下船。そして、自己紹介・・・

クルーザーの室内から出た私の目の前に広がるのは、クルーザーの止まっている桟橋と、広大な島であった。


美術島は私の予想の数倍大きく、島の外周を一周するには、数時間はかかりそうだ。


先に船から出ていた七加瀬達は、船から既に桟橋に降りていた。


そして、その七加瀬達を待ち構えるかの様に、六名の人物が桟橋にいた。


一人が前、五人が後ろに一列に並んでいる事、そして着ているメイド服などをみるに、前の一人が仮名山俳士、後ろの五人がその使用人なのであろう。


仮名山はアロハシャツというラフな服装であるが、後ろの四名の女性使用人はメイド服、一人の男性はシャツにベストを着ていて、使用人達は今の季節そうとう暑いのではないかと思った。


夏服はないのか夏服は。

夏服のメイドを見たいだけなのであるが。


何故、私がそんな物を見たいのかというと、見た目も関係しているであろう。

青年男性は日本人であるが、メイド四人に関しては日本人が一人もいない。全員外国人だ。

そして、使用人五名とも、とても美しい見た目をしている。


有利も勿論美しいが、美しいというより可愛いという表現が正しいであろう。それと打って変わり、彼女達使用人は美麗という言葉を体現している。まさに宝石箱の様だ。


そして宝石箱という表現を使ったのには理由があり、色とりどりの宝石と同じく、彼女達は国籍が纏まっていないのだ。


日本人では無さそうな黄色人種一名に、北欧系二名、南欧系一名。


使用人達の美しさは、正直同じ人間である事を疑うレベルだ。少し私にも分けてくれ。


「よくぞ来てくれた!迫間嬢!相変わらずの美しさだ!」


「いやいや、仮名山氏の使用人の前で言われても嫌味にしか聞こえないなー」


「いやいや、謙遜を!それ程に完成されたボディを持っているのに、これ以上何を求めるんだろうか」


「体かよ。顔はまだまだっていってる様なもんじゃないか!」


「ははは!」


「笑って誤魔化すんじゃないよ、きみぃ!」


やはり、前に出ている中年男性が仮名山の様だ。

迫間との会話を聞くに、どうやら何度か会ったことがあるのだろう。

それにしても、明らかに目を引く使用人五人に比べ仮名山の外見は余りにも普通であった。


普通とはいっても、正直な話、外見は中の下といった所か。


身長は170cm前後で、年齢は恐らく40代前後辺りであろう。年相応に出た下腹が、彼の着ているアロハシャツを持ち上げている姿は、誰もが思い描く様な、金持ちのオッサンを象徴する姿であった。


「おお!あれが迫間嬢お抱えの彫刻作家が作った石像か!!」


そう興奮して大声を上げる仮名山の視線は、私たちの船に比べて少し遅れて着いた、ブルーシートを乗せた船に向いていた。


「そうさ。あれが、君が欲しがっていた物だよ」


「おお!おおお!中が気になる!今すぐに観たい!」


そう言い大型クルーザーに直接上がろうとする仮名山を迫間が制する。


「興奮しすぎだよ、きみぃ。流石に開けるのは、設置する場所まで移動してからにしようぜぇ」


「それもそうだな!いやいや失敬、我を忘れていた!おい、ぼさっとするな!運び出すのを手伝いなさい!」


そう言い仮名山は、使用人五人を呼ぶ。


ブルーシートを積んだクルーザーの船内には数人の作業員が乗り込んではいるが、トラックからの積み込み時よりも人数は少ない。


仮名山の、人形の様に綺麗な使用人の手を煩わせるのも悪いと思い、桟橋から大型クルーザーのスロープを登り私も手伝いに行く。


「うしっ、俺らも運ぶの手伝うか」


私の動きを察したのか、七加瀬も同じく手伝ってくれる様だ。


そう言い、作業員と使用人、そして私と七加瀬で、ブルーシートに包まれた石像を持ち上げる。


「いっせーのーで」


作業員が掛け声を上げ、それに合わせて持ち上げる。


美術品の石像という物を見た事も持った事もない私には比較しようがないが、その石像は予想よりも軽く感じた。


そして、重さよりも重心が定まらない気がする。


持つ人数が多く、力の違いが関係しているのであろうか?


そんな石像を桟橋に既に用意されていた大型の台車に乗せる。


そして一仕事終えた作業員達は、そのまま大型のクルーザーに引っ込んでいく。そしてそのまま帰っていくのかと思いきや、出発時に見た保存食や、飲み水を小型のクルーザーに運び込んでいた。


帰りは小型のクルーザーではない事を考えると、どうやら小型のクルーザーはこの後も予定がピッチリ詰まっているのであろう。


流石、最先端クルーザー。


そして桟橋には、港から来た二隻のクルーザーに加え、もう一隻クルーザーが停まっていた。

あれは恐らく仮名山のクルーザーなのであろう。石像の様な飾りがクルーザーの船首に付いている事からも明らかだ。


荷物を運び終えると、直ぐに出港していく二隻のクルーザー。

四日後にまた別のクルーザーが来てくれるらしいので、あの二隻とはお別れの様だ。


帰りも船酔いにならないクルーザーが来てくれます様に。


そんなお祈りをしていた矢先に、仮名山が大声で話しだした。


「さて!先程も言ったが、よく来てくれた!今回は、WPM社と私の懇親の為の集まりなんだ!是非!ゆっくりしていってほしい!」


そう言う仮名山に合わせて頭を下げる使用人達。


「おっと、自己紹介が遅れた。私がこの島の主人の仮名山俳士だ。・・・ほら!君達も自己紹介したまえ!」


そう自己紹介した後に後ろの使用人に視線を送る仮名山。

その視線に使用人達が答え、一人ずつ自己紹介を始める。


「初めまして。私は庭師の三戸森 宝景と申します。この島で庭師をさせて頂いております。また、使用人のまとめ役も兼任しておりますので、何か滞在中に困り事が有れば是非ご相談ください」


物腰柔らかく話すのは、使用人で唯一の日本人である、見た目麗しい青年だ。


その好青年ぶりは茶の間を沸かすには充分であろう。

婦人会でも大ウケ間違いなしだ。


まあ婦人会なんてものはみたことないが。


「私はイェスタと申します、そして横に居りますのが、」

「ウェスタです。よろしくお願いします。」


続いて自己紹介を行ったのは北欧系の二名だ。

この二名は自己紹介をまとめて行った事と顔が似通っている事から、恐らく・・・


「私たちは一卵性双生児です。なので顔では判別しづらいと思いますが、あえて判別するならば、声と着ている服で判別して頂ければ幸いです」


そう話すのは、少し青みがかった黒のメイド服を身に纏うイェスタ。


「姉共々ご不便をおかけしますが、気軽にお声掛けください」


一方で妹なのであろうウェスタは赤みがかった黒のメイド服を着ている。


他にも、先程イェスタが言っていた様に声色に違いがあり、イェスタがハスキーボイスである一方で、ウェスタは女性らしい高い声をしている。


双子で両方ともに綺麗など羨ましい。

いや、双子なので、片方が綺麗だと、もう片方もそうなるのは当然なのだが、それでも羨ましいモノは羨ましいのだ。


一人ずつ、少しで良いので分けてくれ。


「では、次は私ですね。若汐(ルオシー)と申します。同じく気軽にお声掛けください」


名前的に中国人だろうか?


自己紹介した若汐というメガネを掛けた使用人は、真っ黒なメイド服を着ていた。


双子以外の女性使用人のメイド服が、真っ黒で統一されている事から、先程の双子の服の色の違いは、双子の見分けのために使われているのであろう。


東洋人なので、先ほどの双子とはまた違ったベクトルであるが、若汐もとても綺麗だ。


身長も高く、180cmはあるだろうか?


スラリと伸びた手足はメイド服の上からでも分かる程に、しなやかで美しい。


同じ東洋人という事で、親しみやすい顔とは裏腹にそのスタイルの良さから、中々に接しづらい。

身長10cm程よこせ。


「それでは皆様飽きてきたと思うので、手短に。ルイーゼと申します。よろしくお願いします」


そう話すのは南欧出身であるであろう女性だ。


身長は若汐と比べたら少し低いが、それでも170後半はあるだろう。


彼女が四人の中では一番胸がデカい。


まあ、迫間ほどではないが、良い勝負だ。


小麦色に焼けた肌からのイメージだが、迫間の妖艶なエロさではなく、彼女のほうが健康的なエロさをしている。


どっちにしろエロい。好き。


「自己紹介有難うね!それじゃ、次はこっちの自己紹介だね!私は迫間蕗、みんなご存じWPM社の総取締役なんて物をやってるよ!社長って職じゃないよ、総取締役だよ!宜しく!」


始まってしまった。


自己紹介、それは心身を削る行為である。


自己紹介で与えたイメージというのは後々にも残る。


自己紹介で好印象を与えてしまうと、逆にこれからの付き合いで失敗しづらくなる。


逆に、そつなくこなしたり、地味な自己紹介をすると、そもそも相手に話しかけられづらいイメージを与えてしまう。


どっちにしろ私の様な陰気な人間には厳しい。



「迫間様のボディガードの任に就いております、神舵楓と申します。四日の間、よろしくお願いします」


神舵の下の名前は楓というのか、へぇ。


神舵はそつなく自己紹介を行う。手慣れた感じがしていて、何度も迫間の横で自己紹介を行ってきたであろうことがわかる。


「同じくボディガードの七加瀬だ。よろしく」


七加瀬は、素気なく自己紹介を行う。


「七加瀬?もしかして君は・・・」


仮名山は、七加瀬について思い当たる節があるのか、何かを聞こうとするが、その次の言葉を話す前に、迫間がその言葉を遮る。


「七加瀬君はボディガードなんて言ってるけど、私の個人的な友人なんだ!だから、私と同じく主賓扱いしてくれると嬉しいなあ」


「別に俺は金持ちとかじゃなくて、本当にただの友人なんだが、主賓扱いしてもらえるならそれはそれで助かる。次いでに、横にいる俺の仕事仲間も優遇してくれ」


仕事仲間ですって、皆さん。

嬉しいこと言ってくれますね。仲間ですよ、仲間。


仲間などという言葉を言われたことのない私はつい頬が緩んでしまう。


「おい、幸子。ニヤけてないで自己紹介しないと」


「べ、別にニヤけてなんかない!が、顔面筋をほぐしていただけだ!」


「小顔、目指してるのか?」


「い、いや。べ、別にそういうわけではないんだが」


「ねぇねぇ!早く自己紹介して、くつろぎに行こうぜぇ。何やかんや、もうすぐ日もくれそうだしさ!」


私達がダラダラ話し出した事を迫間が咎める。


少し顔が怖い。何故だ。


「た、確かに。じ、時間をとってすまない。わ、私は七加瀬と同じくボディガードの依頼を受けてやってきた、斑井幸子だ。よ、よろしくお願いひぃましゅ」


噛んだ。終わりだよ。


「噛んだな」


「う、うるさいぞ、七加瀬!」


つい、キレてしまった。


「い、いやぁ!みんな自己紹介有難う!では、先程言っていた様に、日も暮れそうだ!取り敢えず、持って来て頂いた美術品を教会に設置した後に、本邸で寛ごうではないか!島の案内は、また明日にでも行おう!」


自己紹介を仮名山が締める。


やっと地獄から解放された。

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