第7話 抑止力の必要性

 漫画の世界に来たというのに、授業内容は高校生の時と似たようなものだ。

 図形問題とか歴史まで学ぶし。


 魔法の授業の実技は学年どころか学校で一番の腕前だろうけど、授業には遅れている。

 論理なんて分からずとも魔法を放つことができているのだから別に問題ないと思うのだが、家に帰ってから予習復習しないと親が五月蠅い。


 特に魔法の授業は貴族の嗜みのようなものなので、一番重要視されるらしい。

 数学の問題とかなら現実世界の数学と大体似ているので知識の応用で満点ぐらいは取れるんだけどな。


「おい」


 勉強やテストなんて漫画の中じゃ全然ピックアップされなかった。

 テスト前の授業大変だね、ぐらいの話しかなかったのに、実際にやらされるとキツい。

 大学だと講義をサボってもお咎めなしだったけど、慣れない内はしっかり授業を受けようと思う。


「リリー・スゥイス。この俺様が話しかけてやっているんだが」

「……よく話しかけてこられるわね」


 無視していたのだけど、リチャードがあまりにもしつこいので振り返る。


 改造した制服を着込んでいる。

 本物の黄金で肩パッドみたいなの付けているけど、重くないんだろうか。

 そもそも趣味が悪い。

 何でこんな人とシャロンは結婚したんだろう。


「お前……中々おもしれー女だ。どうだ? 今日、俺の屋敷に招待してやらんでもないが」


 ドヤ顔しているけど、こっちは漫画でリチャードの屋敷なんて見慣れている。

 興味なんてある訳がない。


「ごめんなさい。今日は忙しいの」

「明日は?」

「明日も忙しいわね。ちなみに明後日も、その次も」

「何がそんなに忙しいんだ?」

「アリの動きを一日中見るのに忙しいの」

「俺の誘いはアリの生態以下の興味しかないのか!?」


 この展開、漫画で読んだ。

 漫画だと私じゃなくて、シャロンが誘われていた。

 シャロンは誘いを断り切れずに、リチャードの家に行って、そこで新しいキャラが登場してフラグが立つ。


 私が入学式の登校時、リチャードに怒りをぶつけたせいで、私がシャロンの役回りに代わっている気がする。

 リチャードがシャロンに興味を持たなくなって嬉しい限りだけど、私は他のキャラとフラグを立てたくない。


 そもそも男には興味がない。

 デリカシーがないし、毛がそこら中に生えているし、汚いし、臭い。

 女の子の方が可愛いし、愛でていて癒されるのは圧倒的に女子だ。


 シャロンに成り代わって男キャラとフラグを立てるのは勘弁したい。

 リチャードは特別嫌いで、この世界では関わり合いたくない人間筆頭だが、他の男キャラと仲良くする気も毛頭ない。


「あの、なんで私に声を?」

「この俺に歯向かう根性のある奴はいないからな。おもしれーからこの俺が遊んでやろうと思っただけだ」

「……まずはその上から目線をどうにかしなさい。謙れとは言わないけど、みんなと同じ目線で喋るぐらいできないの?」

「できないな」

「あっそ……」


 リチャードは顎を上げて腕組みをする。

 

「立場に相応しい態度を取らねば侮られる。裸の王様の指示に誰が従う? 砂の城に誰が威厳を感じる? 人の上に立つ者として相応しい態度でいなければ、いざという時に守るべきものも守れないもんだ」

「…………!」


 言っていることは正しいかも知れないけど、他人に迷惑をかけるのはどうかと思う。

 馬で登校して人を轢きそうになっていい理由にはならない。


「……ふん。守るべきものもない癖によく言うわよ」

「あるぞ!! 己自身だ!!」

「……言い切ったわね」

「他人を守るみたいな綺麗事を抜かすと思ったのか? だけどな、まずは自分を守る力がなければ、他人を守ることなど到底叶わない夢想と同じだろ。自分を守る力をまず持たなきゃ、他人を守ることなどできないもんだ」

「…………」


 私はヒッソリと拳を握る。


「守る力なら私だって持っているわよ……」


 前世じゃ何の力も持っていなかった。

 精々、自分の思いを絵に乗せて世界に発信するぐらいなものだ。

 私ができたことは。


 でも、今は世界最強の魔力を私は持っている。

 この力で大切な人の一人ぐらい守ってみせる。


「それで? もう用がないなら私は帰るわよ。アリの観察日記を書くのに忙しいんだから」

「ああ、特にこれといって大事なことじゃないが、言おうとしたことがあったのだ」

「ああ、そう。なら言わなくていいわよ」


 私は踵を返してさっさと家に帰ろうとするが、


「シャロンとかいう芋娘が女生徒達に連れて行かれていたぞ」


 その足がピタリと止まる。


「は?」

「連れて行っていた女生徒達は杖を持っていたし、あの芋娘の表情からして不穏なことをしようという気配はあったな。まっ、あんな貴族上がりの娘、俺が気にすることもないと思ったのだが、お前があの女に執心していたから――」

「どこに連れて行かれたの!?」


 私の言葉の勢いに気圧されたようだったが、首を傾げると、


「訓練場の方だったな。あそこは許可がなければ一年生は入れないから、中にはいないだろうが」


 それを聴いて私は床を蹴る。


 早く助けに行かないと。

 その思いが一気に膨れ上がるが、私は急ブレーキをかける。


 杞憂であって欲しいが、シャロンが大変な目に合っているかもしれない。

 だけど、今はやらなくちゃいけないことがある。

 でも、それは私にとってとても耐えがたいことだ。


 チラチラと外と、リチャードに視線をやる。


「あっ、あの……」

「? なんだ?」


 時間がない。

 私は意を決して声を張る。


「ありがとう!!」


 その一言を言うのにどれだけの覚悟が必要だったか分からないであろうリチャードは、またしても偉そうにふんぞり返る。


「ふん。礼ならば食事に付き合うだけでいいぞ」

「それだけは絶対に嫌!!」

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