遠い背中

仮面を外した三戸森は、私の背後から私と七加瀬両方の顔が見える位置に移動する。


「心の何処かで止めてほしかったねぇ。悪役を演じるなら最後まで全うしろよ。わざわざ幸子にヒントなんて与えて、いい迷惑だ」


七加瀬はため息を吐きながら、不満そうに腕を組む。


その非難の言葉に三戸森は、私をちらりと見て暗い顔を見せる。


「そうですね・・・。どうやら相当悩ませてしまったようで・・・反省しています。そして、斑井さん。その件について誠に申し訳ございませんでした」


深く頭を下げる三戸森。


「あ、頭を上げてくれ!そ、それに、事件の本質に気づかなかった私が悪いんだ!」


「優しいねぇ幸子は。で、幸子よ。三戸森に聞きたいことがあったんじゃないか?」


「はい。なんでも答えさせて頂きます」


三戸森は頭を上げて、こちらを見つめる。


その目線はとても真摯な物で、教会での一連の言動は本当に嘘であったことが分かり、心から安心する。


「じゃ、じゃあ質問なんだが、どうしてあんな回りくどいことを?普通に告発する方法などいくらでもあったんじゃないか?」


「告発は・・・不可能でした。私たちに島へのお客様と触れ合う機会はあれど、そのお客様は基本的に、仮名山様と関係の深い金持ちか、本当にただの一般客のみでしたので」


「で、でも迫間なら仮名山の悪事を暴くくらい・・・」


「そうですね。像にメッセージを仕込んだ私の一世一代の賭けは、見事に大当たりして、迫間様に届きました。そして迫間様から、そういう提案もありました。しかし私は、仮名山様の中の善性も知っているのです」


「か、仮名山の善性?」


「はい。彼は私達使用人に、暴力は振るったことがないのです。確かに、夜伽は有りました。しかし、その夜伽もノーマルの範囲を出ないものでした。彼は、確かに奴隷産業を行っていた極悪人です。しかしその奴隷産業も、代々彼の祖父から受け継がれてきたもの。彼が始めたものではないのです」


「奴隷産業なんて、親から貰った手札でも普通は使わんだろ」


七加瀬は呆れた表情を浮かべる。


「でも彼にとっては、それは生まれてからずっとある、当然のものだったのです。だから私は・・・彼にやり直して欲しかったのです。持ち物をリセットして、また一からスタートして欲しかった」


「その結果があれか?」


「・・・そうですね。結果としては、失敗でした」


「そ、そういえば世間はお祭り状態って七加瀬も言ってたな」


「仮名山様は・・・またコネを使って、奴隷産業を始めようとしたのです・・・」


「ふーん、成程な。それを迫間が察知したから、世間に奴隷産業のことを公表したのか。そして結果はああなったわけだ」


「け、結果はああなったって、何か起きたのか?」


「仮名山はな、世間のバッシングに耐えられずに自殺したよ」


「そ、それは・・・そうか・・・なんというか、上手くいかないものだな・・・」


結局は身に侍らせていた奴隷も、奴隷産業で得たお金も無くなった彼は、ドン詰まりから心を入れ替えて善性を見せるわけでもなく、昔の栄光に縋ってしまったわけだ。


「まあ結局の所、作戦が成功する奴もいれば、その煽りでやり直しが失敗する奴もいるわけだ。そんな成功者の三戸森に、一つ聞きたいことがある」


「はい。なんでもお答えします」


「他人を犠牲にして得る生に、意味はあると思うか?」


「・・・はい、意味はあります。なぜなら私には、その生はかけがえのないものだったのだから」


「かけがえのない?」


「私は・・・仮名山様主催の奴隷市場で、真に美しいモノを見ました。それは、人間の愛情、そして過酷な環境でも折れない心でした。私は・・・真に美しいものとは、形のあるものだと思っていたのです。しかし奴隷となり、芸術という縛りから解放された私は、彼女ら4人と出会った」


「ほかの使用人達か」


「そうです。彼女らは奴隷となり、お互いを蹴落とさなければ生きていけない様な環境ながらも、お互いを慈しみ助け合っていた。私は彼女らのその姿を見たときに、ひどく私が醜く見えました。なんたって私は、人である親を捨てて芸術なんて物に走った愚か者なのですから。だから、私はどうしても守りたかったのです。何を犠牲にしても彼女たち4人を・・・自由にしたかった」


「・・・なるほどな。大切な誰かを活かす為ならば、どんな事でもするという訳か」


「そう捉えて頂いても構いません。それだけのことをしたと自覚しております。私は、地獄に堕ちるでしょう。しかし、良いのです。彼女たちが笑って暮らせれば。それだけで・・・私には意味があった」


三戸森は、儚い笑顔を浮かべる。




喜ぶ気持ちと罪の気持ちが、彼には未だに渦巻いているのだろう。


たしかに彼のやったことは結果だけを見れば、仮名山を自殺に追い込んだとも言えるだろう。


しかし、それでも・・・地獄に堕ちるとしても、三戸森宝景は・・・良い奴だ。


それは、何があっても変わらない。



「姉さんも同じ気持ちだったのかね・・・」


七加瀬は苦い顔をする。


思い出したくない過去でも思い出したのだろうか?



「おーーーーーーーい!おーーーまーーーたーーーせーーー!」


ちょうど話に一段落ついたときに、入口よりとんでもなく五月蝿い声が聞こえてくる。


こんなハイテンションな奴は最近出会った中で一人しかいない。


「七加瀬くんの、迫間蕗だよぉ!!!!」


そう迫間蕗、覚醒バージョンだ。


いや、テンションが高い方だからといって、覚醒は安易か?


目が覚めてるって意味ではローテンションな方が覚醒versionかもしれない。


仕切られている私たちの机まで来ると、彼女は仮面を外している三戸森を見て目を丸くする。


「おおっと。三戸森くん。もうネタばらしをしちゃったのかい?」


「いえ、ネタばらしというより、七加瀬様には通用しなかったようで」


「やっぱ、ばれちゃうかぁ。流石は七加瀬くんだね!」


「お前の違和感のある行動が目立ち過ぎたからな。そもそもウェスタの死体が発見された日に、殺人鬼がいるかもしれない中でお前が俺に一人で風呂に入るような状況を作る筈がないからな。落ち着き方も含めて、お前は何か事情を知ってるんだろうなとは思ってたよ」


七加瀬は頬杖をつき、あきれた表情を浮かべる。


「お前とはなんだ七加瀬。迫間様へ、なれなれしい呼び方をするな」


そんな七加瀬に、後から入ってきた神舵が苦言を呈する。


相変わらずめちゃくちゃ七加瀬に当たりが強い。


「そもそも、なんで俺らをあの島に招いたんだ?別に蕗と神舵だけで行けばよかったじゃないか」


「それについては、七加瀬くんと旅行に行きたかったからさ!!あとは、まあ確かめなきゃいけないこともあったからね。それもかねてって感じなんだよ」


確かめなきゃいけないこと?


「確かめなきゃいけないことって・・・ああ、なるほどね。だから一日目はあんな部屋割りにしたのか」


「え゛っ!」


も、もしや私に関係あることなのか?


「それで、どうだったんだ」


「いやー盛り上がったよ!ねえ!幸子ちゃん!」


困った。

盛り上がった記憶が全然ない。

でも、迫間のあのローテンションを七加瀬に明かすわけにはいかないので、適当に答えておこう・・・。


「そ、そうだな!楽しかったな!」


「・・・斑井さん、楽しかったとは?後ほど話を聞かせていただきましょうか」


私の言葉に、迫間推しの神舵は冷たい目を私に向ける。


迫間からの問いかけは、どうやら八方塞がりだったようだ。


「た、楽しかった・・・けど!何もなかった!!」


なおも訝しげな表情を見せる神舵。


そんな神舵に、話を遮るように七加瀬が声をかける。


「そういえば、結局神舵はあの島の神事を行っていた一族の末裔だったのか?」


ナイス助け舟。


「なんでそんなこと知ってるんですか、気持ち悪い」


七加瀬を見つめる表情はいつも通り険しいが、その表情をさらに険しくして神舵はため息をつく。


「・・・騙していた手前もありますし正直に話しますが、確かに私はあの島に神事で出入りしていましたとも。もっとも、ギャンブルで多額の借金を負った父親のせいで一家離散した後は、島には一度も訪れませんでしたが。島も結局は金のために仮名山に売ったところを見るに、あいつの賭博癖は治ってはいないようですね」


「そういえば俺、神舵の経歴って知らなかったな・・・」


「私がここ最近拾った子だからね~。離散後に当てもなく所々を転々としていたら、私と出会ったんだよね?」


「迫間様と出会えた日の喜びはいまだに忘れられません」


「うれしい事言ってくれるねぇ。さあ、島の終わったことなんてもういいじゃないか。それより早く食べるぞぅ!今晩は私の奢りだよ~~!」


迫間の大きな声でスタートする、マスカレードレストランでの夕飯。


皆それぞれ色があるが、楽しそうだ。


そんな皆にも悩み事、忘れられない過去はある。


借金で一家離散。


人には人の数だけ、それまでの苦難と災難が有り、その辛さは本人にしか分からない。


神舵はすでに割り切ってしまっているが、私はどうだ?

三戸森はどうだ?

迫間はどうだ?

そして、七加瀬はどうだ?


辛い過去を引きずりながら生きている。


過去のしがらみや辛さは消えないものだ。


だからこそ神舵の様に、どこかで折り合いを付けてやっていかなければならない。




だが、それが上手くできないからこそ、こんなにも私達は悩んでいるのだ。




でも、ただこの瞬間くらいは、楽しい記憶でいても良い。


そして、いつか楽しい時間がもっと、もっと増えてきたらきっと。


私の辛い過去を、知覚できない程まで塗りつぶしてくれるんじゃないかと、私は信じている。













マスカレードレストランからの帰り道。


行きはリムジンでの移動であったが、実際の距離はそんなに遠くなかったので散歩がてら歩いて帰ることにした私達。


夏で日照時間が長いとはいえ、既に空は朱色に染まってきていた。


「相変わらず旨かったな。また行ってやらんこともない。タダならな」


「た、タダじゃないと行かないんだな」


「そりゃそうよ奥さん。今回の依頼の料金は、迫間がとんでもない金額を振り込んでいたが、この世の中には税金というものがあるからな、迂闊に使うと普通に破産する。俺達は裏金を隠す禁足地は所有してないからな」



「・・・よくよく考えると、私はヒントを与えられていたんだ」


「ヒント・・・?ああ、美術島の話ね。三戸森も罪悪感からヒントを漏らすなんて中途半端というかなんというか・・・」


「ち、違うんだ、それ以前にもヒントは貰っていたんだ。しゅ、出港前に、神舵に殺人は起こらないって聞いていたんだ。船に乗ってからは、迫間からも同じ話を聞いた。あれは・・・ヒントだったんだ。そのヒントに気づかなかった私が情けない。探偵失格だ・・・」


私は本当に馬鹿だ。


正解を貰いつつも、それを忘れて問題に挑んだ。いや、挑んだ気になっていた。


事件の本質すら見抜けずに何が探偵か。


「探偵失格ねぇ。まあそう言いたい気持ちも分かる」


そう話す七加瀬の声が、どんどんと上に上がっていく。


俯いて歩いていた私には見えなかったが、どうやら公道にある階段に突き当たったようだ。


私は視線を上げると、階段の中腹で七加瀬は立ち止まり、こちらを振り返る。


「始めたばっかりの奴が、いきなり一人前にはなれんさ。0を1にするのが一番難しいんだから。でもな、幸子。お前は一人じゃないんだ。俺もいるし有利も居る。迷惑をかけろ、足を引っ張れ。ガムシャラに考えろ」


「で、でも、私の失敗で依頼を達成できなかったら、私はどうすれば良いんだ・・・?」


「どうもする必要はない。いや、依頼人に謝る必要はあるが・・・まあ何とでもなる。最悪、蕗に助けてもらえば良い。あいつ、金持ちだからな」


「な、何だそりゃ」


七加瀬の無茶苦茶な言葉に、私はわざとらしく口を尖らす。


「・・・いいか?失敗を恐れるな。成功の反対が失敗じゃないんだ。失敗の延長線上に成功がある。失敗しても、俺がケツを拭いてやる。だから初めは失敗するといい。そうすれば、いつか必ず一人前になれるさ」


七加瀬の表情は赤い夕陽の逆光によって詳しくは分からなかったが、とても暖かみを感じられた。


それが、新しい後輩に対しての情から来る物か、はたまたいつもの気まぐれか、私には分からなかったが、それでも次へ繋げる為の気力は与えられた。


「・・・そうだな。また、頑張ってみるよ」


そんな私のあまりにも平凡な意気込みに、七加瀬は笑う。


「よしよし、それでこそ我が事務所の一員だ。ところで、タコ焼き食べるか?」


タコ焼き?


露骨な励ましだ。


先程マスカレードレストランで食べたばかりだし、流石に七加瀬に気を使わせすぎているから、この誘いは断ろう。


「剣華が坂口組のシノギのタコ焼き屋で働き始めたらしくてな。今の時間、おそらく勤務中だ」


「・・・行く」


「よし、んじゃあ行くぞー!」


夕日が照らす階段を、七加瀬が調子よく上り出す。



そんな上機嫌な背中を眺めながら・・・まだまだ追いつけないなぁと、感じてしまう私なのであった。



File.1『だから、誰もいなくなった』 end




        Next   File.2『花の咲く街』

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