第5話 ひと気のない場所に推しを連れ込む

 シャロンの手を引いて、校舎の裏まで来た。

 ここなら人の目はもうない。


「あ、あの、痛いです!!」

「ご、ごめん」


 手を放して振り向くと、そこには光に包まれたシャロンがいた。

 太陽光の光じゃない、確かにシャロンから後光が差していた。


「ウワアアアアアアアッ!!」

「ひ、ひぃ!! ど、どうされたんですか?」


 私は両膝をついて、顔面を手で覆っていた。

 眩し過ぎるせいで、眼球が焼かれたかと思った。


「んかわわわわわわいいいいいいい!!」

「ええっ!?」


 漫画とは解像度が違う。

 アニメと同じ声だし、触っちゃったその手は柔らくて気持ち良かったし、顔面が可愛い過ぎて破壊力が違う。

 他の女子生徒がモブに見えてしまうほどシャロンは輝いていた。

 こんなに可愛い生物見たことがない。


「可愛すぎるうううう。天使なんですけどおおおお!! キャメラが、キャメラが欲しいいいいい!! シャロンの刹那を写真に収めたい。そして、それを額縁に飾って毎朝拝みたい!!」

「な、何の話をしてるんですか?」

「ああ、ごめん。ただの発作だから」


 壁に手をついて何とか立ち上がる。

 幸福感に包まれて死ぬところだった。

 会えないはずの推しに会ったらみんなこうなるんだ。

 気を付けないといけない。

 これからずっとノブルス学園でずっと学園生活を送るのだ。

 シャロンに会う度に毎回発作を起こしていたら身が持たない。


「そうですか。頭、大丈夫ですか?」

「なんで頭って限定したの!? 胸抑えていたよね!? 今!? 頭がおかしいってこと!?」

「………………」


 そして――――無言。

 どうしたのかな?

 緊張して言葉が上手く紡げないのかな?

 引っ込み思案な性格だもんね、シャロンは。


「あのー、あなた誰ですか?」

「えっ?」


 突然の質問にテンションが急降下する。


 そっか。

 私のこと、シャロンは認識していないのか。


 当たり前だ。

 私達が出会ったのは今回が初めてだ。

 私は何度もシャロンを漫画やアニメ、実写で何度も観ているから旧知の仲のように思っていたけど、あっちからしたら見知らぬ人間だった。


 なんか悲しい。

 毎回好きなアイドルのコンサート行っているのに、初めてだよね? ありがとう来てくれて、と握手会で言われたような衝撃を受けている。


「私はリリー。リリー・スウェイス」

「なんで私の名前を知っているんですか? 今日初めて会いましたよね?」

「あー」


 名乗る前にシャロンの名前呼んじゃった。

 原作だと、イケメン達に囲まれたシャロンが学園内で有名になってから、リリーがちょっかいを出すから、名前を知っているのは当然の展開だった。

 リリーが出てくるのはもっと後の話だったのに、いきなりここで会ってしまった。


 漫画とは違う展開を踏んでいるせいで、色々と矛盾が生まれてしまっているのか。


「誰かの誕生日パーティーの時だったかしら」

「私、誰かの誕生日パーティーに参加したことないですけど」

「そ、そうだったかなー?」


 シャロンは元々貴族じゃない。

 平民からの成り上がりだから誕生日パーティーなんか参加していないか。


 そんなの分かっていた、分かっていたけど、原作では描写されていないことが度々あったから、シャロンも誕生日パーティーぐらいは参加していると思っただけだ。

 私はにわかじゃない。


「と、とにかく、助けてくれたことには感謝します。でも、暴力はいけないことだと思います!!」

「うっ!!」


 正論過ぎて何も言い返せない。

 しかも自分の好きな人に言われると余計に傷つく。

 明らかに私はやり過ぎていた。

 シャロンに会ったことが嬉し過ぎて心が浮ついていたのかも知れない。


「ごめんなさい!! 失礼します!!」


 シャロンはそう言って逃げるようにして私の前から消えてしまった。


 最初の出会い方は最悪だったかも知れない。

 私のことをどう思ったんだろう。


 パン、パン、と私は両手を叩くと、ガサガガサッと草陰からファウスが出てくる。

 このメイド、有能過ぎる。

 やっぱり陰から私達の会話を聴いていたらしい。

 漫画でも忍者みたいに隠れていて、リリーが手を叩くとどこからともなく現れる便利キャラだったけど、ガチだったみたいだ。


「……どう思う?」

「引かれていましたね、完全に」

「惹かれていた!? やっぱり!?」


 ちょっと自信なかったから質問してみたけど、どうやら私の杞憂だったらしい。

 シャロンは助けてもらったことに感謝していたし、やっぱり私のやったことは間違いじゃなかったみたいだ!!


「お嬢様のその前向きな性格が羨ましいです」

「いやだーもう、そんなに褒めないでよ!!」

「…………」


 後悔があるとするならば、あまり話ができなかったことだ。


 人と人との付き合いで大切な要素はタイミングだと思う。

 リリーとシャロンが深い関係になれなかったのは、シャロンが人間関係を築いた後に、あとからリリーが割り込むようにしてきたからだ。


 今ならシャロンに積極的に絡んでいって、シャロンの隣にいるポジションに収まることができるはずだ。


「とにかく私はもっとシャロンと仲良くなりたいの。協力して!!」

「はー。お嬢様がそう言ったら聞かないことを知っています……手伝いますよ、喜んで」

「ありがとう!!」


 ファウスが快諾してくれたので、早速シャロンの仲良し大作戦会議を始めよう。


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