第5話 8月5日-2 白の襲撃 上

 陽が沈み赤みの残る空の下を五木いつきは歩いていた。


 風名かぜなつるぎとは途中で帰る方向が変わる。五木だけ白群びゃくぐん高校前駅から出る電車を利用していた。自宅の最寄り駅で降りた今は一人である。


 駅から自宅まで、およそ十分弱の道のり。何か面白いものがあるわけでもない。駅前はほんの少し栄えているが、スーパーが隣接しているくらいで、百貨店ほどの施設はない。娯楽施設といえば高校生とは無縁のパチンコ店くらいか。寄り道するとしても、スーパーにあるさほど大きくもない書店くらいのもので、駅からほんの少し離れると住宅街だ。


 光が自分を追い越していった。車か、と思いかけて、過ぎていったのは光だけだったと気が付く。車の姿はなかった。


 嫌な予感がした。振り返っても何もありませんように、と望む。もったい付けるようにゆっくりと後ろを振り返る。さながらホラー映画の登場人物になったような気分だった。

 何かがある。白い人影。


 電球が切れかかっているのか、明滅している街灯の下。白いフード付きのローブのようなものをまとった人間がいた。左腕には弓。矢は持っていない。


 この住宅街で弓を持っている。それだけで異常だな、と判断するに足りる。五木の知る限りこの辺りに弓道場はない。


 明かりが明滅しているにも関わらず、姿がはっきりと見える。街灯の下にはそれに勝る光があった。白服の右手が白く光り輝き、辺りを照らしている。


 弓を構えると矢をつがえる動きをする。右手の光が形を変え、棒状になると、こちらへ向かって放たれた。


 突如放たれた光の矢。五木は動けない。いや、動かなかった。反応できなかったわけではない。矢は当たらないと瞬時に判断したからだ。


 顔の十数センチ右を過ぎてく光、着弾した音はない。


「あんたは一体なんだ?」


 一言だけ白服に問う。フードの下の瞳と目が合った。ブルーの眼、決して目つきは悪くないが、射るような視線を感じた。


「私は色の騎士団コロル・エクェスの白騎士という者ですよ。絶望の青ぜつぼうのあおこと、五行五木さん」


 名乗りながら矢を放つ。二本一度に放ったらしい。五木はひとまず聞き覚えのない称号は無視した。


「ちょっと訳が分からないが、なんで!」


 一本は確実に五木を狙っていた。それを二の矢に気を付けつつ避ける。避けた先で射られてしまう間抜けを晒すわけにはいかない。


「神を冒涜ぼうとくし、人の世界をおびやかす存在を我々は許さない」


 要領を得ない回答を聞き流しつつ。五木が取った行動は、逃げることだった。その言っている意味が分からなかった。


 昨日の狼のときといい、逃げてばかりで情けなくなってきたがそうも言っていられない。

 中・遠距離タイプ。近付くことも容易ではないが、逃げる時も矢に注意を払わねばならない。


 白騎士は追跡を続けながら、光の矢を放ち続けている。それでもまったく当たることはない。狙いは微妙にこちらを避けているように思える。

 矢は五木を追い越し、少し進むと霧散した。だから着弾音がしなかったのだと合点がいった。


 五木は走りながら思考を巡らす。

 あの矢はなんだ。光そのもの? それとも光属性的なものを付与した矢? 魔法があるのならそんな技も可能だろう。

 ただ、後者はない。矢を取り出し、番えている様子はない。

 光そのもの、だとするとエネルギー源はなんだ?

 そして色の騎士団コロル・エクェス。それはなんだ?


 さまざまな疑問が五木の脳内を巡った。


 神を冒涜し、人の世界を脅かす存在を我々は許さない。

 白騎士はそう言っていた。

 あの獣と関係はあるのだろうか?

 獣と白騎士。二つの異常。関連があるとして考える。

  神を冒涜する者。神。騎士団。神の敵。異教徒。悪魔。


 悪魔だ。昨日の狼は悪魔の一種か。悪魔じゃないか、という風名の推測は当たっていたらしい。


 導き出した推測。だが、いま襲われている理由とは繋がらなかった。むしろこちらもその獣と交戦している。

 いまだに矢は当たっていない。相手の腕がいまいちということではない。わざと外している。

 殺す気はないということだろうか。そうだとしても捕まって拷問でもされる可能性は捨て置けない。


 このまま逃げても撒けない。白騎士はわざわざ学校ではなく自宅の近くで待ち伏せをしていたのだ。それなりに調べられていると考えていいだろう。

 撒けたとしてもきょうだいたちがどんな目に遭うのかわからない。今は戦うしかない。五木はそう決意し、走り続けた。

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