第3話 入学式の日に桜並木を歩く

 桜並木を歩いていると、微妙に違和感がある。

 桜って、日本のものじゃなかった?

 いや、桜って輸入されたものだったかな?

 そもそも入学式が春っていうのも日本だけじゃなかったかな?


 『君花』って確かヨーロッパ設定だったよね?

 色々と疑問が溢れてくるけど、まあ、その辺は設定ガバガバなんだろうと納得させる。


 プロの漫画家は間違っていると分かっていても設定そのまま描くことが多いっていう。

 矛盾点より、面白さ重視らしい。


 日本人に売り込むためには、日本人が分かりやすく面白いと思えるように、入学式は桜が咲いて、春にやると決めているんだろう。


 私もこの世界に来てから数ヵ月。

 日本らしい雰囲気に郷愁の念に駆られ、心が乱れる。

 ただ、そこまで不快ではない。


 そんな時。

 真横から女生徒に声をかけられる。


「ご機嫌よう、シャロン様」

「……ご機嫌よう」


 この挨拶、なんとも慣れない。

 この返し方をしないと逆に失礼らしいから一応返す。


 この数ヵ月、しんどかった。

 この世界に来てからというもの、一番大変だったのはマナーだった。


 食事をする際にスープを啜っては駄目だとか、お辞儀の角度とか。


 一番辛かったのは、歩き方だ。

 水の入ったお盆を頭の上に乗せて、その水が零れないように歩く練習をヒールでした。


 マナーだけじゃなくて、社交界の為のダンスもした。

 嗜みとしてピアノやらバイオリンまで弾かされた時は辟易した。


 幸い、日本語は通じたから言語の伝達に不憫さは感じなかったけど、面倒くさがり屋の私にとってこの数ヵ月は地獄だった。


「屋敷が爆発したと聴いたので心配でしたが、大丈夫でしたでしょうか?」

「ハハハ。まあ、そうですね、大丈夫……でした」


 魔力を暴走させたせいで、私の部屋は全壊。

 父親と私は全身火傷の重症を負った。


 世界最高クラスの治癒魔法士を呼んで、傷を治してもらって今では傷一つない。

 が、事件を起こした直後は父親の雷が落ちた。


 数ヵ月の自宅謹慎の上、朝から晩まで勉強と、マナー教室が開かれた。


 まあ、それは私がこの世界のことを知らなかったからだけど。


「――それでは失礼します」


 逃げるようにして女生徒は何処かへ行った。

 私の反応が良くなったせいだろう。

 正直、見た目は年下で初対面の人と何を話せばいいのか咄嗟に分からなかった。


 いや、同学年なのかな。

 親し気に話かけたし。

 それに、私はこの世界だと大学生じゃなくて、15歳だし。


「あの人、誰?」


 私はずっと隣にいたメイドのファウスに話しかける。

 保護者同伴なんて恥ずかしいからと言ったけど、どうやらこの世界だとメイドや執事が横にいるのは普通らしい。


 ノブルス学園に向かう生徒の大半は、横に誰かしらいる。

 貴族だから護衛がいないとダメなのかな。

 ファウスも漫画内だとかなりの強キャラ設定だし。


「ガスメ家のご息女です。ヴェトン様のパーティーで一年前にお話いたしました」

「あー、忘れちゃったなー」

「おいたわしや……。リリー様、やはり記憶が……」


 そう言って、ファウスはスカートが地面について汚れるのも厭わずに倒れる。

 両手で顔を覆うようにして悲しんでいるけど、目立ってる、目立ってる。

 みんな見ている。


「ちょっと、恥ずかしいから往来で倒れないでよ」


 私は記憶喪失になった――ということにしておいた。

 この世界の常識があまりにもない。


 私はページが擦り切れるほど『君花』を読み込んだ読者で、原作者より原作を読み込んだ自信があるけど、それでもこの世界の一部を知っていただけだ。


 この世界の人はみんなちゃんと生きていて、そしてちゃんと生きてきた人生の記憶がある。

 そのことを、この世界に来たばかりの私は分かっていなかった。


 リリーの両親の馴れ初め話は漫画で登場しなかったし、リリーが一人で着替えることができないなんて設定は物語では明かされなかった。


 それもそのはずで、『君花』はヒロインにスポットライトを浴びせ、男キャラにばかりに焦点を当てた作品だった。

 ヒロインのシャロンは普通の家庭に生まれた子だったし、過去の描写は少なかった。

 そう考えると、私は自分の好きな世界のこと、全然知らなかったんだと思い知らされた。


 でも、生まれ変わったからには、前の世界でできなかったことをしたい。

 そう、シャロンを幸せにするのだ。

 あんな男連中になんかにシャロンを渡してたまるか。


「どけどけぇ!!」


 突然大きな声での叫び声と、蹄の音が聴こえて来た。


「きゃあああああああ!!」


 女生徒達の悲鳴を上げていると、いつの間にかファウスが私の前に立ちふさがっていた。

 私を守るために前に来てくれたらしい。

 さっきまでの緩んでいた表情が嘘のように真剣な顔をしている。


「何?」

「あれは――リチャード様のようですね。うつけ者と噂で聴いていましたが、どうやら噂以上の方らしいですね」


 リチャードは乗馬して登校してきたらしい。

 規格外の馬鹿だ。


 そういえば、漫画の冒頭であった展開だ。

 馬の描写がリアルで上手過ぎるのが逆にシュール過ぎて、読んでいる時は吹きだしてしまった。


 漫画だとギャグ展開で済んでいたが、もう少しで馬に轢かれる生徒もいた可能性もある。

 現実でやられると不快感しかない。


「――ったく、こいつはとんだ暴れ馬だぜ」


 ファサァッと髪を靡かせて、リチャードが地上に足を付けると、


「きゃああああああっ!!」


 と、女生徒が先程とは違う意味で悲鳴を上げる。

 これは黄色い悲鳴だ。

 リチャードがイケメンだからだろう。


「イケメンだからって、何しても許されると思わないでよ」


 どこがいいんだか。


 リチャードの悪い所を事前に読んでいるからこそ、私はこう思えているが、もしも街中で会っていたら私もときめいていたかも知れない。


 顔はそれぐらいいし、それに何でもできる。

 運動もダンスもできるし、それに家は大金持ちだ。

 これで好きにならない方がおかしい。


「何だ、お前。鈍くさい奴……」


 馬から降りたリチャードは女生徒に悪態をついている。

 距離的にどうやら馬に轢かれそうだったらしい。

 尻もちをついている。


 あれ?

 この展開、この構図。


「あっ……」

「お嬢様!?」


 私は走り出していた。

 ずっと好きだった。

 死ぬ直前もずっと考えていた人にようやく会えた。


「シャロンッ!!」


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