06 王子と妖精様の休日・夜編






エリカからメッセージを受け取った頃にはもう6時になっていた。

届いたメッセージを開いて文章を読む。


『星川さん、大変遅くなりました。7時前には駅に着きますので、もう少しお待ちになっていてください』


そのメッセージを受け取ったと同時にクローゼットから少し厚手のパーカーを取り出し羽織り、もう一つあったかい青色の上着を取り出す。スクエア型の伊達眼鏡をかけて、髪に手を当てる。


するとたちまち真っ黒い髪の色が、少し紫ががかった色に変化した。

これなら誰も冬華だとは気づかないだろう。パーカーを頭に被り外に出る。

髪の毛の色を変えたのもちょっとした魔術だ。

変身魔術を髪の毛だけに施す、簡単で初歩の初歩の魔術だ。それでもだいぶ神経を使うので疲れるには疲れる。


冬華の住んでいるマンションから駅までは30分ほどかかる。

7時前には着くとのことなので、出来るだけ急いで駅まで向かう。


30分ほどして駅に着いたので、エリカが来るまで中に入らず外で待つことにした。

駅をちらちらと見ながら待つこと10分。

駅の入り口からエリカとその友人だろうか、4人ほどおり、その真ん中にエリカが立っていた。


友人に向ける笑顔は妖精様の笑顔だったので、少し意外だった。友人だからと言って、誰にでも素の顔という訳ではないのだと思った。

友人4人と別れてエリカは1人、まっすぐ冬華に近づいてくる。


その横を通り過ぎたので、流石に気づいていないと思った冬華はエリカに声をかける。


「よう、紅野。意外と早かったな?」

「・・・どちら様ですか?勧誘やナンパならよそでやって下さい」

「ありゃ」


予想通り辛辣というか警戒心ダダ漏れの冷たい顔と態度でこちらに振り帰ってきたので、肩を竦める。

やっぱり気づかれていなかったので、慣れない眼鏡を外す。

眼鏡を外した冬華を見てエリカはお化けでも見たように驚いた。

髪の色はそのままだ。フードを被ってるので見られないが、今戻せば普通の人間ではない事が疑われるからだ。



「あっ・・・ほ、星川さん?ですか?」

「まぁな。流石に変装してたら分からんよな。外でお前と会うんだから誰かに見られて変な噂立っても嫌だからな」

「す,すみませんでした!失礼な事を言ってしまって。・・・でも、どうして此処に?」

「・・・・だって、こんな時間に女の子一人を家まで歩かせる訳にはいかねぇだろ?」


冬華は顔を赤くして頭を掻きながらエリカから目を逸らす。

実際こんな事をして照れ臭いので、かなり居た堪れない。

それを見たエリカは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「・・・・ふふっ。星川さんは優しいですね。ありがとうございます、お迎に来て頂いてくださって」


だが、次には笑い出していた。

以外、だったのだろうなと思う。実際に、冬華はこんな事はまぁ滅多にしない。


だけど、普通の女子を暗い中一人で帰らせるのは心が持たなかったので、冬華が迎に来たという訳だ。


「・・・・寒いな」

「・・・・はい。まさか、ずっと外で待ってたんですかで?」

「まぁな」

「手、冷たいじゃないですか!春とはいえ今日はかなり夜は冷えるので気をつけてください。病み上がりなんですから」


いきなり手を握ってきたのでドキッとしてしまったが、エリカは何も気にしていないようだ。

冬華の冷たくなった手をぎゅっと握りしめて必死に温めてくれている。

手を離して欲しいものだったが、今は水を刺すのはやめておこうとエリカが満足するまでさせる事にした。


「・・・・ふぅ、大分温くなりましたね・・・あっ、す、すいません、急に勝手な事を」

「いや、俺の体を気遣ってくれたんだろ?むしろ感謝するよ。ありがとうな。・・・・でも次からはよく知らん男の手なんか急に握るなよ?勘違い野郎は出てくるぞ」

「すみません、気をつけます」


エリカに軽く説教のような事を言ったが、冬華は顔をエリカからずっと背けている。

どうにも気恥ずかしくて顔を直視するのが難しい。不自然ではないくらいの態度で接して、エリカに握られていた手を下ろす。


「ほら、春とはいえその格好は冷える。一応上は、着着とけ。その格好は少し寒いだろ?」


冬華は慌てて持って来ておいた上着をエリカに渡す。

受け取ったエリカは無言でそれを受け取り、ゆっくり上着を羽織る為,手に持っていた荷物を一度地面に置こうとしてその手を止めた。


びっくりしてエリカは冬華を見ると、冬華は無言で荷物を全て持ちエリカが服を羽織りやすくする。

冬華の服のサイズなので、小柄なエリカではかなり大きく袖のところは捲らなくてはいけないレベルだった。


エリカは上着の袖を捲り、「行きましょうか」と、歩き出す。

冬華も眼鏡をかけ直しそれに続き、エリカの前を歩く。


何故前なのかは言わずもがな、冬華がもしエリカと歩いているのがバレれば、色々と面倒くさいからだ。


それに彼女とはそこまで仲良くない。ならばそれなりの距離を取るのが普通だろう。


距離としては冬華の歩幅5個分空けるつもりだったのだが、この時間帯は車の通行量も多く、いくらガードレールがあるとはいえ、かえって危なく、人通りも多いので側を離れるのもいなまれる。


だから冬華はエリカの所まで戻り、ボディーガードとして傍にいることにした。

そもそも、一人で暗い中歩かせない為が目的だったのに、距離を取って帰るなど何のために来たのか危うくなってしまうとこだった。



「所で、何で今日遅くなったんだ?」


駅を出て10分ぐらい経った頃、ふと疑問に思った事を聞いてみた冬華は、スマホの時間を指さして聞く。


「実はお昼頃強風が吹いて電車が全て運休となってしまって、帰れるようになるまで時間がかかっていたんです。向こうに行っている間も風が何度か吹いて電車も何回か止まってましたし」

「そうなのか。寝てたから風なんて吹いてたの知らんかったわ」


実際その時間はぐっすりと熟睡し、昔の夢を見ていた時間帯だろう。

強風が吹いた痕跡はあたりを見渡してもなかったが、どうやら山地風辺りだろうと思いながら欠伸をする。


「朝から寝てたんですか?寝るのも良いですが、寝すぎるのも体に悪いですよ?」

「・・・へいへい。しゃあねぇだろ?眠りが深くて起きられなかったんだから」

「昨日も高熱で魘されてかなりの間寝ていたのに。知りませんよ?寝過ぎて不眠症になっても」

「・・・・気をつけますよ」

「・・・・なら良いのですが・・・」


いまいちやる気のない態度の冬華と、呆れた表情と声できつく返すエリカ。

冬華がエリカと話していて思う事は、【相性最悪】。


この四字熟語が頭に浮かぶ。自分の性格を叱咤してくれるのはありがたい事だが、真面目な性格のエリカではどうあってもだらしないダメ人間性格の冬華とでは意見が重ならない。


ままならないものだな。と、内心で少し諦め姿勢になりエリカの隣を歩く。


その後は会話もなく、無言の空気感が二人の周りにはあった。

此処まで近くで歩いていて何故意味ありげな瞳でこちらを見てくる人が居ないのかは、冬華の魔術のおかげだ。


一種の認識阻害のようなものだ。

と言っても、それは二人を認識されないようにするような大掛かりなものではく簡単なものである。


エリカの髪の色は目立つので、周りの人達がエリカを見ても見たような気がしただけという認識にしたのだ。

因みに冬華自身には使っていない。

あくまでこれはエリカを中心にした認識阻害の為、エリカの近くにいればある程度の影響は受ける。


しかしこの魔術の利点は近くにいる人間には効果を絶大的に及ぼすが、遠目から見られると丸裸も同然なのだ。

更に言えば、人間は目が慣れてくる生き物なので、そう何度も見ていれば自然とエリカを認識できるようになってくる。


出来るだけ見られない事を祈りながら家へと急ぐ。

気を張りながら、ようやくマンションに辿り着いた時にはもう7時を過ぎていた。



「・・・・ただいま~っと」

「お邪魔します」


靴を脱ぎ家の電気を消してリビングの机にエリカの荷物を置く。

エリカも冬華に付いていき、来ていた上着を脱いで椅子にかける。


「星川さん、迎へに来て頂いてありがとうございました」

「なんだ突然?別にいいよ。俺がしたくてしただけだしな」

「・・・そうですか。ではそういう事にしておきましょう。でも、感謝はさせて下さい」

「へいへい」


深々と頭を下げてきたエリカを軽くあしらえば、冷たくなく、しかし少しつんとした返答が返って来たが、今日の朝よりは和んでいる事に気がついた。


あえて指摘はせず、キッチンへと向かう。

エリカも夕食の事を思い出したように慌てて跡をつけてくる。


「すみません、すぐに夕食の用意を・・・え?これは?」

キッチンの上を見ると、夕食の準備はすでにもう殆ど済まされており、残りはもう焼くだけと盛り付けるだけになっていた。


エリカはそれを見て何事かと目を丸くして傍で準備をしている冬華をじっと見ている。

視線に気がついた冬華は不敵に笑いながら準備を進める。


「お前が帰ってくるの遅いって聞いてたから、どうせならこっちでやっとこうと思った次第でな。昨日看病して部屋の掃除もしてくれたんだから、これくらいはしとかねぇとバチが当たるからな。メニューを見て今日はハンバーグだと思ったから、早めに買って早めに準備したから後はもう焼くだけだな」


冷蔵庫から形の整ったハンバーグを取り出し次々とフライパンの上に乗せて焼いていく。


「・・・・あっ、て、手伝いますよ。作って頂いてありがとうございます!」

「あ~、じゃあ皿出してくれ。ハンバーグとサラダ盛るから。後、あまり出そうだからもう一枚でかいやつと、味噌汁用の皿頼む」

「は、はい。分かり、ました」


冬華に言われるがまま食器棚から次々と皿を出して冬華のすぐ取れる場所に置く。

基本フライパンでハンバーグを焼いた時は少しだけ放っておく冬華だが今回ばかりは真面目に作るべく、フライパンの前から離れる事をしなかった。


その姿を見て表情をころころと変えないエリカは冷や汗を流し、じっと冬華を見ている。


いい感じに焦げ目がついてきたらひっくり返し、またしばらく待ってひっくり返す。

その動作も澱みなく手際がいい。

あっという間に夕食が完成し皿に盛り付けを済ませ配膳して席に着く。


そしていつも通り、ではなくエリカがいるが変わらず手を合わせて感謝の言葉である「いただきます」を言ってから食事に入る。

エリカも恐る恐る手を合わせて「いただきます」と言って丁寧にナイフとフォークを使ってハンバーグを一口サイズに切って口に運ぶ。


冬華は我ながらという顔をしてうんうんと頷く。

エリカも余程美味しかったのか、それとも意外だったのかは分からないが、なんとも言えない表情をしていた。


「・・・・口にはあったか?」

「・・・・・聞くまでもない事を聞かないでください。・・・とても美味しいです。私よりもとても」


エリカは顔をほんのりと紅潮させて少しカリカリしてハンバーグをさらに口に頬張り、目を逸らす。

冬華はそれを見て面白すぎて口を押さえて笑った。

エリカは冬華が笑っているのを見て不服そうに頬を膨らませて怒っているのが分かる。


「でも本当に、美味しいですよ。お料理もできるんですね。・・・でも、何でこんなに美味しい料理ができるのに何でしないんですか?」

「・・・・する気がない、というかやる気がない。面倒いし」


罰が悪そうに目を逸らし味噌汁を啜る。

実際本当にやる気がないので、実際家事なんてしないし、プロ級にできるのだが、これでもかというほどやる気がないのだ。


このままではいけないとは思うのだが、本当にやる気の問題なのでやる事は滅多にない。

ジト目で見てくるエリカを他所に、ハンバーグを食べ続ける。


「星川さん、一人暮らしをするのですからそういったことは改めるべきだと思いますよ。

あんなに部屋が汚くて、足の踏み場も無くて、おまけに料理はサボりまくり。こんな自堕落ダメ人間は初めて見ました」


ズバリとかなり心に刺さる毒舌をかましてきたエリカにぐぅの根も出ない程言われ、何も言い返せない。


「でも、今日の手際はとても良かったですし、慣れた手つきのそれだったので、教えてくれた方がよかったのですね?」

「・・いや、色々な社会の事は教えてくれたけど師匠自身、今の俺と変わらないくらいの自堕落な人だったから、料理は自然とできるようになったよ」

「それはまた、随分と凄いですね。それで何故今やらないのかは理解に苦しみますが」


残りのハンバーグもエリカは一気に平らげ、二つ目のハンバーグを食べ始める。

冬華は「よく食うな」と小さく呟いたが、聞こえていたようでエリカはまたもや顔を赤らめて「放っておいて下さい」と言って脛を蹴って来た。スリッパで更に女の子なだけあって力は弱かったが、それなりに痛かったので静かに悶絶する。


結局余るだろうと思っていたハンバーグは、冬華よりもエリカがほとんど食べてしまい無くなってしまった。


夕食の片付けだが、エリカが「夕食を作ってくれたので私が片付けをします」と率先してやってくれたので、任せる事にした。


片付けが終わったエリカは冬華の座っているソファの隣に座る。何故隣に座るのかは分からなかったが、二人は黙ってテレビを見る。


しかし長い沈黙に耐えかねたのか冬華が急に席を立ちリビングへと向かう。

エリカは何事かと思い立ち上がるも、それに気づいた冬華が「座って待ってろ、すぐ終わる」とエリカを静止する。


エリカは言われた通りソファに座りなおし、待つ事5分。冬華が何やら小さなバスケットを手に戻ってきた。

冬華はそれを身の前の机に置く。

何だろうとエリカは冬華が持ってきた物を見て驚いていた。


それは、小さなバスケットに入った色々な形をしたクッキーだった。それも二つ。


「こ、これ、どうしたんですか?」

「ん?お前から連絡もらった時に、どうせ時間余ると思ってたから、折角なら作ろうと思ってさ。よかったら食べてくれ、女の子は別腹なんだろ?」

「・・・・い、いただきます」


何やら反論がしたくてもできないエリカは恐る恐る冬華のクッキーに手を伸ばし、口に運ぶ。

一口食べた瞬間から美味しかったのか、もうすでに一枚を平げすでに3枚目に突入していた。


どうやらかなり気に入ったようだ。

見る見るうちに無くなっていき、もっと作っておけばよかったと後悔した。

何せ、もう殆ど残っていないからだ。

9割がた食したエリカは満足した笑顔を浮かべていた。


それを見た冬華も自然と笑みを溢し、最後に残った一枚を取ろうとするが、ふとエリカを見るとしょんぼりとした顔でこちらを見てくるので取るに取れず、「最後食えよ」とぶっきらぼうに言ってエリカにクッキーを譲る。


最後の一枚をちまちまゆっくりと食べるエリカを見て、ハムスターみたいだなと思った。


「クッキー、美味いか?」

「・・・・本当に意地悪ですね。美味しくない物をこんなに沢山食べませんよ。・・・でも意外です、お菓子作りもできたんですね?」

「料理ついでに勉強したんだよ。さっきのクッキーは看病してくれたお礼だ」

「ありがとうございます。ご馳走さまでした」

「・・・・お粗末さん」

妖精様の笑顔ではなく、完璧なまでの素の笑顔でお礼を言ってくるエリカに少しばかり見惚れてしまい、目を背けながらつれなく返事を返す。





その後は何事もなく時間が進み、気がつけば夜の9時になっており、エリカは自宅へと帰宅するため玄関へと言ったので、見送りをする為に冬華も玄関へ行く。


「では、今日はありがとうございました。また何かあれば、声をかけますね」

「・・・・何かあれば、な。朝も言ったろ?余程のことなんてなければ関わりなんてないよ」

「そうですね。・・・おやすみなさい」

「おう、おやすみ」




二人は玄関で別れ、冬華もその後は風呂を済ませて眠りについた。

不思議なことにこの日以来、エリカとは暫く全く話す事はなくなってしまう事は、今の冬華には考える余地もなかった。



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