゃない」
「うふふ。セブンスが言うのならそうなんでしょうね」
うんうんと頷いたマリーはセブンスをなでなでと褒めてくれる。
(別に言う必要もなかったかな)
受け入れつつもセブンスは恥じらいに頬を染めた。
つい口が滑ってしまったが、もともと一般人でしかなかったマリーにはあまり裏の世界の話を聞かせたくなかった。
彼女がなにか憧れのようなものを抱いているらしいので比較的差し障りのないことを教えてあげることはあるが、本当ならそんなことは知っていたってロクなことにならない。
「とすると、この子はそれだけの価値がある魔法使いなのかしらね」
「単に見た目が珍しいっていう可能性もあるけど」
「たしかにそうね。とってもかわいらしいもの、この子」
光を散乱させる透明の髪と真珠の瞳。
顔立ち自体も整っていて、趣味の悪い言葉を使えば芸術品とでも言えそうな少女だ。
だとしたら暴力で従わせず、健康管理を行うのも納得できる。
「―――おまたせいたしました~♪」
とはいえそんなことはいま考えても無駄なこと。
物騒な話をしているところに軽快にやってきた店員に、マリーはにこにこと笑みを向ける。
「あら、愉快なウェイトレスさんね」
「よく言われます~♪」
どこかふわっとした雰囲気と裏腹にてきぱきと料理とコーヒーが給仕されたので、ふたりは話を切り上げて少し遅めのランチタイムにした。
「スパイスコーヒーなんて初めてだったけれどけっこうイケるわね」
「家でもやってみようかな」
にこにこと笑いながらパイ料理にナイフを入れると、閉じ込められていた香りがひくひくとセブンスたちの鼻をくすぐる。
「へぇ。こっちも美味しそう」
「もしかして本当にあの店主さんなのかしら」
きょろきょろとカウンター向こうを覗こうとするマリーにセブンスは肩をすくめた。
「どうだろ。食べてみたら分かるかもね」
ぱくりとパイを食べると、とたんに口のなかでスパイスが弾ける。
あふれる肉汁に絡み合う刺激がガツンと口内を満たして、噛むたびに食欲がわいてくるようだ。パイのさくさくとした食感も心地よく、軽快にフォークが進んでいく。
「うん。マリー、これすっごい美味しいよ」
「食べ慣れた味かしら?」
「それはもうちょっと食べないと分からないかも」
そんなことを言いながらぱくつくセブンスにマリーは小さく噴き出す。くすくすと笑いながらパイを食べて、彼女は目を見開いた。
「本当ね、とっても美味しいわ……!」
瞳をキラキラさせながらパイを食べるマリー。
その姿を微笑ましげに見つめながら、セブンスも一緒にスパイシーなミートパイに舌鼓を打った。
「そうだわ! どうかしらこれ、この子の気付けにでも使えるんじゃない?」
突然そんなことを言いながらマリーはパイを少女の口元に寄せる。
「どうだろう。とっても食いしん坊ならありかもね」
(なんて、さすがに気付けにするには薄味だろうけど……うん?)
セブンスの見下ろす先で少女の鼻がくんくんと動く。
顔を見合わせてさらにパイを近づけていくと、彼女はぱくっとそれをくわえた。
「ぅう……おいひぃです……う?」
ふるりと震えたまぶたが、ゆるりと開いて瞳を覗かす。
濡れた真珠が大きさを変えていまを見つけた。
「ここ……えと……?」
「あらまあ、おはよう。よぅく眠っていたのね」
「ねむって……」
横から覗きこむマリーの言葉に、少女は回想するように視線をさまよわせる。
セブンスはとっさにその目を覆った。
「にゃあっ」
(どうせロクなことじゃないんだろうし、急に騒がれたら面倒だ)
身悶えする少女の耳に、セブンスは冷ややかな命令を下していく。
「息を吸え」
「は、はゃい」
セブンスに言われるまま、ふすー。
「吐け」
「ぱひゅう」
それを何度か繰り返してからセブンスは手を離す。
そしてまっすぐに瞳を見つめて一本の指を立てた。
「見て」
「み、みるです」
むむ、と寄り目になる少女。
マリーが顔を遠ざけてぷすぷす笑う。
セブンスは少しずつ指を近づけて、少女の胸の真ん中をぐっと抑えた。
そしてトントンと胸を規則正しくノックする。
「じゃあ、ゆっくりと思い出して」
「は、はいです……」
戸惑いながらも少女はまた遠くを見つめる。
するとみるみる表情が険しくなり、身体がクッと強張っていく。
けれどドキドキと弾む心臓は、セブンスの指によってゆっくりとリズムを正される。
それに気がついてぱちぱちとまたたく少女を、赤い瞳が静かに見つめている。その視線があまりにもまっすぐなのが恥ずかしいのか、少女の真珠はさざなみにきらめいた。
「思い出し終わった?」
「あぅ。まだです」
「なら続けて」
「はいです……」
トントンと規則正しく胸をノックする指先に戸惑いながら、少女は記憶をたどっていく。
しばらく表情だけ色とりどりに変え、やがてぱちぱちとまたたくとまたセブンスを見た。
「あの、」
「もう終わった?」
「は、はいです」
「そう」
それならと離れていく手を。
「あっ」
少女はふにっとつかみ、そしてぐいっと胸に抱きしめた。
マリーでもない赤の他人からそんなことをされれば快くは思わない彼女だが、思い出された果実の香がわずかに寛容にする。
「なんのつもり」
「あ、あ、あの、シロはあなたをさがしていたです!」
その言葉にセブンスはほんのわずかに眉を弾ませた。
いちおう暗殺者である自分を、それもその標的であった人物に関連する相手が探していたなどと言えばさすがに怪しくも思う。
(復讐、という訳ではなさそうだけれど)
「あら、大胆な告白じゃない」
すぅと目を細めるセブンスを見かねてマリーはくすくすと笑う。
「ねえ、このお姉さんにどんなご用かしら」
「……はなせばながくなる、です」
「構わないわよ。ちょうどランチタイムだもの」
「らんち……」
ちらっとテーブルの食事を見やってじゅるりと唾を溢れさせる少女。ハッとして口元を拭ったとたんにきゅるぅとかわいらしい鳴き声まで聞こえてしまう。
そんなありさまでなにを隠せるでもなし。
マリーはくすくす笑ってパイを一口差し出した。
「お話は食べてからにしましょうか」
「あぅ……ほ、ほんとにいいです?」
「もちろんよ。はい、あーん」
「あーん、でふ」
もきゅもきゅと頬をほころばせて少女はパイを頬張る。
それを見ていたセブンスは負けじとマリーにパイを差し出した。マリーが楽しそうなのはいいことだが、それはそれとして除け者にされるのは気に入らない。
(うふふ。セブンスったら妬いてるのかしら。なかなかないわねこんなことも)
楽しげに笑いながらマリーはパイを食べて、もちろんお返し。
楽しく食べさせ合いっこするのを見て物欲しげな少女にもうひとくち。
しばらく三人は、そんなのんびりとしたランチタイムを過ごした。
―――食後の一杯を味わいながら、マリーが改めて少女に話を向ける。
「さて、じゃあお話をしましょうか」
「は、はいっ」
「ふふ。そう緊張しなくても大丈夫よ」
緊張をほぐすように少女の手を取るマリー。
「あ、ありがとです……」
ふにふにと手を握り合っていれば少しは落ち着いてきたようで、少女は胸に手を当てて大きく深呼吸をする。
「じゃあおはなしするです」
決意の面持ちで経緯を語りだす少女。
話は、彼女が何者か、というところから始まる。
「シロはシロというです。オトモダチのクロちゃんがつけてくれたです。クロちゃんはシロよりちょっぴりおねえさんで、とってもやさしいです」
シロとクロ。
口ぶりからして、そのクロと出会うまで名前を持っていなかったのだろう。
(……まあ、固有名詞がない存在なんてそう珍しいことでもない)
ぼんやりとそんなことを思いながら、セブンスは彼女の話を聞いた。
聞いてみると、やはりふたりの少女は絢爛なる魔王の子飼いだったらしい。
どこか窓もない部屋でふたりきりの生活。大きくて重そうな鉄の扉があって、他にはベッドとおもちゃがあるだけ。毎日決まった時間に食事と着替えなんかが与えられて、それ以外はずっと密室だった。
ただ、ときおり大人たちがやってきてはクロとお話をしていたらしい。
「クロちゃんはミライ? がみえるです。ちょびっとだけ。だから、たまにききにくるです」
「未来ね。ずいぶん強力な魔法じゃない」
(カジノ王でもある絢爛なる魔王にとっては、正しく幸運の妖精ね……あら?)
幸運の妖精というのは少女―――シロに向けた言葉だったはずだ。
セブンスとマリーは視線を交わし、それからマリーが問いかける。
「それじゃあ、シロちゃんも同じようなことができるのかしら?」
するとシロはあっさり首を振った。
「シロはできないです」
「あらそう。じゃあ、あなたにはなにができるのかしら」
「……わからないです」
続けて問いかければしょんぼりと落ち込んでしまう。
ふたりはまた視線を交わし、マリーが少女の頭をそっとなでる。
「クロちゃんはシロはすごいっていうです。でもシロはなにもできないフツウのゼッセイのビジョなのです……」
「まあ。ふふ、たしかにそうね」
(自覚がない魔法使いといったところかしら。意識的に使わなくても発動するタイプなのね―――案外ほんとうに幸運なだけだったりして)
どこか抜けた様子の少女を見ているとそんなふうにも思えてくる。
マリーがうんうんと頷いていると、シロは恥ずかしげに笑った。
「えへへ。クロちゃんがいっぱいそういってホメてくれたです。あんまりイミはわからないですけど、クロちゃんがホメてくれるとウレシイです」
てれてれと照れるシロは、けれどふと表情に影を差す。
ぎゅっと手を握り締めて語りだすのは、そのクロとのこと。
「―――シロとクロちゃんは、おへやからどこかにオヒッコシすることになったです」
そうしてシロの語りは、いまから少し前の出来事に。
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