WPM社
午前四時頃事務所のドアが開きユリが帰ってくる。
「戻りました」
「おー、お疲れさん」
「お帰り有利。その後は?」
「特に動きは有りませんでした。斑井さんも恐らく寝てしまったんでしょうね」
二手に分かれたもう片方の有利には、実は事前に聞いていた斑井幸古の自宅に向かって貰っていた。
これには二つの意味があり、一つは殺人鬼が斑井幸古を襲いに行く事を考えての事だ。
そしてもう一つは、斑井幸古が夜に単独行動していないかの監視である。
そしてどうやら後者については手遅れであったが、監視が必要であるということは今回の一件で分かった。
「今日の昼の約束に間に合うか心配だな」
「いや、その心配より怪しすぎんか?依頼人本人がなんで夜遊びしとんねん」
「いや、意外と依頼人本人も犯人探ししてるかもしれないぞ」
「それなら依頼なんてせんでええやろ」
「犯人探しの確率を上げる為かもしれん」
「そうかもしれへん、でも犯人が実は依頼人!みたいなの私疑っとるんやけど、そうなんちゃうか?」
「それは小説の読みすぎだろ。それにまだ判断できない」
剣華の言った、斑井が実は犯人という説は七加瀬は依頼された当時から考えていた事であった。
あれだけあからさまに隠し事が有れば当然とも言えるが、どうしても七加瀬には斑井がそんな人を陥れる様な行為をする様には思えないのである。
「そういや、七加瀬。お前を襲った奴の風貌は?」
「サングラスにマスク、ダボダボのパーカーにフード被ってて何にも分からん。ただ身長は言われてみりゃ斑井さんと一緒の百六十cmくらいだった気がする」
「ほれみてみ。こりゃ私が探偵した方がええんとちゃうか?」
「いや、だから決めつけは良くないぞ。状況証拠からの断定は大好きだが、まだピースが足りない。怪しいのは確かだし、剣華が護衛ついでに斑井さんを見張っといてもらうので良いだろ?」
「しゃあないな。上手くお前に誘導された気がせんでもないが、それでいこう」
「んじゃあ、昼に斑井さんが来た時に隠れて斑井さんの顔を覚えて、そのまま護衛に回ってくれ。この中で顔知られてないのお前だけだしな」
「・・・お前もしかして、万が一にでも依頼人に私の顔をバラしたくないから、私に夜は留守番させたんちゃうやろな」
「それも理由の一つではあるな」
「なんやかんや言いつつも、しっかり自分も依頼人疑っとるやんけ・・・」
七加瀬は、斑井幸古は犯人では無いと断言できる程の審美眼を持っている訳ではない。
よって可能性が1%でもあるならばそれを潰すに越した事はないと考えていた。よって今回の判断は疑うというより、信じる為に行う行為なのである。
すると、今まで黙っていた有利が七加瀬に向けて怖ず怖ずと話出す。
「でも、私にはどうしても斑井さんが人を殺すようには思えないんですよね。軍を辞められたと言う話もありますし・・・七加瀬さん、一度斑井さんの身の上を調べた方が良いんじゃないですか?」
「・・・仕方ない。使いたくなかったんだが、あいつの手を借りるか」
少し躊躇した後に七加瀬は携帯の電話帳からある人物の項目を探す。
「斎藤少佐ってやつに聞くんか?」
「たしかに斎藤が一番詳しいかもしれんがアイツへの質問は見返りが怖い。アイツにして良いのは確認程度で、質問はよしておこう。それにそんな事をしないと、この程度の事件も解決できないのかと思われるのも、顧客の信用に関わるからな」
「今回の事件でも仲介人を引き受けてくれてますからね」
「てーと誰になるんや?」
「蕗っていう奴だな」
**************************************
**************************************
西暦2200年。その歴史は多くの国家間の戦争と共に積み上げられてきた。
しかし技術の発展を促してきた戦争というものも、2000年付近を境に、冷戦と名付けられた物を除き0になった。
その理由は二つある。
一つはインターネット並びにSNSの普及。
インターネットの普及により、各国の国民が世界の情勢に詳しくなり、国家が正当な理由が無ければ他国への侵略を行えなくなった。
さらにはインターネットの普及に伴った、SNS利用者の拡大により国民の声が大きくなり、もはや国の方針は国の上層部だけでは決めることが不可能になった。それが戦争が無くなった理由の一つ。
そしてもう一つの理由は、企業である。
そこらの有象無象の企業ではない。その企業が無ければ世界の経済が回らなくなるといわしめるような、二十の大企業。
Glorious Motors、GMと呼ばれる二十の企業は、場合によっては国家より発言が重要視され、それらの企業に睨まれると言う事は、経済面で国としての死を意味する。
戦争にて誤ってその企業の拠点、ひいては関連企業に危害を加えようものなら、彼らは戦争国へ過激な経済政策を行い、その国家はGMの恩恵を受けている国と比べ、大幅に経済面で劣ってしまう結果になるであろう。
よって、彼等の機嫌を戦争などの侵略行為によって損ねるわけにはいかないのだ。
そんなGMの一つ、主に精密機械等の部品生産全般を司っている大企業であり、日本に拠点を置くWPMことWorld Peace Maker社。
その現総取締役である人物の名前は、
**************************************
**************************************
午前四時半、そして二十八時半ともいえる時間。
正常なサイクルの人間であれば、連絡をとろうとしても、確実に寝ている時間だ。
しかし、七加瀬が今から連絡をとろうとしている者とは、確実に繋がる自信があった。
何故ならその相手は迫間 蕗。一週間で百四十四時間連続で働き、二十四時間連続で寝る。
そんな人間の活動限界を無視したぶっ飛んだ女だからだ。
スマホの電話帳に登録されていた、蕗の電話番号を選択し電話をかけると、なんとワンコールで繋がる。
「やっぱり起きてたか。蕗、働きすぎは良く無いぞ」
『へへへ、気遣ってくれてありがとうー!七加瀬くんから電話とかどうしたの?もしかして私と結婚する気になってくれた!?』
「前も言ったが、俺にはやる事がある。それまで結婚とかはなし」
『ちぇっ。まあ分かってたけどね。で、何か頼み事かな?』
「ああ、頼めるか?」
『もちろん!無償の愛で全ての願いを聞いちゃうよ!』
無償の愛と本人は言うが、言葉とは裏腹に定期的に溜まった無償の愛を消化しなければならない。
なぜなら過去に無償の愛を貯めすぎて、拉致監禁二十四時間睡眠の抱き枕にされた事がある。
今回はまだ二回目の無償の愛なので、恐らく大丈夫であろう。大丈夫だと信じたい。
「過去に軍に所属していた斑井幸古という人物について調べて欲しいんだ。調べれそうか?」
『私を誰だと思ってるんだい!こんなでもWPMの総取締役だよ?それに軍とも良い関係を築けているから余裕だよ!それに関しては君のおかげも少し入っているけどね!』
七加瀬と迫間蕗が繋がっているのは勿論クライアントの一人である斎藤少佐も承知のことではあるので、その事を言っているのであろうが、それが無くともWPM社に対して軍部が仲良くしないなどという選択肢はありえないので、情報を仕入れる事は容易いであろう。
GMであるWPM社に対して文句を言える者など数が限られている。
それこそ同じGMである大企業か限られた大国程度であろう。
「有難う、今度また埋め合わせさせて貰う」
『うおお!んじゃあ今度またどこか遊びに行こうね!』
「ああ、必ず」
『それじゃ調べ終わったら、こっちから連絡するね』
「頼んだ。じゃ、また」
『またね〜!』
電話を切り、居間へと戻る。
「終わったぞ、調べられるそうだ」
「なんや、早かったやんけ。手を借りたく無いっていう割には、あっさりやったな」
「あっさりOKはしてくれる。してくれるが、愛が重すぎるんだ。いつか分かるさ」
「なんやそりゃ。まあお前とWPMの関係は、とんでもなくややこしそうやから口出しせんとくわ」
「そうしてもらえると助かる」
「もうそろそろ朝ですね。どうします?剣ちゃんこのまま二階の空き部屋で、また寝ますか?」
外を見ると確かに、暗かった空が白んできていた。
「そうしよかな。昼には依頼人くるんやろ」
「そうですね。十四時にくる予定です」
「ほな、その二時間前くらいに起きてスタンバイしとくか。空き部屋適当に使うで〜」
「はい、おやすみなさい」
眠そうに欠伸をしながら、剣華が二階へ消えていく。
それを七加瀬は同じく欠伸をしながら見送るが、その七加瀬に対して、横から控えめな視線を送る人物が居た。
「どうした、何か言いたそうだな有利」
「・・・いえ、七加瀬さんがWPM社に頼っているのが嬉しくて」
「俺が頼っているのは、蕗であってWPM社じゃない。それにそう仕向けたのもお前だろ」
斎藤に頼れない以上、軍人であった斑井の調査は蕗に頼まなければ不可能である事を分かっていて有利は、七加瀬に斑井の調査の話を振ったのだ。
しかし七加瀬も元よりそうする予定であったので、話を振られた事に対して文句などは口から出たりはしなかったが、口からは出なくてもWPM社への感情が表情に出なかったかどうかは自信がない。
「バレちゃいましたか?でも、それが一番早いですし。七加瀬さんの蕗さんへの好感度が上がるのは、私としては頂けませんけどね」
「乙女心は複雑って奴か」
「乙女じゃ無い人が言っても説得力有りません」
そっぽを向き少し頬を膨らませる有利だが、少し逡巡した後にこちらを向き、不安そうに質問を投げかけてくる。
「まだWPM社は許せそうに無いですか?」
それは七加瀬が、有利に何度も投げ掛けられている質問であった。
七加瀬はいつもこの質問に対して、普段外さない様にしている、調子者の仮面が外れてしまう。
「分かってるんだ。もうWPMに俺が思ってる様な奴は居ないって。怒りの矛先を向ける方向も定まってはいるが、それでも胸に空いてしまった穴を埋めてしまえる程に俺は寛大にはなれないし、なりたいとも思わない」
そう辛そうに俯く七加瀬を見て、有利はまた間違えてしまったとでも言わんばかりの、苦々しい表情を浮かべてしまう。
「そうですよね。私も、もう寝ます。・・・早く目を覚まして、七加瀬さんを起こすのも、私の役割ですからね」
「ああ頼んだ」
似合わない不安そうな顔を浮かべつつ、二階の寝室へと向かうユリ。
誰もいなくなった事務所で、一人いつものソファに座る。
「あの日の悪夢からはまだまだ目が覚めそうには無いよ、姉さん」
そう言い七加瀬は寝室にも戻らず、その場で眠気に逆らわずに微睡んでいくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます