Day3 廊下にて
午前六時。
昨日よりも更に早い時間に、私は目を覚ましてしまった。
恐らく昨日は早く寝たせいであろう。
横にあるもう一つのベッドを見ると、七加瀬は起き上がった私に対して気づく事もなく、深い眠りについている。
七加瀬は朝弱いので、まだしばらく起きはしないだろう。
にしても、七加瀬のベッドの周りがやけに汚い。
食べかけのスナックや、飲み掛けのジュース。
一人なのにこんなに飲み掛け、食べかけの物が残るなんてあり得ないだろう。
もしや、昨夜私が寝ている間に誰か部屋に来たのか?
・・・まあ、だらしない七加瀬なら一人でもこうなったりするか。
「んっーーー」
軽く伸びをして、寝た事により凝った体をほぐす。
そして軽くため息を吐く。
なぜなら部屋に備え付けられたハメ殺しの窓には、昨夜と変わらずに強い雨風が叩きつけられていたからだ。
これでは、今日の内はこの島から出る事は出来なさそうだ。
事前に見ていた天気予報では明日になれば嵐は過ぎ去る様なので、仕方ないが明日来るという迫間の所有する船での帰還に期待しよう。
出来れば、それまでにウェスタに帰ってきて欲しい。
そんな願望を抱く。
一晩寝ても、結局昨日の出来事は忘れられなかった。
目を瞑れば、瞼の裏ではビリヤード台に磔にされたウェスタが浮かぶ。
夢に出てこなくて本当によかった。
もし出てくれば、昨日は一睡もできなかったであろう。
「さてっと、顔でも洗う・・・あっ」
そうだ、洗面台は部屋についていないのであった。
本当にめんどくさい館だ。
こんな状況で、私一人で出歩いて大丈夫だろうか?
襲われたりしたら・・・。
そんな不安にとらわれている私。
しかし、ふと昨夜に七加瀬が言っていた言葉を思い出す。
『だって幸子、強いだろ』
『・・・幸子に必要なのは、自己肯定と多少の自惚れかも知れないな』
・・・昨日から時が経ち、寝て起きても、考えは変わらない。
私は弱い。
私は信用ならない。
しかし、そんな七加瀬の無責任な言葉でも洗面所へと向かう、たかが数分の単独行動の背中を押してくれた。
そう、たかが数分だ。
それに私が狙われる理由もないだろう。
それこそ、ボディガードの対象である迫間でもない限り。
そう思い、鍵を持ち、恐る恐る部屋から出る私。
廊下は昨日の朝と同じく光が灯っていたが、嵐で曇っているだけで、ここまで見栄えが変わるとは。
何というか・・・不気味だ。
洋館に慣れていないというのもあるだろうが、今にも化物が出てきそうな・・・。
そんな事を考えながら、恐怖感からか足音を出来るだけ消しながら歩く。
そして洗面所はもう少しという所で、洗面所近くの廊下の曲がり角から、こちらへ向かう足音がする。
私は、立ち止まる。
一体誰だ?
足音に耳を澄ませる。
一度は聞いたことある音だ。
この音は・・・。
「・・・か、仮名山さん」
「うぉぁ!!」
曲がり角より、情けない声が上がる。
その声を聞き、私は仮名山に見えるように廊下を進み、顔を出す。
「お、驚かせてしまった様だ。す、すまない」
私は驚いた顔を浮かべる仮名山に話しかける。
「あ、ああ。謝らなくとも良いのだが・・・何故、歩いてきたのが私と分かったのだね?」
仮名山は訝しげな顔を浮かべながら、警戒を解かずに話しかけてくる。
「あ、足音だが」
「足音?」
「あ、ああ。足音って、人によって変わるだろう?い、一度その人の足音を聞いたら、同じ素材上での足音だったらわかる」
仮名山の足音は重めの体重と性格も相まり、大きく、そして重い。
そしてせっかちな性格と足の短さにより足音の間隔が短い。
「・・・まるでシャーロックホームズだな」
そう仮名山は少し嫌そうに話す。
最初に七加瀬が探偵と聞いた時も慌てていたし、探偵に良い思いがないのだろうか?
しかしシャーロックホームズとは。
そんな名探偵と私を比べるなど有り得ない。
といっても、意外にも事務所にシャーロックホームズの本が一冊もなかったので、実はそんなに私はシャーロックホームズに詳しくないのだが。
何故、そう例えられたのだろうか?
「な、何でシャーロックホームズ何だ?」
「なんだ、読んだことないのかね?シャーロックホームズは、まるで能力者であるかの様に、事件現場を見ただけで事件の犯人像をピタリと言い立てたりするんだ。例えば歩幅で身長を割り出したりね」
「な、成る程。だ、だから足音で誰かがわかった私はシャーロックホームズというわけか・・・」
「まあ、そういうことだ。それよりこんな早くに何か用事があるのかね?」
会話で少しばかり和らいでいた警戒心が戻ったのであろう。
訝しげに私の事を見る仮名山。
「か、顔を洗おうと思って」
そんな仮名山に、私は素直に話す。
「ああ、確かに。ここは洗面所の近くだから、それはそうだ。私もどうやら昨日の出来事に参ってしまっているらしいな」
「そ、そうだな。あ、あんなことがあったし当然のことだ。・・・あ、あの後、ウェスタさんは戻って来たのか?」
私の質問に、仮名山は首を横に振る。
「結局、昨夜には姿が見えなかったよ」
「そ、そうか・・・」
その言葉に私は肩を落とす。
出来れば寝ている間に丸く収まっていて欲しかったが、それは淡い希望だった様だ。
「おっ。そうだ」
そんな肩を落とす私に向って、仮名山が何かを思いついた様に手を叩く。
「この後、館を巡って使用人達を起こしていくんだが、私一人だと心細いので斑井君も同行しないかね?」
「も、もちろん大丈夫だが、使用人達を起こす・・・?」
使用人達を仮名山が起こす?
使用人が仮名山を起こすの間違いじゃないのか?
「い、いやぁ・・・ウチでは使用人は私が部屋まで行って、全員起こしてから一日が始まるんだ。私が早起きが好きというのもあるんだがね」
「そ、そうなのか、それは殊勝な心掛けだな」
王様根性が染み込んでいるのかと思っていたが、意外としっかりする所はしている様だ。
そういえば昨日の朝も鍵をジャラジャラさせながら歩いていたな。
あれはきっと、使用人達を起こして回っていたのだろう。
「それでは善は急げだ。私は外で待っているので、斑井君は洗面所で顔を洗ってくれたまえ」
そういい、懐から鍵束を取り出す仮名山。
部屋数が多いため、その鍵束はとてつもない量になっていた。
「あ、ああ、分かった」
そう言い洗面所に入る私。
一人で居るのを怖がっていた仮名山を長く待たせるわけにはいかないし、手早く済ませよう。
といっても元より顔を洗うだけなので、そんなに時間は掛からないが。
直ぐに顔を洗い洗面所から出てきた私は、扉の前で手持ち無沙汰にしている仮名山と目が合う。
仮名山は安心した表情を浮かべるが、どうやら私がいない間も何もなかった様で、恐怖心はだいぶと薄れた様だ。
先程よりも警戒心が薄い。
それとも、私は無害と認められたのだろうか?
「では行こうか。取り敢えず、帰ってはいないと思うが、ウェスタの部屋を見てみよう」
そう言い、先程と同じ足音を鳴らしながら廊下を歩いていく仮名山。
私はそれに後ろからついていく。
特に会話もなく少し歩くと、ある部屋の扉の前で立ち止まる。
その部屋の外見は私達と同じ部屋だ。
廊下の装飾まで同じなので、先程の私達の部屋に来た様な気分になる。
唯一の違いは、部屋に付いている鉄製のプレートの部屋番号の数字だけだ。
その数字には222と書かれている。
私達の部屋は確か、211と212だっただろうか?
「おい!開けるぞ居ないのか!」
仮名山は中に聞こえる様に大きな声で叫び、ドアをドンドンと叩く。
中からの反応は無い。
そしてドアノブを捻り鍵が掛かっていることを確認したのちに、鍵束より222と刻まれた鍵により部屋を開ける。
「おい!居ないのか!?」
中に入りそういう仮名山。
私も中に入る。
中は案の定、私達の部屋と同じ間取りであった。
しかし私達の部屋との違いは、生活感に溢れている点だろう。
まあ、ウェスタはここに住んでいるので当たり前か。
軽く中を見渡してもウェスタはいない。
仮名山はクローゼットや大きい戸棚も開けて確認したが、やはりウェスタは居ない。
「やはり居ないな。まあ部屋の鍵は閉まっていたし、当たり前か」
そういいため息をつく仮名山。
「ん?へ、部屋の鍵が閉まってたら、ウェスタは居ないのか?」
私のその言葉に、仮名山は視線を宙に浮かべ、何かを考えてから話す。
「あぁ・・・えっと・・・昨日私が部屋の鍵を閉めたからな。仕事中は部屋の鍵は使用人は皆閉めていないのだが、私がこの部屋に入った時に、中に鍵が置きっぱなしだったから、きっとそうだろうと思って」
「な、成る程。し、しかし、鍵を置きっぱなしならば、部屋は開けて置いてあげた方が、ウェスタが部屋に戻って来やすかったんじゃ無いか?」
「そ、それは・・・まあウェスタのイタズラへのお仕置きの様なものだ。昨日は腹が立っていたんだ、仕方ないだろう?」
そう言い、少し不機嫌になりながらソッポを向く仮名山。
・・・まあ昨日の夜はトンデモなく怒っていたので仕方ないか。
「それより次だ!横の部屋にはイェスタがいる」
そう言い隣の部屋、つまり223号室に向かう私達。
そして、同じく扉の外から部屋に声をかけて、鍵が閉まっているのを確認した後に、部屋の扉を開く。
すると、既にスタンバイしていたのだろう。
メイド服を着たイェスタが、入り口にて頭を軽く下げながら立っていた。
「おはよう、イェスタ」
「おはよう御座います、ご主人様。斑井様もおはよう御座います」
「お、おはよう」
イェスタは頭を下げているので、表情が伺えずその感情を確認できない。
しかし、彼女はウェスタが心配な筈だ。
本当ならば直ぐにでも探しに行きたいだろう。
「それではイェスタ。今日の仕事に移れ」
「畏まりました、ご主人様」
そう言い、足早に部屋から出ていくウェスタ。
心なしかいつもより肩が下がっている気がするのは気のせいであろうか?
「さて、一応見ておくか」
「な、何をだ?」
そう私が聞くと、さも当然かの様に仮名山は答える。
「決まっている。ウェスタが居ないか確かめるんだ。あいつらは双子で仲がいい。もしかしたら実は二人でふざけていて、イェスタが部屋でウェスタを匿っているかもしれん」
「な、成る程」
確かにその可能性はある。
しかし、先程まで目の前にいた人物の部屋を物色するというのは、少し罪悪感がある。
その場から動かない私を無視して、部屋の中にズカズカと入り、ウェスタを探す仮名山。
しかし、どうやら居なかったようだ。
直ぐに戻ってくる。
「どうやらここにも居ないようだ。次の部屋に行こう」
どうやら、仮名山は誰か使用人がウェスタを匿っていると思っているようだ。
まあ、仮名山がこの件に一枚噛んでいないなら、犯人は使用人という考えに至っても可笑しくはない。
私も実際に死体を見ていなければ、そう思っていただろう。
そして次に向かったのが、224の部屋だ。
先程と同じ動作で、扉を仮名山が開く。
すると、部屋の主人は三戸森の様だ。
部屋の入り口で三戸森が軽く頭を下げながら挨拶を行う。
「おはよう御座います。仮名山様、そして斑井様」
「おはよう」
「お、おはよう」
そして先程と同じ様に仮名山が、仕事に向かえと三戸森に言うかと思ったが、違った。
「三戸森くん。早速だが、私達に着いていたまえ。いつ襲われるか分からんからな」
どうやら、まだ彼の中に恐怖心は残っていたらしい。
私は無害であるが、オトモには心もとなかったのだろう。
「畏まりました」
そう、一つ頭を下げ頷く三戸森。
そして、この部屋開けのパーティーに三戸森も加わった。
そしてまた横の225の扉を開ける。
そこはルオシーの部屋だった。
ルオシーはパーティー入りせずに、直ぐに仕事へ向かった。
一応仮名山がルオシーの部屋を物色したが、ウェスタは居なかった。
そして最後の部屋は消去法で、ルイーゼの部屋という事になるだろう。
・・・ルイーゼは昨日の事もあり、少し苦手だ。
そもそも、下ネタというのがどう反応して良いか分かりかねている私には、下ネタというか全身色気の塊のルイーゼは相性が悪いのだ。
・・・よし、また誘われたらキッパリ断ろう。
その様に考えながらルイーゼの部屋に向かう。
案の定、隣の部屋である226号室がルイーゼの部屋の様だ。
いつもの様に、仮名山は扉の外から声を掛け、鍵が掛かって居るのを確認しながら扉の鍵を開ける。
そして扉を開けると、
そこにはルイーゼの姿は無かった。
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