船内

美術島とは美術品が大の好物である、資産家・仮名山俳士が島ごと買取り、己の生涯で集めた美術品の数々を所狭しと並べている島である。


美術品の種類は多岐に渡り、石像、壁画、絵画、出土品、金属細工など、価値が付くものならば、なんでもござれだ。


特に石像においては、島中に無造作に設置されており、とんでもない値段のものから、己の趣味で作り上げたものまであり、島で石像がない場所は無いとまで言わしめる程である。


しかし、そんな石像だらけの島でも、唯一石像が無い場所がある。


それは、仮名山俳士が島を買う以前より存在する、禁足地として語られる森林である。


元は神事を行うのみの無人島であった美術島の、東部に存在するその森林は、神が住む神聖林とされており、島の管理を任された神を祀ろう一族のみ入る事を許された森林と、過去は言われていた。


しかしその一族も今では絶え、島の土地の権利が浮いた矢先に、仮名山俳士によって島が購入された。


島を購入した仮名山俳士は、島の整備を行ったが、過去の習わしを元に禁足地である神聖林は、そのままに残して、己もその森林には入らない様にしている。


「ってのが今から向かう島のパンフレットに書かれている事だね!」


迫間が持っているのは、言っていた通りに美術島のパンフレットなるものだ。

何故パンフレットなんて物が存在するのかというと、年に数回であるがその島は一般公開もされているらしい。


「至る所に石像って趣味悪そうな島だな。ってか、禁足地がある島を買うとか、本当に資産家は何考えてるんだか・・・。信心深いのか、罰当たりなのかよくわからんな」


七加瀬も同じパンフレットを一瞥しながら受け答えをする。


確かに七加瀬の言う通り、神聖な森林のある島を金銭で買い取った割には、その森林には立ち入らない様にしているというのは、少しチグハグな行いの様に感じる。


七加瀬は資産家という括りで話しているが、資産家は、そういった生き物なのであろうか?

実際に会ったことのない、私の様な貧民には彼らの人物像については思いもつかない。


「まあ、入らない様にしてるらしいからいいんじゃないかな!神の崇め方なんてのは千差万別だよ!特に宗教色に染まっていない日本人はその傾向にあるんじゃないかなぁ。私は神なんて信じてないけどね!」


迫間は確かに神なんてものは信じてなさそうだ。


私も、神舵から配られたパンフレットをみる。

そこには美術島の建物などが載った地図と、先ほど聞いた文章が載っていた。

しかしその他にはこれといった記載はなく、パンフレットとは名ばかりのものとなっていた。


唯一乗っているのは、美術品には触れないでくださいという、美術館のパンフレットに良くある注意事項だけだ。

あまりに内容がスカスカなパンフレットに興味を無くした私は、今更ながらに自分が船酔いに罹っていない事に気づく。


それもその筈だ。クルーザーが出港してから既にニ時間程経っているが、このクルーザーは航海に必ずある、揺れというものを全くもって感じない。

どういった仕組みなのであろうか。


話にだけは聞いていた船酔いを覚悟してきたが、これでは拍子抜けである。


「おや、どうしたんだい、幸子ちゃん。何か気になる事でもあるのかい!?」


どうやら、相変わらず思っていた事が自身の顔に出ていた様だ。

不思議そうにしていた私を見て迫間が声をかけてくる。


「い、いや、このクルーザーは全然揺れないなと思って」


「そりゃそうさ!このクルーザーは最新技術の結晶でね!ドイツのGMと共同開発なんだけど、この部屋自体がクルーザーから少し浮いている様な設計でね!揺れを相殺する様に成っているんだ!地震の揺れを相殺する技術から引っ張って来てるんだけど、これが実用化するのに大分と時間が掛かってね!横揺れは簡単だったんだけど、縦揺れってのが難しくてねぇ。でも、それも克服したこの船は、どんな嵐の中でも快適に過ごせる最強の船に仕上がったよ!」


そう、今までよりも興奮気味に早口で話す迫間。


七加瀬と同様に、迫間もテンションが上がる分野では早口になる様だ。

それも、WPM社が機械周りの事が専門分野である事を考えると当然のことであろうが。


「そ、そうなんだな。そ、それにしてもドイツのGMっていうのは・・・?」

「そういえば幸子ちゃん、WPM社も七加瀬くんに教えられて初めて知った口だったね。ドイツのGMっていうのは、ドイツを拠点にしてるGlorias Motorsで、機械産業の開発・作成を司っている、MaschinenHerz社って所さ。分野が近いっていうのと、今の代表と仲が良いのもあって懇意にさせてもらってるんだ!」



Glorias Motors。


確か、世界に20しかない大企業で、その企業が無いと世界が回らなくなるとも言われている、まさに世界の歯車といった企業であったか。


迫間が総取締役を務めているWPM社もその一つだ。

実際、スケールの違う話だと思う。

日本国内、それもその一部しか知らない私にとっては別世界の話だ。


そんな事を考えている時、神舵が耳に付けている、船長と繋がっている無線子機に連絡が入り、数回受け答えを行う。


何かあったのだろうか?


「そろそろ到着の様です。皆さま、そろそろ下船の準備をお願いします。」


意外と早く着くのだなと思った。それは、ニ時間という時間を、長く感じさせない程に快適な船による旅のせいかもしれないが。


「意外と早かったな」


七加瀬も同意見である様だ。


「そんなに沖合にある訳じゃないからね!仮名山氏も、そこまで不便では無いから島に住んでる位だよ!といっても、彼が日本の本島に顔を出すのはオークションや、自分で作った作品の展覧会だけといっても過言ではないけどね!」


「仮名山は自分でも作品を作ってるんだな」


「ああ。石像をよく作っているんだけど、通の間で結構人気があるらしいよ。だから、島に一番多いのも石像なのかもしれないね」


「お話しの途中で申し訳ありませんが、どうやら到着した様です。忘れ物のない様に下船ください」


そういい七加瀬と迫間の話を遮り、頭を軽く下げる神舵。


本当に凄い船だ。止まった感覚すら感じられなかった。


「四日後に来る船は、この船とは違う船ですので、忘れ物はない様にお願いします。」


「はーい!神舵ちゃんは引率の先生みたいだねぇ。うーんよきかな」


「ん?迎えは四日後なのか?」


「ああ、そうだ。帰りは三日後の昼だ。四日間もお前と一緒の空気を吸わないとダメとはな。腹立たしい」


相変わらず、神舵は七加瀬に対して当たりが強い。


にしても、今日も含めて四日間とは中々に長い。

一体何故、四日間も滞在するのであろうか。


「にしても、何で四日も滞在するんだ?そんなに観る物があるのか?」


私の心の疑問を七加瀬が代わりに聞いてくれる。


「四日っていうのは、島民の進言だね!天気が悪くなる事と、その後もゆっくり美術品を見てもらいたいって心意気かららしいよ!ちなみに、島民・・・いうなら仮名山氏の使用人五人のご飯はマジで美味いらしい。店出せるレベルだから、ついでに楽しんでくれとの事だよ。」


「おお、それは楽しみだ。有利の飯とどっちが美味いか食べ比べさせてもらおう。」


「おいおいおいおい。女の前で他の女の話するのは無しだぜー!」


話しながらも、下船の用意をする一行。


私はたいした荷物がないので、直ぐに用意が出来た。

四日間も滞在するとは思わなかったので、何処かで洗濯をしなければならないが、安全な場所らしいし、大丈夫だろう。


「よぉし!準備出来たぞー!それじゃあ、下船しようか!」


そうして、室内から出てクルーザーから降りていく迫間。


「お待ちください、迫間様!先に降りられてはボディーガードとして困ります!」


それを急いで追いかける神舵。


「それじゃ先に出るぞ、幸子。初仕事だ、頑張ろう」


そう言い、次に降りていく七加瀬。


相変わらず私に異様に優しい七加瀬に、つい頬を赤めてしまうが、気合いを入れる為に赤く成った両頬を軽く叩く。


「よしっ!頑張るぞ!」


私も七加瀬に続き、室内から飛び出した。

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