第5話
□■□■
朝ごはんにはサニーサイドアップのベーコンエッグとサクサクのトースト。もちろんサラダが嫌いなマリーのために、おいしい野菜ジュースも忘れない。
(きょうは……ニンジンを多めにしよう。疲れている時には色の濃い野菜がいいらしいし)
恋人の喜ぶ姿を想い描きながら、果肉担当のミキサーと端材担当のディスポーザー(※流しから直通の生ごみ処理機。うるさい)という世にも騒がしい合奏に乗せてるんるんと鼻歌を歌ったりなんかする冷酷無比(あんさつしゃ)。
そうして準備ができれば、こんどは騒音にも負けずぐっすりな恋人を起こしに行く。
自分の代わりに抱きしめられる布団に嫉妬して強引に引きはがせば、マリーは顔をしかめながらもぼんやりと目を開いた。彼女は寝起きがとても弱い。
(うふふ。まつげからまってる。かわいいなぁ)
焦点の合わない瞳をのぞき込み、そっと目を開いてやりながらセブンスは笑う。
「んむ……」
どうやらまつげが目に入ったらしい。顔をしかめて目をこすろうとするマリーの手を止めて、セブンスはまぶたを指で開きながら舌先で優しく痛みのもとを取り払ってやった。
しばらくぱちぱちと瞬いていたマリーだが、寝ぼけ眼にセブンスを捉えると両手を差し出してくる。もちろんセブンスはそれに応え、いつものように優しく抱き上げた。
「おはようマリー。よく眠れた?」
「おぁよう……ねむいわ……」
「うふふ。そうみたいだね」
ほおずりしながらうにゃうにゃと寝言を食むマリーに、セブンスの心臓はきゅんきゅんと鳴き声を上げる。
寝巻である薄いタンクトップを挟んで大きな胸がむにゅむにゅと押し付けられるのは心地がよく、それどころか惜しげもなくさらされる紫色のナイトブラがこれまたセクシーなのだ。このときばかりはいつも、マリーが薄着を好む質であってくれることに感謝してしまう。
セブンスはそんな彼女を目いっぱい甘えさせてやりながらテーブルについた。そして膝の上に愛おしさの塊を乗せ、ぎゅうと抱きながら給仕をしてやる。
自分の体温で彼女を目覚めさせる奉仕はセブンスの趣味だ。
「マリー、お口を開けて?」
「んぁ……む」
ベーコンエッグをトーストに乗せて、軽く黄身をほぐほぐしてやったらそれを口元に運ぶ。はむっと小さな一口をもみゅもみゅと噛み千切る姿がまた寝ぼけかわいく、セブンスはによによと笑みを浮かべた。
「ふふ。マリーかわいい。ほっぺについてるよ」
「せぶんすもかわいいわ……」
口の端についた黄身を舌先で拭ってやれば彼女はお返し(くちづけ)をくれる。ちょっぴりしょっぱくて、口内を満たす甘さが引き立つようだ。セブンスはおなかの奥がきゅぅと飢えて、ついついおかわりまで求めてしまう。
そうして一口ごとに愛し合うので、ただ朝食を食べるというだけの行為でさえマリーを溺愛(できあい)するセブンスにはたまらなく幸福なひとときだった。
「ほら、野菜ジュースもあるよ」
「ぅん……ありがとう……」
咀嚼しきれないトーストを野菜ジュースで流しこむマリー。甘いものを含んだことでちょっぴりほおが緩んで、両手でコップを持つとこくこくとたっぷり飲んだ。口の端からこぼれるオレンジ色のとろりとした筋を、セブンスが丁寧に丁寧にぬぐってやる。
ほっとひと息つくと多少は目も覚めたようで、首をふるふる眠気を払うとセブンスを振り向いた。そしてふにゃりと笑みが浮かぶ。
「おはようセブンス。いつもありがとう」
「好きでやってることだから」
「それならきょうも甘えてしまおうかしら」
「もちろん。いっぱい甘やかさせて?」
ついばむようにくちづけを交わし、セブンスはマリーへの奉仕を再開した。
(セブンスったら、きょうはいつもより楽しそうだわ)
そんなことを思いながら、マリーはセブンスの奉仕を堪能する。
普段から散々甘やかしてくれているという自覚はあるが、きょうの恋人はいつにもまして甘々だ。視線と声音と表情がだるんだるんでゆるんゆるんになってしまっている。どうやらしばらくおあずけをしていたのでフラストレーションが溜まっているらしい。
とてもこれが都市伝説まがいの存在として畏怖される暗殺者とは思えなかった。
白よりはむしろピンクが似合う。それもハートマークだ。こんどでかでかと目立つハートマークでペアルックでもしようかと、愚にもつかないことをマリーはちょっぴり思った。
一方のセブンスは、相変わらず一口一口のたびにマリーの反応を求めて瞳を輝かせる。
「マリー、美味しい?」
「ええ。とっても美味しいわ。朝からセブンスの作ったご飯が食べられるなんてとってもぜいたくな気分ね」
「ふふ。これからは毎日マリーにご飯を食べてもらえるよ」
「ありがとう。嬉しいわ」
ベーコンを嚙みちぎりながらマリーはうっすらと笑う。
白無垢という恐るべき暗殺者の秘密を自分だけが知っているのだと思えば優越感が沸き上がってくる。だからセブンスに甘やかされるのはとても気分がいい。
自分以外のいったいだれがかの冷酷なる暗殺者に『あーん』などさせられるというのか。
そのうえ、この凛々しく美しい甘やかし上手はなんと自分の恋人なのだ!
そんな彼女と愛を確かめ合うだけの日々がしばらく続くのは、記事に溺れるのと同じくらいに喜ばしいことだった。想像するだけで胸が温かくなる。これを幸福と彼女は呼んで、セブンスにとってもそうであると疑っていない。
心地よい眠気が幸福な覚醒に移り行く中、マリーには少しいたずら心が湧いた。
すっかりおいしくいただいてしまったトーストが乗っていた皿に指をつけて、とろりとした黄身をすくう。それを視線とともに差し向ければ、セブンスはうっとりと笑ってお願いを待った。
「ねえ、指についてしまったわ。キレイにしてちょうだい?」
「うん。もちろん」
セブンスはゆらりと口腔をさらし、差し出した指をそっとくわえる。
ぬめりと暖かな心地にくすぐられながら、マリーは恍惚の表情を浮かべた。
(ああ、なんて幸せなのかしら)
セブンスの濡れた瞳に背筋がゾクゾクと震える。
自分がセブンスを傅かせることを楽しむように、セブンスは奉仕することを心から望んでくれている。それこそいつも彼女が言うように死がふたりを別つまで―――いや、もし死んでしまったとしても、きっと冥府でだってこの関係は続いていくに違いない。
少し大げさだという自覚はありながらも、マリーはそんなことを思った。
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