出港
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港に着いた二隻のクルーザーは大きさが違った。
用途が違うのだろう、大きいクルーザーは上部が平たくなっており、何かを運搬するのに最適な形をしているが、一方で小さいクルーザーは良くある形の船舶で、人の快適さをできるだけ追求したかの様な構造をしていた。
港に着いた二隻のクルーザーから、運転手と思われる人物が二人現れる。
二人とも、神舵やリムジンを運転していた初老の男性と同じ燕尾服を身に纏う男で、恐らく迫間の執事かボディーガードに当たる仕事をしている者なのであろう。
神舵と同じく、立ち振る舞いから分かる。
最も、この二人に関しては神舵程の口の悪さは持ち合わせてはいないであろうが。
今回はこのクルーザー二隻で、恐らく美術島へ向かうのであろう。
しかし、何故用途も違うであろうクルーザーが二隻も来たのだろうかと考えていると、迫間が声を挙げる。
「もうちょっと待ってね!そろそろ来るはずなんだよねー」
そう言いリムジンが通って来た道の方を眺める迫間。
まだ何か来るのだろうか?
そう私が考えたその時に、ちょうどタイミングよく、大型のトラックが遠くより姿を表す。
「おっ!タイミングバッチシだ!」
そのままこちらに向かって来たトラックはリムジンの後ろに停車し、その中から作業着を着た男達が現れる。
そしてその男達がトラックの荷台を開け、そこから何かを運び出してくる。
それは人が数人入れる程の大きさの、ブルーシートで覆われた四角の箱の様なシルエットの物で、中に何か重要な物が入っているのであろう事が、作業員達の慎重な運搬動作で分かった。
そして作業員達はそのまま、天井の平たい大きいクルーザーへ向かっていく。
向かっていった大きいクルーザーは天井の平たい部分から、スロープの様な足場が伸びる仕様になっており、港からそのスロープを経由して、クルーザーの天井にブルーシートで覆われた箱を乗せた。
「あのブルーシートに覆われたのは何なんだ?」
七加瀬が不思議そうな顔をして、迫間に尋ねた。そうすると迫間は自信満々の笑みで答える。
「あれはね、美術島に運び込む美術品だよ!」
その言葉に七加瀬は更に疑問を呈する。
「そもそも、美術島って何なんだよ。」
「美術島っていうのはね、資産家である仮名山 俳士が、その資産で購入した島の事でね。美術品が所狭しと並んでいる事から付けられた名称で、言うならば、あだ名みたいな物だね。」
「何でそこに美術品を届けるのにお前が一緒に行かなきゃダメなんだよ。お前の護衛なんて依頼を受けたこっちの身にもなれよ」
七加瀬の疑問は最もだ。
別に届けるだけならば、迫間が直接出向く必要はないだろう。
それに、今回の依頼書に書いてあった内容は、先ほど七加瀬が言った様に迫間蕗の護衛であるのだ。
美術島が護衛を付けなければならない危険な場所ならば、そもそも行かなければいい。
「やだなー七加瀬くん。護衛なんて嘘だよ嘘!本当は、美術島を一緒に観光するために呼んだのさ!それに美術島は島民が六人しか居ないし、全っ然危険な場所じゃないから、バカンスを楽しもうぜ!」
「報酬は貰えるんだろうな。」
「もちろん!私が無事のまま、美術島から日本の本島に帰ってこれた時点であげちゃうよ!心配しないでね!」
「なら、まあいいか。お言葉に甘えさせてもらう。」
「うんうん!存分に甘えてくれていいからね!」
どうやら、この分なら今回の依頼は簡単に終わりそうだ。
それに、元より護衛任務なんて物はヒントなしに犯人を探したりするよりもずっと楽であろう。
それに危険がない島なら、なおさら楽だ。
・・・しかし、胸騒ぎがするのだ。
原因は恐らく最近読んだミステリ小説のせいであろう。
島が舞台のミステリー小説で、登場人物が一人ずつ殺されていき、最終的に誰も島から居なくなってしまうといった内容。
その小説にも、探偵が登場していた。もちろん登場人物の一人なので、その人物も殺害されてしまっているのだが。
島と探偵。
このワードから私は、どうしても胸騒ぎがしてしまう。
気のせいなら良いのだが。
「不安な顔をしてますね。」
突然横から声をかけられる。
声をかけた人物は、先程まで七加瀬と迫間を挟んで、じゃれあっていた神舵という人物であった。
近くで見たら分かったが、私と同じくらいの身長で、主人と同じく美人だ。
短くボーイッシュに整えられた髪に、キレ長の瞳に整った鼻。
唇はへの字に曲がっているので機嫌が悪く見えるが、それもまた彼女のクールな美しさをより際立たせている。
「ちょっと、何ですか、私の事ジロジロ見て。何か話してください。それとも、何か心配事でもあるのですか?」
「あ、い、いや。そ、その、綺麗な人だなと思って・・・」
しまった。
また癖で話をぶった斬って、思った事を言ってしまった。反省。
そんな私の褒め言葉に、特に神舵は表情を変えずに話し出す。
「有難う御座います。しかし、私程度でそんな事を言っていたら、迫間様を見たら目が潰れてしまうのではないでしょうか。私は心配です。それより、先ほどの質問を繰り返しますが、何か心配事でもあるのですか?」
「い、いや、心配事はないんだ。た、ただ、最近読んだ小説が、島で殺人が起こったりって内容だったから、少しだけ不安になっただけなんだ」
口に出してみたが、我ながら情けない事を言っているなと思う。
仮にも今から主人の護衛につく者の言葉と思うと、神舵からしたら泣けてくる様な話であろう。
しかし、そんな私の泣き言に神舵は嫌そうな顔もせずに、いつも通り唇をへの字にしたまま話した。
「同じくボディーガードである私が言うのもなんですが、安心してください。美術島では殺人なんてものは起きませんよ。そして、もちろん迫間様に危険が及ぶこともありません。何故なら、私が居るのですから」
成る程、すごい自信だ。
私もこれ程の自信を持って生きていきたい。
「そ、そうだな。わ、私もそうなる様に頑張らせてもらうよ」
「そうですね。お互い頑張りましょう」
そう言った後に離れていき、ブルーシートに包まれた箱の設置を手伝いに行く神舵。
神舵は七加瀬が絡まなければ、とても善い人物なのであろう。
私の不安な顔を見て、フォローまでしに来てくれるほどだ。
人間が成っている。正直好き。
それにしても神舵相手には、先ほど迫間と話した時より、よく喋れている気がする。
おそらく私は迫間のハイテンションが苦手なのであろう。
七加瀬も有利ちゃんも明るい人物ではあるが、ハイテンションな人物ではないので、恐らく抗体ができていないのだ。
つまり、パリピはまだ私にはキツイ。
「よーし!運び終わったね!それじゃあ、美術島へレッツゴーだ!」
ブルーシートで覆われた美術品の運び込みが終わったのであろう。
自らが率先して小さい方のクルーザーに乗り込み、こちらに向かい手招きをしてくる。
それに従い、迫間の乗ったクルーザーに乗り込む神舵と七加瀬。
私も七加瀬達と同じクルーザーに乗り込む、と見せかけて逆のクルーザーに乗り込む。
あの三人と一緒のクルーザーに乗るなんて、寿命が縮みそうだ。
大型クルーザーに乗り込み室内に入ると、少し硬めの固定された椅子が数人分並んでいるだけで、とてもではないが寛げるとは言い難い内装をしていた。
椅子の他には、普段は恐らく倉庫として使っているのだろうか、保存の効く食糧が詰められた段ボールと、大量の飲み水。
そして寝袋が用意されていた。
一般人ならば、出来れば長居したくは無い様な場所ではあるが、私にはちょうど良い。
こういうのがいいんだよ、こういうのが。
豪華なのは、あまり落ち着かない。
少し、ジメジメしている日陰の様な場所で良いのだ。
あーー。このイス、硬くて丁度いいなぁ。
「おい、何寛いでるんだ幸子」
「ウヘェぁ」
突然、室内の入り口から声がかけられる。
そこには、先程小型のクルーザーに乗り込んだ筈の七加瀬の姿があった。
「い、いや、こっちの方が落ち着くと思ってこっちに入ったんだ。し、正直、迫間さんのあのテンションについていけないと思って」
「そんなの誰だってそうだ。俺だって嫌だ。まあ・・・幸子が人付き合いが苦手なのは分かってる。でも、形だけとはいえ仕事なんだ。頼むから蕗のそばにいてやってくれないか?」
そう頭を掻きながら話す七加瀬は、慎重に言葉を選んでる様に感じた。
その姿は有利ちゃんと話している時の軽薄な態度とは180度ズレた態度で、私と二人きりの時によく見る姿であった。
そう、七加瀬は私に優しい。
いや、言い方を変えれば気を遣っているとも言えるだろう。
私に気を使うなと何度か言ったことはあるが、七加瀬自身が意識してのことでは無いので難しいらしい。
原因はどうやら、私に昔の自分を重ねているからとの事であるが、正直、今の底無しに明るい七加瀬の姿を見るに、考えられない過去である。
「そ、そうだな、仕事という事を失念していた。が、頑張るって言ったのに、軽率な行動だった。す、すまない」
そういい私は硬いイスから立ち上がる。
休憩は終わりだ、真面目に仕事をしよう。
「いや、謝らなくてもいいんだ。実際に俺らの輪に入るのは難しいだろうし」
そう話す七加瀬と共に、大型のクルーザーから降り、小型のクルーザーに乗り込む。
そしてクルーザーの室内に入ると、そこは庶民である私には想像すら出来ない場所であった。
今まで私が小型と思っていた事を考え直すほどに広い室内には、豪華絢爛なベッドに高級ソファ、そして完備された水回り。
隅には小さなバーも存在し、今は不在であるがバーテンダーさえ呼べば直ぐにでも開店できる設備が整っていた。
高級ソファには既に乗り込んでいた迫間が座っており、神舵はそのソファの横に直立して控えていた。
七加瀬は室内に入ると、ソファに座らずにバーに備え付けの簡易な固定イスに座る。
迫間とは少し離れた位置なので、迫間が七加瀬の隣に居場所を変更するかと思いきや、特に動きはない。
頭の上にハテナを浮かべる私を見て、軽く笑いながら迫間が話し始める。
「いやー、流石に七加瀬くんに怒られちゃってね。まともに仕事できないからやめろ!って感じで。幸子ちゃんもゴメンねー、久しぶりの七加瀬くんで興奮しちゃって、我を忘れてたよ」
「い、いや、私こそすまない。仕事意識が足りなかった。こ、これからはちゃんとボディーガードの仕事を全うするように心がけるよ」
「ふふふ、有難う。といっても、美術島には危険な事なんて無いけどね。ましてや殺人なんて起こるはずがないよ」
迫間が話す内容は先程、神舵から聞いた内容そっくりそのままであった。
それ程までに、美術島とは安全な場所なのであろう。
「さぁて。全員乗り込んだし、出発進行だぁ!!」
そして港から離れる二隻のクルーザー。
このとき私はまだ知らなかったのだ。
・・・美術島であんな惨劇が引き起こされるなんて事を。
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