夜間探索
「さてさて夜間探索と洒落込みますか」
七加瀬はいつもの独り言を呟きながら、坂口から貰った資料に載っていた殺人現場の大体の場所を思い出す。
(特に法則のような物もなかったし、自分が警察に見つからずに殺せそうな人がいれば殺す、みたいなノリで殺してるのかね。快楽殺人者の説もまだまだ捨てきれないな)
「取り敢えず、殺人現場同士を結んでその間を歩いてみるか。散歩で犯人とエンカウント出来ると良いんだが」
そういい歩き出す。
十一時頃まではちょくちょく人とすれ違う事はあったが、そこを境に人の気配を全く感じなくなる。
さらに時は過ぎ、時刻は深夜1時。
ちょうど昼間に調べた、二件目の殺害現場に近いビル街。雲に遮られ月の光が照らさず、ビルも非常灯以外灯っていない。
壊れかけの街灯が、一定周期で光明と暗黒を作り出し、辺りは一般的な感性の持ち主ならば、直ぐに逃げ出してしまいたくなる様な雰囲気を醸し出していた。
「こうも誰1人いないと、まるで映画の世界に潜り込んだみたいだな。自分以外の人類が消えて一人残されるって言う様な映画なんだけど、見たことあるかな」
そういつも通りに独り言を呟くが、今回はその言葉に反応する者がいた。反応といっても、背後からの奇襲という形では有るが。
背後からの一閃。七加瀬の頭部に向けて白刃が駆ける。
それを七加瀬は予期していたかのように前転で躱し、距離を取りながらそのまま襲った人物の方面に体を向け直す。
その人物は目深にパーカーのフードを被り、サングラスと真っ黒なマスクを付けていた。
闇夜の中、壊れかけの街灯がチカチカと定期的に照らすその姿は、誰がどう見ても異常者であり、左手に握られたナイフを加味すると、まさに小説から出てきた殺人鬼という風態である。
(こいつが八つ裂きジャック・・・?身長は百六十cm位か。体格では圧倒的に有利。しかし・・・)
能力持ちとの戦闘で先手をとられ生き残ってる時点で僥倖で有る事を七加瀬は知っていた。しかし、相手の能力が詳しく分かったわけでは無く、七加瀬の戦闘面での圧倒的不利は未だ覆ってはいない。
(なにかしらの斬る能力。近づいてきたということは、近づかないと使えない能力。断定はできないが、取り敢えずは全て受けずに避ければどうということはないはず)
七加瀬はスーツの背中部分に隠していた、コンパクト収納可能の特殊警棒を構える。
相手とのリーチの差は、身長差はあれど殺人鬼の左手に握られたナイフ分を埋める事が出来ないので、その差を埋める為にも武器を利用するのは自明の理である。
しかし警棒で出来たリーチ差を物ともせず、殺人鬼は前傾姿勢を取り、肉食獣の様にこちらに一直線に駆けてくる。
突進しながら行われた腹部への切り払いを、七加瀬は横にずれて躱す。追い討ちで顔に向かって跳ね上げられたナイフを上体を逸らす事で躱し、懐が空いた殺人鬼の腹部に向かい蹴りを放つ。
殺人鬼は避ける事が出来ずに蹴りをくらい後ずさるが、七加瀬も体勢が悪かったので、そこまでのダメージは入っていない様だ。
蹴りを食らい少し距離が離れた殺人鬼はさらに距離を取り、先ほどと同じ様な前傾姿勢を取る。
殺人鬼が先程と同じ様に飛び掛かってくると思い七加瀬は警棒を構えるが、殺人鬼は相手が悪いと感じたのか、突然身を翻し、ビルとビルの隙間の路地へと逃げ込んでいく。
「おい、待て!」
予想外の行動に一瞬放心してしまうが、急いでそれを追いかける七加瀬。
突然の逃走であったのでだいぶ距離は離れてしまっているが、七加瀬の方が身長がある分だけ走る速度が速く、どんどんと距離を縮めていく。
そしてあと十五mと言った所で殺人鬼が路地裏の角を曲がった。
それに追随する七加瀬。角を曲がると殺人鬼の背中はもう直ぐであった。
しかし、七加瀬は何か違和感に気づいた様に、咄嗟に立ち止まる。立ち止まっているのを一瞬振り向き確認すると、殺人鬼はそのまま路地裏の奥へと駆けて行き、見えなくなってしまった。
「逃げられたか」
七加瀬はそういい一息つく。
「さてさて、違和感の正体でも確かめますか。俺の勘はこういう時よく当たるんだよな」
そう、七加瀬が立ち止まったのは嫌な予感がしたからだ。
それを七加瀬は勘と呼び、決断の際にはその勘に重きを置くようにしている。
それを頼りに七加瀬は周りを見渡す。しかし特にめぼしいものは見当たらない。
「勘が外れたか?そうだ、違和感の正体。角を曲がった時に、明らかに距離が縮まっていたんだ。絶対に何かしたはず」
そして薄暗い中、よく目を凝らすと、ビルの壁にガムテープが貼られている事に七加瀬は気付いた。
ガムテープは道を挟んで両方の壁に貼られており、それをスマホのライト機能で照らすと、そこから何か細い物が伸びている様だ。
「なんだこれ。裁縫糸・・・?ははぁん。成る程ね。理解したわ」
それは見た目はただの裁縫糸である。しかし、七加瀬がそれに向かい炉端の石を放ると、その石は真っ二つに切れてしまった。
そしてその裁縫糸は役割を終えたかの様に、一瞬鈍く光った後、跡形もなく消え去ってしまった。
「本来斬れるものではない物でも、切れ味を持つ様になる。そんな能力って所か」
切れた石を見ると、断面はとても鮮やかで、鉄製のパイプでも真っ二つに切れるであろう事は容易に想像がついた。
「物に役割を与える系統の能力は斑井幸古然り、強いんだよなぁ。はーやだやだ」
そういい、スケープゴートに使われた裁縫糸を観察する。
切れ味が付与され、能力を発揮した真ん中部分は、綺麗に世界によって“無かった“事にされている。この消失現象がスケープゴートを用意しないと、人間でも起こりうる事を考えると、とても恐ろしい。
「さて逃しちまったし。取り敢えず報告するか」
七加瀬はトランシーバーを取り出し、それに向けて話し出す。
「えーこちら七加瀬。八つ裂きジャックと思しき人物と戦闘になり、勝利するも逃げられた模様です。どうぞ」
そうするとすぐにトランシーバーから、声が響く。
『えーこちら剣華。逃げられた時点で勝利してません。負け犬が勝利宣言するのは如何なものやろか。どうぞ』
「あまりにも辛辣すぎて言葉も出ません。有利サンの方は調子如何でしょうか。どうぞ」
『こちら有利。現在目標に動き有りません。どうぞ』
「七加瀬了解。有利サンは現状キープで、俺は一度事務所に戻ります。どうぞ」
『有利了解』
『剣華了解。負け犬用ドッグフードを用意しときます』
「ほんとに辛辣だな!!」
帰り道に先程の人物に再度襲撃されたり・・・なんて事も無く、七加瀬は無事に事務所にたどり着く。
「戻った」
「お帰りさん」
事務所に戻った七加瀬を、筋トレ用具に座りながら深夜番組を観ていた剣華が迎える。ドッグフードはどうやら用意していない様だ。
「どうやった?八つ裂きジャック」
剣華が興味深そうに尋ねてくる。戦闘ジャンキーこと鍔蔵剣華は、八つ裂きジャックがとても気になる様だ。
「身体能力も悪くない。能力もだいぶ強い部類に入るが、能力が分かった以上は俺でも余裕って感じだな。ただ、気になることがある」
「気になる事ってなんや?」
「そいつが本物の八つ裂きジャックかどうかはさておき、事務所を出て直ぐにそいつに尾行され始めたんだ」
「ほうほう。余程七加瀬は美味そうやったんやろな」
「ボクハオイシクナイヨ」
七加瀬は伝家の宝刀:小さくなり小動物の真似をする、を使った。
「可愛子ぶるなや、キショいな〜」
剣華に跳ね除けられた。
「グッ・・・なんてエグい鋭いツッコミだ。俺じゃなかったら即死だったぞ」
「もっと笑える芸覚えてから挑戦せい。それで笑いとれるほど関西は甘くないで」
「精進します」
「うむ。で、ほんまに尾行されてたんか?」
「それは確実だな。尾行が下手だったから直ぐに気付けた」
今夜のパトロールを行ったスタート地点は勿論、今も居るこの事務所なのであるが、事務所から出て五分後には既に尾行が始まっていたので、今晩の襲撃者に事務所が割れていた事は間違い無い。
「成る程なぁ。何でこの事務所分かったんやろな。特に八つ裂きジャック探し始めました、みたいな情報発信もして無いやろ?」
「してない。可能性としては、パッと思いついた限りだと三つあるな」
「三つか、割とあるんやな」
剣華は難しそうな顔をする。特に何も考えてはいないであろうが。
「一つはたまたま狙った相手が俺だった」
「一番確率としては低そうやな」
「そうだな、多分無いだろうな。二つ目は斑井幸古を尾行していて、ここに辿り着いた」
「それが一番有りそうな選択肢やな。後一つは?」
「三つ目は坂口組が尾行されていた」
「そうなると、もはや襲ったやつは八つ裂きジャックじゃ無かったって言う可能性も出てくるで」
「そうだな。まあ可能性の話だから何ともいえん」
この三つの可能性のどれが正解かを調べても意味は薄い。
重要なのは、依頼を受けた七加瀬が襲われたという事実だ。
つまり、七加瀬を襲った人物は、これからも七加瀬やその周囲の人物に危害を加える可能性があるという事である。
そうなると、最も重要視しなければならない仕事が出てくる。
「明日からの話なんだが、剣華にはやって欲しい仕事があるんだ」
「やって欲しい仕事?」
「ああ、お前しか出来ない仕事だと思うぞ」
その内容を話そうとした時、トランシーバーより有利の声が聞こえる。
『こちら有利、目標の動きがないと報告しましたが、間違いでした。配置についた時点で既に家から離れていた様で、現在目標が家に帰る姿を確認しました。どういたしましょうか?、どうぞ』
「マジか。こちら七加瀬、しばらく様子を確認して動きがない事を確認後に、事務所への帰還を要請する、どうぞ」
『了解致しました』
「これは剣華に頼む仕事がより重要になったな」
「その内容は?」
「依頼人、斑井幸古の護衛だよ」
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