07 一月経てば妖精様は気まぐれを落とす
次の日の休日、エリカは訪ねて来ることなくただ何でもない1日を過ごした。
本当に不思議なくらいに。
更に次の日の4月5日。予定通り学校へ向かい自分の教室に行く。
学校に来るまでもだが、家を出る時にもエリカを見る事はなかった。
つい先日までは顔見知りの他人くらいにはなっていたと思っていたのだが、一気に状況が変わったようにさえ感じた。
なんて事を考えながら自分の席に座ると、いきなり前から声をかけられる。
「よう、冬華。体調は治ったみたいだな」
「お陰様でな」
「良かった~。私心配したんだよ。でも元気になって良かったよ。これでガスト行けるね!」
冬華の前には幼馴染の春正と美紀が立っていた。
相変わらずこの二人のテンションは高いし苦手だ。そこまで人間関係が上手くない冬華からすれば、苦手の部類の人間ではある。
だが、二人に助けられている部分が多くあるので、そこには感謝しかない。
「お前はもうちょっと自分の体に気ぃ配れよ」
「そうだよと~君。これからは気をつけてね」
「・・・・おお。これからは家の掃除とかしようと思うよ」
「お、何だ?母親にでも怒られたか?」
「・・・・そんなもんだ」
実際怒られたのは母親ではなく、学校一の美少女のエリカなのだがここで言えば何を言われるか分かったもんじゃないので言わないし、彼女とはあまり関わりもないので今事情を話せば間違いなくこれからの学校生活に支障が出る事間違いないので言いたくはない。
「というかと~君、顔色良いね?」
「それな、俺も同じこと思ってた。食生活も見直したのか?感心感心」
「別に。熱出したからってだけだよ」
実のところ言うとこの件に関してもエリカのおかげだとも流石に言えるわけがなく、適当な理由で誤魔化す。
そのエリカはというと、クラスの前の席の方が賑やかだったので視線をやれば、周りに女子たちが囲んでいるのはエリカだった。
やはり学校では妖精様の笑顔で先日まで見ていた笑顔はどこにもなかった。
それから授業は滞りなく進み、何の変哲もない1日が過ぎ去った。
家に帰ってからもエリカから何の音沙汰もなく、日付を跨いだ。
・・・・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・。
それから約一ヶ月ちょっと。もう既に皆の楽しみのゴールデンウィークは終わっていた。本当に不思議な事に、入学式の帰りに出会って少ししか作られなかったエリカとの関係が、前と全く変わらなくなってしまった。
昔の状態に戻った事に対して不満や不安はなかった。
むしろ顔見知りの他人のままでいられるのなら平穏な暮らしが続けられるので何の文句もない。
そんな事を思っていると早一ヶ月も経過し、エリカと話す事や連絡を取ることさえなくなっていた。
例えるなら付き合って遠距離恋愛となり、自然消滅した恋人のような状態だ。
別にエリカとは恋人でも何でもないのだが、状況はそんな感じだ。
5月に入って桜の時期もとうに過ぎ去り、今学校中での持ちきりの話といえばーーーー
「ねぇ!もうすぐ遠足だね!もうすっごく楽しみだよ!」
「俺も。冬華はどうだ?」
「・・・・普通」
「お前、毎回そうだよな。遠足嫌いなのか?」
「・・・・どっちかといえば、苦手だな」
遠足。大体この時期にあるその行事は数多くある学校行事の中で冬華が苦手とする物の一つだ。
集団行動。それ自体が嫌いなので億劫になる。
まぁ決められた事は守るしかないし、授業が浮くのであれば嬉しい限りである。
基本的授業を受けるのには抵抗はない方だが、あくまで知識をつける為だ。
一ヶ月経ち授業も本格的になってきたこの時が本番なのだが、サボれる時はサボりたいのが冬華である。
「冬華って毎年こういう行事嫌いだよな。中学の頃からもそうだし向こうに居た時も」
「・・・・雰囲気が苦手なんだよ。ただ授業が浮くからってだけが良いとこなだけさ」
「でもまずお前、体調崩すなよ?」
「え?何でだ?」
「何でって・・・なぁ?」
「うん。だってとー君、先月と同じくらい顔色が酷いもん。また不摂生な生活してたんじゃないの?」
「あ~・・・してた」
言い淀んだ末に素直に答えれば、「やっぱり」と、二人同時に呆れた声で返ってきた。
エリカと話さなくなってからというもの、ゴールデンウィークの間に冬華の食事スタイルは前に逆戻りしていた。
おまけにエリカに綺麗にしてもらった部屋は前ほどとは言わないが、それでもゴミ屋敷化になってしまいエリカには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
それと同時に、遠足には班決めがある事を思い出した。
だが冬華の班は春正と美紀と冬華を合わせて3人だけだ。
他の班は5人以上なのだが、冬華の班は3人だけだ。
これに関しては学院長の計らいである。
校長は冬華が魔術士の家系である事を知っている。冬華の師匠と仲がいいからだ。
万が一を防ぐため、出来るだけ班などを決めるのは冬華が魔術士である事をを知っている人間だけという事になっているので、必然的に春正と美紀と班を組む事になるのだ。
学院長と師匠にはもちろん、春正と美紀には本当に感謝しているが、申し訳ない気持ちも出てくる。
二人から目を逸らして外を見つめる。
窓が開いていたので外の風も入ってくる。
良い天気だが、鼻を鳴らせば雨の匂いがした。
「多分暫くしたら雨降るぞ」
「え!?ホントそれ!」
「ああ、本当だ。雨の匂いがするから」
「マジか。でも冬華が言うんなら間違いないな。天気予報よりあてになるぜ」
春正と美紀は冬華の知らせを受けて慌てる。
今日の天気予報では雨予報ではなかったが、匂いを嗅げば雨かどうかは大抵わかる。
昔から冬華は鼻や耳、そして目が常人より遥かに良い。
だが、良すぎるのも困りもので、人の内緒話や見たくないものや匂いのキツいものが色々なところにあるので、決して良いものではない。
困ったものだと、内心思えば段々と雲行きが悪くなってくる。
ここ一ヶ月間、毎日という程憂鬱な日が続いていて正直モヤモヤして気持ち悪い。
そんなこんな考えているうちに副担が教室に入ってきてホームルールが始まる。
何故に副担がホームルームをしているかというと、4月から毎日冬華の担任は学校に来ていないのだ。
校長からは訳ありとしか聞いていない。
この学校の全員が冬華の担任の教師を見ていなのだが、冬華にとってはどうでも良い事だった。
間もなく学校が終わると思うと安堵する。
ぼけっと有難い遠足の日程などを無意識の中で聞きながらホームルームが終わるのを待つ。
無意識だったので、手元が勝手に動いてしまい簡易的な魔術式を描いてしまった。
バレる前にすぐに消して、事なきを得る。
消したと同時にチャイムが鳴り、ホームルームが終了する。
終わったーと、背伸びをすれば皆一斉に動き出す。と、すぐに春正と美紀が此方に近づいてくる。
雨が降る前に帰りたいが一ヶ月前と先週分、断ったツケがあるので断りにくい。
「冬華、一緒に帰ろうぜ。雨降るし今日はどっか寄るのやめとこや」
「そうだね。雨降る前にどっか行って、帰る時に降ってきたら嫌だし」
「お、おお。そうだな、帰るか」
意外にも二人は帰る事を選んだので、目を丸くする。
春正なら絶対「どっか寄ってこうぜ」と言ってくるものだと思っていたので、拍子抜けしてしまった。
だが冬華としては有難い限りだ。
二人の後について行き並んで学校を出る。
そのまままっすぐ寄り道せずに春正、美紀の順に帰路に着く。
暫く歩けばマンションが見えてきたので、少しばかり早足になる。
十分ほどで到着し、鞄から家の鍵を取り出し家へと入る。
そのまま前のめりに部屋のベッドに倒れる。
対して疲れた事をしていないのに、疲れが一気に出てきた。
時刻は17時を回っており、寝るにはまだしばらく早い。
先に晩御飯をコンビニまで買ってこようと思ったが、丁度雨が降り出した。
最悪だ。と、内心で思いっきり悪態をつく。
今家には大したものはない。間食程度につまむものしかないが、それで良いだろうと思い体を起こす。
着替えを済ませ、リビングに出てテレビの電源を入れる。
一時間程、録画したアニメを見て時間を潰す。
だがやはり好きなアニメを見ても、憂鬱さは解消されなかった。
6時半を過ぎてようやく雨が止み、外に出ると不思議と蒸し暑くはなく、風が強く涼しかった。
冬華は冷蔵庫にあった常備しているゼリー飲料を手にベランダでそれをすする。
空にある星を見上げながらゼリーを勢いよく吸い上げる。
すると隣からからっとベランダの扉の開く音が聞こえ横を向くと、赤い色にほんのり薄い白色が混じった髪に、綺麗なサファイアの瞳を持つ、ここ一ヶ月ろくに話も連絡も取らなかった紅野エリカがそこには居た。
そういえば隣だったなと今更ながらに思い出した。エリカも冬華に気付いたようで、ペコリと会釈をする。
「お久しぶりです。こんばんわ、星川さん」
まさか声をかけてくるとは全く予想しておらず、暫く呆けたように固まってしまった。
それと同時に、ここ一ヶ月間に抱いていた何かがスッと消えたような感覚があった。
数秒で我に帰り、挨拶されたので挨拶を返す。
「・・・おお、久しぶり。こんばんわ、紅野」
若干戸惑いつつも平静を装い挨拶できたと思う。
エリカは何故かにっこり笑ったが次の瞬間、眉をほんのり寄せている。その目線の先は、冬華の持つゼリー飲料だ。
「何ですか?それは?」
ゼリー飲料を指差して聞いた事ない低い声で指摘してくる。
表情がコロコロ変わるので面白いと思いつつも今はそんな事を考えている場合ではない。
「わずか数十秒でエネルギーを補充できるゼリーですが?」
「・・・それ、まさか晩御飯だなんて言いませんよね?」
「そうに決まってるだろ?」
「・・・・成長期で食べ盛りの男子高校生がたったのそれだけって。・・・・まさかと思いますが私と話してなかったこの一ヶ月の間ずっとそうだったのではないですよね?」
言われた瞬間に勢いよく顔を横にずらし、目を逸らす。
図星を突かれ、言い訳しようとも考えたが体が勝手に動いてしまい思わず目を逸らしてしまったのだ。
無言の圧力とでもいうべき威圧感が背中にひしひしと感じる。
恐る恐る顔を戻しエリカを見ると、「何やってんだこの人は。馬鹿なのか」みたいな目で訴えているように感じた。
「・・・料理は」
「めんどい」
「・・・掃除は」
「いつかやる」
「・・・お腹は」
「空いてます」
まるでショートコントのような言葉のキャッチボールが始まる。
投げる側と返す側、互いに一歩も引かぬ口論は暫く続くと思われたが、先にエリカの方が投げるのをやめたのですぐに終了した。
「第一、自堕落にも程があります。私がちょっと目を離した好きにそこまで堕ちているとは」
「うっせ。好き放題言うな。先月言ったろ?やる気がないんだよ」
「・・・・まったく」
心にグサリと刺されたことは事実なので言い返しできない。少しばかり眉がよった状態で残っていたゼリーを一気に飲み干す。
料理はともかく掃除に関しては思い知らされたのでその内やるかもしれないが、とやかく言われると逆にやる気が無くなってくる。
友人関係というわけでもないのに何故こうも口悪くかつ、小うるさく言ってくるのか不思議でならない。
エリカは冬華が何を考えているのか分かるかのような目をしてこちらをじーっと見てくる。
「何だよ。また口悪さく言う事でもあるのか?」
「いえ、もう特にないです・・・・?【口悪さく】?」
「あ・・・いや気にすんな、ただの口癖みたいなもんだ」
「成程・・・・因みにどう言う意味なのですか?」
首を傾げて聞いてくるエリカに対して冬華はあまり答えたくないのか、バツが悪そうに頭を掻く。
「たまに言っちまうんだよ。ただの合わせ言葉だ。口悪くと、口うるさくを合わせただけの単語だ。昔うっかり漏らしてそのまま口に定着しちまってそれ以来だ」
「そうだったのですか・・・それでは少し待っていて下さい」
「え?何で?」
聞く前にエリカはベランダから消えて部屋に入ってしまった。
カラカラと窓が閉まる音を聞きながら「何なんだ一体」と口から溢れる。
待っていろ、と言われても何故にどうして待たなければ分からず、隣をじっと見てもエリカから返事は帰ってこない。
(・・・中入ってもよろしいですかね?紅野さんや?)
待てと言われて犬のように待ってはいるものの、肌寒くなってきたのでそろそろ中に入りたいもので、というか、何故こうも律儀に大人しく待たなければならないのかの理由が自分でも分からずますますイライラしてきた。
しびれを切らして部屋に入ろうとしたその時、玄関の方から電子音が聞こえた。冬華の家に、滅多に来ない来客が訪れた。
この時間で来客など一人しか心当たりがない。
何故玄関からと思いつつ、部屋に戻り一ヶ月でゴミばかりになったリビングを歩き、玄関に向かう。
確認するまでもないが、歩きながら目を閉じてエリカかどうか感覚を感じる。これも一種の魔術だ。波長のようなものを流し出して無くしたものを見つけるのに非常に役に立つ。
冬華の師匠からは、「お前は空間認識能力と物事を考える頭、想像力が軒並み優れている」と言われた事がある。
実際、この天性の力で役立ってきたことは多い。これも先祖の血が影響しているのだろうと思うが、今はすごく感謝している。
目を瞑りながら床に落ちているゴミを避け玄関まで辿り着く。
チェーンを外して扉を開けるとーーーー思った通り、冬華の目線よりかなり低い位置に美しい赤い髪がそこにはあった。
「・・・・なんだ、それ?」
「貴方のだらしない私生活が垣間見得たので、久しぶりにお食事を一緒に共にしようと思いまして」
エリカの手には何やら大量の荷物が握られていた。
「・・・いや、だから別に良いって」
「ダメです。それに、この一ヶ月でまた部屋がゴミ屋敷に戻ってしまったようですし、一緒に片付けをします」
そう言って冬華の静止も聞かずにズンズンと家に上がりリビングの方へ歩いていく。
それについて行く事しかできず後を追う。
リビングに着いたエリカは机の上に荷物を置き、冬華の家の現状を見てとても深いため息を吐く。
「酷すぎです。折角先月片付けをしたばかりなのに、生活能力が欠けてるんですか?」
ずばりと心に刺さる冷たく言い方のきつい言葉は先月から一緒だったが、何となく前より柔らかく感じた。
以前に比べて警戒心も薄まっているようなので、ある程度信用はしてくれているので安心するが、口の悪さは精度が上がっている。
何も言い返せずに押し黙っていると、エリカが机に置いた袋から何かを取り出した。
どうやら今晩の食材らしい。材料を見るに今日はカレーをするのだと予想ができる。
無言で怒りをあらわにしながら作業を進めるエリカのそばに近づき手伝う事にする。
「・・・・俺もやる。カレーなら割とやった事あるからすぐ出来るはずだ」
「・・・・はい、ありがとうございます。それでは私はサクッと野菜を片付けてしまいますから、お肉を切って焼いておいてくれませんか?」
「・・・了解した」
二人はキッチンへと向かい、夕食の準備を進める。
一ヶ月間何もしなかっただけだが、長らく会話もしていなかった妖精様と再びこうして隣に立ち夕食の準備ができるというのはなんだか嬉しいものだった。
冬華がこの一ヶ月間感じていたモヤモヤとした憂鬱感はいつの間にか無くなり、心が軽い気分だった。
ゆっくりと作業をしているエリカを見てお伽話のように、妖精は本当に気まぐれをどこにでも落としていくんだなと冬華は思った。
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