第8話 いじめの現場

 リチャードの垂れ込み通りに訓練場まで来た。

 魔法の授業がある場所でもあり、どんな時間だろうと上級生や先生がうろつく場所だ。

 リチャードの推測通り、恐らく中には居ない。

 いるとすれば、訓練場の大きさを利用した物陰にいるはず。


「――――っ!!」


 目の前が一瞬真っ白になった。

 シャロンは女子生徒達に囲まれていた。


「リリー様、どうですか?」


 無邪気に喋りかけて来たのは入学式の登校時、話しかけて来た女子生徒だった。

 確か家の名はガスメとか言っていた気がする。


 ゾッとしたのは、彼女のその悪びれない表情だ。

 自分がやっている事を悪だと認識していない。


 彼女は悪人じゃない。

 殺人を犯している訳でもなければ、誰かを騙して金儲けしている訳でもない。

 どこにでもいる少女だ。

 創作の世界にいる分かりやすい悪党なんかじゃない。


 だからこそ、私は怖かった。

 喋りかけて来た時は普通の少女だと思っていたのに、立場や角度が違うとこんなにも怖い人間に映るんだ。


「あなたの為に軽く痛めつけておきましたよ」


 後頭部を鈍器で殴られたような痛みが走る。


 私の為?

 いや、私のせい?


 ――守る力なら私だって持っているわよ……。


 そんな風に抜かしていた愚か者は一体誰だったろう。

 私は私の理想の世界に転生して浮かれていた。

 力を手に入れた万能感に浸っていた。


 でも、私の立ち振る舞いが悪かったせいで、こんなことになってしまったんだ。


 漫画通り、いや、漫画よりもヒドい。

 制服は土埃で汚れているし、彼女の髪は濡れていた。

 水の魔法で頭にかけられたのか。


 私も高校時代に、トイレでバケツの水をかけられたから分かる。

 冷たいし、寒いし、何より精神的にキツい。

 家に帰るまで濡れた服で歩いていたら、同級生だけじゃなく、通行人にまで変な目で見られる。

 帰宅すると親がいて何があったかを訊かれ、何もないと嘘を吐いた時に傷ついた思い出が一気に蘇った。


 どうして、私のシャロンが……。

 漫画だといじめは徐々にヒートアップしていったので、漫画の序盤のいじめではここまでヒドくなかった。


 私の行動の結果で運命が悪い方向に変わってしまったのか。



「誰がこんなことしろって頼んだのよ……!!」


 魔力を練り上げると、私の髪の毛は浮き上がり、周りの草はざわつく。

 可視化できるほどの魔力を、息をするように創造できるのは私ぐらいなものだと知った。


 ――人の上に立つ者として相応しい態度でいなければ、いざという時に守るべきものも守れないもんだ。


 リチャードの言う事に同意するのは癪に障るが、確かに彼の言う通りだ。


 私の――リリーの影響力は途轍もないものがある。

 だから私は、もっと自分の一挙手一投足に責任を持たなければならないんだ。


「えっ、でも、リリー様はシャロンのことが嫌いなんですよね? だからずっと嫌がらせを……」


 爆発するような魔力の迸りに、ひ、ひぃと女子生徒達が尻餅をつく。


「この人は――」


 私の人生は華やかなものではなかった。

 世界一不幸だと嘆くつもりはない。

 ただ、涙を流した数は同年代の女性と比較して多いという自負がある。


 三次元の出来事で現実の私が圧し潰されそうだった時。

 いつだって私の心の支えだったのは、どれだけ辛い目に合っても立ち上がってきたシャロンだった。


「私にとって世界で一番大切な人よ!!」


 彼女には認識されていない厄介オタクだったとしても、私は彼女がいたから私になれたのだ。

 彼女がいなかったらとっくの昔に自分に人生していた。

 過労で死ぬよりも前に自殺していた。

 だから、シャロンは私の全てなのだ。


「失せなさい」

「え?」


 突然言い渡された言葉に、ガスメ家の少女は固まっている。


 やはり言葉だけじゃダメなようだ。

 私は全身から溢れる魔力を、掌に凝縮する。


「全員、消し炭になりたくなければ、ここから今すぐ消えなさい。他の人達にも伝えなさい。私のシャロンに手を出したら、全員地獄の底に落としてやるって!!」


 私は中級魔法の『球煉業火』を彼女達より少し照準をズラして放つ。

 球体のエネルギー体は、大木に衝突すると炎上して薙ぎ倒した。


「ほら、今すぐ消えなさい!!」


 恫喝すると虐めていた女生徒達は這うように逃げて行った。


 いつの間にやら無詠唱呪文を使っていた。

 ただ、想定していたよりも威力が低かった。

 どの魔法でも呪文はあるが、作中の登場人物のほとんどが呪文を詠唱している理由が分かった。

 無詠唱呪文を使うと威力が弱まるからだ。

 今度使う機会があればなるべく詠唱しよう。


「ごめんなさい。私のせいで」


 未だに座り込んでいるシャロンに、膝をついて謝る。

 これ以上、私は何を言っていいのか分からない。

 今後は虐めはなくなるかも知れないけど、自分がしてしまった過ちはもう覆すことができないのだ。


「ありがとう、ございます……」


 なのに、シャロンはお礼を言ってくれた。

 抱き着いて涙を流した。


 私は黙って濡れている彼女を抱き返した。

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