第4話
□■□■
立ち上る火炎、どよめく喧騒(けんそう)、鳴り響くサイレン。
街中のストリートで発生した大事故を取り囲む音と光。
トラックとタンクローリーとの衝突事故だ。どうやら衝突の衝撃で漏れ出した燃料による大爆発が起きたらしく、トラックの方には数十メートルも吹き飛ばされたような痕跡がアスファルトに残っていた。その近くに敷かれたブルーシートが、凄惨(せいさん)な事故の犠牲を包み隠している。
「ブラッド殿。どうも今回の事故はキナ臭いですな」
恰幅(かっぷく)のいい男の警官が事故現場を見回す軍服の女へと話しかけた。
ちらと視線で応えるのに合わせ、編み込みの灰色がゆれる。
「トラックが突然タンクローリーに突っ込んだっていうんですからね。魔法でもなきゃ、運転手か目撃者がラリってたことになっちまいます、っとぉ、すみません」
女に片手をあげて制され、饒舌(じょうぜつ)に語っていた警官が口を閉ざす。
それから了解を示すように手を振って警官を遠ざけると、コートから取り出したシガーケースから葉巻を取り出す。その先端を切りながら、視線をかたわらの男へと向けた。
「だ、そうだ。参考になったか」
それはうねる長髪とローブに埋もれる痩身の男だった。
ブルーシートをまくって中を覗いていた彼は、大して興味もなさそうに立ち上がると唾を吐き捨てる。
「ブチどうでもいい話だったぜ。警察ってのはクソの役にも立ちやしねえな」
「カカッ。辛辣なことを言ってくれる。集団というのは案外役に立つものだぞ」
火をつけた葉巻を咥え、芳香を舌で味わいながら事故現場をぐるりと見まわす。それからブルーシートを見下ろして、紫煙を吐きながら目を細めた。
「運転手たちを除き、死体はひとつだったらしい」
そこにはトラックの積み荷だったものがある。そうと分かる程度には原型がとどめられていた。だからこそ、本来の数に足りていないのだと女たちにはわかっていた。
「魔王陛下が秘蔵した幸運の妖精だ。ただの事故ではないのだろうな」
「仲間ブチ殺して自分だけブチ逃げやがったってか?」
「あるいは自分を犠牲にひとりを生かしたか……いずれにせよひとりが死に、ひとりが逃げたことに変わりはない」
女が視線を向けると、なにを言われるまでもなく男は身をひるがえす。
「テメェらがノロマだからよ、匂いはとっくにブチ捉えたぜ」
向かう先は野次馬の向こう、路地の先。
「このオレサマの『不可解の縛鎖|(インビンシブル)』は逃がさねえ。なにがあろうとぜってぇにだ」
獰猛な笑みが遠く離れた先の獲物を睨む。
女はまたひとつ紫煙を吐き出し、彼にひらりと手を振った。
「アレにはワタシから報告しておこう。―――魔王陛下の形見だ、決して逃すな」
それこそ言われるまでもない。
男は小さく笑い、人混みを蹴り飛ばしながら路地へと消えていく。
その背を見送るでもなく女は空を見上げた。
「魔王陛下の形見、か……」
心臓ににじむような感傷を紫煙とともに吐き出す。
けれど肺にくすぶる灰の言い訳ができないから、女はタバコよりも葉巻を好んだ。
「カカッ。存外、ワタシにも帰属意識というものがあったらしい」
女は笑い、そうしてその場を後にした。
立ち昇る紫煙が去っていくのに、その場のだれもが気がつかなかった。
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