せっかく悪役令嬢に転生できたので推しのヒロインと仲良くしたい

魔桜

第1話 作者は原作を理解していない

 私は少女漫画が嫌いだ。

 どの少女漫画も大体の展開は決まっている。

 初めに態度の悪い男がヒロインの前に現れて、失礼な態度を取る。

 初対面の相手だろうと顎グイや壁ドンをする。

 すると、最初は怒っていたヒロインがどんどんその悪い男に惹かれていくのだ。


 訳が分からない。

 私がヒロインだったら身近にいる幼馴染の男に惚れる。

 優しくて気遣いができる幼馴染の方が、百倍好きだ。


「現実世界でやったらただのセクハラなのよ」


 机の上に置いてある少女漫画『君のための花の冠』の表紙に乗っている男を見て、そう私は吐き捨てる。

 少女漫画は嫌いだが、私にとって唯一の例外といってもいいぐらい好きなのは『君花』だ。百万部を超える超人気作品であり、実写映画化もアニメ化もしている。

 私は単行本を購入しているし、アプリでも購入している。

 あれ、今日もしかして水曜日?


「今日、更新日だっ!!」


 『君花』の連載一話から読んでいるだけでなく、乙姫先生の作品は全部チェックしているコアなファンを自称している私が更新日を忘れるなんて、とんだ失態だ。

 しかも今日更新されるのは最終話。

 待ち望んでいた日だったのに、私は朝からずっと絵を描くのに夢中になっていて頭からスッポリ抜けていた。


「早く読まないとっ!!」


 アプリを開いて、迷わず課金ボタンを押す。

 貧乏な女子大生だが、バイトをしている。

 仕送りは少ないけどもらっているし、友達がいないからお金を使わないし、趣味は漫画ぐらいなもの。

 だからこのぐらいの課金だったらできる。

 だけど、課金したのを後悔するような展開が私には待っていた。


「何、これ……?」


 『君花』の大まかなストーリーはこうだ。

 ヒロインには前世で結ばれた男がいて、現世でその男を探すというもの。

 その男の思い出と重なる部分を持つ男が作中に出てきて、ヒロインは誰が運命の相手か分からない。

 その男達の中から前世で結ばれた相手が誰なのかを見つけるというストーリーだ。

 そして最終回まで引っ張って、くっついたのは傲慢な男、リチャードだった。

 ちなみに私が一番嫌いなキャラだった。


「なんで、よりにもよってリチャード!?」


 他の男キャラだったらまだ納得したけど、リチャードだけはない。

 他の男キャラにはいい所だってあった。

 ヒロインのために命懸けでモンスターを倒したり、悪役令嬢のいじめから救ったりした。

 だけど、リチャードはヒロインのために何もしていない。

 ただただアワアワ言いながらあざとい表情をしていただけだ。

 何の努力もしていない。


 なんでリチャードが私のマイプリンセスのシャロンと!?

 頭が痛くなってきた。


「運命の相手!? そんなのクソ喰らえよ!!」


 前世との絆で結ばれて最後はハッピーエンドみたいな雰囲気出しているけど、こんなのバットエンドだ。

 シャロンは好きなヒロインだったのに、馬鹿に見えてきた。

 あんなあざといだけの男に騙されるなんて……。


「コメント欄見て落ち着かないと……」


 アプリのコメント欄を開くと、意外にも私のような意見は少数派だった。


 大体の意見が、良かったです。感動しました。最後のヒロイン全然予想できませんでした! すごすぎっ!! 乙姫先生のストーリー構築力に脱帽。良かった! みんなハッピーエンド!! これを見て決意しました。全巻買います――みたいな肯定の意見ばかりだった。


「こ、こいつら……」


 作者が書いたものを全肯定するだけの信者かな?

 ちゃんと原作読み込め。

 原作読み込んでいたら、絶対に納得するようなストーリー展開じゃない。

 いきなりぶつ切りの展開で、いきなり結ばれたよね?

 最終話でどうやってあんな大量の伏線回収するの? と嫌な予感はしていたけど、全部ぶん投げて、前世の絆があるからっていう結論だけで、いきなりリチャードとシャロンがくっついた印象だ。

 こんなの適当過ぎる。


「そもそも後半の展開が雑過ぎなのよ」


 『君花』は第一部と第二部が存在する。

 第一部ではキャラ紹介。

 第二部ではそのキャラの裏側紹介。

 ……みたいな展開だった。

 第一部でキャラの良さをどんどん描写して、第二部ではキャラの悪い所を全面に押し出すような展開だった。

 ヒロインを取り合うために、男達が裏工作などの卑怯な手段を取って他の男を出し抜くようなストーリーだった。

 ドロドロ過ぎる。

 女の世界がドロドロなのは現実世界だけで十分なのに、なんで第二部ではあんな女の世界の悪い所だけを抽出したような展開にしたのか。


「俳優、声優を作者が指定した時に気が付くべきだったかも」


 『君花』が実写化した時とアニメ化した時に、リチャードだけは作者が俳優と声優を指定した。

 だからヒロインのシャロンと結ばれるのはリチャードだと噂が流れた。

 まさかその噂が本当になるなんて。


「あいつ、何考えてんの……」


 作者のSNSをチェックすると、


『もっと賛否両論のコメントが来ると思って覚悟していましたが、皆さんからお褒めの言葉しか来ないのでほっとしました』


 とコメントしていた。


「あああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 私はスマホをベッドに投げつける。

 気が狂いそうだ。

 自分が好きなキャラっていうだけで、ヒロインとくっつけるなよ。


 作者にとっては書き終わったらその作品は終わりなのかも知れない。


 だけど、私達オタクは物語が終わっても、終わりじゃない。

 その先の未来まで見据えているのだ。

 シャロンが甲斐性なしのリチャードとくっついて幸福な終わりが来るわけがない。

 まともに働かないリチャードを支える為に、シャロンがボロボロになる未来が私には見える。


「妄想は誰にも止められないのよ……」


 どうして?

 一体どうしてこんなことになっちゃったんだろう。


 腰が抜けて両膝をつく。


「ふざけんな……。作者は原作百回見返せ……。にわか丸出しなんですけど……」


 明らかにあざといだけの男が好きな作者が、自分の好みだけで物語の終わりを決めている。

 そんなの許せる?


「商業作家は自分の為じゃなくて読者の為に書かなきゃいけないのよ。お金貰っているんでしょ?」


 乙姫先生はもはやプロじゃない。

 自分の書きたいものだけを書いているアマチュアだ。

 同人時代からやり直してきて欲しい。


 もっと結ばれるべき相手はいたのに、一番結ばれて違和感のある相手と結ばれてしまった。

 作者が書きたかったのは恋愛漫画じゃない、推理漫画だ。

 この人犯人だと分からなかったでしょ?

 面白かった?

 と高笑いする作者の顔が見える。


「もう無理、リスカ――じゃない、絵を描こう」


 私はこういう精神状態の時は絵を描くことにしている。

 作者が間違った解釈で内容を描写している時は、私なりの展開を描いている。


 同人誌を描けるほどの実力はないから、イラストを一枚だけ描くだけだ。

 足りない描写はタイトルで補強するやり方で、SNSに投稿している。

 調子がいい時は50いいねを貰う時もあるけど、自分でも下手な絵を描いていると分かっている。


 実力が足りないし、道具も安い。

 安いから液タブじゃなくてペンタブで描いているけどこれで慣れてしまった。


 投稿サイトを見ると、相変わらず私の絵の評価は低い。

 『君花』しか描いていないが、その理由はハッキリしている。


「リリー×シャロン描いているせいよね」


 少女漫画原作で悪役令嬢のリリーと、ヒロインのシャロンを描いているのだが、私のような人間は少ない。

 男同士のカップリングの絵は多いけど、百合の絵を描いて投稿している人はごく少数だ。


「私はこのカップリングが一番好きなんだけどな」


 リリーは最初、シャロンの恋敵として立ちはだかった。

 だけど、話が進む内に改心し、最終的にはシャロンの一番の理解者として彼女を支える。

 他の男達よりむしろ献身的にシャロンに尽くしていた。


 典型的なツンデレキャラという感じで、シャロンを誰よりも思っていた。

 少女漫画だから女同士でくっつくのはあり得ないと分かっていたけど、それでもくっついて欲しかった。


「なんか、雑にくっついてたわね」


 最終回で数年後エンド。

 そこまで絡みがなかったはずの男と、リリーはくっついていた。

 描写が足りなすぎる。

 もっと読者が納得できるだけの展開を描写してくれたらリリーの結婚だって祝福できたけど、明らかに適当にくっつけてハッピーエンドでしょ? と見せるだけの展開だった。あんなのだったらむしろ結婚させない方が良かった。

 漫画でよくある雑な結婚エンドは誰得なんだろう。

 納得したことないんだけど。


「まあ、先生も愚痴ってたから色々限界だったのかな」


 SNSで病院行きました、とか、編集が休ませてくれないとか、ブラックなツイートが投下されていて少女漫画界隈がざわついていたから、精神的に連載がキツかったのかも知れない。

 一枚の絵を描くだけでもかなり消耗するから、漫画を描くってなったら相当しんどいんだろうな。


「あ、あれ?」


 眩暈がする。

 立っていられないと思ったら、既に倒れていた。


「なに、これ……」


 視界が歪んで回転する。

 インフルエンザにかかってい時以来だ、こんなこと。


 徹夜で絵を描き過ぎたかな?


 ペンが転がっている。

 私は手を伸ばす。

 まだ描き終わっていない。


 ハッピーエンドになれなかった私の推しのヒロインのシャロンを、私がハッピーエンドに導いてあげなきゃ。

 私がリリー×シャロンを描くんだ。

 運命を変えてみせるんだ。


「私があの子……を幸せにして……みせる……」


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