第6話 8月5日-3 白の襲撃 下

 走り続け、辿り着いたのは自宅近くの空き地だった。自宅近隣、五木にとってはホームゲーム、地の利を生かして対処する考えだ。

 売地の立て看板が土に突き立てられ、道路沿いは木の杭にロープで区画されている。隣地との境界である三方には一五〇センチくらいの高さのブロック塀が残されている。広さは、一般的な一軒家が建ちそうな四十五~六十坪くらいの土地。


 ロープを超え、その草むらに跳び込み、奥の塀を目指した。


 矢が塀を穿うがち、粉々にする。初めてその威力を目視した。生身であの矢に当たることは考えたくもない。白騎士は敷地内へ入ってこない。


「白騎士……だったか。話を聞いてくれ」


 敷地奥の塀まで三、四メートルのところで五木は振り返る。

 白騎士が矢を射るのを止めたことに気が付いたからだ。


「今はまだ、少し尚早しょうそうです」


 矢を放つ動作。白騎士のそれは構えて弦を引き、離すだけでいい。

 弓術に明るくない五木でも、それでどれほどの時間が短縮されるかはわかっている。ならば猶予はそうない。


 五木は塀に向かって走り出す。自身の憶測が当たっていればこれが最善手だ。


 脚に黄の脛当てとブーツをあらわす。


 五木の異形いぎょう、これはゴールデンウィークに発現したものだ。五獣ごじゅうと呼ばれる獣の力をその身に纏い、利用する。

 五獣。青龍せいりゅう白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶ麒麟きりん


 いまその脚を覆うのは、天を駆けるとされる麒麟の力を宿したものだ。言わなくてもわかるだろうが、首の長いほうではなく飲料メーカーのパッケージに使われている神獣のものだ。


 何とか塀を壊さぬように蹴ろうとする。案の定衝撃で塀に足形の穴が開いたが、斜め上への推進力を得るには十分だった。


 同時に胴に赤い鎧をあらわす。それは西洋鎧の胸当てのようだ。ただのそれとは明らかに異なる点が一つ。その背には無骨な赤い鉄の翼が付けられている。


 朱雀の鎧。その翼で羽ばたき飛行方向を水平に保つ。


 右手には柳葉刀りゅうようとう。一気に道路側へと飛んでいく。


 それを黙って見ている白騎士ではなかった。

 五木の進行方向を予測した偏差射撃へんさしゃげきを試みる。


 刀で弾くことも考えたが、ブロック塀を粉々に砕く威力をかんがみるに、破壊されることはないものの、移動速度が落ちることも考えられた。光が打ち上げられていく。難なくすべてかわし切る。


 五木の狙いは白騎士ではなく、空き地の入り口、そこにそびえる街灯。近付くと柳葉刀を叩きつける。街灯の破壊、同時に白騎士の右手の光も消え、辺りは暗くなった。


 

 五木による白騎士の能力の推測。

 自身から一定の距離内にある光源のエネルギーを用い矢を生成する能力。


 だが、これは正確ではなかった。大きく外れてはいないものの、少し違う。それでも大筋は当たりで、光源を絶つことは一つの攻略法で間違ってはいない。


 満点の回答ではない。ただそれだけ。


 白騎士の近くの光は絶った。王手。五木はそう確信した。

 あとは着地し、白騎士を制圧すればいい。


「良い読み」


 そう言った白騎士の右手が輝き始めて、五木は一瞬行動が遅れた。勢いを殺すために掴もうとしていた電柱の足場ボルトを掴み損ねる。


「ですが、甘い」


 放たれた光の矢は今まで以上に正確に五木の心臓を狙っていた。

 一瞬の判断。柳葉刀で何とか弾く、衝撃を受け、空中での姿勢が崩れる。


 このままでは予定していた着陸地点にはほど遠い。

 白騎士が矢を放てるのなら着地しても接近前に射られてしまうだろう。五木は落下の姿勢を調整しながら考えた。


 無事に着地を済ませるも、白騎士は数メートルの距離で弓と光の矢を五木に向けていた。避けることできない。


 白騎士の能力。

 五木の推測は、光源をエネルギー源とする、というものだった。


 その考えは甘く、正しくは光源に加え、つまり、魔法使い風に言うのなら魔力をも矢にすることができるというものだ。不用意な乱発は危険が伴うが、能力の源を絶ったと油断している相手には数射で事足りる。


 ちなみに太陽光、月光は確かにエネルギーを地球へ届けているが、この能力の対象にならない。星明りも同様である。


「話を聞いてください」


 そう言いながら降ろされたフードから現れた顔は西洋人のそれだった。まるでギリシャやローマの彫刻のような顔に青い目、短く切られところどころ逆立っている白い髪。年齢は三十代の半ばといったところだろうか。


「それはさっきの僕のセリフだ」

「我々は協力を求めています」

「あなたは紳士然としてるが、頼み方がそれじゃない」

「これはまあ、テストみたいなものです。あなたのお仲間も同じような目に合っていることでしょう」


 強襲に対して、連絡する暇がなかったことに五木は気が付いた。もしかしたら風名あたりが連絡をくれているかもしれない。


 音楽が流れる。たぶんモーツァルトの曲だろうクラシックだ。五木はあまり知らないので曲への言及は避けることにした。

 音は白騎士の携帯電話かららしかった。真っ白なガラケーである。


「はいはい、赤騎士ですか。……おや刀刃剣くんですか。……あはは、面目ありませんね。生きてます? ……ならいいです。あとで回収します。ええ、ええ、ありがとうございます。明日伺いますので、不可解部の部室にてお待ちください」


 白騎士の電話の相手は剣のようだった。赤騎士という人物の携帯電話を奪い取ったらしかった。


「やりますね。あの子。容赦なしというかなんというか」


 電話を切った白騎士は微笑んでそう言った。


「剣士には剣士。魔法使いには魔法使い。そしてよくわからない君には私が相対しましたが、あの子には荷が重かったようですね」

「よくわからないって失礼だな」

四ツ橋よつはしの妖化とはまた違うものですからね。あなたの力は。未知数みちすうということです」


 それは五木も同様だった。五獣の力について、というかこちらの世界についても認識したのが四か月ほど前だ。知らないことばかりである。先ほど白騎士が言っていた色の騎士団コロル・エクエスというのも初めて聞いた。


「……正体不明の割に、絶望の青ぜつぼうのあお解放者リベレーター血みどろの青ブラッディブルー狼狽える危機うろたえるきき、などなど勇名だけが響いています」

「……いつの間にか有名人になっていたのか」


 五木は驚いた。有名になっていたことではなく、恥ずかしい意味不明のあだ名というか称号が勝手につけられていたことにだ。それに最後のは蔑称のように感じられるが。


「それだけあの事件は大きいものだった、ということです。この島国に突如として現れた危機を、五勢力ごせいりょく介入かいにゅう前に解決したのですから」


 ゴールデンウィークの陰陽五行いんよういつゆき悪行あくぎょう。五木はただ、きょうだいを救うために戦っただけだった。この街、もしかしたら国を救った、などというのは副産物でしかない。実感もない。最後にただ、願っただけだ。強く強く。


「僕はただ、家族のために戦っただけです」


 この言葉に謙遜けんそんはない。身に覚えのない名声は迷惑だ。


「力を知らなかったただの少年のあなたが危機を救った、という事実が話題になっているようでして。書籍化の話もあるくらいです」


 この人、剣と同じタイプだ、と五木は思った。真面目な顔でおちゃらけたことを口にする。


「それはありえない。誰が一体そんなものを書くんだ」

「さあ、今必死に書いていると私は思いますけどね」


 そんな物好きがいるのだろうか。そんなことより、話が大きく本題からそれてしまっている。

 

「……それより、白騎士、さん。協力してほしいことについて何も聞いていませんが」


 脱線した話を軌道修正する。おしゃべり紳士と化した白騎士の話に付き合っていては夕食に遅れてしまう。


「白騎士で結構ですよ。それは明日にしましょう。明日まとめて」


 ただそれだけ言うと白騎士は光の粒となって霧散していった。その光をどこかで見たような気がすると五木は思った。

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