ジレンマ

監視カメラの映像は、私達がこの部屋に入った時刻をもって終了する。


映像が終わった後、一瞬の静けさが訪れる。


部屋の一同のさまざまな感情が辺りを満たす。




誰も言葉を発さない中、その静けさを破ったのは、仮名山であった。


「クソッ!誰だ!私の船を!いや、それだけではない!一体誰がこんな事をしているんだ!!」


仮名山は怒りの声を挙げる。


しかし口調とは裏腹にその表情は、気の小ささを象徴するかの様に動揺と焦燥を隠せてはいなかった。




「この中の誰かなんだろ!!監視カメラにも島に入った者は映っていなかった!!何が目的だ!!答えろ!!」


そしてその表情のまま、辺りを見渡す仮名山。


その言葉に、己が犯人ですと言う者など当然いない。



仮名山がそれでもと、訝しげに周りの私達を睨みつける。


それに合わせて、私も周りを見渡す。


ルオシーの表情は恐怖に染まっている。


七加瀬と三戸森は深刻そうな表情。


そして・・・迫間と神舵は、涼しい表情をしていた。


当然そんな表情に仮名山が気付かないはずもない。


仮名山と迫間の目が合う。


仮名山は一瞬怯むが、とうとう我慢の限界を迎えたのだろう。


迫間に向け、言葉を投げかけた。


「迫間嬢!貴方が犯人などとは思ってはいないが、いい加減に話して貰おうか!私の船が難破して、逃げ場もなくなったこの状態で、そんなに落ち着いていられる理由を!」


その怒りを抑えきれない仮名山の言葉に迫間は眉ひとつ動かずに、答える。


「当然だよ。だって私には一騎当千レベルの護衛が三人も付いているんだ。恐れる要素なんてないよ。迎えの船も明日になったら来るしね。それに、私を誰だと思ってるんだい?こう見えても、WPMの総取締役だよ?この程度で心を乱すなんてことはないよ」


その迫間の自信満々の言葉に、なおも仮名山は納得していない表情を浮かべるが、これ以上言葉を交わしても無駄だと判断したのだろう、大きなため息と共に言葉を飲み込む。



てか、一騎当千の護衛が三人って、もしかして私も入ってる?


とんでもない誤解がある。


しかし一騎当千ではない私も、もうこの島で誰も犠牲は出させないつもりだ。


七加瀬の言っていた、リビングで全員で互いを見張る。


これをすればいいだけの話だ。


七加瀬は迫間を守ると言っていた。

なら、迫間は主に七加瀬に任せよう。


私は迫間を含め、全員を守ってみせる。


そんな、私の決意をよそに、書斎はさまざまな感情が織り混ざり、今にも爆発しそうな緊迫した状況になっていた。


勿論爆発しそうなのは、主に仮名山なのであるが。


そんな仮名山に七加瀬が声をかける。


「仮名山さん」


「何だね、七加瀬くん」


仮名山は先程の迫間とのやりとりの熱が冷めきっておらず、機嫌が悪い。


「監視カメラは、俺らの来た日より前の映像は無いのか?もっと前の日に、監視カメラに映っていた奴が島に入り込んでいるかもしれない」


「それはあり得んよ。君らが来る前のカメラの映像は確認済みだ」


「監視カメラの映像を全て確認しているのか?」


「当たり前だ。さっきも言ったが、この島の輸出入に関しては、紙切れ一枚から全て私がチェックしている。監視カメラと手作業でな。その映像に不審な人物は映っていなかった」


「全部確認している・・・か」


「何だね、何か気になることでもあるのかね?」


その言葉に、一瞬七加瀬は迫間に視線を送るが迫間は何の事か分からずにキョトンとした表情を浮かべる。


さっきの仮名山との会話の時より愛嬌ありすぎだろ。

迫間の仮名山と七加瀬の態度の差がひどい。


迫間のその表情を確認した後に、七加瀬は少し考え込んだ後に仮名山に返答する。


「いや、何でもない」


何でもない事はあり得ない間の取り方であった。


七加瀬は何かに気づいたのだろうか?


「何だね。もしかして私が、使用人が島から逃げない様に監視カメラを付けたとでも言いたいのかね?」


「いや、それは思ってなかったが・・・自分でそんな事を言っちゃおしまいじゃないか?頭の片隅にはあるって事だろう?」


「グッ・・・。そんな事あるわけないだろ!」


あまりにも苦しい言い様であるが、その問題については島を出てから何とかしよう。


何とかしようと言っても、私ではなく迫間の力によってという形にはなるだろうが。


「まあそんな事は後回しだ。俺がさっき言った様に、ライトや蝋燭、明かりになる物をありったけリビングに持って行こう。それと、風呂も暗くなる前に済ましておこう。安全の為に男は三人で、女は四人で固まって直ぐに済ませよう」


その七加瀬の言葉に異論を挟む者はなく、書斎から出た私達は、直ぐに各部屋に備えつえられたライトや蝋燭をリビングに集めた。


そして男女のグループに分かれて風呂に向かう。


時刻は私が気絶していた時間が長かったせいで、気づけば18時頃になっていた。


風呂に向かう途中、窓から外を見る。


尚も嵐は止まないままである。


明日の朝には止んでもらわなければ困るのだが・・・。


そうして視線を前に戻すと、私と同じく外を見ている人物がいた。


ルオシーだ。


先程の監視カメラの映像を見て酷く怯えていたが、今は少し落ち着いたようだ。


しかし、ルオシーの窓の外を見る憂いた表情は儚げで、何処かへ消え去ってしまうのではないかと思わされた。


「る、ルオシーさん」


「ふゃぅ!」


突然後ろから話しかけられた形になったルオシーは素っ頓狂な声を上げ、酷く驚いた表情でこちらを振り向く。



「斑井様、どうかされましたか?」


ルオシーは敬語で私に話しかけてくる。


そういえばルイーゼとウェスタは全然私の事を敬ってなかったな・・・。


そんなひょんとした事で、死人たちを振り返ってしまうとは、私は相変わらず視点が後ろ向きだ。


「い、いや、窓の外を見てたから・・・。だ、大丈夫!あ、明日の朝には嵐は止んでいるさ!」


そうして、元気付ける言葉をかける私。


私が言っても、あんまり響かないだろうか?


だが、そんな私の言葉にルオシーは笑顔を咲かせる。


「有難う御座います。お客様に心配して頂くなんて、使用人としていけませんね」


その笑顔が美しすぎて、つい視線を逸らしてしまう。


ルオシーも他の使用人と同じく、とても美しい。


シミやホクロひとつない肌に整った顔面パーツ、そしてスラリと伸びる手足に高身長。


誰もが羨む体型だ。


私が饅頭に見えてくる。


「でも、嵐の事を考えていたわけではないのです」


「で、では何を考えていたんだ?」


「・・・この嵐の中、イェスタは大丈夫かと思いまして」


「る、ルオシーさんはイェスタさんと仲が良かったのか?」


「ええ。というより使用人一同、仲が良いというのが正確な所です。ご主人様の下で働く以前より、私達は共に過ごしていましたから」


「な、成る程。つ、つまりは幼馴染って奴か」


「幼馴染・・・ですか。そうですね、そうかも知れません」


過去の事を思い出したのだろうか?


ルオシーは、少し泣きそうな表情を見せる。


「す、済まない。こ、故人の事に口を出しすぎた。だ、大丈夫だ!る、ルオシーさんは私が守ってみせるよ!」


私の慰めの言葉にルオシー無理に少し笑う。


「有難う御座います。頼りにさせて頂きます」


軽く頭を下げ、ルオシーはまた前を向き歩き出す。


前を向いた表情は、私からは窺い知れない。


・・・無理をさせてしまっただろうか?


ルオシーの繊細な心を乱してしまっていないか心配になる。


今この館で一番情緒が不安定なのは仮名山であるが、恐怖心が一番強いのはルオシーであろう。


少しでも、私の言葉が助けになれば良いのだが。


そんな事を考えながら歩くと、風呂場にたどり着く。


直ぐに服を脱ぎ風呂に入る私達。


「ふぅ〜生き返るわね〜」


そんなおっさんの様な事を言うのは迫間だ。


こんな状況下でも感情を乱さない。


先程の仮名山への啖呵の切り方からしても、本当にビッグな奴だ。


胸に関してもビッグだ。


「さ、さっきも仮名山さんに言っていたが、本当に恐怖心とかは無いんだな。さ、流石は総取締役、戦争の根絶なんて出来る事も納得だ」


私のその何気ない褒めるつもりの言葉に、迫間は何故か苦い顔で応じる。


「戦争の根絶・・・ね」


「な、なんだ、含みのある言い方だな」


「貴方、戦争がなくなる前と後の国際犯罪数って知ってる?」


「い、いや、済まない。ぐ、軍にいたのだが、サッパリだ」


「1400%」


「え?」



1400%?


えーと。それは、戦争が無くなった前の数字を100%として?あれ?


私は不可解な感情をそのまま表情に浮かべる。


だってその数字は、言い換えるなら・・・



「国際犯罪数は、14倍増えてるわ。そして、テロリスト組織の数は、過去に例を見ない程に多い。もはや小さい組織まで含めるとリストアップが難しい程にね」


「な、何でそんな事に・・・」


「戦争が無くなったからよ」


その言葉は衝撃的であった。


戦争が無くなれば平和ではないのか?


「戦争が無くなれば、傭兵家業を行っていた会社が無くなる。仕事にあぶれた者が軍に入ろうにも、戦争がないから募集もない。殺しと破壊しか能がない人間が行き着く先は明白ね」


軍に少しの期間しかいなかった私は、この世の基本的なシステムすら知らなかった。


「そ、それもGM達で何とかならないのか?て、テロリストに圧をかけるとか」


「やっているわ。何年かに一度のGM会議でも必ず議題に上がる。でも、無理なのよ」



「な、何でだ?」


「だって、テロリストの組織は各国とベッタリだから。まあ、全ての組織がそうとは言わないけど」


「は?な、何で国とテロリストが?」


「そうね・・・貴方は己が暴力が禁止されている状態で、他人に致命的な嫌がらせを受けたらどうする?」


「や、辞めてって言う」


「あら、平和的ね。正解は、“自分に関係ない他人に殴ってもらう”よ」


「つ、つまり、戦争できない代わりに、テロリストに敵国を荒らしてもらう・・・?でもそんな事したらバレた時ただじゃ済まないんじゃ・・・?」


「いいえ、テロリストが勝手にやった事だもの。国は関係ないわ。あくまで、関係のない他人なのだから」


「じゃ、じゃあ戦争が無くなったのって、逆効果・・・」


「そういう意見もあるわね。国とベッタリのテロリストは、出来るだけ市民に配慮した犯罪を犯すけど、それ以外の傭兵上がりのテロリストは当然市民のことなんてお構い無しだから。でもGMも今更この状況から、各国戦争して良いなんて舵を取り直すことはできない。だからテロリストの事件は出来るだけ揉み消しているし、テロリズムに私兵で対処にあたることも多いわ」


ジレンマ。


良い行いの後に残るのは必ずしも、良い事柄じゃないと言う事か。


つまりは、戦争が出来なくなったというのは市政の民からすれば良い事ではあるが、一部の国家からすると、白黒つけられなくなった悪い事という事だ。


どちらが正解なのだろうか。


スケールだけで見れば、戦争があった方が国家間の問題を解決しやすいという利点があるが、ミクロな視点では、戦争は悪という考えはやはり消せない問題でもある。


「まあ、幸い日本は他の国と比べて平和なのが救いね。それでも、やっぱりちょくちょく事件が起こるから、軍は解体されてないし私も私兵を多く所有しているワケだけど」


そうして迫間は神舵に視線を送る。


「テロリストのお陰で雇ってもらえた私は、いつも感謝しながらテロリストを屠ってます」


神舵が眉ひとつ動かさずに迫間の視線に応える。


イッツァブラックジョーク。


いや、無表情を見るに、ジョークじゃない?



「あら、面白い事言うわね」


「前々から考えていた渾身のジョークでした。褒めて頂き有難うございます、迫間様」


やっぱりジョークだった!分かりづらいわ!


「まあ、そうね・・・」


迫間は悩むそぶりを見せる。


何かを言うか言わまいか、悩んでいる様だ。

迫間にしては珍しい。


「斑井幸子」


「は、はい!」


私に対してだったのか。


突然のフルネーム呼びで、少し緊張してしまう。


何の話だろう?


「これから七加瀬くんと共に仕事をこなすなら、貴方も必ずテロリストと相対する事があると思うわ。その時、足を引っ張らない様にしっかりと鍛えておきなさい。それが七加瀬くんに探偵と呼ばれた、貴方の義務よ」


「な、七加瀬とテロリストって何か関係あるのか?」


「七加瀬君の過去に関係があるから、詳しくは言わない。でも七加瀬くんは、あるテロリストを死ぬ程に憎んでいる」


まただ。


七加瀬の過去。


迫間は、過去に囚われすぎている。


しかし、そのテロリストの話だけはしたくないのだろう。

迫間の苦々しい表情には、これ以上この話を詳しく聞くなと書かれていた。


「わ、分かった。といっても私で力になれるかは分からないが、全力で頑張るよ」


そんな事を話していると、完全に蚊帳の外であったルオシーが話す。


「あ、あのーすみません。のぼせてきてしまいまして・・・上がってもよろしいでしょうか?」


「そうね。あんまり長く入っているのも七加瀬くんを心配させてしまうわ。私たちも一緒に上がりましょう」


そう言い顔が赤くなってきているルオシーを私が軽く支えてあげながら風呂から出る。


風呂から出ると、すぐにルオシーの調子は戻った様で良かった。


ちなみにルオシーは脱いでも凄かった。


先程、肌に染みやホクロがないといったが、よもや全身がそうとは。


いやー役得役得。

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