真相やいかに

午後二時、またもや予定時間ピッタリに事務所の呼び鈴が鳴る。


斑井が来たようだ。


有利は昨日と同じ様に斑井を迎え入れた。


有利は斑井の事を気に入っている様だ。機嫌が良く見える。


そして七加瀬はと言うと・・・


「な、何で頭が斜め向いているんだ・・・?」


ソファで寝たおかげで、完全に寝違えていた。


「いや、気にしないでくれ。今日は男の子の日なんだ」


七加瀬はさも当然の事の様に質問に答える。


「お、男の子の日・・・?そ、そうか周期的に来るあの日か。じょ、女性にあるんだから当然男性にもあって然るべきだな。で、でもそんな風になってしまうのか、大変だな男性も」


「七加瀬さんの冗談は聞き流した方が賢明ですよ、それより斑井さん、昨日別れてから襲われたりはしませんでしたか?」


「い、いや。そ、そういう事は無かったな」


斑井は少し何か考える様な素振りを見せた後、歯切れ悪く答えた。


いつも通りの歯切れの悪さであるので言葉の裏は読めない。


「昨日の夜は何してたんだ?」


「き、昨日の夜か、いつも通りにすぐに寝て、早朝に起きて軽くジョギングしたくらいだな」


「んあ?」


斑井幸古の昨夜の外出は、有利の報告により明らかになっている。


この言葉は嘘の筈だ。その筈だが、斑井が嘘を吐いている様には見えない。


その時ちょうど七加瀬の携帯が鳴る。


見ると蕗からの電話の様だ。


「ちょっと重要な電話が入った、少し寛いでてくれ」


「じゅ、重要なら仕方ないな」


斑井の許可をとり、二階に上がり電話をとる。


「よう、早いな蕗」


『流石でしょう!もっと褒めても良いんだよ!』


相変わらずテンションが異様に高い。


寝てない事を考えると、俗に言う深夜テンションというモノなのかもしれないが、よくよく考えると迫間蕗は常にこのテンションを保っているので、これがデフォルトであるのだろう。


昔はもう少し大人しめの、自分を前に出さない女の子であったのだが、何故こうなってしまったのか。


「はいはい、えらいえらい」


『心がこもってないな〜。まあいいや!斑井幸古についてなんだけど、なかなか面白い事がわかった!。軍を退役したのも、その面白い事に関係していてね』


「なんだよ勿体ぶらずに教えてくれ」


『なんとその子ね、統合失調症らしいよ』


「統合失調症・・・」


『軍部に居た頃に斑井幸古は、虐めを受けていたみたいだ。それに起因して斑井幸古は軍部の身内への傷害事件を起こしているんだけど、彼女にはその時の記憶が無いらしいよ。そしてその犯行の際に斑井幸古の性格が一変したみたいで、統合失調症、いうなら二重人格が判明したのはその時だね。本人を診た軍医が言うんだ、間違い無いだろう』


「・・・自分の知らないうちに自分が暴力沙汰を起こしてるとは、B級ホラーみたいだな」


『ホラーはそれだけじゃ無いんだ。その事件には信憑性が無いとやらで、一蹴された部分があってね』


「それは?」


『斑井幸古はその傷害事件時に能力を使ったが、なんとその際に使用された触媒が消えなかったらしいんだ。どうだい、七加瀬くんにとってはとても興味深い話だと思うんだけど』


統合失調症、そして消えない触媒。


脳裏に過去の会話がフラッシュバックしてくる。


「・・・そうだな。その話を聞いて、昔に姉さんから聞いた話を思い出せたよ」


『・・・もしかして余計な事言っちゃったかな?』


「いや、凄え助かる情報だった。有難う。埋め合わせしないとな」


『また顔を見せに来てくれるだけでいいよ。あんまりWPM社に近づきたく無いとは思うけど』


「絶対に会いに行くよ。約束する。待っててくれ」


『めちゃくちゃ死亡フラグだけど、凄いグッと来た!これで今から七十二時間ぶっ通しで働けるぞ〜!』


「程々にしとけよ」


『うん!ああ、それと七加瀬くん』


「なんだ?」


『斑井幸古への虐めは、周りが吐き気を催す程のレベルだったそうだ。また、傷害事件の被害者はその虐めの主犯格の男で、彼がその傷で退役する事になって、喜ぶ人物の方が多い程の悪党だよ。つまり因果応報、そして正当防衛な訳だ』


「それで?」


『彼女は助けるに値する人間だよ。だから心置きなく斑井幸古を助けてあげるといい』


「言われなくても、もちろん助けるさ。」


『ふぅーーーかっちょいいーーー!ほんじゃまたねーー。』


そういい電話は切れてしまう。


「まったく、お節介焼きめ。依頼が来てるなんて一言も言ってないんだけどな」

抜け目ない蕗の事だ、斑井幸古の事だけでなく依頼内容まで調べているのは予想できたが、まさか俺の悩みまで見抜かれているとは。


「それにしても統合失調症か。姉さんとしていた、毎晩の習慣を思い出すな」


幼少期、七加瀬が最も敬愛している姉と行っていた、秘密の会合を思い出す。

お題を決めてそれについて語り尽くし、結果を吟味しきる。


いかにも子供好きのする遊びであったのだが、七加瀬は今でもその会合が美しい宝石の様に記憶に輝き残っている。


しかし、同時に懐かしさのあまり、今でも姉とのやり取りがリフレインし、過去に戻れないかという有り得ない空想に耽ってしまうのであった。




階段を降り、一階に戻ると斑井と有利がなにやら楽しそうに話していた。


「すまんすまん。待たせたな」


「いえいえ、全然待ってませんよ!おかげで楽しい時間を過ごせました」


「む、むしろ帰って来なくてもよかったのに」


「およよよ。ひ、ひどいわ!そんないらない子みたいに扱わないで!」


「流石に気持ち悪いですよ、七加瀬さん」


泣き真似をする七加瀬を有利は咎める。


「え、ガチで酷い。でもなんか二人は凄い距離縮まったな。何話したんだ有利」


「ふふふ、秘密です」


「怖いなぁ。で、確か今朝はジョギングしてたんだったっけ?」


「そ、そうだ。ほ、本当に軽くだけなんだが。未だにこの辺りの土地勘が無くて。み、道を覚えるのも兼ねているんだ。恥ずかしながら、最寄り駅からこの事務所に辿り着くのにも一時間半程かかってしまう」


この事務所って最寄り駅からほぼ一本道の、二十分くらいでたどり着くはずなんだ

が・・・。


「こっちに来たのって最近なのか?」


「い、言ってなかったか?さ、最近軍を辞めるまでW県の基地の寮に居たんだ」


「あそこは男所帯らしいから、大分辛かっただろう」


「・・・そ、そうだな。あ、あまり良い記憶は無いな」


そう言い顔を伏せる斑井。


先程に蕗より聞いた話もあいまり、七加瀬は斑井に対して酷い同情を感じてしまう。


しかし七加瀬は経験上、他人の同情はただの毒にしかならない事を知っているので、敢えて触れずに話を逸らすことに努める。


「まあジョギングするのも良いが、気をつけろよ。昨日の夜、調査中に殺人鬼らしき奴に襲われたからな」


「そ、それは何時ごろだ?」


そう言い顔を上げた斑井は驚き半分恐怖半分といった、何とも難しい表情を浮かべ

る。大人しそうに見えて意外と表情豊かだと、今更ながら七加瀬は思った。


「たしか、二十五時頃だったな。二度目の殺人現場近くだ。顔を隠してたから、俺も顔は分からなかった。分かったのは体型くらいで、斑井さんと同じくらいの背丈だったな」


「そ、そうか。け、怪我は無かったか?」


「ああ、なんとか追っ払えたよ」


「よ、良かった。い、依頼した人が殺されるなんて、目覚め悪いにも程がある。そ、それに私が悩んでた所にわざわざ連絡を取ってくれた、斎藤少佐や津代中尉にも悪い」


「津代中尉は分からんがあの斎藤がねー。・・・って待て、連絡取ってくれたって、

斑井さんが軍に救助依頼出したんじゃ無いのか?」


「ん?だ、出して無いぞ。な、悩んでたら突然に軍部から連絡が入って、この事務所を紹介されたんだ。わ、私の住んでる場所と連絡方法は、津代さんが知っていたから、そこから回り回って連絡が来たと思っていたのだが」


「そうか、津代中尉ってのは仲が良いのか?」


「あ、ああ。わ、私の恩人だ。ぐ、軍に居た時も退役する時も力になってくれた。い、言うなら彼が私の唯一の頼りであって、居場所なんだ。ほ、本来なら私は・・・この世界に居てはいけない様な人間なのに、彼は私に価値があると教えてくれた」


「信頼してるんだな」


「津代さんの為なら命を差し出せる」


そう珍しくどもらずに話す斑井の目はとても真剣で、本当にそうしかねない様な危険さを七加瀬に感じさせた。


「・・・他人の為に命なんて差し出すもんじゃないぞ、残された人間の事も考えろ。それに、俺の事務所の依頼人なんだ。俺に許可なく死ぬなんてお前が許しても俺が許さん」


そんな斑井に対して、つい七加瀬は語気が強くなってしまう。


「そ、そんなの・・・。い、居場所が沢山ある人には、分からないんだ。ほ、本当にその人しか自分には居ないって、他には何もないって感覚は」


斑井は顔を伏せる。


その姿に七加瀬は苛立ちを感じる。


しかし、苛立ちの理由も七加瀬は分かっていた。その姿はあまりにも昔の自分に似ていたからだ。


「・・・まあいい。とにかく夜間に一人で外出するのは控える事と、日中でも襲われたりしたら、すぐに公衆電話とか使ってもいいから連絡する事。分かったか?」


「わ、分かった。そ、それで次はいつ来たらいい?」


「次に何か用事があれば、こちらから斑井さんの家に出向く。捜査に進展があるまであんまり出歩くのも得策じゃ無いだろう?」


「そ、そうだな。で、では家で待機する」


そう言い、事務所から出て行こうとする斑井幸古の背中は先程の会話も有り、とても儚く見えて、もう会えないのでは無いかと錯覚させられた。


「斑井さん」


だからだろうか。


つい七加瀬は斑井幸古を特に話すことも決めずに呼び止めてしまった。


「?な、なんだ?」


「あ〜っと・・・。俺らに話してない事で悩んでる事、あるんじゃないか?相談に乗るぞ」


斑井幸古はほんの一瞬だけ肩を震わせるが、こちらを振り向きもせずに答える。


「だ、大丈夫だ。は、犯人を捕まえたらきっと、私の悩んでる事も分かると思う」


そう言い残して斑井幸古は事務所を出ていった。


こちらを振り返らなかったので、その表情は読み取れなかったが、その口調は覚悟に満ちた物に聞こえ、口調ひとつとっても控えめな斑井幸古には珍しい事であった。


「・・・斑井さんについて、あとは剣華に任せるか」


「そうですね、剣ちゃんなら上手くやってくれると思います」


「それにしても今の話どう思う?」


「幸古ちゃんが最近こっちに越してきたって話ですか?」


「いや違う、てか分かってるけど間違えただろ」


「主人を立てるのがメイドですよ?」


「そういえばそういう設定だったな。斑井さんが救助依頼を軍に出していないっていう点だよ」


「それがどうかしたんですか?」


「本来警備部の仕事である今回の事件に、軍部が介入したのは斑井幸古が救助依頼を行ったからだと考えていた。でも違った」


「介入は軍部側の意思で行われたという事ですか?」


「そうだ。この事件、間違いなく軍部が関わっている。それに最悪の場合・・・」


「最悪の場合?」


「斑井幸古が軍部によって、この事件に意図的に組み込まれた可能性もある」


「それは流石に無いと思いたいですが・・・」


「最悪の場合も想定しておくのが探偵ってもんだ」


「そういえば、先程の電話は蕗さんからですか?」


「あぁ、そうだ。それについてなんだが、中々に面白い話だったぞ」


「どんな話だったんですか?」


「そうだな」


ただ教えるだけじゃつまらないな。


「三回まわってワンと言えば、教えてやらんこともないぞ」


そうすると有利は、ダンスでも踊るかの様に三回まわって、


「ニャン」


猫だった。とんでもなく可愛い。教えてあげよう。


「どうやら、斑井幸古は二重人格らしい」


俺の言葉に有利は首を捻る。


「二重人格?時々テレビとかのビックリニュースで取り上げられてますけど、そんなのあり得るんですか?」


「どうだろうな。二重人格ってのは居ないかも知れないが、説明はしようと思えば出来るんだよな」


「説明はできるってどういう事ですか?」


姉さんからの受け売りになってしまうが、


「いうなら、二重人格は統合失調症の症状の一つである可能性があるんだ。」


「ほうほう。」


「統合失調症は症状が多彩で、大まかに陽性症状や陰性症状に分けれたりするんだが、大まかに説明すると、行動や思考に一貫性が無くなる他に、妄想や幻覚、さらに記憶が無くなるといった様な症状が出たりする」


「行動に一貫性が無くなる?」


「例えば今まで性に全く興味のなかった人物がホストや風俗に溺れたり、節約家が突然ギャンブルなどで散財したりだとか、色々な事例が報告されているな。そのまるで人が変わってしまった様子から、昔は統合失調症ではなく精神分裂病とまで呼ばれていたくらいだ。誤解や偏見が生じるから、今はそう呼ばれたりはしないがな」


「精神分裂病・・・それって」


有利はハッとした表情で呟いた。


「あぁ、まるで二重人格におあつらえ向きな名前だろ?」


「でも、統合失調症って原理はもう分かっているんですよね?」


「脳内神経伝達物質の放出異常により起きる病気だ。統合失調症に対する薬剤も多数存在するよ。ただ、脳という研究が深くまで進んでいない臓器が関係している分、どうしても謎の多い病気の一つでもある」


これまでの話を聞き、有利は顎に手を添え、考えるそぶりを見せる。


「では、二重人格はあり得る現象なんですね」


今までの話を統合して考えると、俺の結論としては、


「あり得る。しかし、今まで長々と統合失調症の話をしたが、こんな能力なんて物があり得る世界だ。病気なんて関係なしに、ただただ二重人格ってことも有り得るだろうな」


そう、こんなオカルティックな世界だ。過去に姉さんの言っていたような、オカルティックな二重人格という事もあり得るだろう。


「成る程・・・。では話を戻しますが、斑井さんが二重人格であるという事が事実ならばもしかして犯人は・・・」


「斑井幸古のもう一つの人格。十分に有り得る話だと思う」


「斑井さんは、自分が二重人格である事を知って居るんですか?」


「知っているらしい」


「じゃ、じゃあもしかして斑井さんは・・・」


「・・・自分を捕まえて貰うために、俺たちに依頼した可能性があるな」

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