殺った、殺られたは食事の後に
バタフライマシンとは大胸筋・僧帽筋等を鍛える際に使用される、大型の筋肉トレーニングマシンだ。
形状は様々だがよくある形で言えば、椅子があり、その椅子の上半身部分に、胸の前で腕を閉じたり開いたりする際に負荷をかける為の器具が備えられている。
七加瀬は、単一動作でお手軽なこのマシンを特に気に入っている。七加瀬の引き締まった大胸筋は、こいつと積み上げてきたといっても過言ではない。
少し負荷は低めで十五回三セット、これを何度も休憩をはさみつつ繰り返す。
筋トレを始めて十分程時間が経ち、七加瀬の筋肉が悲鳴を上げ始めた頃に、
「よしっ」
そんな小気味のいい声がキッチンから聞こえてくる。
有利はもう料理を完成させたのだろうか?
そう思い有利を見ると、先程料理の為につけたエプロンを外し、どんどんとこちらに近づいてくる。
どうやら本当に料理は終わったようだ。キッチンからもほぼ完成したであろう料理のいい匂いが漂って来ている。
「あれ、有利。三十分かかるって言ってなかったか?」
「はい、でも急いで作ったんで、後はもう仕上げだけで終わりです」
「急いで?何でだ」
「それはですね・・・とーう!!」
そんな掛け声を掛けて、有利はこちらに飛びかかって来た。
それを七加瀬は筋トレを中断して受け止める。
結果としてバタフライマシンに座っている七加瀬の膝の上に、向かい合って有利が座るというような構図が出来上がった。
有利はそのまま上半身を七加瀬の上半身と密着する様に抱き閉め、そのまま動かなくなる。
「・・・えーと、有利さん?どうしてこんな状態に?」
「だって、剣ちゃんとずっと仲良さそうにしてたじゃないですか」
「そうか?いつも通りだと思うけど・・・」
「なお悪いです。・・・七加瀬さんが他の女性と仲良くするの見ると、相手が剣ちゃんであっても、妬いちゃうんです。だから、今だけは私の事だけ見てください、私の体の熱だけ感じて下さい。そうじゃないと私、嫉妬の炎で燃え尽きちゃいます」
「・・・ああ、分かった」
その状態のまま無言になる二人。メイド服の上から感じられる有利の温かさと、密着している事で感じる、自分と有利の心臓の鼓動。
それは過去に七加瀬が掴み損ねた物であり、有利には悪いが、この状態は性的な興奮というよりも、どうしても安心という感情が先に立ってしまう。
「七加瀬さん。好きです、愛してます」
有利は七加瀬の耳元でそう囁く。それは有利から何度も聞いた言葉であった。しかし・・・
「すまん。俺には命を掛けてでもやらなきゃならない事がある。それが終わったら・・・また、考える」
少しぶっきらぼうにそう返す七加瀬。
「もう、いつもそれじゃないですか。それってキープって言うんですよ。でも・・・いつまでも待ってます」
有利のその言葉を境に全く話さなくなる二人。そのまま時が流れて、永遠とこの時間が続けば、と思ったその時。
「ふぅー帰ったでー。ってか入り口の鍵くらい閉めんかい。不用心やなー」
そう言い、帰ってきた剣華が事務所の扉が開く。
「ん?何やってんねや?」
急いで七加瀬が有利を持ち上げながら立ち上がったおかげで、有利が膝に乗っている状態は間一髪で見られていないであろうが、筋トレマシンの前で二人で手を繋いで立っているという謎の状態は見られてしまった。
「い、いやぁこれは・・・そう!ストレッチを手伝って貰おうと思ってな!上半身の筋トレの後はいつも腕を引っ張って貰ってるんだ。なぁ有利」
「は、はい!いつもこうやってやってるんです!手を繋いで見えるかもしれないけど、違いますよ!」
有利よ、最後の一言は余計に相手に不信感を与えるぞ。
「ふーん。まぁええわ。それより飯や、飯。出来上がってるん?」
「も、勿論です!後は仕上げだけなんで、少々お待ちを!」
「頼むでー、もう腹ペコやわ」
剣華が腹ペコで助かった。飯以外の事はあまりどうでもいい様だ。それにしても・・・
「結構な荷物だな。何入ってんだそれ」
「ああ、これな。まあ普通に日常で使うもんばっかりやで。日本刀とかな」
「日本刀とか日常で使わねーよ!だからそんなデカい筒持ってんのか!」
「意外と日本刀便利やでー。孫の手にもなるし、棚の隙間に落ちたモンとかも取りやすい」
「背中を掻くのは孫の手でいいし、棚の隙間の物を取るのはもっと良い物が他にある!ちなみに次に何言っても、もうツッコまないんで宜しくな!」
「なんや、ケチやなぁ。まぁワンチャン殺人鬼とヤルことなるし持っといて損はないから持って来たんや」
「まあそうだと思った。でも警察に見つかんなよ?」
「余裕余裕」
こいつ・・・良く警察に疑われた時に捕まらなかったな。家宅捜索で一発アウトだったんじゃないだろうか。
「あ・い・か・わ・ず、二人は仲良さそうですねー。ね、七加瀬さん。ご飯できたんで早く食べましょう」
そう言い事前に聞いていた、オムライスとハンバーグを机に並べる有利。しかし、その顔が怖い。
「あ、は、はい。食べます」
「うぉー。めっちゃ美味そうやなぁ」
剣華は呑気に有利の作った料理を見て涎を垂らしている。本当にこいつは図太い奴だ、有利の殺気に気付かんとは。いや、実は俺にしか殺気が向いてないのか?
しかし、剣華の言う通りめちゃくちゃ料理は美味そうだ。
オムライスは卵が半熟でトロフワな状態にトマトソースがたっぷりと掛けられている。違う皿に盛られているハンバーグは小ぶり俵状に成形されており、それにチーズとデミグラスソースがこれでもかと言う程掛かっている。
こんなに豪華な飯は久しぶりだ、依頼様々である。
「有利の料理は相変わらず美味そうだな!食べる前から美味いのがわかる!」
「有難うございます。でも食べてから感想を言ってください」
「ホンマやで七加瀬。こんなに美味いのに冷めてまう」
そう言い、既にオムライスに手をつけている剣華。
「ちょっと、剣華さん!頂きますくらい言ってから食べなさい!」
剣華を叱りつつ、俺もハンバーグに手をつける。
こ、これは・・・!!
「ぅんまぁ〜い!!天才だぁ」
「お前も頂きます言うてないやないか」
「ふふふ。もう、二人ともそんなに早く食べたら喉を詰まらせますよ」
「いやぁ、すまんすまん」
良かった。有利も機嫌を直してくれた様だ。
「それにしても、これからどうやって事件調べるんや?、今の所の有力な情報っていったらヤクザの跡取りからの紙束くらいやけど」
「そうですね。取り敢えずこれからの行動方針を決めたいところですが・・・」
「また後で詳しく話すが、殺された人達はそれぞれに全く繋がりが無くてな。全員がもちろん人並みには恨まれていたりはするが、それでも捜査線上にこれといった犯人が挙がってきていたりはしないんだ」
「つまりはどう言う事なんや?」
「飯食べる前にも言おうとしたが、つまりは犯人を絞って捜査は出来ない」
「どうすんねん七加瀬、探偵やろ頭捻れ」
「いやいや、頭捻った後だよ。捜査に関しては頭より、もう脚を使うしかない」
「と、言う事はパトロールするって事ですか?」
「イェス。幸い殺人は深夜しか起きていない。だからその時間帯に絞ってパトロールする」
「成る程なぁ、ご馳走さん」
は、はやっ!もう食い終わってやがる。
「ふぅ。ご馳走様でした」
えっ!ゆ、有利も食い終わってる・・・。有利は食べ始めるのが一番遅かった筈なんだが。
「なんや、七加瀬。残してるやないか。食べたろか?」
「だ、だめ!これは俺の!」
剣華に盗まれる前に、急いで自分の分を食う。
「ふ、ふぅ。う、美味かったなぁ」
最後は味がわからんかったが・・・。
「さて、食い終わったし、暈成の資料の話しますか」
「さっきも聞いたけど、犯人の断定出来へんねやったら、別に聞く必要も無いって事はないんか?」
「それはそれとして、殺され方と、他に事件の起きた場所と時間は大事だからな、剣華も聞いといた方がいい。それじゃあ有利さん、進行役頼みます。これ資料ね」
「はーい、分かりました〜。ではでは、まず第一の事件からですね〜。事の発端は十日前に見つかった死体から始まります。皆も知ってる通り、バラバラ殺人最初の被害者です。名前は舵取雄太、所属は無く、無職。ただ、他県の半グレ集団の一員だと言う報告も有りますね。だから最初は、半グレの抗争の説が推されていたんですが、後々の被害者との接点の無さからそれは否定されています。死因は前頸下部から後頸上部に向けた切断による出血性ショック死。死体の発見現場はS市南区田和良町の鶴御坂公園で全身バラバラ、右腕が無くなった状態で発見されました」
「最近ニュース番組で聞いた内容やなぁ。場所は鶴御坂やったんか。結構デカイ公園やし死体隠しやすいっちゃ隠しやすそうやな」
「ええ、そうですね。死体の発見現場が鶴御坂公園である事は規制で分からなくなってます。そして、ここからも規制で報道されてない部分になります」
「まだなんかあったんやな」
「はい。追加情報として一つ目は、死体はもう一つあったって事です」
「?どう言う事や?」
「簡単に言うなら、第一の殺人で殺された人数は二人と言う事ですね。一人は先程説明した舵取雄太、そしてもう一人も同じく他県の半グレ集団の一員である嘉郷京也」
「なんや、それ報道せんかったんか」
「おそらくだが、半グレをあまり刺激しない為ってのと、二人で居ても殺されるって言う恐怖心を助長させない為なんじゃないか?詳しくは分からないが」
「成る程なぁ。まあ叩かれるのは警察やからな。隠したくなるのは分かる」
「嘉郷京也も同じく死因は前頸下部から後頸上部に向けた切断による出血性ショック死。舵取と同公園にて左手が無くなった状態にて発見されています」
「右手、左手か。なんかオカルトじみてきたなぁ。ふー寒い寒い、まだ怪談の季節とちゃうのに」
「春ですけどまだ寒いですよねー。おっといけないいけない、話を続けますよ〜。そして追加情報二つ目は二人とも、殺された後に一度何処かに移されているっていう情報です。正確に言うなら、一度何処かで首を切断されて殺された後に、場所を移してから全身を切断されて最終的に鶴御坂公園に放置された、といった経緯になります。これに関して警察は最初、誰かに対する見せしめの為にバラバラにして目立つ所に死体を移したと考えていたようですが、後に警察は、初めの殺人で切断にかかる時間が分からないから一度死体の場所を移したのではないか、という考えに変わってますね。半グレの抗争の線が消えたのが原因みたいです」
「成る程なぁ。因みに一件目はもう情報無いんか?」
「あとは死亡推定時刻ですね。十日前の二十三時頃でした。これで情報は以上です」
「一件目から内容凄え濃かったな、もう覚えるのキツイんやけど」
「そしたら取り敢えず俺と有利はある程度全情報見終わってるし、剣華の為に更に内容絞るか。有利よ、被害者、現場と殺害時刻、殺され方、報道規制部分の順で簡潔に頼む」
「わっかりました〜。では二件目です。被害者は男性で不明、現場は大町頓田ビル裏で死亡推定時間は八日前の二十三時、殺され方は全身切断による出血性ショック、報道規制部分は持っていかれた体の部位ですね」
「これは七加瀬が調べに行った所で起きた殺人やな」
「そうそう。怖い警官いた所な。まあここに関しては報道されてる事も多いし、やはり頭部が持ち去られていたって事以外は特に話し合う事はないな」
「それでは三件目です。被害者は土本淳弥で無職、ホームレスだったらしいですね。現場は三戸川の鴨目橋の下で死亡推定時刻は5日前の二十五時、殺され方はいつもと同じですね。持ち去られたのは左足でした。報道規制は詳しい殺害現場です」
「続けて四件目もよろしく」
「あいあいさー。四件目は、被害者が松元美生で風俗店勤務。現場は丹田公園で、茂みに死体が遺棄されてました。死亡推定時刻は二日前の二十六時、全身バラバラで、持ち去られたのは右足。報道規制は同じく詳しい殺害現場です」
「成る程な」
そういい、何か吟味するかのように顎に手をやり目を瞑る剣華。
「なんかわかったのか剣華?」
「いや、別に何も思いついてないで。晩御飯上手かったなぁと思ってな」
「こいつ・・・駄目だ、早く何とかしないと、頭が・・・」
「そんな絶望したような顔すんなや。でも、さっき言ったみたいに被害者に何の法則性も繋がりもないな。マジで見境なしやん」
「そうですね。一件目で同時に殺されたであろう二人以外の接点は無いのでどうしたものかって感じです」
「そうだな、ただ・・・」
「どうした七加瀬。なんか考えあるんか?」
「事件を分けるならどっちだろうなとおもって」
その言葉に、剣華は首を斜めにひねる。
「事件を分ける?どれも見境なしで分ける所なんて無い気がするけどな」
「いや、この事件は一件目後か二件目後で分ける事が出来る。どうやって分けるかって言うと、犯人の意識の違いだな」
「意識?何やそれ?」
「言うなら、捕まらない様に頑張る意識だな。その意識が無意識かどうかは知らんが、三件目、四件目と比較的に殺しやすい対象である、ホームレス、夜に出歩く女性とシフトしていっている。二件目の男がどうかによるが、途中の殺人から特に目的もなく殺している様に感じる」
有利は七加瀬のその言葉を受けて、資料を見かえす。
「成る程。そういえば一件目の二人は男性で、資料を見る限りどちらも身長が百七十前半とはいえガタイが良い方々です。殺人の難易度としては天と地ほどの差が有りますね」
「ちゅー事はあれか、一件目か二件目で目的達成したから途中からはダラダラ殺してるって訳か?」
「ダラダラ殺してるっていうのが犯人の考えがよく分からん所だが、理由があって殺人を起こしてるならそうだろうな」
「でしたら、やっぱり二件目の被害者の身元が重要そうですね」
「うむ。しかし結局の所、犯人の目星は付かないから歩いて囮になるしか無いって訳だ。それじゃ一旦仮眠とってから、二十時に起きてそこから地道に足使って探しますか」
今の時間は十八時。坂口組が早めに事務所に来てくれたおかげで、二時間も仮眠をとる余裕が生まれた。七加瀬は夜行性とはいえ、夜間に気を張りながら捜査することを考えると、この二時間は非常にありがたい休息である。
「殺害時間的にもそれくらいがええやろな。で、三手に分かれて探すんか?」
剣華の質問に七加瀬は首を横に振る。
「そうしたい所だが、今回は二手に分かれる」
「そうすると、私と七加瀬さんペアと剣ちゃんで分かれるような感じですかね」
戦力的に言うと、確かに有利が言っている分け方がベストであるが。
「いや、今日は剣華は留守番。俺と有利で分かれる」
「なんでやねん。ただでさえ人員が少ないんやで?殺害現場の範囲も広いし二人でカバー出来るんかいな」
七加瀬の言葉に留守番役である剣華が不満そうな声を上げる。
「カバー出来ないだろうな」
剣華の言う通り、現在までに殺人が起きている範囲はS市内の一部とはいえど、人が歩いて巡回できる広さでは無い。
それに殺人の範囲が限定されている訳では無い以上、警戒対象は政令指定都市であるS市全域に渡るといっても過言では無いだろう。
「だったらあたしも入れるべきやろ」
「いや、どうせ三人でもカバー出来ないさ。それに三手に分かれる一番の問題は、容疑をかけられてたお前が夜に一人でうろつく事だ」
一度、鍔蔵道元の証言により容疑が警察から向けられている剣華を、これといった目的も無しに夜間に彷徨わせる事はリスクが高すぎる。
「確かに。どう考えても剣ちゃんが警察に見つかれば、そのまま拘留されかねないですね」
「そう、だからお前にはやばい時にいつでも飛んで来てくれるように、ここで待機してくれていればいい」
「そう言う事ならしゃあないな。捕まるのも嫌やし、取り敢えずここで油うっといたるわ。で、連絡どうすんねん」
「これを使う」
そういい、七加瀬は事前に用意しておいた物を懐から取り出す。
「なんやこれ」
「小型トランシーバー。ちなみに有利が作った」
トランシーバー、男なら一度は夢見るアイテムである。その小型トランシーバーは見た目は小さめのスマートフォンで、最大距離四十km迄なら複数人で通信できる優れものだ。
「はえー。凄いな、こんなんも作れるんか」
「有難うございます。でも、別にそれぞれの携帯で良いのではないですか?」
「それは話が別なの!」
つい語気が強くなってしまった。
「こ、こだわりなんやな。まあ、悪くはないと思うで」
誰も気持ちは分かってくれなかった様で、ため息が出る。しかし、気持ちを切り替えよう。何故なら、俺にはトランシーバーが付いているからな。
「そういえば有利よ」
「なんですか?」
「二手に分かれるといったが、有利にはやって欲しい事が有るんだ」
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