第3話 8月4日-  獣

 夜の住宅街を獣がけていた。見た目は狼か大型の野犬。ただのそれと異なるかの獣は猛禽もうきんのような一対の翼を有している。


 一頭、だけではなかった。二十余頭という数が市内を走り、飛び回っていた。


(……またひとつやられた)

(全部、我だ。言わなくてもわかっている)

(やられても問題ない)

(かまわん、同胞のためにもっと集めなければ)


 言葉を発せずとも互いの意思は疎通できた。単なる同種の獣ではない。すべてが一つの存在だ。分身というのがそれだろう。


(そいつの集めた分は回収できるな)

(問題ない。じき還る)

あるじの限界も近そうだ)

(そのために我が動いているのだ)

(話をするな、さっさと集めろ)


 確かに全部で一つだがそれぞれが個性を持っているかのように各々の思考は巡っていた。


 住宅街、一人歩く白い服の人物。その背中が見えた。白くフードが付いたローブ。顔は見えない。フードで頭を覆っている。真っ白な装束は暗黒にただ一つ浮かぶ恒星のごとく目立っていた。

 一人歩きは狙い目だった。殺さないように加減もしやすい。この獣には獲物の生き死ににこだわりはないが、主人の命令には従わねばならない。

 獣は獲物を見定めると、その四足でアスファルトを蹴った。一度翼を羽ばたかせ、加速し飛び掛かる。


 その距離三メートル弱。その牙を血で汚す確信をすでに抱いていた。

 瞬間、獣の体は白く光る何かに貫かれ、音を立てて地に落ち、伏す。むくろは残ることなく、光の粒となって霧散した。


(またやられたぞ)

(さっきとはちがうやつだ)

(げぇ、昨日もいた)

(ほっとけ還るだろ)

(だから話をしている暇があったら集めろって)


「悪魔マルコシアス、ですか。炎を吐けばいい勝負ができたでしょうに分身程度には飛び掛かってくるくらいが限度。ふむ、やはり今回はソロモンの……」


 思慮深そうな、静かな声の呟き。発した白い服の男は獣を見、再び足を動かす。


(もう十分だ)

(戻るか)

(で、いくつやられた)

(五つだ)

(特徴はわかるな)

(変な剣と刀の子供)

(白いの)

(赤)

天秤てんびん

(ちゃんとわかってねえじゃねえか)

(それでも今夜は上々だな。やはり分散させて正解だった)



 その夜、街中の至る所でこの獣の目撃情報が寄せられることとなる。


 以下、事件の記録。

 八月四日午後五時過ぎから未明の間。市内十数カ所にて発生。

 同時多発通り魔事件。死者・重傷者なし。軽症者十二名。犯人の特定・逮捕に至らず。

 かまいたち現象のような自然現象との見解を以って、本事件の捜査を取りやめる。

 証言一。被害者。羽の生えた獣に襲われた。複数の証言有。何らかの理由により怪我をしたことへの恐怖に由来する幻覚、または見間違いとの見解。

 証言二。病院医師。噛み傷のような負傷。野犬の仕業か。ただし野犬が市内に出没したとの情報はない。

 

 翌日の市井では一種の集団幻覚の噂も生じた。羽の生えた獣というビジュアルからUMAではないかとの声もある。それぞれの話が噂好きによって吹聴され、都市伝説のような扱いとなった。


 異常を抱えながらも街の一夜は過ぎていった。

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