第4話 8月5日-1 不可解部

 私立白群びゃくぐん高等学校、正式名称地域不可思議解明部ちいきふかしぎかいめいぶ。もっともその正式名称が用いられることはほとんどないと言っていい。

 縮めて、不可解部という得体のしれない集団のような呼ばれ方をしている。


 設立からたったの四か月。

 急遽設立されたと言っても過言ではない。


 五行五木ごぎょういつき刀刃剣かたなばつるぎ嵐呼風名あらしよびかぜなの三名の入学が理由だった。

 彼らは入学早々に学校長に呼び出され、創立した不可解部に強制加入させられた。他の部活と兼部をしてもいいというのを温情に感じたくらいに話は急に決まった。


 剣は剣道部、風名は生徒会と女子テニス部とあと何かしらに所属している。一方五木はどこにも所属していない。強いて言えば、帰宅部を兼ねている。


 不可解部はその活動内容も極めて不可解。地域の歴史、風土を学び研究するというのは表向きのもの。本来は地域の怪事件の調査及び、手に負えるものであれば解決という、普通とは言い難いものだ。


 部員も例に漏れず、普通ではない。刀刃剣は刃物使い。嵐呼風名は魔法使い。そして五行五木は、化物使いというのが近いだろうか。


   ◇

 

「これは、不可解部案件になるのかい?」


 平坦な声ながら、多少面倒に感じているような色を帯びた声音で言ったのは剣だった。相変わらずその表情は動いていない。


 私立白群高等学校部活棟四階402・403室不可解部部室。部屋番号が二つあるのは、もともとの間仕切を解体したからであり、他の部屋のナンバリングを変更するのも面倒だとのたまう、学校の体たらくである。


 男性が謎の獣に襲われた事件から一夜明け、三人は不可解部の部室に集まっていた。日は既に西の空へ傾いている。


 部室に家具の類は少ない。会議で使われる折り畳みの長テーブルが二台にパイプ椅子が四脚。黒板の反対側を埋める本棚、以上である。


 五木と風名は向かい合わせにセットされたテーブルの対角線上に座っている。残る剣は窓辺に陣取り、ちょうどその真ん中の柱に背を預けている。


「はあ、でしょうね」


 風名は面倒に思っていることを隠す気はないらしい。目線をやや下に向け、ため息付きで応じた。


「そんな面倒な顔するなよ」


 一人だけやる気がある調子で答えたのは五木だ。基本はめんどくさがりなのだが、今回のような事態のために不可解部は存在している、という思いは強く持っている。


「だって前回も結構大変だったでしょ、こういうのは」


 風名は少し目を細めて言った。

 

「毎回あるみたいに言うな。今回ででかいのは二件目だろ」


 一件目のでかいの、というのはゴールデンウィークに起こった事件。当事者は五木だった。それもあって風名の表情に非難めいたものを少し感じた。


「ん。まあそうか。でもその一件が大変だったって言っているのだけれど。あとのこまかい事件も大変ではなくても面倒だったし」

「このペースで行くと卒業までに十件は大変な事件に遭遇しそうだよ」


 五木はゴールデンウィークの事件の一端を担っていたゆえに、そう言われてしまうとぐうの音も出ない。


「……なんにせよ、今回は前回以上に危ない……気がする。あの時は僕ときょうだい、あと風名と剣以上にそこまで関りなかったけど、今回は一般人の被害者も出ている」


 ゴールデンウィーク。五木とそのきょうだいの計五人は五匹の獣に出会わされてしまった。その件ではこの街が地図から消えてしまいそうな危機に陥ったが、その最悪の回避には成功した。


「五木、あなた調べもしないで昨日の人が一般人って言ってるでしょ」

「えっと、違うのか?」

「調べたけどシロでーす」

「それならそんな言い方しなくても……」


 風名はこういった子供じみたやり取りをする。人をからかって遊ぶのが好きらしい。表情に乏しい剣はからかい甲斐がないのか、五木がよくそのターゲットにされている。


 しかもクラスでは猫をかぶっていて、それが発揮されるのは、やはり五木に対してだけだった。


「風名、あんまり五木をいじめちゃだめだよ」

「そうだ剣。もっと言ってやってくれ」

「ほどほどにしないとリアクションがつまらなくなる」


 会話の場においては必ずしも同性の友人の味方とは限らないのが剣だった。逆に風名が勢いを増すような発言をすることも多い。いつもの、大して面白いと思っているのか定かではない表情で面白がっていたらしかった。


「剣……」

「それもそっか。剣の言う通りかも」


 肩を落とした五木を見て風名は笑う。


 信じていた友人に寝返られ、落胆しているときでも、自然と視線は風名へ向かった。


「何?」

「なんでもない。そんな怖い顔で睨むな。かわいい顔が台無しだぞ」


 顔を見ていたら睨まれた。なんとか零した抵抗の軽口には、小声で「バーカ」、と返され、そっぽを向かれてしまった。


「こらこら、二人とも痴話喧嘩はそれくらいにし――」

「「だまれ」」


 二人から同時に大声を出され、黙りつつも剣は無表情なのだった。


「それで、今回の件に僕たちが絡むとして、できることは?」

「他に襲われた人がいないかを探す」

「五木らしいね」


 剣が微笑したように見えた。本当に些細な変化だ。


「それはリサーチ済み。今朝の新聞に変な犬に襲われたという内容の通報が何件かあったって小さく載ってる。それと――」


 何か言いたげだった五木に対して続けて風名は言った。


「死人はゼロ、怪我人も軽傷止まり、らしい」


 きたいことはわかっているとでも言うように風名は言った。


「……一頭だけじゃないってことか」


 剣が切り捨てた獣は複数いたということは簡単に察せられた。あの場で襲われている人間に出遭うなんてのはよほどの確率だろう。それが各所で起こった事件なら、そうおかしいことでない、偶然だと思うことができる。


「どれくらいいるのやら。目的もはっきりとはわからないし」

「ただ斬り捨てればいいわけじゃないのが厄介だよね」


 お手上げ状態という事だろう。

 あの獣は死した後、むくろを残さず、光の粒になってどこかへ飛んでいってしまったのだ。手がかりはない。


「つまり、どこかに大本があるってことか?」

「そーね。陰陽五行いんよういつゆきみたいな黒幕が裏で糸を引いているってことかもね」


 風名が口にした名、陰陽五行。ゴールデンウィークの事件の黒幕。五獣をけしかけ、五木のきょうだい五人という枠を利用した張本人。


「それだと野良と違ってやっかいなことになるなぁって」


 風名はため息を吐くように言った。


「野良って。別に今回のあの犬みたいなのは五獣と違って大した脅威になるとは思えないけれど」


 一刀のもとに切り捨てていたのを思い出す。


「五木、あの狼の他にも種類がいるなんてことは考えないのかい?」


 五木の楽観的観測をすぐに打ち砕く剣。確かに五獣も文字通り五体いたけれど。

 五体。同じようなものでは決してなかった。五者五様。それぞれの特性は違う。

 確かに、陰陽五行のように黒幕がいるとすれば、その手足として動いているのは翼の生えた狼だけとは考えられない。神さえも利用した陰陽五行の計画は、高校生の集団に過ぎない不可解部が覆した。もし狼を操る何者かがいるとしてそのことを知らないとは思えない。それ相応の準備をしておることを念頭において然るべきだろう。


「剣、事はややこしくないに限るだろ……」


 五木は頭を抱えたくなった。

 昨日、狼一頭に追いかけられたがそれなりの恐怖を感じた。荒事などはできればしたくない。

 ゴールデンウィークに発現した力があればあの程度の対処は容易いとしても。


 狼について新しく分かったことは特にない。現状打つ手なし。場所を変え、日を改めても進展はなかった。


「この場は解散。しばらくの方針はそれぞれ危なくない程度に地域の調査」

「何かあればこれで連絡、だろ」


 方針を示した風名にスマートフォンを出し示した。


「そうそう、すぐに、とは言わないまでも駆けつけるから」

「それこそ、昨日みたいにね。僕の出番は残しておいてよ」


 風名と剣、もちろん五木もだが、全員がなんだかんだ言いつつ、この部活動に積極的だ。それでもその活動には限界がある。


「頼りにしてる」


 一言それだけ言って五木は席を立つ。それが合図かのように全員で部室の出入り口へ向かった。


「ねえ」


 一言、風名の発した言葉で、五木と剣は立ち止まる。


「可能性もある。っていうだけで、確証はないんだけど。言ってもいい……かな?」


 風名は小さく右手を挙げ、言った。情報が乏しい今、何でもいいと五木は首を縦に振る。


「その狼って、悪魔じゃない? 翼の生えた狼、何か聞いたことがあるんだよね」

「今度は悪魔か。……それも実在すんの?」


 五木は悪魔の実在を知らなかったが信じられないというわけでもなかった。これまでにいくつかの異常は体験済みである。あるはずのないみち、妖怪、呪いのアイテム。そしてゴールデンウィークのあの出来事。


「僕はあまり、というよりまったく悪魔に対する知識はないけど、その可能性はあるね」

「わかってる。じゃあ、とりあえずは各自悪魔についてちょっと調べてみて」


 悪魔だとしてもその正体と目的について今は何もわからない。ただしこれが端緒になるのかもしれないという微かな希望が五木に芽生えた。

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