05 王子と妖精様の休日・昼編
目を閉じてからどのくらい経ったのかは分からない。
それでも今も尚冬華の意識は覚醒しない。
ゆっくりと眠りについたせいか、いつも見る夢を見た。
しかし今度の夢は先祖の記憶ではなく、冬華自身の記憶だった。
この日は今から五年ほど前、師匠である人に修行をつけてもらう前の頃の事だ。
その日は偶々夏休みで、師匠に言われ山籠りをさせられて最初の日。
「・・・・もうちょっとちゃんとした魔術を扱えたらいいんだけどな。中々むずい」
この頃の冬華は真っ直ぐに魔術の勉強に明け暮れていた。師匠のような人間になりたいと思っていたからだ。
森の中で座り込み、魔術本に齧り付き唸る。
どうにも上手くいかず、ただ悩んでいた日々に少しの転機が訪れた。それはーーーーーー
「・・・・ねぇ、こんにちわ。貴方は誰?」
「・・・・え?」
突然声をかけられて振り返ると、そこにはこの時の冬華と同い年くらいの少女が立っていた。
髪の一本一本がとても綺麗な白縹色の腰くらいまでの長さの髪の少女だった。
左側の頰当りの髪は三つ編みに結ばれており、
後頭部あたりの髪をまとめてポニーテールにしている。結び目の部分には黒い大きなリボンが付いている。
瞳の色は唐紅でとても眩く、服は白色のワンピースを着ていて如何にもお嬢様といった感じのする少女だった。
冬華は見惚れて惚けてしまい口をあんぐり開けていた。
「ねぇ?聞いてる?君?」
「・・・・え?あ、ああごめん。俺は・・・ここで修行してる星川冬華だ。よろしく」
「よろしく、トウカ。私はアグレイシュナ・ホーリーグレイル」
「お、おお。よろしく」
手を差し伸べられたのでそれを強く握り返して握手をする。
彼女の笑顔はなりより太陽以上に眩しかった。
それから夏休みの間、アグレイシュナは毎日遊びに来て冬華と一緒に魔術の勉強や、彼女が提案した遊びを色々とやらされた。
彼女の家も代々魔術士の家柄らしく、偶々家族でこの森を訪れていたそうだ。
毎日のように振り回されていた冬華も最初は、何だこいつ?と思っていたが、次第に心を許しており、いつの間にか【レイナ】と呼ぶようになっていた。
だが、長いようで短い時間は突如として終わりを迎える。
夏休み最終日、レイナは誘拐された。
1人誘拐した犯人のアジトに突入した冬華はそこで誰も想像できないような地獄を見た。
そして、その日。8月31日、この日も特に暑かった事を覚えている。楽しかった日々はたったの一日により黒く塗りつぶされた。
レイナは二度と冬華の前に現れる事はなかった。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
夢から覚めて目を開けると天井が目に入った。
最悪だと、ボソリと言いながら体を起こしキッチンへと向かう。
冷蔵庫からお茶を取り出し一気に飲み干す。
「・・・・あんな夢、久しぶりに見たな」
冬華は空になったコップに穴が開くほど睨みつける。
あの夢の続きはいずれ見るかもしれないが、今は見ても苦しいだけだ。
それに、レイナを失った時の記憶は今の冬華には無かった。
余りにの絶望に打ちひしがれて記憶の一部を欠損してしまったのだ。
記憶にあるのは1ヶ月、レイナを失った日以外の記憶はあるのに、あの日のだけの記憶がない。
それからというもの、冬華は魔術の勉強こそすれど、意欲を持ってする事をしなかった。
例え目標があったとしても心の支えとなるべきものが無ければ何をしても意味がなかった。
あの日以来冬華は人を避けるようになり、積極的に輪に入るような事はしてこなかった。
無意識のうちに、失う事を恐れたからだ。
深くため息をついてソファに座り込みスマホを見ると、メッセージが入っていた。
何と紅野からだった。時間を見ると今は14時で何かあったのかと思いメッセージを見る。
『星川さん、いきなり連絡してすみません。実は今日の帰りなのですが、予定より遅くなりそうなのです。ですから帰ったら夕食は作りますので材料だけ買っておいてください。
あ、食材のメモは机に置いてあります』
ソファから立ち上がり机の上を見る。
こうなる事を想定していたのかは分からないが、準備がいいなと感心する。メモ用紙に書かれた綺麗な文字をざらっと見た感じ、今日はハンバーグをするつもりだったのだろう。
「・・・・ま、看病してくれたしな。これくらいは返さないとな」
冬華はスマホと財布を机の上に置き、先ずはシャワーを浴びてから出かけることにする。
昨日から汗を流していないので、ベタベタというよりは少し気持ち悪い。
20分間シャワーを浴びて着替える。
黒インナーに黒の上着を羽織る。ポケットが普通のズボンより付いているズボンを履き、腰には小さなポーチを数個つける。
必要な物を持って家を後にする。
家から目的のスーパーまでは片道15分ほどかかる。余り時間もないので、早足でスーパーに入り頼まれた物を買うためスーパー内を歩き始める。此処には何度かきているので、何処になにがあるかは分かる。
テキパキと食材を箱に入れていき、全て入れ終わった後に、冬華はなにを思ったのかレジに向かわず少し別の場所に寄り道をしてから会計を済ませる。
家へと帰ると買った今晩の食材を取り出し冷蔵庫にしまう。
まだ時間があるので、冬華はソファに座りじっと時間が来るまで待つ。
暫くして時計を見ると針が指す時間は3時半。
「さて・・・・やるか」
冬華はソファから腰を上げ、服の腕を捲り上げ冷蔵庫から買ったばかりの食材を取り出し、キッチンの空きスペースに並べる。
玉ねぎとにんじんをみじん切りにしてざるにいれ、上の棚からかなり大きいボールを取り出しその後に、フライパンに油を注ぎ切った玉ねぎとにんじんを炒める。
色が変わるまで炒めた後は少し放置して、先程取り出したボールにひき肉に塩胡椒を振り、パン粉につなぎの豆腐を入れる。冷ました野菜と卵を入れる。
その後はひたすら揉んで混ぜ尽くす。
手が冷たすぎてちぎれそうな思いをした。
この分なら冷蔵庫ではなく、外に出しておけばよかったと後悔した。
混ぜ終えたらラップをして冷蔵庫に入れる。
常温のまま放置しておくと肉が熱にやられるからだ。
だから、先にしてしまいたい事を済ませる。
エリカの代わりに夕食の準備をしてから2時間。流石にエリカ程早くはできないが、まあ予定通りの進みではあった。
ハンバーグは形を作るだけでまだ焼かずにもう少しだけ寝かせる。
別件でやっている事も、もう少ししたら焼き始める為準備をしておく。
エリカが帰ってくる予定の時間までにはまだ余裕があるので暫し休息する。
ベランダに出て棒キャンディーを食す。
「・・・久しぶりやったな、料理。今までは面倒くさくてやってこなかったけど、できる事は役に立つもんだな。・・・・レイナ」
自分の今日やった行動について考える冬華は無意識の中、かつて隣にいてくれた少女の名を口にした。
空を見上げると、一番星がキラリと光る。
心地よい春の風が体に靡き風を体で感じる。
冬華は自分の今までやってきた事を振り返る。決して褒められたものがある訳ではないが、それでも自分のやってきた事は無価値になる事はない。
そう自分に言い聞かせてガリっと飴をかじる。
飴をかじったと同時に、スマホが鳴ったので取り出すとエリカからメッセージが届いた。
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