第10話

□■□■


セブンスがいなくなってしばらく経った路地には、いくつかの人影があった。

銃火器で武装した数人は路地に人が近づかないようにと警護し、死体のそばにもう三人。


「連絡がないと思ったら、なかなか愉快なことが起きているようだね」

 金髪をオールバックにした灰色のスーツの女が、地に伏す死体から短剣を引き抜く。

 汚れを置き去りにあっさりと抜けた刃は、一滴の色もまとわない純潔の白だ。


「カカッ。幸運の妖精か……魔王陛下が秘蔵するだけあって、あながち夜伽話ではないらしい」

 口で笑いながら鋭く短剣を睨むのは軍服の女。

手にしていた葉巻をへし折ると、獰猛に歯をむき出して笑みを浮かべた。

「―――まさかこんなところで魔王陛下の仇と巡り合えようとはな」


 その足元―――否、腰元。三人分くらいの体積をスーツに押し込める大男が、眺めていた薄切りの腕を適当に放って立ち上がりながらスーツの女に視線を向ける。

「お嬢、どうしやすか。兵隊寄越してくれりゃあ、30分後にゃあこの拷問もまともにできねえ甘ちゃんをお子様プレートで献上してやりますぜ」

 下卑た笑みを浮かべる大男の問いかけに、スーツの女は当然に首を振った。

「まさか。せっかく幸運の妖精が運んできてくれた機会だからね」

 本来ならとても衝突するはずのなかった相手だ。

 絢爛(けんらん)なる魔王の心臓に刃を届かせた、すでに生ける伝説とさえなりつつある暗殺者。 

 幸運の妖精とやらの片割れが繋いだ奇縁。

 この絶好の機会を逃す手はない。

「ボクが名乗りを上げるにはこれ以上ない相手だ。―――飛び切りのゲームに招待して差し上げよう」

 女の笑みに、大男もまた笑う。

「へへっ。了解しやした」

「ふんっ。勝手にしていろ」

 ひとり軍服の女は、付き合っていられないと背を向けその場を去ろうとする。

 大男がとっさに止めようとするのをスーツの女が手で制した。

「ブラッド」

「止めるなよ小娘。ワタシは貴様に忠誠など誓った覚えはない。……そこのデカブツと違ってな」

「分かっているさ」

 肩を揺らしながら歩み寄ったスーツの女は軍服の懐をまさぐり、シガーケースから葉巻を一本ぬきだす。その先端を短剣で切り落とすと、口にくわえてくいっと見せつける。

「相手はかの至高の暗殺者だろう? 一応キミの香りを覚えておこうと思ってね」

 軍服の女はにやりと笑い、指先に魔術の炎を灯らせる。くるくると回される切り口をじっくりと炙ってやりながら、彼女は短剣をひょいと取り上げた。

「―――いい刃だ。ワタシの持つどんな逸品よりも鋭いな」

「いつになく弱気じゃないか」

「カカッ」

 ひゅ、と鋭く投擲された短剣が壁にはずむ。

上がる甲高い音は連続の銃声にかき消され、砕け散ったきらめきが死体に降り注いだ。

「至高だろうが殺せば死ぬと最近知ったものでな」

光より早く抜かれていたリボルバーの拳銃を胸のホルスターにしまうと、彼女はスーツの女の口から葉巻を取り上げる。年若い女の細く長い鼻腔を通して紫煙を浴び、振り向いた彼女は歩き出した。

「棺桶には同じ葉を詰めてくれ」


「……ボクはソムリエじゃないんだ。さすがに銘柄なんて分からないよ、ブラッド」

 紫煙を立ち昇らせて去っていく背を見送る。

 やれやれと首を振り、それから男の死体を見下ろした。散らばった破片ごと踏みにじり、肉の抉れるような感触に頬を裂く。

「ははっ。いずれにせよ、こんなに楽しみなのは魔王陛下と勝負したとき以来だ。できるだけ盛大にやろう。なにせボクらの初ゲームだからね」

「あんま浮かれてヘマしねえでくだせえよ。大将が敗けたってんじゃ示しがつかねえ」

「誰に言ってるんだい、ゴルディ」

三日月に細まる視線の先には、顔も知らぬ対戦者の姿が確かに見えていた。

そしてその背後には―――対戦者の骸を抱く(いだく)己の姿も。

「勝てるゲームしかボクはしない。それが常勝の秘訣だよ」

小汚くも自信にあふれたその言葉に大男は豪快に笑う。

その反響に耳を塞ぎながら女は立ち去った。


「それにしても、どうしてこう男の魔臓っていうのは美しくないんだろうね」


やがて、笑い声の反響もどこかへ消え失せ。

 そこに残ったものは静寂と、日陰と。


―――そしてかつて人だった塵の山に埋もれる、透き通った鈍色の臓器。


 風の吹きこまない路地の突き当りに、それはいつまでも忘れ去られることになる。

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