第2話 私、悪役令嬢になっている
ガチャガチャと何やら物音がする。
五月蠅いなと思いながら、私は上半身だけ起き上がる。
「ひぃぇあっ!!」
悲鳴が上がったので、そちらに首を向けるとメイドがいた。
うん、メイドだ。
日本で普通に生活していたらコスプレ以外で見ることがないぐらい立派なメイドがいた。
顔が『君花』で登場したメイド、ファウスにかなり似ている。
もしかして、ファウスのコスプレかな?
「お、お嬢様!? 大丈夫ですか?」
「え?」
「お体の具合は?」
「だ、大丈夫です。死んでないみたいです」
死ぬほど苦しい思いをしたが、どうやら生きていたみたいだ。
ちゃんと呼吸もできる。
ん?
胸元に手を当てると、豪奢な服を着ている。
まるで映画に出てくるヨーロッパの貴族の格好だ。
パジャマなのに高い物だと分かる。
こんな服、私が持っている訳がない。
誰の服だろう?
「良かった! すぐに旦那様を呼んできますね!!」
「ちょ、ちょっと待――」
私の呼びかけに応えず、すぐさまファウスのコスプレイヤーの人は部屋の外へ行ってしまった。
「行っちゃった……。というかここは?」
明らかに私の部屋じゃない。
映画のセットのような豪華な飾りつけがされていて、ベッドもかなり大きい。
大人二人がトランポリンみたいに跳ねて遊んでも退屈しないぐらいの大きさだ。
大きな鏡の前まで行くと、そこに映っていたのは、
「リリー?」
リリーが、私の動きに合わせて反対の動きを見せている。
確実に映っているのは私だ。
「私、リリーになっている……」
漫画で見たまんまだ。
金髪の髪を腰まで垂らし、睫毛が蝶の羽のように長く、肌が艶々で、顔が白い。
華奢な身体つきをしていて、モデルのような理想的な体型をしている。
胸が重く感じるのは、以前の私より胸が大きくなっているからか。
「うわー。綺麗な顔……」
吊り目でキツイ性格に見える顔をしているけど、リリーは私が『君花』で二番目の推しだ。
思わず顔が赤くなってしまう。
こんなに綺麗な人に私はなれたんだ。
まるで夢のようだ。
いや、これは夢かな。
「本当に? 夢? どっちでもいい。夢でもいいから魔法使ってみたいな」
リリーは作中最強キャラと名高い。
魔力量は普通人間の数十倍はあり、そしてあらゆる属性の魔法を使いこなす。
ただ、少女漫画だったので、戦闘シーンは少なく、その実力を発揮することは作中で少なかった。
だから、試したくなったのだ。
「『炎と風の精霊よ』『根源たる力を我が眼に映せ』『混沌となりて喰らいつくせ』」
あらゆる漫画の詠唱呪文、印の形を記憶している私にとって、呪文を一字一句暗記するなんて朝飯前だ。
逡巡する間もなく、私は上級魔法を詠唱する。
「『爆葬煉華』」
翳した手からエネルギーの波動を感じる。
もしかして、これ、夢じゃない?
「なんか、これやばいかも……」
今これを放てば不味い事になると第六感が警鐘を鳴らしている。
私は何とか力を抑えようとする。
その時、いきなり扉が開いた。
「おお、目覚めたか、リリー」
「えっ?」
リリーの父親に唐突に声をかけられた私は、抑えていた力を開放してしまった。
「あっ」
手のひらから光が爆発的に拡張し、エネルギーは壁に向かって放たれた。
そして――風と炎の魔法が混ざり合った爆発の影響で、リリーの部屋は丸々吹っ飛んだ。
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