03 夢見る王子と看病する妖精様
至って普通の高校生の星川冬華は、実は見かけによらずかなり人間離れした所がある。
例を挙げるなら人に見えない物が見えたり出来たり、何か特殊な【夢】を見る事だ。
これは冬華が幼少時代からよく起こる現象で、何かは分からない夢を見るのだ。
ただひとつだけ分かるのは、その夢は数種類あり、どの夢を見た後の目覚めはどれも最悪と言って良いいという事だった。
そしてその夢は、今高熱で意識のないこの時にも見てしまうのだ。
ぼんやりとしてフワフワしている意識の中、今度はどんな夢を見るのだろうと、少しばかり気になってしまう。
暗闇の意識の中、今から見るであろう夢に集中する。
『ーーーーーおい、なーどもーーてるだー?』
『わかーーけーいだー。おーはしろーーなーだかー』
記憶があやふやなのか言葉のところどころが良く聞こえない。こんな夢は見た事がない。
ただぼんやり見えるのは、男と女という事だけで、後は全く分からない。
いつもこんな夢ではないのだが、今日の夢はとても分かりにくいもので正直困惑する。
この夢は冬華の家系の人間の記憶らしい。
冬華は特殊な家系の生まれで、尚且つ普通と言っては差し支えないが、ある意味では普通ではなかった。
冬華の家は代々、魔術などに関わってきた家柄だ。今風に言えば、【魔術士】と言うのが一番名残が強いだろう。
冬華の家は古くからの魔術士の家系で、今でもその血は絶えていない。
のだが、今は全く魔術も使えない一般人と変わりないのだ。魔術などを失った魔術士の家系は今となっては、特殊な体質などを持って生まれてくると言ったような感じだ。
しかし一部の家系では、血が強く反映されそこそこの魔術なら理解すれば使える者もいる。
冬華自身、その家系の影響なのか、優れた身体能力を持っている。また、魔術もある程度使用する事も可能。
だがそれを決して人前であまり明かしたりしない。その秘密を知っているのは春正と美紀と冬華の両親といったごく一部の関係者のみだ。
冬華はこの家系に生まれた事を後悔はしていないが、時々知りもしない人間の記憶を見るのは気分が悪い。
今寝ているこの状態でも夢はずっと見続けている。
今でこそ慣れたがやはり、気分は悪くなるものだ。
そんな長い長い夢を見て意識のない冬華は、今自分の家のベッドに横たわり魘されていた。
そんな冬華を見て心配そう?にそばで看病しているのは・・・・なんと、冬華の通う学校一の美少女にして【妖精】と崇められている紅野エリカがいた。
エリカは心配半分、呆れ半分といった顔をしている。
今何故こうしてエリカが冬華の家にいるのかというと、それは20分程前に遡る。
入学式の帰り、真夏の天気の中公園で一人ブランコに座っていたエリカに日傘を貸してそのあと少しの間真夏の日に照らされ、体調を崩した冬華は翌日の学校帰りに自分の家の前に立つ紅野エリカに出会い、エリカの家が冬華の隣だという事実を知ってその場で冬華が倒れてしまった。
といった簡単な感じが、20分前の事だ。
ぶっ倒れた冬華を何とか家に運び込み、そのままベッドに横にしたのだ。
それから手慣れた手つきで冬華の汗だくの顔を濡れたタオルで拭き、おでこには冷えピタを貼る。
わずか20分の間にこれだけの事が出来るとは、まさしく【妖精様】という二つ名に相応しいだろう。
しかしどれだけエリカが手を尽くしても、汗だくでうなされている冬華をどうこう出来るわけではない。
先程からずっと冬華は息を荒くして魘されている。それを心配するかのように眺めるが、エリカにはそれしか出来ない。
仕方なく冬華の部屋をチラチラと見れば、はぁ~と、深いため息を吐く。
「目も当てられませんね。此処は本当に人が住んでるんでしょうか」
冬華の部屋を見るなり、いきなりズバリと本音を言う。
冬華と初めて言葉を交わした時と同じくらいの棘のある言葉で、唯一の救いは今冬華が寝ていて意識がない事だ。
エリカはゆっくりと立ち上がり広い部屋を隅から隅まで見て回る。
本当に酷い有様だ。ゴミ屋敷と言っても差し支えない程に。
床には本やら服やら何かよく分からない物などが置いてあるというより捨ててあるのではと思うように置かれていた。
広い部屋がゆえに掃除も真面に行えていないようで、これでは体調を崩すのは理解できる。
「・・・・・少し、片付けをしましょう。星川さんは・・・まだ魘されていますけど、片付けの合間に冷やせば何とかなりますね」
そう言ってエリカは冬華が起きていない事を確認して制服の紺色のブレザーを脱ぎ、ネクタイを外してシャツの腕を捲り上げ、綺麗な赤い髪をポニーテールに纏めて本や衣類などゴミではなく、物を分かりやすく一つにまとめていく。
流石学校一の美女と言われるだけがある。
仕事に無駄が無く、効率よくかつ丁寧に動いている。
「・・・・どうしてこうも汚くできるのでしょうか。理解できません、これで今まで生きていけたのがすごいと思います」
家政婦、ではなく、妖精様、でもなく、救世主様は本人が起きていたらかなり心にぐさりと刺さる文句をぶつぶつと呪文のように言い続けている。
当のゴミ屋敷の主人が寝ているのを良いことに言いたい放題だ。
エリカは片付けの合間、30分に一回のペースで冬華を覗き込む。
たまに魘されている冬華の濡れタオルを濡れ治し額につける作業をしている。
彼女がここまでするのは恐らく、罪悪感があるのだろう。
自分のせいで冬華は風邪を引いてしまったのだから。
そんな真摯に看病をする姿はまるでーーー。
昔話などに出てくる、眠り続けている王子を優しく見守る妖精のように見える。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
長い長い夢から覚め、目を開けると其処には見慣れた天井があった。
体を起こし周りを見渡すと自分の部屋にいた。何があったのかよくよく思い出してみると、あっ、自分は倒れたんだと思い出した。
そうなると、運ばせてしまったのだろうかと一瞬心配する。エリカは冬華と違って上背があるので、重かったろうにと考える。
額を触るとかなりの量の汗が出ていた。制服のシャツ一枚だったのが幸いしたが、それでも背中までびっしょりだ。
あとで風呂だなと内心でうんうんと頷く。
そんな事を考えていると部屋扉が開く。目を向けるとそこには白が混じった薄い赤髪を持つ紅野エリカがスポドリを手に持って目の前に現れた。
起きていた事に驚いたのか一瞬エリカは目を丸くしたがすぐに冬華のベットに歩み寄り腰を落とす。
「おはようございます」
「・・・・おはよう。・・・・今何時だ?」
「午後6時ですね。かなりの間寝てましたよ」
淡々と答えたエリカはペットボトルの蓋を開けすぐそこにあったコップにスポドリを注ぐ。
それを目の前に出されたのでしっかりと受け取りゆっくりと飲む。
寝ていた事で頭がぼやけていたが、今ようやく理解が追いついた。
1日の4分の1は寝ていたので、体調は昼に比べてだいぶマシだし、いつもは夢を見た後目覚めは最悪なのだがいつもよりは調子がいい。
頭がかなりひんやりしている事に気がついたので手を当てれば少しだけごわついた感覚があった。この家には常備していない冷感シートが貼られていたので、エリカに目線をやれば「家から持ってきました」と少々冷たい言葉が返ってきた。
しかし次にエリカの横にある小さな丸テーブルを見れば、桶に入ったタオルがあった。
どうやら魘されている自分の額に、タオルを置いてくれていたのだろう。
何回も絞ったせいで、しわくちゃになった跡が見受けられる。
それだけではなく、この家には無い冷感シートやスポドリまで持ってきてくれたのだ。ただ単に感謝しかない。
「・・・ありがとな」
「いえ別に」
素っ気なくお礼を言えば、素っ気なく返ってくる。そんな両方同じ態度に苦笑するしかない。
「悪かったな。あの後倒れた俺を運んでもらって」
「はい。多少重かったですが、何とか運べて良かったです」
「でも、よく家に入れてたな?鍵かかってたろ?」
「・・・・・家に着くまで、鍵はちゃんと鞄の中に入れていた方が良いですよ?誰かに取られますから」
「・・・・・あ」
そういえば帰る前に家の鍵をポケットの中に入れていた事を思い出した。
今思い出したような顔をすればエリカは「全く、不用心ですね」とキツい態度で言いながらスポドリを冬華の持つコップに注ぐ。
冬華はそれを一気に飲み干す。
冬華はスポドリを飲み干して考える。
エリカは何故ここまでしてくれるのか?
殆どというか、全く知らない顔見知りなものかという位の関係なのにも関わらず。
いや、冬華は一つ思い当たる。それは、罪悪感なのだろう。
冬華は昨日日傘を貸して体調不良に陥った。実際はその後体調管理を怠った自分が悪いのだが、それでもエリカは自分が原因だと悟ってしまったのだろう。
だがここでもう良いから帰れとエリカに言っても聞き入れてくれまい。
何となくだが、彼女は頑固に見える。
コップをじっと見て考え込んでいる冬華を見てエリカが立ち上がる。
それに気づいてエリカを見上げる。
「どうかしたか?」
「・・・・体調の方は、だいぶ回復したようですね?」
「お、おお。まぁな」
「では一度薬を飲みましょう。食欲はありますか?何かお腹に物を入れてから飲むのが望ましいので」
「え?紅野の手作りですか?」
「他に作れる人いないでしょ?それと、汗びっしょりなので着替えて下さい。それと念のため熱も測って下さい」
エリカはそう言うとタオルと体温計を差し出してきたのでそれを受け取る。
冬華は汗だくなのでティシャツを脱ぎ汗を拭こうとする。
「ひゃっ!」
「え?・・・何?」
服を脱いだ瞬間エリカが聞いたことない声を出したので思わず体を止める。
「わ、わた、私が、部屋から出てからにして、くださいっ」
ほんのり声を荒げたエリカを見れば、選択するであろうタオルに顔を埋めている。
薄らと頬を見れば、ほんのり赤い。
別に女と違って男の胸板など隠すものでもないだろうと、冬華からしたら不思議だっだが、あまり異性の肌に免疫がないのだろう。
たかが前を開けただけで、妖精の顔をしていたエリカはわかりやすく乙女のように狼狽えていた。
真っ白い肌がみるみる内に赤くなり、タオルに顔を埋めてそっぽを向いてしまっているエリカを見てどうして皆が可愛いやら美人やら綺麗やら言う理由が少しわかった気がする。
(こんな顔されたら誰だってイチコロだろうに。でも多分こんな顔誰にもしたことないんだろうな。いつもなんか警戒心剥き出しの話し方に聞こえるからかだろうな)
冬華の思う事は事実で、エリカは基本誰に対しても少しツンとしたというより、猫を被ったような雰囲気があるのだ。
そう言うのを踏まえて学校中の人間はエリカを【妖精様】と呼んでいるようだが、冬華からすればもう少し心の内を知ってから二つ名を付けるべきだと思う。
実際見た妖精様は、かなり毒舌で冷たくて女の子にしては可愛げがないような子だが、割と面倒見が良くて、それなりに普通の女の子のような態度が取れる。
まぁ誰もが彼女の顔を見れば、可愛げがないと言いそうな反面、そのギャップがいいとか抜かす人間もいるので困ったものだ。
冬華はどっちかと言われると前者だ。
あれは可愛げが無さすぎる。
そんな事をぼんやり考えているとガチャリと扉が開く。
顔を上げれば両手でトレイを持ったエリカが真っ赤にして後ろを向いてしまった。
何故真っ赤なのか考えて自分を見ると、上裸だった。
そういえばと思い出し慌てて体の汗を拭き急いで側にあったパジャマを着る。
終わったぞとエリカに声をかけると若干困った顔をしながら振り返る。
顔はまだ赤くトレイを机に置き料理を取り分け始める。
「私がいない間に熱と体を拭いといて下さいと言ったはずですが?」
「悪かった。ちょっとぼおーっとしてたんだ」
やはり何を言っても冷たい態度で帰ってくるのでやれやれと思いながら体温計を脇に挟む。
眉間に眉を寄せたエリカを横目で見ながらふと思う。
エリカは美人こそすれ、別にそれ以外の感情が浮かばなかった。
確かに美少女に変わりないのだが、綺麗で可愛く、何でもできる完璧超人。ただそれだけ。
素晴らしい程の芸術作品を見ている一人間と言うべきか。
これ程までに出来た人間が看病してくれているなんて世の男どもが知れば発狂死か吐血でもしそうだ。
しかしながらエリカの普通の女の子のような面を見て言えば、普通に考えて、何の関わりも持たない男の看病などしないだろう。
これを好機に襲う男は数知れずいるのだから。
その危険性まで分かった上で看病をすると選択したのだから相当気にしていたのだろう。
それと相まって、冬華の態度があまりにも今まで見てきた男たちと違ったから警戒する事もないと判断したのかもしれない。
「あの、体温計鳴りましたけど・・・」
エリカに声をかけられて我に帰り、「わりぃ」と言ってひょいっと、体温計を取り出し画面を見ると三十八度七分と記録されている。
もっと下がっていると思っていたが思いの外高かったらしい。
病院に後一歩で行くレベルだが、思いの外体は辛くないので安静にしていれば何とかなるだろう。
「何度でしたか?」
「・・・ん」
体温計の表示を見えるところに出せばエリカは驚愕した顔をした。
「た、高いんですけど、大丈夫なんですか?気分とかは?」
「何ともない。確かにちょっとフワフワするけど別段、どうということも」
「そうですか・・・よかった」
かなり真剣な表情で心配されたので驚いた。そこまで心配されるとは思っていなかったので、冬華は拍子抜けした。
「食欲があるならこれを」
そう言って出されたのはお粥かと思いきやまさかのオムライスだった。
受け取りスプーンで卵を割るとご飯は良くあるチキンライスではなく梅チリご飯だった。
ほんのりと湯気のたつ梅チリオムライスを見て何故に梅?と思ったが風邪に良いからだろう。
「どうぞ、食欲も考えてチキンライスよりこちらの方がいいと思ったので。食べれるはずですよ?多分熱くはないはずですから」
「ん、さんきゅな」
受け取りいざ食べようとするも、スプーンをじっと持ったまま固まる冬華にエリカも訝っている。
「何です?私の料理が食べられないとでも?それとも、あーんを御所望ですか?残念ながらそんなサービスはお断りしています」
「んや、誰も言ってねぇだろ。・・・・何つうか料理も出来るんだな、と」
「それは一人暮らしをするのですからできないと困りますよ」
ちゃんと自活していないもとい、する気がない冬華には胸に痛い話だ。
「ですが、貴方は料理の前に部屋の片付けから始めた方がいいですね」
「えっ・・」
口に入れようとしたオムライスを一旦止めて部屋を見渡すと何だか違って見えた。
きちんと整頓されていた。服は散らばっておらず、雑誌や物なんかは机の上やきちんとあるべき所に戻ってある。
「これ、全部紅野が?」
「・・・ええ。貴方が寝ている間する事がなかったので。それと、溜まりすぎたゴミやリビングなんかも掃除機をかけておきました。これでもお昼から初めて三時ごろに終わったんですけれど」
昼から初めて三時なら凄いものだ。
冬華の家はいっちゃあれだ。ゴミ屋敷だったので、あの量を全て三時間で終わらせたのだ。
人間技じゃない。流石は完璧超人の妖精様といったところか。
感心しているとオムライスのことを思い出しパクりと口に入れると、滅茶苦茶美味かった。
ふんわりと蕩けそうな卵に酸味と塩味とそして卵の甘味が口いっぱいに広がる。
冬華は塩辛く味の濃いものが好きなので、この料理は大変好みだった。
「・・・・うまい」
「それはどうも。お口にあってなりよりです」
澄ました顔で言うエリカだったが、微かに笑みを浮かべていた。
今日の学校と、そしてこの家で見た顔とは全く違う、巣の笑顔を垣間見た気がした。
エリカの手元を見ると、エリカも自分の作ったオムライスを食べていた。
ご飯を見るとチキンライスだったので、そちらも気になった。
「なぁ紅野。そっちのオムライスもくれ」
「えっ?・・・別に良いですよ?食欲、意外とあるんですね」
「まぁな」
エリカから皿とスプーンを受け取り一口頂く。
思った通り、こちらも美味い。
一口だけというのはもったいない気がするが、残念に思いながらエリカに返すがーーー
「もう少し食べて良いですよ。食欲があるのは良いことですから」
冬華の心中を読んだのか許可を出してくれたのでもう何口が頂くことにした。
数口食べた後で返し、また再び梅チリオムライスを食べる。
口に入れるたびにうまい、うまいと頷きながら食べる。
それを見ていたエリカは嬉しかったのか、一瞬だけにっこりと笑う。
それをしっかりと捉えた冬華は見てはいけないものを見たような気がして不自然ではないように顔を背ける。
その後は特に何の会話もなく、無言でオムライスを食べ進め、終わった後は片付けをエリカにしてもらって薬を飲んでしばし横になる。
片付けを終わったエリカは「帰ります」とだけ言って帰っていった。
そういえば隣なんだよなと、思い寝返りを打つ。
明日になったら熱が引いていることを願いながらゆっくりと瞼を閉じ、再び眠りについた。
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