第6話 仲良し大作戦

 〇作戦その一。

 教科書を忘れたフリをして距離を物理的にも縮めよう。

 

「シャロンさーん」

「ど、どうしましたか?」

「テキスト忘れちゃったあ、見せてもらっていぃ?」

「はい、どうぞ」


 何故かテキストを渡された時に手が震えていたけど、どうしたんだろう。

 まあ、いいか。


 ノブルス学園で授業を受ける場所は、まるで大学の講義室だった。

 広くて、そして一番いいことは席を自分で選べることだ。


 私は勿論、シャロンの隣を選択した。

 シャロンの隣に座った時は、感動のあまりビクついていたみたいだけど、一緒に同じテキストを読むぐらい近くになれば、シャロンもきっと私に慣れるはず。

 物理的にも精神的にもこれで距離が縮まるはずだ。


「それじゃあ、一緒に観よう――」

「ごめんなさい。テキスト一緒に観ていいかな?」

「う、うん。大変だね。テキスト盗られて……」


 何故かシャロンは別隣の人とテキストを共有してしまった。


 やっぱりシャロンは慎ましい。


 私の家は名家だ。

 この学園に寄付もしているから、入学する前からかなり有名だったみたいだ。

 その辺を歩くだけでも人の視線を感じる。


 それほどまでに格式高い御家柄なので、シャロンも遠慮してしまっているのだろう。

 次は他の人間とテキストが交換できないように、シャロンを角に追い詰める作戦を考えよう。


 いや、シャロンが孤独になるように仕向けた方がいいのかな?

 そしたら私がテキストを交換できる。

 他の子が学園を休むように、父親に頼んで圧力をかけようか?


 いや、流石にそんな人道に逸れるようなやり方は却下だ。

 親の力を借りたら、あのリチャードのやっている事同じだし。


 授業中に距離を詰める作戦は一端保留にしておこう。


 〇作戦その二。

 お弁当を一緒に食べて感想を言い合おう。


「シャロンさん。一緒にご飯食べない?」


 お昼休憩時間。

 友達と一緒にいるシャロンに声をかける。


「え?」


 困惑するシャロンも世界一可愛いよ。

 でも、なんかこの前からずっと違和感があると思ったら、シャロンに友達がいることだ。


 おかしい。

 シャロンが漫画で女友達ができるのは結構後の話だったはず。


 シャロンは最初イケメンの男達に囲まれているせいで、女子達に反感を買っていじめられる設定だったはずだ。

 それから誤解が解けて女友達が徐々に増えていくという展開だったはずなのに、もう友達がいる。


 喜ばしいことだけど、これだと原作とドンドン乖離していく。

 いじめの主犯格だったのが私、リリーだったのだ。

 いじめがあるからある意味私達は絆が育まれたのだが、これだと関わり方から変わって来る。


 まっ、いいか。

 私はシャロンのことをいじめるなんてこと絶対にしない。


「ねえ、申し訳ないんだけどシャロンを借りていい?」

「ひ、ひぃ。スウェイス家の!! も、勿論です……」


 人の顔を見て悲鳴を上げるなんて。

 シャロンの友達といえど、失礼極まれる。


 と思っていたら、近くにいた女子達がもっと失礼なことを言い合う。


「ねえ、知っている? あの人自分の父親を半殺しにしたらしいわよ」

「聞いた聞いた。自分が気に喰わない人だったら誰であろうと関係ないって噂本当みたい。リチャード様を入学式に倒しちゃったって!!」

「うわー、こわっ。なんであんな人がシャロンさんに?」

「次はシャロンさんがターゲットなんじゃないの?」


 どこの世界に言っても女子は変わらない。

 本人が近くにいるのに憶測や主観的な視点で悪口を言うのは。


「何か?」

「い、いいえ!! 何でもないです!!」


 退散する女子達に嘆息を吐き、私は鞄から風呂敷を取り出す。


「今日はお弁当を作って来たんだけど、一緒にどうかな?」

「お、お弁当ですか?」


 一緒に食堂へ行くのもいいけど、それじゃあ、私の愛情が伝わらない。

 ファウスには重いですよ、いきなりは、とか苦言を呈されたけど、お手製のお弁当がやっぱり私の思いを伝えるのに一番だと思ったのだ。


 これでも私は料理ができる系女子なのだ。


「うん。スパイスから作ったんだ。カレー」

「か。かれぇ?」


 この反応、もしかしてカレー知らないのかな。

 この世界じゃ、カレーなかったのか。


 スパイスがたくさんあったから、カレーは普通にこの世界にあるものだと思ったんだけど。


「うっ!! こ、この臭いは!?」


 シャロンは自身の鼻を抓む。


 いい匂いだと思うけどな。


 味もちゃんと美味しいはずだ。


 私は味見したし、ファウスも美味しいと言ってくれた。

 シェフには勝てないけど、同性代の女子の中じゃ、料理は上手い方だと思う。

 大学生で自炊も毎日していたし、暇なときはレシピを見て色んな料理に挑戦していたし。


「おい、なんだよこの臭い。くさっ!?」

「な、なんだあれ、見た目悪すぎるだろ。あれが料理なのか? 絶対毒入っているだろ!!」


 教室内にいた人達がザワつく。


 見たことがない食べ物を目撃したらこんな反応になるのかな。

 カレー美味しいのに。


 カレーは日本で国民食だし、嫌いだと言う人にはあまり会ったことがない。

 匂いは強烈だし、見た目は茶色で彩りはないかも知れないけど、食べてもらったらその美味しさが伝わるはずだ。


「す、すいません、今日は食欲がないので……」


 そう言って、シャロンは逃げ出した。


 今度は無難にカレーパンにでもしようかな。

 あれなら食べるまで見た目分からないし。


 〇作戦その三。

 一緒に帰って親密度を一気に上げよう。


「シャロン、一緒に帰ろう!!」

「え、でも、家って近いんですか?」

「うーん。反対方向だけど、いいよ!!」

「……当然のように私の家、知ってるんですね」


 シャロンの家の位置は既に調べてもらった。

 距離はあるけど、車を出してもらえればそんなの誤差でしかない。

 シャロンと一緒に帰れることに比べたら、私の時間なんて無限にあげちゃう。


「おい、嘘だろ。家までついて行ってまでいじめるのかよ」

「あの人可哀想。物を盗られた上に、毒まで盛られたらしいわよ……」

「スウェイス家のご令嬢、噂以上の悪人らしいな。家まで来たら何をされるか分からないな」


 まずかったかも。

 校門前で誘ったせいで不特定多数の人に見られている。


 こんな場所で誘ったら、あのシャロンのことだ。

 恥ずかしがってしまう。


「ご、ごめんなさい!! 家に来るのだけは勘弁して下さい!!」


 やっぱり背を向けて走ってしまった。

 次はちゃんと二人きりになれる場所で、ちゃんと誘えばいいかも知れない。


 私は手を叩いてファウスを呼び出す。


「お嬢様、私はここに――」

「知恵をまた貸してくれる?」

「……一度離れてみてはいかがでしょうか」

「離れる?」

「今、シャロン様はお嬢様のことを快く――いえ、あまり分かっておられません。考える時間を与えてはどうでしょうか?」

「つまり、押してダメなら引いてみろってことね」

「?」


 確かに最近シャロンとの距離を縮めたいと思い過ぎて、色々と接し過ぎたかも知れない。

 少し距離を置いてみた方がいいかも知れない。

 会えない時間が愛を育てるのだ。


「うん。一日だけ様子を見ましょうか!!」

「……一日だけですか」


 ファウスは驚いているけど、こっちの方が驚いた。

 一日だけでも英断だ。

 今はシャロン成分を摂取しないと死んでしまう。

 そんな体にされてしまったのだから、本当だったら一日だけでもキツイのだ。

 これもシャロンの為。

 私は苦渋の決断を取った。


 〇作戦その四。

 押してダメなら引いてみろだ!!


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