真実を暴く者の問答

着替えて一階に降りると、いつものスーツを着ている七加瀬と、コスプレした有利がソファに座っていた。


有利は、階段から降りた私を見て一目散に駆け寄ってくる。


「うわぁぁん!!幸子ちゃん、部屋から出てきてくれて良かったよぉ」


そんな事を言いながら抱きついて来るが、彼女の被っている“ヘルメット”がデコにぶつかり大分痛い。


「し、心配かけてごめん、有利ちゃん。あ、あと、そのコスプレは?」


「これですか?コレは甲子園球児のコスプレです。似合ってますか?」


「に、似合っては居るけど・・・コスプレの選択はミスってるかも・・・」


そもそも甲子園球児は、殆どが男性だ。


いや、見た事ないから、もしかしたら女性の甲子園球児もいるかも知れないが・・・。


「ガーン、時期に合わせたつもりなのに」


「夏といえば甲子園というのはそうだがな。コスプレの選択肢として選ぶ奴は少数だろうな」


七加瀬もニヤけながら有利を見つめる。


「でも、毎年私は楽しみにしてるんです!」


そんなやりとりを行なっていると、


ピンポーン


と、玄関のベルが鳴る。



最近取り付けたインターホンのモニターを私が確認すると、入り口に立っていたのは、澤井と呼ばれていた迫間の執事だ。


「な、七加瀬、澤井さんが来たぞ」


「ああ、迎えに来いって連絡したんだ。そもそも何処に行くか迫間から聞いてないから、コッチから出向く事なんて出来ないんだ」


「ど、何処に行くかわからない?」


「まあ、車内で澤井に聞けば早いだろ。さて、幸子、行くぞ。有利、留守任せた」


「押忍!誰が来ても、この黄金バットで押し返してやります!押忍っ!」


「突然取って付けたかの様にキャラ付けするな。ってか、お前の甲子園球児のイメージ絶対間違えてるからな」


「えー。それは、解釈違いって奴ですねぇ」


「・・・勝手なイメージだが、解釈違いとかっていうと、甲子園球児を推しキャラ認定してるみたいで嫌になるから辞めてくれ」


「推しキャラ解釈違いオタクに毒されすぎですよ。ネットの海に浸かりすぎです」


「あの人達って推しキャラ解釈違いオタクっていうのか、知らなかった」


「私が名付け親です。この前に好きな漫画の掲示板で二つのアカウントがカップルの解釈違いで言い争っていたので、私が降臨して名付けてあげました。言い争っていた二人は、直ぐに仲良く私を攻撃していましたよ」


「言いながら思い出して少し涙目になるのは辞めろ」



「ふふふ」


そんな有利と七加瀬のやりとりに笑みが溢れる。


やはり、この場所は・・・楽しい。


笑顔にさせられる。


「・・・さて、んじゃあ行きますか」


「そうですね、良い物も見れましたし。では、七加瀬さん幸子ちゃん、いってらっしゃいませ。出来れば納得の行く答えが得られる事を願います」



そう有利ちゃんは、恭しく頭を下げる。


「ああ、行ってくる」


「い、行ってきます」




そうして事務所から出た私達は直ぐに澤井の乗るリムジンに乗り込む。


リムジンは流石に目立つ黄色ではなく落ち着いた黒色で、少し安心した。


「さて、澤井。これから何処に向かうんだ?」


七加瀬がリムジンの後部座席から、運転席の澤井へ話しかける。


先ほど言っていた様に、これから何処に向かうか本当に七加瀬は知らないようだ。


「これより向かうのは、WPMが新しく手がけるレストランとなっております。まだオープン前ですので、ゆったりと過ごせる事を約束します」


「ふーん。新しく手がけるレストランね。そういえば、WPMもあんまりそっちの方面には手を伸ばしては無かったな」


「左様でございます。なので、新しい試みですね。勿論、WPMのバックアップの元ですので、失敗する事などあり得ませんが」


「フンっ。WPMのバックアップね。大した自信だ事で」


「そういえば、坊ちゃん。坊ちゃんに言われた通りに予定時間より、だいぶと早く迎えに来させて頂いたのですが、流石に予定時間になるまで迫間お嬢様は来られないと思うのですか、それでも宜しいのですか?」


「ああ、構わない。ゆっくりと話し合う時間が欲しくてな。レストランで先に待ってても問題ないだろう?」


「ええ、構いません」


「あと坊ちゃんは辞めろ」


「ホホホ」


七加瀬の言葉を澤井は受け流す。


「な、七加瀬、話し合う時間って・・・」


「ああ、事件について話し合うぞ。さっき言ってた様に二人で話し合えば、また見えるもんがある筈だ。今のうちに島での事、思い出しておいてくれ」


「わ、分かった」


七加瀬に言われた通りに、島での事を1日目から思い出す。


1日目、2日目、3日目、そして最終日。


この10日間で抜けた記憶を手繰り寄せて、思い出す。


少しでも、一人前の探偵になる為に。




そして、とても辛い4日間を思い出していると、リムジンが止まる。


「到着致しました」


どうやら、目的地に着いた様だ。


澤井が運転席から出て、後部座席の扉を開けてくれる。


そして、後部座席から降りて見えた光景は・・・。


「ほ、ホテル?」


トンデモナイ大きさのホテルだ。


私は世間知らずだから知らないが、普通に生活している人なら誰しもが知っている観光名所っていうレベルなんじゃ無いか?


大きさだけではない、外見からして豪華絢爛という言葉がしっくりくる煌びやかさだ。


仮名山の館がちっぽけに見えるほどだ。


「はい。WPMの管理の下で経営している会員制ホテルでございます。こちらに新しく作られる予定のレストランにご案内させていただきます」


ホテルの入り口からメインホールに入る。


メインホールには受付やラウンジ、そしていかにも高級な物が扱われている売店があった。



と、とんでもない所に来てしまった。



見渡す限り、金持ち金持ち金持ち。


私は、場違いな所に来てしまった事への罪悪感から腰が引けるが、その腰を七加瀬に叩かれる。


「おら、胸を張れ。金なんかじゃ人の価値は決まらん」


そういい、ズカズカとホテルに入って行く七加瀬と、それに着いて行く澤井。


置いていかれないように、私も澤井の後ろに着いて行く。


出来るだけ目立たないように歩く。


めっっっっちゃ周りの金持ちに見られてる気がするが、気にしない気にしない気にしない。

き、きっと目立ってるのはいつものスーツを着崩している七加瀬だ。

私は目立ってない。バレてない。


とても広いメインホールを通り過ぎ、エレベーターの前に立つ。


「澤井、何階だ?」


「75階で御座います」


75階もあるのか・・・。


エレベーターに入ると浮遊感に襲われる。


数階建ならば直ぐに止まるはずのエレベーターの動きが、なかなか止まらない。


高所恐怖症では無くて、本当に助かった。


エレベーターの扉が開くと、そこは複数のレストランが入っているホールであった。


「こちらのレストランです」


エレベーターを出て直ぐ真正面。


そんな好立地に、そのレストランはあった。


レストランの名前はマスカレードレストラン。


「では案内します」


そう澤井が言うや否や、澤井は懐から仮面を取り出す。


「このレストランでは、従業員は仮面をつけて接客する事を義務付けられております。お客様には従業員の目を気にせずに、心から食事を楽しんでほしいという心遣いから来ているシステムとなっております」


そういい澤井が、店の入り口である両開きの扉を開けると、中には数人の仮面をつけた従業員がいた。


「本日は私達がお客様の対応をさせて頂きます。よろしくお願いします」


澤井を含めた六名の従業員が同時に頭を下げる。


「それでは、迫間様が来るまで、こちらの席でお待ちください」


そういい澤井に案内された席は、フカフカでこんなに良い椅子があるのだと思わせる席だった。

机も汚れひとつないテーブルクロスが敷かれ、オープン前という事をヒシヒシ感じさせられる。


席に案内された後、澤井達は何処かに行ってしまった。


恐らく料理の準備だろう。


「さて、やっと落ち着いたな」


七加瀬は机に置いてあるおしぼりで顔を拭く。


オッサン臭い。


そう思いながらも、私も先程の緊張からかいた汗を拭う。


ふぅ、気持ちいい。


「じゃ、始めますか」


「あ、ああ、といっても、一体何をするんだ?その、全部塗り替えるっていうのは・・・」


「ああ。今回の事件、未だに多くの謎が残っているのには気づいているか?」


「そ、そうなのか?わ、私はもう何もかも済んでしまった物とばかり・・・」


「三戸森を信じるならば、そうだな。でも、俺は信じない。・・・そうだな、折角だ。幸子の為にも、ここは問題形式で行こう」


「も、問題形式?な、なんだそれは」


「大事なのは疑問を解いて、ストーリーを繋いで行く事だ。やってみるのが一番早い。では問1、美術島事件で残っている謎とは何か」


「な、謎とは何か・・・難しいな・・・」


「ヒント1、祿神の衣装が関係している」


「ろ、祿神の衣装・・・?」


私が祿神の衣装を見たのは、館にあった物と監視カメラに映った物、そして私が祿神の森で見た物か。


この中の一体、何が謎なのだろうか?


「ヒント2、犯人が三戸森ならば、“それ”は違和感しか残らない」


「犯人が三戸森ならば?・・・・・・あ!!」



「ようやく気づいたか」


「は、犯人が三戸森なら、私が祿神の森で見た祿神の衣装を着た者は、“一体誰なんだ”!?」


そうだ。

あの時、私が祿神の森で祿神の衣装を着た人物を見た時、私の後ろから声をかけてきたのは確かに三戸森だった。


ならば、あの祿神の森で見た人物は犯人の三戸森では無いということになる。


「た、確かに謎だ」


「だろう?では問2、何故三戸森はそんな場所に居たのか」


「そ、それは、芝の様子を見に来たって本人が言ってた」


「問3、嵐も来る中、爆破する島の芝の手入れなど、する必要があるだろうか」


「そ、それは・・・確かに無い」


「問4、では芝の様子を見るのは嘘ならば、一体何をしていたのか」


「・・・祿神の衣装を着た者と会っていた?」


「問5、三戸森と祿神の衣装の人物は同一人物では無い、尚且つ二人は会っていたとすると」


「つ、つまりは、複数犯って事か!」


「正解。祿神の衣装の人物が直接殺人と関わっていたかは分からないが、その人物には確実に何かがある。が、しかしその衣装の人物をまだ絞るのは無理だ。だから、違う方向から責めよう」


「ち、違う方向から?」


「では問6、美術島事件での“一番の謎”は何か」


「ま、まだ謎があるのか・・・それに、一番の謎?そ、それこそウェスタやルイーゼの殺人とか・・・?」


「いいや、それも謎だが、偶然や三戸森の能力を考えれば説明はつく。ヒント1、島の輸出入は紙一枚に至るまで仮名山が管理していた」


「んん?そ、それだけじゃ何が何だか・・・」


「ヒント2、使用人達に自由は無かった」


「し、使用人に自由は無くて、島の輸出入に関係する謎・・・?」


「そうだ。ヒント3、突拍子もなく現れた、明らかに違法性のある物」


「・・・そこまで言われたら、流石に分かったぞ。み、三戸森が最終日に教会に設置していた爆弾。あ、あれは一体何処から出て来たんだ?」


「正解。あんな大きな爆弾、爆薬。あそこにあって良い筈が無い。それに使用人達には自由がなかった。島に爆薬を輸入何て出来やしない」


「た、確かにあり得ない。さ、流石にあんな物が島に運び込まれるのを仮名山が見過ごすとも思えないし・・・」


「では問7、爆弾は一体誰が、どの様にして島に搬入したか」


「だ、誰がっていうのは、恐らくさっき言っていた共犯者だ。し、しかしどの様にしてっていうのが、分からない」


「そうだな、恐らく運び込んだのは共犯者に間違いない。搬入方法については閃きが有れば分かるが、それは論理的じゃない。なので、また別の方面から責める」


「べ、別の方面か」


「問8、仮名山が財産を壊す様な爆弾を運び込むわけが無い、使用人達には自由が無い。なら、爆弾を運び込んだ共犯者とは」


「・・・嘘だ。それなら、その条件ならば・・・」


「俺はシャーロックホームズが嫌いだ、アイツは恵まれた才能で推理をしている。でもアイツの名言の中に、一つだけ有用な言葉がある。その名言は、“不可能なことがらを消去していくと、いかにあり得そうになくても、残ったものこそが真実である、そう想定すると推理は発展する”という物だ」


「あ、あり得ない事を真実として、想定する・・・か。つまりは、想定して良いんだな・・・!共犯者が、“島に訪れた私達の内の誰か”って事を!!」


私は冷や汗をかく。


それこそ、私が思考からまず初めに投げ捨てた物だ。


「ああ、勿論。だが、敢えて言おう。俺は共犯者ではない。これは真実だ。そして幸子も共犯者ではない。つまり・・・どうなる?」


「迫間か、神舵が共犯者だ」


「そうだ、この条件が追加されたならば、爆弾の搬入方法も分かる筈だ。問9、爆弾はいかにして島に運ばれたか」


私は記憶をたぐる。


それは条件を追加さえしてしまえば、分かる事であった。


「は、迫間が・・・いや、私達が島に運び込んだ彫刻像の台だ」


「正解。あの台は運び込む時に既に違和感があった。重心が定まらない事や、意外と軽い事とかな。つまりは中は空洞で、代わりに爆弾が入って居たんだ。その裏付けに、あの爆弾の箱の大きさは、あの像より少し小さい位だった」


「じゃ、じゃあ共犯者は本当に・・・迫間」


「では、裏付け作業に入ろう。問10、自由の無い使用人である三戸森は、どの様にして外界に居る迫間に、共犯者になる様に連絡を取ったのか」


「そ、そうだ、連絡なんてよくよく考えたら出来る筈が無い。三戸森には自由も無ければ、輸出入は紙ですら検査されるんだ。どうやっても無理だ」


「ヒント1、三戸森が物を島から出すのは不可能、ならば仮名山は?」


「そ、そりゃ仮名山ならば、好きに島から物は運び出せるだろうが・・・」


「ヒント2、仮名山と迫間で最近交流があった」


「そ、そういえば、島に訪れた位で言っていたな・・・確か・・・そうだ!芸術品の贈り合いをしているって言っていた!」


「補足1、その芸術品を実際に作っていたのは」


「三戸森・・・三戸森宝景だ!!」


「裏付けその1、アトリエには似た様な像が大量に置かれていた」


「そうだ!あの像に、メッセージが隠されていたんだ!メッセージの隠し場所は、恐らく・・・製作法の違う部分だ!」


「正解。恐らく三戸森は、あの像にメッセージを隠していた。わざとらしく製法を変えることによってな。そして、そのメッセージに蕗は気づいた。だから今回の事件が生まれた。似た様な像が大量生産していたのは仮名山が外界に送る像の全てに、同じ細工をしていたからだろう。」



「あ、アトリエにあれだけの似た様な像が残ってしまったのは、迫間から同じ芸術によるメッセージが返って来たから、もう外界への発信をする必要が無くなったからか!」


「これでアトリエの違和感、謎は全て解消された。しかし、これで新しい謎が生まれた。その謎は・・・?」


「い、一体三戸森が拡散した文章には何が書いてあったか・・・だな?」


「正解。先に何個か補足しておこう。蕗は自分の利益を生み出す為に少し悪い事もするが、明らかな悪事に加担する様な奴では無い。そして島で俺達と過ごしたのは、確実に迫間蕗本人だ」


「そ、そもそも、無作為に像によってメッセージを拡散したんだ。な、内容によっては逆に自分の首を絞めることになる」


「じゃあ、ここらでテコ入れをするか」


「て、テコ入れ?」


という事は、今では文章の内容にたどり着くだけの情報が足りないということか。


「問11、果たしてWPMのトップである迫間を納得させられる、三戸森のホワイダニットとは何か」


「と、突然そんな核心に?」


「ヒント1、迫間を納得させられると条件づけるだけで、見えてくる物がある。つまりは、島に満ちていた悪意さえ抽出すれば良い」


七加瀬のヒントで思いつく悪事は、一つしか浮かばない。


「・・・奴隷だ」


「正解だ」


そうだ!


人殺しなんて事が起こっていたから放置していたが、仮名山は使用人を奴隷として扱っていた。

いや、実際に奴隷であったのだ!


島から帰ると迫間に何とかして貰おうと、私も考えていた!


「部屋に篭っていた幸子は知らないだろうが、仮名山の奴隷産業がバレて、ここ数日の世間は祭り状態だったぞ。恐らくその情報をリークしたのは」


「は、迫間だ」


「正解。あらゆる方面に顔が効き、仮名山に情報が揉み消されない人物といったら、もう蕗しかいない」


「じゃ、じゃあ!こ、今回の事件の意図は・・・奴隷産業の廃止!?」


「正解だ。これでホワイダニットが埋まった。つまりは、三戸森の教会でのホワイダニットは嘘っぱちだ。では、次はフーダニットだ」


「ふ、フーダニットか・・・でも、それこそ、三戸森と迫間がそうなんじゃ無いか?」


それ以外何かあるのか?


「いや、よくよく考えてみろよ。奴隷産業の廃止を目指すのに、果たして奴隷を犠牲にするか?それに、ホワイダニットが打ち消されたんだ。つまり三戸森宝景は、欲望で人を殺すサイコパスではない」


「し、しかし、私達は見たじゃ無いか!ウェスタの死体を!そ、それに七加瀬は見てないかも知れないが・・・あのルイーゼの死体は本物だった!あ、あの匂い、流石に私は間違えないぞ。あれは、確実に死の匂いだった」


「では問12、今回の殺人には共通点がある。それは何か」


「きょ、共通点・・・?」


ナイフで刺されている?


いや、イェスタは爆死、ルオシーは毒殺だ。


「ヒント1、それは俺達が何度か話した内容も関係している」


「な、何度か話した?」


確か殺人について話したのは、死体の消失での完全犯罪だ。


でも、爆死はまだしも毒殺は死体が残っているが・・・。


いや、考え方が違うのか?


どう殺されたかじゃないとしたら・・・。


「ヒント2、これは核心的な事なんだが、」


「いや、待ってくれ。もう少しで思いつきそうなんだ」


今回の殺人の共通点。


刺殺、爆死、毒殺。


この並べ方じゃ、ダメなんだ。


重要なのは・・・結果だ。


「し、死体が消えた・・・いや、それは正確な言い方じゃ無いな。きょ、共通点は、死体の検死が出来なかった事だ」


「・・・正解だ。」


七加瀬は、自分で答えを導き出した私を見てニヤリと笑う。


謎を解く快感。


勿論、七加瀬にレールを敷いて貰ってではあるが、これ程の達成感とは。


「では、問13、何故検死が出来ない様にしたか」


「こ、これは私の・・・単なる願い、希望なのだが・・・」


的外れな答えだと、わたしは思う。


確実にルイーゼは死んでいた、あの血の匂い、肉片の感触。

全て今でも思い出せる。


しかし、願ってやまない。


「じ、実は・・・誰も死んでいなかったからじゃ無いか?」


私のそんな答えを聞いて、七加瀬は唖然とする。


や、やっぱり、的外れすぎただろうか?


そんな七加瀬を見て不安そうな顔をする私。


七加瀬はその唖然とした表情のまま、答えた。




「・・・正解だ」



「えっ・・・嘘・・・?」



ただの私の願望の筈だ、的外れな答えの筈なのだが・・・正解?


「まさかこの問題で、ヒントを出さなくても答えが出るとはな」


七加瀬がわざとらしく目頭をおしぼりで拭う。


「もう免許皆伝だ。言う事はない」


「ま、ま、ま、待ってくれ!本気で言ったわけじゃないんだ!何でそうなったか分からない!教えてくれ!」


「えー。当てずっぽうだったのか?・・・まあそれはそれで凄いが・・・」


「早く!理由!!!」


「・・・まず、これは俺の推測だ。絶対に正解ではないから、期待しすぎるなよ」


「わ、分かったから、早く」


「慌てるな。その答えを出すまでの道のりが長いんだ。じゃあ、まずはハウダニットの打ち消しだ。問14、誰も死んでいないとしたら、俺らの見たウェスタとルイーゼの死体は一体何だったのか」


「そ、それが分からないから聞いているんだ!」


「ヒント1、三戸森の能力」


「はあ?・・・はぁ!!!そうだ!!何かを死体の姿に変えれば良いんだ!!!!!」


「正解」


「で、で、でも!ルイーゼはどうなんだ!!肉片は完全に生々しかったし、血も消えなかった!」


「ヒント2、美術島には俺たち以外にも生物が居た」


「も、もしかして・・・豚!?」


「正解。ルイーゼの死体発見時、閉じた部屋に真っ先に気付いたのは三戸森。先に部屋に入る条件は整っている。そして、真っ先に部屋に入った三戸森は、事前に殺しておいた豚の姿をルイーゼに変えて、それにナイフを刺すだけで良い。三戸森が教会で言っていた能力の条件、自分で作った物に、養豚場の豚ならば当てはまる可能性も高い」


「で、でも、そんなのリスクが高すぎるんじゃ無いか?」


「だから、爆発したんだろ?」


「は?」


「つまりはこうだ。三戸森が部屋に入る際に誰かが一緒に入ってこようとしたり、三戸森より早く誰かが部屋に入ろうとした場合、直ぐに爆弾を起爆してしまえば、豚の死体は木端微塵だ。豚の顔や足の特徴的部分を、削ぎ落としておけば、起爆後も誤魔化しやすい。それに昨日の夜の出来事もある。ルイーゼのメイド服さえわざとらしく被せておけば、誰もが見間違うだろうな」


「つ、つまり、豚の姿が万が一にも見られない様に、リスク回避の為に爆弾を死体に詰めていた?」


「正解」


とんでもないことをする。


でもよくよく考えてみると、あの時の三戸森の行動はおかしかった。


三戸森が部屋に入って死体に近づき、私達から見えなくなった後、私が部屋に入ると何故か死体の前で腰を抜かしていたのだ。


普通は部屋に入って直ぐに目に入る死体を見て、腰を抜かす筈だ。


あの謎の間はそう言う事だったのか。


「裏付け1、トリックに使用した事で豚の頭数が減っている事が察知されない様に、三戸森は小細工をしていた」


「さ、最終日の豚小屋の爆発だな」


「そうだ。あの爆発にも、意味はあったんだ。もし、仮名山にでも見られたら可能性としては薄いが、そのことを察知されていたかも知れない」


「つ、つまり、イェスタは死んでいないんだな」


「俺らは、誰も死んでいないと仮定して話を進めているからな、当然だ。それにイェスタより先にウェスタの問題を何とかしよう。問15、ウェスタ殺人はどの様にすれば、ウェスタ生存に塗り替えられるか」


「あ、あの時、ティーカップは冷めていた。な、ならば、あれはやっぱり事前に用意されていたもの・・・。つまり、ウェスタが館のブレーカーを弄り、その間に三戸森の能力でウェスタを殺した様に見せた・・・?」


「それだけじゃ、足りない。問16、ウェスタとイェスタが二人とも部屋に居たと俺達は思った、それは何故」


「ふ、二人の声が、したからだ」


「正解。では問17、これは難問だぞ。二人の声の謎、それをどう突き崩す?」



「ふ、二人の声か・・・。居たのは実はウェスタで、イェスタがブレーカーを弄っていた?いや、あの時はイェスタも確実に部屋にいた。でも暗闇ではウェスタの声もした・・・。それなら・・・もしかして、ウェスタの声真似をイェスタがした・・・とか?」


馬鹿馬鹿しい答えだろうか?


「正解だ。やるじゃないか」


「せ、正解なんだな。で、でもそれしか無い気がして」


「その思考が大事だ。じゃあ裏付けその1、仮名山は毎晩メイド達と夜伽を行っていた」


「た、たしかに、三戸森がそんなことを言っていたが、それが何か関係あるのか!?」


突然の下ネタに、先程までとの温度差で少し慌てる。


「関係大有りだ。裏付けその2、二日目夕飯前に俺たちはウェスタからある言葉を聞いた」


「二日目夕飯前・・・?」


記憶をたぐり寄せる。


美術島での出来事は、ここに来る前に出来るだけ思い出す様にしていたのだが・・・。


「ほら、幸子が処女って話をしただろう」


「思い出したく無い記憶を思い出させてくれたなこの野郎!!」


幸子は激怒した。

かの邪智暴虐のウンヌンカンヌン。


「ハハハハ。悪い事じゃ無いと俺は思うぞぅ」


「グヌヌヌヌヌ。で!!その話がどうしたって!!??」


「そんなに怒るなって。その時、ウェスタが言っていただろう?私も処女だって」


「あっ。た、確かにおかしいかも知れない」


「二日目最終日にルオシーが、仮名山に向けて言った言葉覚えてるか?」


「・・・もしかして、今日の当番とかって言っていたアレか?」


あの時は少し気になったが、状況が状況なのでスルーした言葉だ。


「今になって思うと、あれは夜伽の当番って事だと俺は思う。そして、一日目の夜。俺と幸子は晩に仮名山に会ったな。その時に隣にいた、当番のメイドは、誰だった?」


「・・・う、ウェスタだった筈だ!」


「夜伽をしているのに処女。これはおかしい。これは推測なんだが・・・声で見分けられるというのは真っ赤な嘘で、二人とも同じ声を出せるんじゃないか?そしてそれを仮名山すら知らないとしたら?」


「という事は、あの仮名山の横にいたのは、実はイェスタで、ウェスタの代わりに夜伽を引き受けていた?で、でもそんなの、双子プレイがしたいとか仮名山が言ったら終わりなんじゃ・・・?」


「それについてなんだが、仮名山が監視カメラの部屋に行く前にルオシーに言った言葉で、契約って言葉がある。少なくとも奴隷とはいえ契約で成り立ってる事を考えると、その契約に姉妹でのプレイの拒絶を入れる事は可能だ」


「で、でも流石に黒子とか、そういった違いで分かるんじゃないか?」


「それについては三戸森が言っていただろ?整形した人形って。使用人誰でもいい、顔にシミ、ホクロ、一つでもあったか?」


「な、無い。そういえば、ルオシーは全身にシミやホクロひとつ無かった」


「つまり、整形で消し去ったんだ。そのせいで見分けが付かないなんて滑稽な話だがな」


「つ、つまりは、ウェスタ殺人の真相は、イェスタがウェスタの声を出して自作自演をしていたって事か」


「そうだ。」


「で、でもそれならば、イェスタが暗闇の中で使用人の列から離れて壁伝いにリビングの扉に行く音が、暗闇で出る筈だ。そ、そんな音を聞いた覚えはない」



「当然だ。何故ならば、その壁の付近で大声でふざけて叫んでた奴がいたからな」


「・・・迫間か」


停電時、真っ先に悲鳴を上げたのは迫間だ。


ふざけた様に装っていたが、アレも作戦だったのか!


「これで分かったか?」


「あ、ああ。ま、まず部屋を出たウェスタはブレーカーを弄る。そういえば、停電の起きた時間は午後七時ピッタリだった!時間で停電を合わせていたのか!それで停電を起こしている間にイェスタは、迫間の叫び声で入り口に移動。扉を内側から開けてウェスタがさも入っていたかの様な声を上げる!そして、入ってきた事を印象づける様に壁沿いに歩いた音を出し、軽く叫び声を上げる。そこからは三戸森が、豚の姿をウェスタに変えてビリヤード代に貼り付けるだけだ!」


「補足としては、ブレーカーを弄るタイミングの、停電は午後七時で合っているが、その後の点灯はビリヤード台に豚を叩きつける大きな音で判断していたんじゃ無いかと俺は考えている。それと、豚の隠し場所はビリヤード代の下に、ピッタリの空間があったからそれを使ったんだろうな」



「凄いな、ドンドンと謎が解けていく。や、やっぱり、七加瀬はすごい・・・」


今更ながら、この男の発想力と閃きには驚かされる。


「いいや、幸子もちゃんと答えを出せている。殆ど終わったが、あと少しだけある。まだまだ着いて来れそうか?」


「も、勿論だ!」


「では問18、使用人達は、どの様に最後の爆発から生き残ったか」



「・・・・・・」


忘れていた。

そうだ。

爆発したんだ、あの島は。


つまりは、あの時点で死んでいなかったとしても・・・最後の爆発でみんな死んでしまったかも知れない。


「難しいか?」


「あ、ああ、すまない。嫌な事を考えてしまった。な、七加瀬が問題にするんだ、つまりあるんだな?出口が桟橋しかない、あの島から無事に脱出する方法が・・・!」


「たしかに今の情報じゃ難しいかもな。じゃあここで、“初めに戻ろう”。問19、三戸森と祿神の森で密会していた、祿神の衣装の人物とは誰か」


「そ、それも迫間だと思ったんだが・・・」


「いいや、違う。これに関しては、本当にただ一つの違和感から導き出した物だ。ヒント1、その違和感とは二日目の島案内、北西に広がる崖での出来事だ」


「崖での出来事・・・あの時私は崖に近づいて、それを神舵に助けてもらって・・・あ゛」


「気づいたか?」


「あ、あの時、何故崖の説明を仮名山がする前に、“神舵は私を引き止められたんだ”?」


「そうだ。つまり?」


「神舵は、あの島に事前に行った事がある!」


「しかし、神舵と仮名山は面識が無かった。何故か?」


「・・・仮名山が島を所有する前に、神舵はあの島に行ったことがあったんだ・・・!!」


「あの島は元々は神事を行うのみの無人島で、管理を任された神を祀ろう一族しか基本的に出入りは無いらしいな」


「つ、つまりは、神舵はその一族の末裔?そ、そういえば、神舵が祿神の衣装を見ている時、よく分からない表情をしていた気がする」


「そう考えれば全て納得がいくだろう?世界に1セットしか無いとか、その時に仮名山は言っていたが、結局はあれは嘘っぱちだった訳だ。何故なら、その一族の末裔である神舵が持ってきていて、着ていたんだから」


「で、でもあの衣装を着る必要はあったのか?」


「流石に末裔である神舵は、あの森に普通の装いで入る事に嫌悪感があったんだろう。まさかその場面を幸子に見られるとは思わなかっただろうがな」


迷った私は、まさかのナイスプレイという訳だ。


「じゃ、じゃあそこまでして入った森には、一体何があったんだ?」


「金持ちが、それに悪い事をしている仮名山が禁足地なんて場所に隠す物なんて、一つしかないだろう?」


「あ、ああ、なるほど・・・」


「では問20、仮名山が禁足地に隠していた物とは」


「奴隷産業で儲けた財産だ」



「正解だ。金持ちが禁足地なんて使い勝手のいい物を利用しない手がない。世間にバレちゃマズい、悪ーいお金なんだからな。まあ、末裔の神舵からしたらトンデモナイ罰当たりって話だ。爆破されても文句は言えんわな。というよりも、その財産を爆破する為に、わざわざ森に近い教会で爆弾を起動したんじゃないかとも思う」


「で、でも問18はどうなんだ!?一体どうやって彼らは生き残ったんだ!」


「俺は最終日に、迫間が俺に冷たいって言った理由、わかるか?」


「そ、そんなの、わかる訳ないだろ!七加瀬の主観なんだから」


「いいや、違う。簡単な話だ。迫間は、俺の事が好きだろう?いつもベタベタしてくる。なのに何故、最終日の班分けは、あんなにスムーズに進んだんだ?」


「な、何が言いたいんだ?」


「言い方を変えるか。なんで迫間は班分けで自ら率先して、大好きな俺ではなく、神舵をつれて、北西の崖をわざわざ指定して向かったんだ?」


「・・・島の事を知っている神舵しか知らない何かをソコでする為だ」


「つまりは?」


「北西にも、船をつけられる、そして崖を降りられる場所があるって事か?そして、ソコで使用人達を船に乗り込ませた」


「補足1、とんでもない嵐の中でも平衡感覚を失わずに航海できるスーパーハイテク船がある。その船には、島への到着と同時に、何故か大量の食糧と飲み水が積まれた。その船は、何故か俺らの迎えには来なかった。補足2、近づく事が危険とされている場所を、わざわざ仮名山が海辺に降りられる場所があるかどうか、調べる事があるのだろうか」


「で、でも、イェスタとウェスタとルイーゼはそれで良いが、三戸森とルオシーはどうなるんだ?流石に二十分、いや十九分じゃ教会から走って北西の崖を降りて、船に乗り込むなんて無理だ」


「簡単な話だヒント1、リサイクル」


「・・・中身が空洞の像だ!」


「正解。あの台は、大の大人二人分が入れる様な大きさになっていた。中をシェルター化するなんて、蕗からしたらお茶の子さいさいだろう。それにしても、像に彫られているのが男女のアダムとイブの逸話なんて、本当にアイツはいい性格してるとしか言えん」


「こ、これで・・・」


「ああ、フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット、塗り替え完了だ」


「つ、つまりはフーダニットは、使用人全員と迫間と神舵の共犯。ハウダニットは、色々とこねくり回して実は誰も死んでいなくて、ホワイダニットは、奴隷産業の廃止って事か・・・」


本当に、周りくどい。


「で、でも何で、そんなややこしい事を・・・」


「さあな。まあ本人に聞けばいいんじゃないか?」


「本人に聞けばいいったって、何処にいるかなんて・・・」


「じゃあ、コレは最後の問題だ」


「最後の問題?」


「死んだ事になった使用人の数は五名。このマスカレードレストランの、“澤井を除いた従業員の数は五名”。コレの意味する事は?」


「え・・・えぇ!?」


そして七加瀬は視線を私から、そのすぐ後ろの上空に移し、明らかな敵意を表情に浮かべながら話し出す。





「よくもクダらない感傷でウチの探偵を泣かせてくれたな、クソ野郎」






私は直ぐに後ろを振り向くと、ソコには先程入り口で澤井の横に立っていた、仮面の従業員が居た。


そしてその仮面を、従業員はゆっくりと・・・外した。


「その件につきましては、言い訳のしようがありません。もしかしたら・・・心の何処かで止めて欲しかったのかも知れませんね」


その従業員は間違いなく、美術島で出会った、三戸森宝景であった。

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