04 王子と妖精様の休日・朝編
次の日、まだ桜の咲いている外を見て、もう次の日なのかと実感する。
自分の体の体調を感じてみると、何も辛さを感じない。完全に熱が引いたようだ。
まさかあれ程の高熱から熱が半日で引くとは思っていなかったが、思いの外体は頑丈だったようだ。
時計を見れば今は朝の9時。丁度良い時間だ。
水でも飲むかと思いリビングに出る。
リビングを目にして視界に入ってきた光景を見て後ろから膝かっくんされた衝撃が走った。
何と昨日見たはずの美少女、紅野エリカがキッチンに立っていたのだ。
突然の事で理解が及ばず頭が追いつかなかった。
まだ熱でもあるのだろうかと自分に訴えかけるがなんて事ない体調なのでどうやら正気のようだ。
キッチンにいたエリカは冬華に気づいたのか、そばに駆け寄ってきた。その動作が余りにも可愛すぎたので、喉の奥で唾が詰まった。
「おはようございます、星川さん」
だが動作とは裏腹に態度は昨日と全く変わりのないエリカだったので何処か安堵した。
「お、おはよう。何でお前俺ん家に上がり込んでんだ?」
「実は・・・星川さんの家の鍵をそのまま持って帰ってしまっていたようで、それに気づいたのが今日の朝だったので、返すついでに朝食を作ろうと思いまして」
「あ~・・・悪りぃ、忘れてた。・・・すまんな、ありがとう」
エリカが手渡してきた家の鍵を受け取る。
それをズボンのポケットに入れる。
机の上を見ると出来立ての朝食が目に入った。
これはまた豪華だなと目を向く。
小さくカットされた野菜たっぷりのサンドウィッチにウインナーにプチトマト、卵焼き、コーンスープ、小皿に盛られたサラダ。
まさに夢のような朝食が今目の前にある。
よだれが出てきた。昨日は夕食しか食べていないので正直腹ペコだった。
エリカは冬華の空腹を察したのか、エプロンを椅子にかけ脱ぎ向かいの席に座る。
冬華もつられるがままに席に座り、両手を合わせて日本人が使うこの世の感謝とも呼べる言葉を口にする。
「・・・・いただきます」
手を合わせて深々と頭を下げたのちにサンドウィッチを手で掴み口に頬張る。
野菜メインではあるが、みずみずしく野菜本来の味が出ている。
一言で言うと美味い。その一点に尽きるというものだ。
エリカは何故か手を進める事なく冬華を見ている。その視線に気づいた冬華はどうしたのかと不思議に思い、考えると一つの答えに辿り着いた。
「・・・おいしいです。ありがとな」
「・・・・はい、ありがとうございます」
口に入れたサンドウィッチを飲み込んで上っ面ではない感謝の言葉を述べる。
それを聞いたエリカは昨日オムライスを食べて感想を伝えた時と同じ顔をしたのを冬華は見逃さなかった。
作った側の人間からすれば、感想を言って貰うのが何よりのご褒美と冬華は母親に聞いた事がある。
結婚する前はラブラブだったのに、結婚して何年も経った夫婦が離婚するのは、誉めなかったりや甘やかしてあげさせないなど諸々あると、以前父親にも言われていた。
まぁ自分とエリカは夫婦ではないのだが、と心の中で頷く。
兎に角、感想を言った事に満足したのかエリカは小さく手を合わせて「いただきます」と言って料理を食べ始める。
食べる所作を見て思ったが、動作の一つ一つが綺麗だった。
エリカを見て放心状態になっていると、エリカの座っている椅子の後ろにあるエプロンを見てふと思った。
「それ、・・俺のエプロンか?」
「え?・・・・あ、はい。昨日掃除したら出てきて、使った形跡がほとんどなかったので折角なら使われてもらおうと思いまして。すみません、勝手に使用してしまって」
「いや、別に良いよ。何ならやる。予備にでも何でもしてくれ」
「・・・・・はい。ありがとうございます」
ぶっきらぼうに答えたのに、何故かエリカからは少しばかりトーンの高い言葉が返ってきた。
そんな態度を取られると何処かやるせない気持ちになる。
更に、自分のエプロンを付けたエリカを見てみたいという欲が口から溢れそうになったが、何とか生唾を飲み込んで押さえた。
健全な男子ならば、こんな美少女のエプロン姿を見て見たいと思うのが当然でロマンがある。
見て見たい気持ちが9割なら、その気持ちを抑え込むのが1割だが、今回はその1割が勝った。
何故なら、こんな美少女が一傍観者みたいな人間と関わっている事自体があり得ないからだ。
少なくとも入学式の日は、あたりのきつい人間だと思っていた。実際話してみると予想は当たっており、世間一般では誰にでも愛想良く振る舞うのが普通らしいが、冬華からすればちょっと口の悪いエリカが普通になってしまった。
そんな彼女があの日、何をしていたかは知らないし、今は聞く気にもならない。
だから適当に彼氏と喧嘩でもしたのかと思ったので一様聞いてみる。
「何で入学式の帰りに公園に居たんだ?あんな真夏の天気の中。まさか、彼氏と喧嘩でもしたのか?」
興味はかなりあるが、そこまでガツガツ行く中でもないので、興味ないですオーラも出しながら聞いてみる。
安直な内容だったかと思いエリカを見ると、エリカの顔は呆れ顔をしていた。
「生憎と、彼氏なんていませんし作る予定もありませんよ」
「え?・・なんで?」
「では聞きますが、何故私が交際してる前提の話になっているのですか?」
「いや何、ファンクラブやら何やらあるなら1人や2人いるものと」
「決めつけないでください。私は今は本当に、そういった相手を作る気はありません」
どうやらエリカにとっての地雷を踏んでしまったようだ。昨日とはさらに比べ物にならないほどの凍てつく吹雪を食らっている感覚が背中に走った。
その程度なら風邪のせいだと思ったが。
「いませんし、何人もの人と交際するほど節度のない人間になったつもりはありませんし、絶対にあり得ないです」
凍てつく吹雪から豪雪の吹雪に大気温度と体内気温が下がったと錯覚してもおかしくないレベルには恐らく気温が下がっただろう。
それ程までに、エリカの美しいサファイア色の瞳は氷のように冷たい目に変わり、深淵を覗いているように見えた。
これ以上それを見ていると心なしか冬華の心も押しつぶされそうに感じた。
「ごめん、そんなつもりはなくてだな。謝る」
「・・・・いえ、私の方こそ熱くなってしまってすみませんでした」
ただ素直に頭を下げて謝罪をすれば凍え切った空気はすぐに元に戻った。
熱くなったというよりは、空気が凍り付いていたと言った方が正しいが、あえて言ったりははしなかった。
「入学式の日は、・・・・偶々、1人になりたくてあそこに居たんです。ちょっと忘れたい事があったので、熱にでもうなされれば忘れると思って・・・・でも、私を心配してくれた星川さんの方が熱でうなされてしまう事になるなんて思わなくて、本当に申し訳ありませんでした。以後気をつけます」
「・・・良いよ、それはもう。紅野の献身的な看病のおかげで今はもうぴんぴんしてるしな」
やはりというか、エリカは一から十まで罪悪感で看病していたらしい。実際、冬華は自分が勝手にして勝手に風邪を引いたのだからそこは気にしないで欲しかった。
「罪悪感やら何やらは気にするな。それに紅野と関わるなんてのはこれっきりだろうしな」
俯いて冬華の言葉の最後を聞いていたエリカは顔を上げて瞬きをして不思議そうな顔をしている。
関わるなんてのはこれっきりというのに引っかかったのだろう。
「だってそうだろ?特に接点ないし、何なら今まで喋った事すらないんだから。お前が妖精だか天使だか言われてるからって下心丸出しで関わるなんてことしねぇよ。俺があわよくばお前と良い感じになれるとでも思ってると思ってたのか?」
気まずそうに目を逸らしたエリカに、やはりなと苦笑いする。
だが、彼女の人付き合いを想像すれば、そういう事は日常茶飯事なのだろう。
大抵の人間なら、意中の相手にはまずは恩を打って関わっていこう、なんて考える奴が多くいる。
そういう事が何度もあれば、今の紅野の警戒するかのような性格も頷ける。
自衛、処世術のようなものなのだろう。それは責められたものではない。
まあ、あの口の悪さは元からのような気もするが。
「嫌だしめんどくさいだろ?お前だって。何でもない奴に構われるの」
「それは、まぁ」
「だろ?」
エリカ本人が肯定する事を分かっていたように、冬華はあっけらかんと返し、自分が肯定する事を見破られていたエリカは冬華を恨みがましげ見る。
そんな目をされても、やっぱりちゃんと人間らしい感情を向けてくれるのは良い事で、少しばかり嬉しい。
「それでいいぞ、お前は。という安心した。妖精様でも好き嫌いはあるんだなって」
「・・・・そう呼ばれるのは嫌いです。次からはやめてください」
エリカはそっぽを向いて両頬を膨らませる。
どうやら学校で広まっている二つ名はお気に召していないらしい。
その態度はまるで拗ねた子供のようだったので、冬華は笑った。
「・・・まぁ何にせよだ、用事はこちとらほとんど無いんだから声なんて滅多にかけないって訳だ」
きっぱりと言い切れば、エリカは関心のような目で見てきて、サファイアの瞳はとても優しい色をしていた。
朝食を済ませた二人は片付けをする。
流石に作ってもらっておいて何もしないというのは気が引けたので食器を洗うくらいはすると名乗り出た。
エリカはそれに対して、「まだ病み上がりなんですから、私も一緒にします」と言って2人で片付けをする事になった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
2人は無言で作業に没頭する。
冬華は皿を洗い、エリカが水気をタオルで取る役割だ。
冬華は皿の裏や持ち手のところを丁寧に洗う。
その作業をしばらく見ていたエリカが何を思ったのか冬華に以外な発言をする。
「・・・・星川さん」
「何だ?」
「・・・・星川さん、本当は家事とかできますよね?」
それを聞いて洗い終わった皿をエリカに渡す前に落として割るところだった。
目を丸くしてエリカを見ると、至って真剣な眼差しで冬華を見ている。
暫く黙っていたが、やがて観念するしかなくやむなしで答える。
「・・・出来るよ、それなりにはな」
「やっぱりそうですか。今の食器を洗う動作を見て手慣れているなと思いまして。・・・・どうして何も言わなかったのですか?」
「別に言う事でもないし、聞かれなかったしな。言っても得がないからな」
「いえそういう事を言ってほしかったわけではないのですが、・・・・その、昨日色々と文句を言ってしまったなと思って」
「え?どんな?」
朝食の時よりテンションが低く、顔を下に向けてしまったエリカを見て一体何を言ったのか気になり皿を洗う手を止める。
「その、・・・・一人暮らしなのにこの人は何でこんな堕落生活してるんだろう、このおたんこなすさんはって。酷いことを・・・・」
エリカは顔を真っ赤にしつつ、その場に崩れ落ちてしまう。
思っていた以上に酷い言われようではあったが事実だし、それに内容はともかくとして言動は可愛すぎて見ているだけで目の保養になった。
しかもおたんこなすって発想が小学生なので、ツボに入り笑いそうになるのを堪えた。
流石にこのままエリカを羞恥心で殺させる訳にはいかないので、食器を洗い続けながら答える。
「いいよ、それくらいの事はな。実際1人で暮らしててこの私生活は最悪だし片付けをろくにしてなかった罰は降ったけど、それを1人で掃除してくれただろ?だからいんだよ。気にしなくて」
ぶっきらぼうに答えすぎたかと少々考え込むが、エリカには届いたらしく、立ち上がり前向きな姿勢に戻った。
それを見てまた笑いそうになるがここも堪えることに成功した。
片付けを終えた後も少し動揺が残っていたのかエリカは暫く深呼吸をしていた。
それも10秒のうちに5回も。流石にやりすぎではと思ったが本人が落ち着くまでやらせようと見守った。
長い間の深呼吸が終わり、エリカはスマホを持って冬華の目の前に突き出してきた。
突然の事で驚き、エリカのスマホと顔を交互に何度も見てしまう。
何なんだ急にと思いスマホの画面を見ると、連絡先のQRコードと、それと一緒に電話番号の書かれた紙を渡してきた。
「・・・えっと?」
あまりの事に脳の処理が追いつかず、動きを止めてしまう。
一方エリカは呆れたようにため息をつく。
「連絡先を登録してください。貴方が先ほど言ったように、私達にはこれから関わりはないかもしれません。それでも何かあれば聞くなり何なりできます。それでいいので連絡先を交換してください」
最後にエリカは小さな声で、「貴方は信用できますから」。と、強い眼差しでそう言ってさらに押し付けてくる。
ここまで強気な連絡先の交換をしてきた人間を見るのは初めてだった。
事もあろうに学校の有名人は、こんなパッとしない男と連絡先を交換しようだなんて言ってきたのだ。
断る理由がないが、受諾する理由もないのもまた事実だが、ここで拒否をすればどんな反応をするか分からない。
ここは大人しく従い、スマホを取り出す。早打ちのようなスピードで番号を入力し、QRコードを読み取り登録完了した。
続いて冬華は電話番号を素早く書いてエリカに手渡す。受け取ったエリカはそれを打ち込み、また冬華が登録した際の通知が来たのか、友達追加のボタンを押す。
これでいつでもお互いに連絡を取り合える。
まぁ連絡を取ることなどまぁないのだが。
そんな事を思いながらスマホを眺めていると、エリカのスマホが鳴る。
どうやらメッセージが来たようだ。
「失礼しますね」とお辞儀をしてキッチンの方まで離れる。
数秒して戻ってきたので何なのかを聞いてみた。
「なんかあったのか?」
「え?いえ、友人の方に今日遊ばないかと誘われまして、行こうと思いますので私はここで失礼しますね」
「・・・お、おお。ありがとな、色々。助かったよ」
「いえ、どういたしまして。それより、一つ提案があるのですがいいですか?」
「何だ?」
「・・・・今日の夕食も、ここで食べてもよろしいでしょうか?」
信じられない言葉が耳に入る。冬華は今脳をショートさせ、驚いた魚のような目でエリカを見ている。
流石に動揺させすぎたのを察したのか、エリカはバツの悪そうに目を逸らす。
別に問題はないのだが、少しは警戒しないのだろうかと思う。殆ど知らない男の家になど態々好んで上がろうとはしないだろうと。
だが、今日の事で信用してくれたのなら嬉しいのだが、ちょっとは警戒してほしいものだ。
けれど断る理由というか、今日もどうせコンビニ弁当で済まそうと思っていたので、作ってくれるのならありがたい。
「・・・・いいよ。一緒に食べようか」
冬華は考えた末に優しく受諾した。
意外な返答に驚いたのか、一瞬硬直するがすぐに笑顔になった。
そんなに嬉しかったのかなどと、的外れな事を考えてしまうがそこは冷静になり我慢した。
「それでは、帰りは7時ごろになると思いますので、帰りに食材を買って帰りますね。念の為メモを机の上に置いておきますね。もし私の帰りが遅い場合はまた連絡します。それまで休むなり何なりゆっくりしていてくださいね」
「おう、分かった。気をつけてな、行ってらっしゃい」
「はい。それでは、・・・・行ってきます」
笑顔で手を振って冬華の家を後にするエリカに硬直する。
反則技レベルの笑顔で冬華を見るので、ライフは瀕死のギリHP1残った。
エリカが出た後、今日の夕飯は何だろうと考えながらソファにもたれかかる。
ぐったりしてそのまま目を閉じると、睡魔が襲ってくる。
昨日あれだけ寝たのにも関わらず、マダ眠れる自分の体に軽く恐怖するが、眠気に抗えない。
今日と昨日あった事は冬華とエリカだけの秘密だ。
こんな事を誰かに言っても信じてはくれないからもあるが、この特別な時間だけは誰にも話したくないなという意地も少しはあった。
エリカが帰ってくるまで寝ていようと睡魔に身を委ね、冬華の意識は徐々にと落ちていったのだった。
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