第10話
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セブンスがいなくなってしばらく経った路地には、いくつかの人影があった。
銃火器で武装した数人は路地に人が近づかないようにと警護し、死体のそばにもう三人。
「連絡がないと思ったら、なかなか愉快なことが起きているようだね」
金髪をオールバックにした灰色のスーツの女が、地に伏す死体から短剣を引き抜く。
汚れを置き去りにあっさりと抜けた刃は、一滴の色もまとわない純潔の白だ。
「カカッ。幸運の妖精か……魔王陛下が秘蔵するだけあって、あながち夜伽話ではないらしい」
口で笑いながら鋭く短剣を睨むのは軍服の女。
手にしていた葉巻をへし折ると、獰猛に歯をむき出して笑みを浮かべた。
「―――まさかこんなところで魔王陛下の仇と巡り合えようとはな」
その足元―――否、腰元。三人分くらいの体積をスーツに押し込める大男が、眺めていた薄切りの腕を適当に放って立ち上がりながらスーツの女に視線を向ける。
「お嬢、どうしやすか。兵隊寄越してくれりゃあ、30分後にゃあこの拷問もまともにできねえ甘ちゃんをお子様プレートで献上してやりますぜ」
下卑た笑みを浮かべる大男の問いかけに、スーツの女は当然に首を振った。
「まさか。せっかく幸運の妖精が運んできてくれた機会だからね」
本来ならとても衝突するはずのなかった相手だ。
絢爛(けんらん)なる魔王の心臓に刃を届かせた、すでに生ける伝説とさえなりつつある暗殺者。
幸運の妖精とやらの片割れが繋いだ奇縁。
この絶好の機会を逃す手はない。
「ボクが名乗りを上げるにはこれ以上ない相手だ。―――飛び切りのゲームに招待して差し上げよう」
女の笑みに、大男もまた笑う。
「へへっ。了解しやした」
「ふんっ。勝手にしていろ」
ひとり軍服の女は、付き合っていられないと背を向けその場を去ろうとする。
大男がとっさに止めようとするのをスーツの女が手で制した。
「ブラッド」
「止めるなよ小娘。ワタシは貴様に忠誠など誓った覚えはない。……そこのデカブツと違ってな」
「分かっているさ」
肩を揺らしながら歩み寄ったスーツの女は軍服の懐をまさぐり、シガーケースから葉巻を一本ぬきだす。その先端を短剣で切り落とすと、口にくわえてくいっと見せつける。
「相手はかの至高の暗殺者だろう? 一応キミの香りを覚えておこうと思ってね」
軍服の女はにやりと笑い、指先に魔術の炎を灯らせる。くるくると回される切り口をじっくりと炙ってやりながら、彼女は短剣をひょいと取り上げた。
「―――いい刃だ。ワタシの持つどんな逸品よりも鋭いな」
「いつになく弱気じゃないか」
「カカッ」
ひゅ、と鋭く投擲された短剣が壁にはずむ。
上がる甲高い音は連続の銃声にかき消され、砕け散ったきらめきが死体に降り注いだ。
「至高だろうが殺せば死ぬと最近知ったものでな」
光より早く抜かれていたリボルバーの拳銃を胸のホルスターにしまうと、彼女はスーツの女の口から葉巻を取り上げる。年若い女の細く長い鼻腔を通して紫煙を浴び、振り向いた彼女は歩き出した。
「棺桶には同じ葉を詰めてくれ」
「……ボクはソムリエじゃないんだ。さすがに銘柄なんて分からないよ、ブラッド」
紫煙を立ち昇らせて去っていく背を見送る。
やれやれと首を振り、それから男の死体を見下ろした。散らばった破片ごと踏みにじり、肉の抉れるような感触に頬を裂く。
「ははっ。いずれにせよ、こんなに楽しみなのは魔王陛下と勝負したとき以来だ。できるだけ盛大にやろう。なにせボクらの初ゲームだからね」
「あんま浮かれてヘマしねえでくだせえよ。大将が敗けたってんじゃ示しがつかねえ」
「誰に言ってるんだい、ゴルディ」
三日月に細まる視線の先には、顔も知らぬ対戦者の姿が確かに見えていた。
そしてその背後には―――対戦者の骸を抱く(いだく)己の姿も。
「勝てるゲームしかボクはしない。それが常勝の秘訣だよ」
小汚くも自信にあふれたその言葉に大男は豪快に笑う。
その反響に耳を塞ぎながら女は立ち去った。
「それにしても、どうしてこう男の魔臓っていうのは美しくないんだろうね」
やがて、笑い声の反響もどこかへ消え失せ。
そこに残ったものは静寂と、日陰と。
―――そしてかつて人だった塵の山に埋もれる、透き通った鈍色の臓器。
風の吹きこまない路地の突き当りに、それはいつまでも忘れ去られることになる。
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