斑井幸子の罪

七加瀬特別事件相談事務所の二階の一室。


そこが私に与えられた部屋だ。


その部屋は今・・・限界まで散らかっていた。


脱ぎっぱなしの服や、放置された小物やゲーム機。


仕方ない、何もやる気が起きないのだ。


私はゴミだ、ナメクジだ。


こうして布団にくるまっているのがお似合いだ。


やはり私が生きている意味などは無い、何たってナメクジなのだから。


ヌメヌメするのがやっとだ。





あの事件から10日経った。




私は殆どの時間を何かをするでもなく、この布団の上で過ごしていた。


何かをしようとすると、どうしても頭に美術島の面々がチラつく。


特に思い浮かぶのは、ルオシーだ。


私が守る予定だった、守ると約束した。


結果はあの有様だ。


私は守る約束したのに、周りに流されて別行動を取ってしまった。


あの場面で、纏まって動こうと私が一言いうだけで話は変わっていた筈だ。


守れた、守れた筈なんだ。







・・・イケナイ、また考えてしまう。



辞めよう、また寝よう。


寝て、全てを考えない様にしよう。



私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ私はナメクジ



「何やってんだ、幸子」


気づけば私の部屋の入り口が開き、七加瀬が部屋に入ってきていた。

布団の隙間から覗くと、七加瀬は呆れた様な表情で、布団にくるまる私を見ている。



「な、ナメクジのマネ・・・」



「芸人でも小学生でも、ナメクジの真似だけはしないと思うぞ」


「ぐぬぬ」


「それより前にも言ったが、今日は迫間が晩飯を俺と幸子に奢ってくれるらしいから、行くぞ。準備しろ」


「い、嫌だ、行きたくない。な、七加瀬だけで行ってくれ」


「何でだよ」


「こ、心なしか頭が痛い気がする。あ、あとお腹と背中とお尻も痛い気がする」


そんなネガティブな言葉を放ち、尚も布団にくるまり続ける私を見て、七加瀬がため息を吐く。


「あのなぁ。お前の気持ちも分かる。事件が解決出来なかったんだ。落ち込むのも当然だ。だがな、俺らへの依頼は迫間の護衛だ。探偵なんて最低限、依頼をこなしていれば問題ないんだ。そんなに落ち込む必要はないだろ」


「違う!!!」


七加瀬のその言葉に、私は耐えられずに布団から上半身を出す。


「お、お前・・・」


七加瀬が狼狽える。


当然だ。


私の顔は何度も泣いた跡が残って腫れぼったくなっているのに加え、七加瀬の言葉を聞き、今も涙を流しているのだから。


「わ、私は違う!七加瀬とは違うんだ!!犯人が分かった筈なんだ!守れた筈なんだ!だって私は・・・三戸森が能力を持っているのも、その能力の内容も知っていたのだから!!!!!」


涙が止まらない。


ずっと考えないようにしてきた言葉を、自ら話すのは・・・辛い。


しかし、それが私の罪だ。


「私は・・・三戸森が犯人だと分かる唯一の人間だったんだ!七加瀬と最後にこの島での出来事を話し合う時も!七加瀬に三戸森の能力の事を話さなかった!何故かって!?そんなの、三戸森が私にしか話してないって言ったから!デリケートな話だと思ったからだ!あの状況で、私は・・・安心し切っていた!!もう何も起こらないと!もう島から出て終わりだと思っていた!!そんなわけないのに!!それに、死体が能力で消えるんだぞ!?そんなの、能力を持っている三戸森が関係してるに決まってるじゃないか!!私は、三戸森が良いやつだったから、ただそんな理由で、ずっとその事実から目を逸らし続けていたんだ!!こんな事になるなら・・・ルオシーの代わりに、私が死ねばよかったんだ!!」



涙が溢れて、もう前が見えない。


また、私は何も出来なかった、成し遂げられなかった。


こんな事になるなら私は、救われるべきじゃなかったんだ。


津代中尉の代わりに捕まっていればよかった。





溢れる涙を拭うと、目の前に既に七加瀬は居なかった。


七加瀬も私に呆れて、一人で迫間の所へ出掛けてしまったのだろう。


私も、事務所から出て行く準備をしよう。


もう、ここには居られない。


でも、名残り惜しい。


こんなにいい場所、無かった。


俯く私に、突然何かが被さる。


「服・・・?」


それは服だった。


私が見たことない礼服。


「迫間はどうせ値段が高い所にしか行かないだろうからって、有利が幸子の為に作った服だ。サイズはピッタリだから早く顔洗って着替えてこい」


入り口には、七加瀬が戻ってきていた。


その黒い瞳には先程までとは違い、明らかに力が篭っていた。


「だ、だから、わ、私は行かないって・・・」


「さっき、俺は探偵は最低限依頼をこなしていれば問題無いっていったな?」


「あ、ああ」


「前言撤回だ」


「え?」


「探偵とは、依頼をこなす者でも犯人を見つける者でもない、“真実を暴く者”だ」


「真実を・・・暴く者・・・でも真実なんて・・・」



「フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットって知ってるか?誰が殺したか、どうやって殺したか、何故殺したか。ミステリ好きなら知らないはずのない言葉だ」


「あ、ああ、私も勿論知っている」


「今回の事件のフーダニット、ハウダニット、ホワイダニット、全て教会で三戸森に与えられた物だ。・・・だが、俺達は探偵なんだ。他人に与えられた物なんて完璧に信じるな、全て疑ってかかれ」



そこで七加瀬は一息付いて、再度話しだす。




「これから俺とお前で、フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット、“全て塗り替える”」


「ぬ、塗り替えるって・・・そ、そんな事出来るのか?」


私は、その言葉に縋る様に、泣いて掠れた声で七加瀬に問いかける。


「出来るさ、俺・・・いや、幸子なら。何たって、七加瀬特別事件相談事務所の探偵なんだから」


その、七加瀬の言葉に・・・胸を打たれる。


まだ・・・私を事務所の一員と呼んでくれるのか・・・?


それならば、私も泣いてばかりでは居られない。



未だに止まらない涙を布団で拭い立ち上がる。


私は表情を引き締めるが、無理しているのはきっと、七加瀬から見ても明らかだろう。



しかし、そんな私を見て七加瀬は微笑む。


「その息だ。取り敢えずさっさと準備して、迫間に招待されたレストランに行こう。・・・それに、一言いってやらないといけない奴も居るしな」


そう言って身を翻し、私の部屋から出て行く七加瀬の表情は、私の気のせいでなければ、怒っている様に見えた。

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