四天王と、若頭
喫茶店Adamを出た七加瀬達は、事務所に帰るのであったが、何やら事務所の前に十人ほどの人だかりが出来ている。
最も、その集団はあまりにも堅気の人間では無い人相と風格によって、人だかりと言うよりは、怪しげな集会を開いている様にしか見えないのであったが。
「おい、俺の事務所の前に
七加瀬がその集団に声を掛けた所、集団の中心から一人の若い男が出てくる。それは七加瀬の見知った顔の、依頼人である坂口組組長・
「ありゃ。暈成か。てっきり東寺が来ると思ってたんだが」
「親父はなんかソロキャンにハマってるらしくてなぁ。今頃は富士山でも眺めてるだろうさ。七さんに依頼するのは、俺でも構わねぇかい?」
「それはもちろん。前金と達成報酬さえ有れば立派な依頼人だ。それにしても、暈成ちゃんも立派になって、私嬉しいわ」
わざとらしく七加瀬は腰をくねらせる。
「時々出るオカマキャラやめろ。それに俺ももう高校生だぞ。それにしても七さん。有利姐とあともう一人、後ろの美人は誰でい」
暈成は七加瀬の後ろにいる剣華に視線を移す。
そうすると、剣華はヤクザ者を見る怪訝そうな表情から一転、満面の笑みを浮かべて七加瀬の背中をバンバンと叩く。
「美人やて、七加瀬!こりゃ一本取られたなぁ。あんた、飴ちゃんいるか?」
「前言撤回しても、構わねぇかい?」
そう言い少し困った顔をする暈成。
そう、鍔蔵剣華は顔は良いのだ。静かにしていれば周囲の男は放ってはおかないだろう。
しかし、未だに男の一人も居ないことからも明らかであるが、その生まれつきの美しさを悪い方に補って余りある暴力性と、外見からは想像できない話術(口の悪さ)を備えている鍔蔵剣華はいうならば、
「話すと残念な典型パターン。暈成よ。若い頃からそういった人物に触れられて良かったな」
「よし。百回ドツく」
「坂口組の皆さん!助けて!!」
坂口組の方達の周りをクルクル回り逃げるも、剣華に追いつかれ一発拳骨を食らった。百回殴られなくて良かった。
「と、茶番はさておき。こいつは剣華って言って、まあ友達みたいなもんだ。それで、お前らはなんでこんな大人数で来たんだよ」
「ああ、こいつらは俺が心配とかで着いてきてなぁ。いらねぇって言ってんだけどよぉ」
『我ら!!坂口四天王!!今日は若の補佐に参りました!!七加瀬の兄貴と有利の姉御と怖い人!!よろしくお願いします!!』
「どぉ見ても四人以上おるんやけど、ってか最後どさくさに紛れてなんか言ったかオンドラァ!」
『ヒィ!オジキより怖い!』
「あれ?ちょっと前までは坂口三銃士ではありませんでしたか?」
『飽きた次第でさぁ』
坂口組四天王は有利の疑問に至極どうでもいい理由を答えた。
「どこから突っ込めばええんやこれは」
「諦めろ、考えたら負けだ」
「まあまあ。取り敢えず中に入りましょう。人通りが少ないとはいえ、邪魔になりますし」
『有利姐さん有難うございます!今日のコスプレも麗しゅう御座います!!』
「ふふふ。有難うございます。」
そう言い事務所の中に入っていく暈成と坂口組四天王。
「あんなのが、この周り仕切っとるんか?」
「気のいい奴らだからこそ上手く出来てる・・・と思いたい」
「自己暗示かけんな。」
「そうしなきゃやってられん。俺らも事務所入るぞ」
「あいよ」「はーい」
中に入ると、七加瀬がいつも座っているソファの対面に暈成は腰掛けていた。
そして坂口四天王はというと、
『若!用意できました!ささ、七加瀬の兄貴もここにどうぞ!』
抹茶を点てていた。
「お前ら。どこから用意したんだ、それ」
『もちろん全て持ち込みです!依頼するってんだからこっちがもてなすのは当然の事ですよ、七加瀬の兄貴!』
「そ、そうか」
そう言い、七加瀬は取り敢えずいつものソファに座る。
すると目の前の机に置かれている坂口四天王が点てた抹茶から、とても香ばしい匂いが鼻に流れてくる。つい気になってしまい、暈成との会話を行う前に抹茶茶碗を手に取り、抹茶を一口飲んでしまう。
(な、何だこれは・・・。美味すぎる!口の中に抹茶特有の嫌ではない苦味が広がるが、苦味の奥に隠れた甘みがそれを徐々に上書きしていき、後味に残るのは甘みのみ。こいつら、茶道をマスターしているのか!)
「ま、まあまあだな」
七加瀬は見栄を張り、引き攣った笑みを浮かべながら坂口四天王に目をやる。そんな七加瀬を見て四天王は顔に似合った邪悪な笑みを浮かべる。
『七加瀬の兄貴。それで終わりじゃねぇんですわ。この和菓子も一緒に食べてくだせえ』
坂口四天王は懐から、綺麗にパッケージングされた、あるお菓子を取り出す。
「そ、それは!!」
『琥珀糖って言ってなぁ。外はシャリシャリ、中はトロッと。その抹茶に合わせて甘さは控えめでさぁ。さぁ、おあがりよ!!』
「くっ・・・!」
七加瀬は琥珀糖の輝く見た目に抗えず、つい手を伸ばして一口頬張ってしまう。
確かに甘さは控えめ。これ単体では、美味いが魅了されるほどではない。しかし・・・。
『七加瀬の兄貴。次は抹茶・・・だぜ?』
坂口四天王に勧められるがままに、七加瀬は抹茶を一口啜る。
「こ、これは!!琥珀糖を食べた後に残る甘みが、抹茶特有の苦味によって気持ちよく消滅した後に、再度広がる抹茶の甘さ!そしてこの甘さはもしかして!」
『そうでさぁ。その抹茶の甘味は、琥珀糖の甘味より少し控えめ。だから、どうだい・・・七加瀬の兄貴。今にも琥珀糖で甘さをブーストしたくなるだろう?』
「くっ!この衝動に、抗えない・・・!!」
そう言い琥珀糖に手を伸ばす七加瀬。そして、一口琥珀糖を齧る。
「くぁぁぁあ。たまらん。そしてまた甘くなった口を、抹茶の苦味でリセットしたくなる」
『あーあ、七加瀬の兄貴。もう、抜け出せないですよ』
七加瀬は茶の作法も全て無視し、ひたすらに抹茶と琥珀糖を口に放り込む。
「て、手が止まらん!!誰か、助けてくれぇぇ」
「遊んでねぇで、早く依頼させてくれねえかい。お前ら」
「『すんません』」
あまりに依頼に関係のない茶番を行う七加瀬達に焦れてか、頭を抱えた暈成が強引に七加瀬を正常に引き戻す。そんな暈成の言葉に四天王と七加瀬は素直に謝った。
しかし、よくよく考えたらこんなものを用意した四天王が悪いので、七加瀬は謝る必要は無かった気がする。美味い物を作れる、四天王の謎の優秀さがいけないんだ。
「うちらは何を見せられとったんや」
「七加瀬さんと四天王さん達はいつもああやって遊んでるんですよ。四天王さん達は七加瀬さんに色んな料理作っているうちにドンドンと料理が上手くなってきて、料理の先生の私も鼻が高いです」
「いつもやっとるんかいな。てか有利も料理教える相手は選んだ方がいいと思うで」
「うぉっほん」
わざとらしく暈成が咳払いをするので、流石にかわいそうで皆が静かになる。
「で、肝心の依頼なんだが。勘のいい七さんならもう分かってるかもしれねえが、一応言わしてもらうぜ。今巷で話題の八つ裂きジャック事件。直ぐに解決して欲しいんだ」
坂口組からの依頼は予想通り、八つ裂きジャック事件の解決であった。
それもその筈だ。今の時代のヤクザは、ほぼビジネスで成り立っていると言っても過言ではない。さらに坂口組はクリーンなヤクザを売りにしている組でもあり、怪しげな薬剤の売買や、違法スレスレの店を開いたりはしていない。
では、何で稼いでいるかと言うと、バーなどの飲食店経営や土地貸し、他にも簡易大工や用心棒などを行っている。
簡単に言えば彼らは、“夜の街“の何でも屋なのだ。
そんな夜に生きる彼らにとっては、八つ裂きジャックが徘徊し、夜の出歩く人数が減った今の状況は経済的にかなり厳しいに違いない。それこそ、信頼できる探偵に依頼したくなる程度には。
「そんなに経営は厳しいのか?」
「それもある。しかし、しっかりと貯蓄はあるから組を畳むなんて事にはならねえよ」
「他に何か理由があるんだな?」
「大した理由じゃねえが。組が・・・いや、俺がシマを荒らしてる八つ裂きジャックを許せねえんだ。ここらはいい街だし、人もいい奴らばっかだ、普段から色んな店の手伝いしてる俺は本当にそう感じる。もちろんそれは昼の人間も夜の人間も関係ねえ。理由なく死んでいい奴なんて、この街には存在しねえよ。だから守りてえし、救ってやりてえ。でも俺らが体張って調べるのも、こんな見た目の奴らばっかりだ、逆効果になりかねねえ。だから頼む七さん。情けねえ俺たちに代わって、八つ裂きジャック・・・捕まえてくれねえだろうか!」
そう言い、四天王共々頭を下げる暈成。
「頭を上げろ。さっきも言っただろ。前金と達成報酬さえ有れば、お前は俺の依頼人だ。」
「危険な仕事になるかもしれねえが良いのかい?」
頭を下げていた暈成が、少し顔をあげて心配そうに七加瀬の顏をのぞき込む。そんな暈成の姿に七加瀬は捨てられそうなペットを連想してしまう。
これじゃ断るに断れない。もちろん断る気など七加瀬には元より無かったが。
「分かってないな。危険な仕事だからそれなりの金が出るし、そんじょそこらの奴じゃ無理だから俺がやるんだ。楽な仕事なんてそこいらの奴にやらしておけばいい。お前はヤクザの若頭なんだ、胸を張ってドッシリ構えとけ。俺が何とかしてやるよ」
俺の言葉を聞き、暈成は目を見張る。
「・・・七さん、恩に着るぜ。依頼を受けてくれるってんなら、この資料を持ってってくれ。役に立つ筈だ」
そう言い暈成は懐から、パンパンに膨れ上がった封筒を取り出す。
「何だそれ?」
「これは警察が調べ上げた、今回の事件のデータって奴だ。死んだ人の素性やら死亡時刻やらが警察のわかってる範囲で書いてある。参考にしてくんな」
「有難う。大事に使わせてもらう」
「長々とお邪魔したな。これで一旦帰らせてもらうぜ」
「ああ。後は任せろ」
「頼りにしてるぜ。それじゃ、礼の品の準備してるぜ。だから七さん、無事でな」
「死亡フラグたてんじゃねーよ!」
「ははっ。んじゃまた何かあれば寄らしてもらうぜ」
そう言い片手を軽く上げながら出て行く暈成。それに遅れて四天王が、立つ鳥跡を濁さずと言わんばかりに持ち込んだ物の片付けと軽い掃除をした後に出て行く。
「ヤクザの跡取り言うからどんなんかと思ったけど青臭いやっちゃなー」
「確かにな。でも剣華、お前そういうのすきだろ?」
「もちろん。俄然ヤル気出てきたわ」
剣華は素晴らしい物を見たかのように微笑んでいる。悪い印象しか与えないヤクザが未だにこの地で根付いて居る事にも理由があるのだ。彼ら程に地元の人々を考えている者は居ない。
「坂口組は暈成も居るし、次の代も安泰だな」
七加瀬は、少し先の未来に思いを馳せる。
「あの〜、なんか凄く良い雰囲気で話辛いんですけど、依頼被りで坂口組からお金貰ってるの忘れてませんか?」
「ホンマやん。忘れとったわ。でもそれはそれ、これはこれって奴やな」
「さっきまでのくだりは何だったのでしょうねって位のクズ発言ですね」
「いやいや、有利よ。依頼の内容に関係なく、依頼した人を満足させる事が依頼達成って事なんだ。よって多少依頼の内容が被っても、依頼人が満足するなら、セーーーーーーフ!」
「お金の件について私が言うのも何ですけど、ダメだこいつら」
有利は頭を抱えてため息をついた。
「まあまあ。それより事件の話しよや」
「そうだな。せっかく暈成が置いていってくれたんだし、この資料に目を通しますかね」
そうして先程暈成から貰った資料を机に広げる。
そこには言っていた通り、警察が調べあげたのであろう、とんでもない量の八つ裂きジャック事件の情報が書かれていた。
「ヤクザが警察と繋がってるのってどうなんやろか。てか、それやったら普通に自分らで事件の事を調べ回ってもええ気がするけどな」
「流石に繋がってるのは警察のごく一部だろうし、大掛かりな捜査は出来ないって事だろう」
机の上に置いてある坂口組が置いていった辞書ほどの太さがあった資料を、七加瀬の肩に手を置き一緒に眺める有利は少し嫌そうな顔を浮かべる。
「それにしても、とんでもない量の資料ですね。殺された人物の最後の予定から、親戚の名前まで全部載ってます」
「こりゃ、要る情報と要らない情報に分ける必要があるな」
「うげ。面倒いなぁ。そういうのは苦手なんや。まあ適当に昼寝しとくわ、終わったら起こしてや」
そう言いその場で横になる剣華を、七加瀬は怒る気すら起きなかった。
いいんだ、剣華に事務作業は元から期待していない。逆に手伝われたら遅くなるっていうミラクルが起きるかもしない。
「んじゃあ有利は大雑把に要りそうな情報だけ抜粋してくれ。それを俺が精査する。」
「あいあい、分かりました〜」
そうして作業を続けて三十分、ようやく必要な情報だけをピックアップ完了した俺と有利は、剣華を起こした。
「ふぁぁ。おはようさん。どうやった?有用な情報あった?」
「ああ、結構色々な重要性の高い情報が有ったけど、一番の情報は殺害された人物と、その殺され方だったな。二件目の死体の個人情報は相変わらず警察もつかめてはない様だが、他の殺害に関しては事細かに周りの人間関係も掴めたよ。ただ・・・」
「ただ、何やねん」
次に七加瀬が言葉を話そうとしたその時、有利のお腹がとんでもない音を放つ。
「いやぁ、すいません。早くも私、お腹空いてきちゃいました」
さっきまで人が八つ裂きにされてるグロ画像付き資料を眺めていたのに、食欲が衰えないとは・・・。
「あっ。七加瀬さん、今私の事食いしん坊キャラだとか思ってたでしょう!違いますからね!資料整理で頭を使ったからお腹空いただけなんですからね!」
「はいはい。まあ、殺した殺されたの話する前に飯食っとくか」
「そうやな。何やかんや寝てたら私も腹減ったわ」
「今日の夕飯は、何と!オムライスとハンバーグですよ!」
「よっ待ってました有利さん!」
「完璧メイドや!一家に一台欲しい!」
「私のメイドは七加瀬さん専用機なのでダメですよ!」
そう笑いつつ、キッチンにてテキパキと準備を始める有利。
どれ俺も手伝おうかな。
「七加瀬さんはじっとしていて下さい!」
「七加瀬、じっとしとけ!」
キッチンにソロソロと近づいていく俺を、有利と剣華は鬼のような形相で睨みつけた。いったい何がそれほどに癇に障るのだろうか。
「な、何でだよ二人とも。ちょっとくらい手伝っても良いだろう」
「お前の料理に加えた一工夫とやらでどれだけの食材が泣いてきたか。料理音痴のお前には分からんねや」
「前にハンバーグの中に大量のセロリと潰した蜜柑が入っていた時は発狂しそうになりました」
「いや、中になんか入れた方が美味しいと思って・・・」
「豚の生姜焼きの完成した後に、ヒエッヒエのリンゴシロップぶちまけた恨みはまだ忘れとらん」
「いや、豚肉はリンゴが良いってどっかで聞いたことあったから・・・」
「「とにかくキッチンに近寄るな!」」
「あ、はい」
そんな怖い顔しなくても良いでしょうに。今度はうまく行くかもしれないのに。
渋々キッチンから離れた七加瀬は、特にすることもないので趣味の筋トレを行うことにする。
今日はそうだな・・・
「君に決めた!!行くぞ!バタフライマシン君!」
そう言いバタフライマシンで筋トレを行おうとするが、剣華がそれを不審そうな目で見ていることに気がつく。
「なんだよ。お前もバタフラるか?」
「変な略し方すな。筋トレも静かにできんねやなと思ってな」
「しょうがないだろ、独り言はもう癖みたいなもんだ」
「お前潜入捜査だけは絶対に向かんから、やらんほうがええぞ」
「流石にそんな状況下だと静かにできると信じたいね」
「信じたいねって、お前自分のことやろがい」
「癖って抜けないから癖って言うんだぞ。簡単に抜ける物ならば、それは癖じゃなくて習慣って奴だ。俺の独り言は習慣なんて生温い物じゃないんだ」
「誇らしげにすんな。・・・おっと、そうや。飯作ってる間に一回家帰るわ。すぐ帰ってくるから、出来上がっても私の分も食べんなや」
「ん、いいぞ。今日もどうせ泊まりになるしな、必要な物ついでに持って来たらいい」
「ん。ほなまた後でな」
「うぃ」
「剣ちゃん!三十分もあれば出来るんで、冷める前に帰って来てくださいね」
「おお、勿論や。折角の有利の飯やからな、そんぐらいには帰るで。ちょっと物取りに行くだけやからな」
そう言い事務所から出て行く剣華。
七加瀬はそれを尻目に、既にバタフラっていた。
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