七加瀬特別事件相談事務所へようこそ
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周り一面は火の海だ
森と呼ばれていた場所は、木々の代わりに炎が立ち並び、全てを飲み込んでいく
そんな地獄の中、形を残しているのは僕と、僕が抱きかかえている少女だけであった
ただ、周りの炎の熱とは対照的に、腕から伝わってくる少女の冷たさは、既にその命の灯火が失われてしまった事を嫌でも教えてくれた
どうしてこんな結果になってしまったのだろうか
どうしてこんなバッドエンドが許されてしまったのだろうか
疑問、疑念は絶えない
空を見上げると、周りの炎に負けじと三日月が
それがとても不愉快で 世界が僕を笑っているようで
だから俺は、こんな世界はーーーーーーーーー
「プーンプーン」
なんだこの音は、とてもうるさい
「なかなか目覚めないですねぇ。プーンプーーーン」
あまりに不愉快な音だ、まるで鼻の詰まった犬の鳴き声のような・・・
「プーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンプーーーーーーーーーーーーーーン」
「うるせえええええええええええ」
我慢できずにベッドから跳ね起きる。
ベッドサイドには、黒髪を肩のあたりで綺麗に切りそろえていて、顔のパーツが整い上手く並んでいる、美しい小柄な女性がパジャマ姿でいた。
「夢見は悪いわ、耳元でうるさいわで、こんな目覚めが悪いのは初めてだ」
「えー、だって普通に起こしても
女性はそう言い、頬を膨らませる。
「それにしたって限度がある。耳元で変な鳴き声をだすな」
「鳴き声だなんて失礼ですね。虫の羽音をイメージしたのですよ。テレビで見たのですが、耳元で虫の飛ぶ音を鳴らしたら、すぐに人は目覚めるのだとか。実際に成功しましたし、すごいですよこれ」
女性は膨れていた顔から一転して笑う。先程のなかなか七加瀬が目覚めなかったことなどは、とうの昔に忘れてしまったとでもいわんばかりだ。その太陽のような笑顔に七加瀬は嫌な夢を見ていたことによる、気分の低下もふっとんでしまう。
「今のはどう聞いても鼻の詰まった犬の鳴き声だ」
「まあ起きたのですから、どっちみち成功ということで。それより早く起きてください。今日は珍しいことに、なんと!二件も仕事の依頼がくる予定ですからね!八時半までには下に降りてきて下さいね!」
そう言い残して、七加瀬を起こした女性は上機嫌そうに部屋から出て行く。
「はぁ」
一つため息をつき、ベッドから降りて周りを見渡す。そこは何の変哲もない、まさに男の一人暮らしのような散らかった部屋で、燃えさかる木々も、冷たく息のしていない少女もいない。
「夢・・・か」
・・・夢は罪からは逃れられないという暗示である。
忘れようとしても夢という形でいつまでも追いかけてくる。もはや脅迫のようなものだ。罪を忘れる事は、それもまた罪であると。
ベッドの直ぐ手の届くところに掛けてある
そこは一階をまるごとぶち抜いて作られている大部屋であった。ちょうど部屋の真ん中には一組の革張りで少し高級そうなソファと、その間にガラス張りの机があり、その他にはトレーニングジムで置かれているような筋力トレーニングマシンが並んでいる。大部屋の端にはキッチンスペースやトイレも在り、大型の筋トレ器具が並んでいるという点を除けば、よくある事務所といった風体を保っていた。
キッチンスペースでは、既に客を迎える準備を始めている、先ほど俺を起こしにきていた女性がいた。
「おはよう
「おはようございます、七加瀬さん。そろそろチャイナ服にも飽きてきたので、次はメイド服で責めていきたいと思います。それと、依頼人様があと十分ほどでこちらに付く予定なので、それまでにその寝癖とっておいてくださいね」
笑いながらメイド服を着た女性、
一人では気付かなかった寝癖をとるために、キッチンの横にある洗面台に移動する七加瀬。
有利は来客用に置いてある、数種類ある紅茶の茶葉から最も香りが良い物を選び、鼻歌を歌いながら茶器をトレーへ並べていく。
「何でそんなに楽しそうなんだ?」
事務所で共に暮らしている七加瀬でも、最近では見たことが無いほどに、有利は上機嫌であった。
何か機嫌がよくなるようなことでもしただろうか。
「そうみえますか?それはきっと、久しぶりにかっこいい七加瀬さんが見れるんじゃないかと、期待しているからかもしれませんね。しばらくお仕事がなかったせいで、だらけた七加瀬さんしか見れてなかったですし」
確かにここ一ヶ月は仕事の依頼も無く、ネットゲームをしては寝て、筋トレしては寝てを繰り返す生活を送っていた。真っ当な人間としては完全に堕落している生活である。
七加瀬自身も堕落した生活を送っている自覚があるので、今朝の様に悪夢を見る羽目になったのかもしれない。
このままではいけない、自身の生涯を捧げ得る目的を忘れるなと言わんばかりに。
それは置いておいて、中途半端なお世辞を言ってくる有利は、もちろん本心でそんな事を言っていない。
「そういって、実際は働いて得た金でなにやら怪しげな電気機械や、新しいコスプレを新調しようとしてるんだろう」
七加瀬は彼女の非常にお金のかかる趣味について言及する。
「あらま、ばれてしまいましたか?」
すると彼女はおどけた顔をしてそう言い、ウインクを返してくる。
あざとい、いやあざとかわいい。それがこの交月有利の特徴であり、最大の武器でもあるのであった。
「まったく・・・ほどほどにしてくれよ、また次の依頼が来るまで飯抜きなんてことになりたくないからな」
「そうなったら蕗さんのところに厄介になりにいきましょう」
「あいつとはあんまり、一つ屋根の下になるような事にはなりたくないんだがなぁ」
寝癖を直し終わった俺は、部屋の隅に転がっている所長と書かれた黒曜石を机の上に置き、その前のソファに腰掛けた。
「今日の依頼人はだれだ?二件あるって言ったな」
「今から来る一件目の依頼人は津代中尉という方の紹介で来られる人だとか、でも実際の依頼書は斎藤少佐からなんですよね、軍人同士仲がいいんでしょうか?」
「どうなんだろうな、軍部は未だドロドロの上下争いが激しいらしいからな。でも仲介役してくれたなら斎藤と津代中尉はそこまで仲が悪い訳じゃなさそうだな。しかし、一体何を押し付けられるのやら」
七加瀬は面倒くさそうにため息を吐く。
「まあまあ、おかげさまで仕事ができるんですし、斎藤少佐様々ですね。依頼料も前金だけでもだいぶ弾んでくれてますよ!」
「そのメイド服も、その金で買ったのか」
「ギギギ、ギクッ」
「その擬音を口で言うやつ初めて見たわ。反応が分かりやすくて助かるな~。でもそれすごい高そうだな~」
「セールだったんでそこそこ安いですよー、でもコスプレしない人から見たらどうなんだろうなー、有利わかんないなー」
「しらばっくれちゃってからに。まあ話を戻そう。つまり斎藤さんの部下である津代中尉が、俺らを依頼人に紹介したってことでいいんだよな」
「イエスです」
「又聞きの又聞きねぇ。伝言ゲームが失敗して変な話になってなければいいけどな。斎藤も俺のこと過大評価してる節あるからな」
「いやいや、実際七加瀬さんは仕事ができる方ですよ!自己評価が相変わらず低いんですから~まったくもう」
「はいはい。まあ依頼人もそろそろ来る様ですし、仕事でも始めますか」
七加瀬がそういい終わると同時に、事務所の呼び鈴が鳴る。すばやく有利が事務所入口の扉を開けると依頼人と思しき声が聞こえてくる。
「す、すいません。七加瀬さんという方に会いに来ました。ま、
「ええ間違いありませんよ。七加瀬特別事件相談事務所へようこそ!」
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