嵐の予感
「斑井様、こんな所でどうされましたか?」
特に後頭部を殴られたり、背が縮む薬を飲まされたりはしなかった。
ただ、声をかけられただけである。
しかし祿神の森に、ほぼ体が入りかけていたので、悪事を見つけられてしまった気分になる。
まあ、実際に悪い事をしようとしていたのだが。
そのお陰で私の心臓は止まりかけた。いや、一瞬止まっていたかもしれない。
後ろを振り返ると、そこには三戸森が居た。
特に怒っている様な表情はしていないので、内心胸を撫で下ろすが、不思議そうな顔をしているのは変わりない。
確かにこんな、彫像もない所で一人でボーっと突っ立っている奴がいたら、そんな表情にもなるだろう。
「い、いや、迷ってしまってな!決して森の中に入ってみようなんて思ってはないぞ!」
「迷って・・・そうでしたか。でしたら、こんな島の端っこ辺りまで芝の様子を見にきた甲斐があるというものです。これから教会の内装の確認と掃除があるので、そこまでご一緒しましょう」
三戸森は慌てた私の苦し紛れの言い訳に納得してくれた様だ。
迷って困ってるのは、本当ではあるので決して嘘ではない。
しかし、三戸森は見た目通り優男の様だ。
有難い。
もし仮に見つけたのが七加瀬であったなら、死ぬほどイジられていただろう。
「あ、有難う、助かるよ。で、でもいいのか?この辺りの芝をイジりにきたんじゃ?」
「いえ、この様子なら問題ないでしょう。それに、どっちみち嵐には間に合いそうにありませんので」
そう言い空を見上げる三戸森に釣られて空を見上げると、確かに昨日の晴天とは打って変わって、曇天とは言わないまでも、それに近しいほどの薄暗い雲が空に広がっていた。
「そ、そうだな。きょ、今日の晩から嵐になる予定だったな。そ、それでは、とりあえず教会まで連れていってくれると助かる」
危ない。今日から嵐という事を完全に忘れていた。
先程の様に迷ったままでいたら、私の命も危なかったかもしれない。
ミイラとりがミイラに、という顛末は避けたい。
「畏まりました。では、向かいましょうか」
頭を軽く下げながらそう言う三戸森につれられて軽く歩くと、直ぐに教会が見えてくる。
なんだ、すぐ近くじゃないか。
これなら辺りを歩き回っていれば、直ぐに帰れたであろう。
これなら、迷っていないも同然だ。
私は!迷ってなど!いない!
そんなどうでも良い自己肯定に浸っていると、教会はもう目の前だ。
「それでは教会に着きましたね。ここから館へは、入り口から伸びた道なりに戻って行って、分岐路を右です」
そう言って頭を下げる三戸森。
「あ、有難う。こ、ここまできたら確かに一人でも館に戻れるんだが・・・み、道案内してくれたお礼に、掃除を軽く手伝わせてくれないだろうか?」
確かに、ここまでくれば一人で館には帰れるであろう。しかし、どうせ戻っても特にやることはないのだ。
それならば、ここで三戸森の手伝いでもした方がよほど有意義であろう。
本音を言えば、テトリスにも少し飽きてきた所だったのだ。
「しかしお客様ですので・・・」
「わ、分かった。そ、それじゃあ、私が勝手に手伝うから、失敗しない様に指示を出してくれ。す、好きでやる事だから文句はないだろう?」
私がそう言うと三戸森は、きょとんとした顔を浮かべる。
ちょ、ちょっと強引すぎただろうか?
そう思い軽く後悔するが、そう思った私の後悔を掻き消す様に、三戸森は満面の笑みを浮かべ、笑う。
「ふふふ。貴方は面白い方だ。控えめな性格かと思っておりましたが、反面強引な所もある。しかし、そのどちらも本当の貴方なのでしょうね」
突然難しい事を言い始めたぞ。
つまり、どう言う事なんだ?
「分かりました。では、掃除を手伝って頂きましょう。しかし、私は厳しいですよ」
何故か勝手に勘違いして納得してくれた様だ。まあ手伝って良いなら、それはそれで良いか。
「ま、任せてくれ。体力には自信がある方なんだ」
・・・そう言った私は直ぐに後悔する事になる。
鬼の姑がいる嫁とは、こういう気分なのだろうか?
三戸森が埃の拭き残しに指を這わせる度に、少し怖い顔を見せ、『やり直しです』と淡々と言われる。
そんな精神がスリ減るやりとりを五十は繰り返した後に、やっと地獄の掃除は完了した。
「つ、疲れたぁ〜〜〜〜〜〜」
掃除が終わると、すぐに私は教会に置かれていた椅子に倒れ伏す。
「お疲れ様でした」
倒れ伏した椅子のすぐ横のスペースに三戸森が腰掛ける。
同じ作業量と私の掃除の確認というハードワークを行いながらも、三戸森の表情は涼しい。
体力お化けだ。
いや、よくよく考えたら、この島全土の庭の管理を行なっているのだ。
お化けであって当然であろう。
「手伝って頂き、ありがとうございました」
「い、いや、結局の所、邪魔しかしてなかった様な気もしなくはないんだが」
「いいえ。助かりました。掃除の精度もどんどんと良くなっていっていました。最後の方は完璧な仕事ぶりでしたよ」
「えへへ、そ、それほどでも」
三戸森の言葉に私の頬が緩む。
どうやら、私も学習して伸びる人間であった様だ。
それでも掃除をマスター出来た気はしないので、多少のお世辞は入っているだろうが、褒められるというのは素直に嬉しいものだ。
そんな私の緩んだ表情を見て、三戸森は眩しい物を見たかの様な表情をする。
「・・・貴方は・・・本当に正直な人だ」
三戸森が少し俯き話すので、椅子に寝転んだ状態から、ちゃんと腰を据えて椅子に座りなおす。
「しょ、正直?」
なにか悩み事だろうか?
「ええ、そうです。貴方は自分の感情に凄く正直だ。楽しければ笑い、苦しければ嫌そうな顔をする。貴方には、自分がある」
苦しければ嫌そうな顔をする?もしかして掃除中、そんなに私は嫌そうな顔をしていただろうか?
「それと違い、私には・・・私がない」
「そ、そうか?三戸森さんは、周りの皆んなを気遣っていて、とても優しい人物だと思うのだが、それは三戸森さんじゃないのか?」
「それは、そうすれば周りからそこそこの評価が得られるからであって、私の“色”ではありません。ただの狡賢い、打算の上での物です」
三戸森は何かに思いを馳せるかの様に遠い目をしている。
その目は時々七加瀬が見せるものと同じで、今を向いていない、過去への執着に囚われた目だ。
「私は、私の色が欲しいんです。しかし、もう誰かの真似をする事しか出来なくなってしまった私には、どれが自分の色か、分からなくなってしまいました」
「だ、だったらその狡賢さが三戸森さんなんじゃないか?」
「え?」
遠い目をしていた三戸森が、私の方に目を向けて、驚いた様な表情を浮かべる。
「だ、だってそうだろ?せ、性格を変えるとか、真似するとか、そんな器用な事は、私には出来ないし、他の人にもきっとなかなか出来ない事だと思う。だ、だったらそれが三戸森さんの色?だと思うんだ」
「狡賢さが、私の・・・色・・・?」
三戸森が今までみたことのない様な表情を浮かべる。
も、もしかして、怒らせちゃった?
「い、い、い、いや!べ、べ、別に!狡賢いっていっても良い意味だぞ!良い意味!」
良い意味の狡賢いって何だよ。誰か教えてくれ。
私は慌てふたむき、手を目の前で振る。
しかし、違うという事を表現する為のジェスチャーなのだが、早すぎて大量の虫に襲われてる変な奴にしか見えないのが悲しい所だ。
「ぷ、ふふっ、ハハハハ!」
三戸森がそんな私を見て笑い出す。
そんなに滑稽であっただろうか?
ひとしきり笑いきった後に、三戸森は突然真剣な表情をし、私に問いかけてくる。
「斑井さん。私と結婚してくれませんか?」
は?????!!!!!!??!!
「は!!!!!!???????」
思った事がそのまま口に出た。
「貴方となら、私は私を取り戻せるかもしれません。だから、私が島を出たら結婚してくれませんか?」
い、いや!言い直さなくても良いから!分かってるから!
意味わかんないけど!
「い、いや!結婚とかはまだ考えてないので!」
「そうですか、では考えておいてください」
意外と強引な奴だ。
まあ、イケメンなので、悪い気はしないが・・・。
「そういえば、掃除のお礼がまだでしたね。では一つ、面白い物をお見せしましょう」
なんだなんだ。好感度を上げにきたのか?
しかし、私は大概のことじゃ驚かないぞ。
「こちらをご覧ください」
そう言い三戸森はポケットから、銀細工の掌サイズで作られた十字架のアクセサリーを取り出す。
「これがですね・・・」
それを片方の掌に乗せて、もう片方の掌で見えない様に隠す。
「こうなります」
「え・・・?」
隠す為の掌を退けると、十字架のアクセサリーは、ハートマークのアクセサリーに変わっていた。
にしてもハートマークって。
いや、違う。重要なのはそこではない。
「の、能力・・・?」
そう言うと、三戸森は意外な表情をする。
「斑井さん、能力を知っているのですか?」
「あ、ああ。わ、私もそうだからな」
「そうですか、でしたらマジックって事にしなくても良いですね・・・」
三戸森は少し逡巡したのちに、能力について話し出す。
「私の能力は、自分が作った作品の姿を変えるといった物です。危険な能力では無いですよ?勿論生き物には使えないんで安心してください。この能力も結局の所、今取り組んでいる芸術には活かせないのが悲しい所です。何故なら最後には、跡形もなく消えてしまうのですから」
「わ、わざわざ能力の説明有難う。わ、私の能力は、」
そう、私も同じく能力の説明しようとするが、その言葉を遮られる。
「いえ、説明しなくても大丈夫ですよ。能力とは、本来隠していなければならない物です。私も、斑井さんに話すのが生まれて初めてですので」
「そ、そうか。まあ、確かに私の能力なんて大した事ないし、別に良いか・・・」
結局能力なんて物は、それこそ切ったとかの現象を起こす様な物以外はたいして使い物にならない事が多い。
私も投擲物の軌道を曲げるなんていう、現象を起こす能力を持っているが、いかんせん使い勝手が悪いので、ハズレ感があるのが悲しい所である。
それにしても、今までの人生で能力を明かす事が初めてとは、先程の結婚の話は冗談ではなく、本当に気があるのだろうか?
なんて事を考えていると、教会に付いている窓に雨粒がつく。
どうやら、少しだが降り始めた様だ。
「雨が降り始めましたね。そろそろ館に戻りましょうか」
「あ、ああそうだな。嵐になって戻れなくなっても大変だ」
「そうですね。ああ、そういえば。」
「ん?ど、どうした?」
三戸森がイタズラっぽい表情を浮かべる。
「結婚の事、考えておいてくださいね」
「わ、分かったから!!!!」
グイグイ来すぎだろ!!
その後小雨のうちに何とか館に戻った私と三戸森。
三戸森はすぐに仕事があると言って、厨房に向かってしまった。
一人になった私は用事を思い出して、館の美術館に向かう。
そして美術館にたどり着いた私を迎えたのは、ガラスケースの中に入った祿神の面と衣装であった。
「やっぱり、あるよなぁ」
私が祿神の森で見たのは見間違いだったのだろうか?
「おっ、こんなところで何してんだ、幸子。」
そんな私に後ろから声が掛かる。
この声は・・・。
「な、七加瀬、居たのか」
美術館の入り口に七加瀬が居た。
ってかコイツ、迫間が一緒じゃないじゃないか。マジでボディガードの仕事忘れてるだろ。
普通に単独行動をとった私もいえた口では無いんだが、癪だし、ちょっと思い出させてやるか。
「は、迫間はどうしたんだ?」
「ああ、なんか美術館をちょろっと見たらすぐに神舵とどっかに行ってな。部屋で何かしてるんじゃないか?」
だめだコイツ。
まあ神舵が居るから、ボディガードは何とかなるか。
「にしても、どうしたんだ?美術にそんな興味ないだろ」
「た、確かに興味は無いんだが、そのだな・・・祿神の面と衣装があるか確認しに来たんだ」
「ん?なんでだ?」
そう聞く七加瀬に私は、祿神の森を覗いて見た事と、森の中に祿神の面と仮面をつけた人物が見えた事を話す。
勿論迷った事は秘密にした。
「・・・成る程な。・・・祿神の面と仮面を付けた人物・・・」
「な、なにか心当たりがあるのか?」
そう言う私に七加瀬は何か悩む様な表情を見せる。
「・・・いや、まあ勘違いだろう。忘れてくれ」
「そ、そんな言われ方したらもっと気になるだろうが!!」
「いやぁ。俺も仕事なんでな。適当な事は言えんのだよ」
ボディガードの仕事を忘れかけてるのに何を言っているんだコイツは。
「それより、そろそろ飯の時間だろ。食堂に行こうぜ」
その後も何度か心当たりを七加瀬に問いただすが、はぐらかされ、私はなんとも言えないモヤモヤとした気分を味わいつつも七加瀬と食堂に向かった。
そしてその頃には、館の窓を叩く雨は先程の小雨とは違い強く、強風もあいまり外に出ては危ぶないと、言わざるを得ない状況となっていた。
そして私はそんな嵐を、食堂に向かう途中の窓から眺めて、ふと、島に向かう当時の不安を思い出す。
クローズドサークル。
それは、連続殺人の開幕の合図である事を・・・今更ながら思い出したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます