第2話 8月4日-2 三人

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2-8/4三人

「遅かったね」


 そう言って二人――五木いつきつるぎを迎えたのは、一人の少女――嵐呼風名あらしよび・かぜなだった。彼女もまた制服姿である。


 五木らの通う白群びゃくぐん高等学校の制服は男女問わず、黒い学ランかこん色のブレザーを選択できる。

 男子は二種のスラックス、女子はスカートという下半身の服装は固定なので、スカートに学ランという選択をする女子は少なく、ブレザータイプを選ぶ生徒がほとんどである。


 五木は学ランと指定の黒いスラックスを選択している。

 八月で夏服期間となる現在、上はホワイトシャツである。


 女子である風名はシャツの上に白のニットベスト、指定の白群色を基調としたネクタイ、紺に赤いラインが格子状に入ったスカートだった。

 女子は膨張色の白よりも紺のニットベストを選ぶのが多数派だが、風名はスタイルが良く、白のベストを着こなしている。


 風名は細身だが、スタイルがとてもいい。ブレザーのない今、体のラインが白い服で強調されている。あまり目線が行かないように五木は苦労していた。できるだけ目を見て会話をするように心がけている。


「来てもらって助かったよ」


 風名は振り返ることも答えることもしない。今は作業中だ。集中しているのだろう。

 風名は男性に手をかざしていた。魔法を使っている様子だ。

 やがて一段落着いたらしい。言われなければストレートだと思ってしまう(五木談)根元から毛先まで緩くカーブさせたセミロングの髪を揺らし、風名は振り向いた。


 眉毛にかかるくらいの長さの前髪、その少し外側をハネさせている。フェザーバングと風名は言っていた。前髪にそんなおしゃれな名前があることを風名に言われて五木は初めて知った。


 強気な印象を与える目尻がほんの少し上がった形の目。その中に収まる磨かれた翠玉エメラルドような色の瞳が五木の目を見つめる。


「こっちはもう大丈夫、眠らせて傷を洗浄したから」


 『風使い』とも呼ばれる魔法使いの家系、嵐呼家の次女。風名は魔法を使う。

 魔法という概念をゲームや物語を通じて知っていた五木だったが、現実世界において、魔法が実在するということを風名と出会うまでは知らなかった。魔法のような科学はありふれているが。

 

 聞くところによるとシステム的にはありふれた創作物と大差ない。マジックポイントのようなものがあるらしい。魔力、と魔法使いの間では呼ばれている。剣はそれを聞いて当たり前のような顔をしていたから、こちらの界隈かいわいでは誰もが知っている常識なのだろう。

 魔力の残数は数字で見えるほどわかりやすいわけではなく、本人の疲労、つまりは完全に感覚として現れる。


 風名が行使していた魔法による治療。たいていの魔法使いが程度の差はあれど使うことができる。風名が使うそれは傷を塞ぐまでの域には達していないらしく、傷口の洗浄、消毒レベルといった応急処置が可能と聞いている。

 どんな魔法使いでも欠損レベルのものになると完全な治癒はできない、というのは風名談。五木は風名以外の魔法使いを知らないので、知識は彼女の話に拠るところが大きい。


「でも傷に比べて出血が多い。人間の血が狙いだったのかも」


 彼女はヒーラーの適正はないと自ら語っていたが、傷を診るようなことはできるらしい。それは本人の観察眼によるものか。


「血?」

「そう、血液。各宗教において神聖視されてる。地域によっては穢れとして忌まれるけど、メリットを与えるもとして認識されてる。エリザベート・バートリーとかしらない?」

「血の伯爵夫人なんか知らないな」

「知ってるじゃん。つまり集めて何かしようって企んでるってことかも」


 美しさを保つため、若い娘の生き血を浴びたとかなんとか。そんな話を聞いた覚えが五木にはあった。その行為にどこまでの効果があったのかは知らないが、それほど血というものは特別なのだろう。


「そういや風名、こっちには何も来なかったか?」


 聞くまでもないことだったが、五木は念のために尋ねる。


 五木や剣とは違って、直接戦闘は不得手。とはいえ遠距離で対処できる風名ならば心配の必要はないだろう。これは挨拶みたいなものである。


「……なんにもなかった」


 彼女は少し意外そうな様子で応じた。やはり杞憂きゆうだったらしい。見ればわかるでしょ、とでも言いたげだった。


「五木、そっちは大丈夫だった? おとりになって逃げたみたいだけど」

「残念なことに僕がとっちめようとしたら剣が斬り捨てたよ」

「……怪我、してない? 診るけど」

「剣のおかげでなんともないよ」


 五木の身を案じていたみたいだった。気が強く、自分にも他人にも(特に五木には)厳しい彼女なのだが、今日は虫の居所がいいらしい。


「そっか。……で、なんだったの、その獣みたいなの」

「まったく見当がつかない。剣も」


 確認のため剣を見るが、周囲を調べるのに周しているらしく、聞こえていない様子だった。


「どんな姿?」

「羽の生えた犬……。いや狼か」


 五木が答えると風名は腕を組み考え込む。無意識に思考に集中する端麗な顔を五木はつい見てしまう。その翠玉すいぎょくの瞳に視線が吸い込まれる。


「うーん、ダメだ! わからない!」

 

 何かわかるのだろうかと期待半分に彼女の顔を注視していた五木は、突如大声を上げられ寿命が縮まる思いをした。


「その獣は斬った途端に光の粒みたいになって飛んでいったんだ」

「光の粒……」


 いつの間にか周囲の捜索を終えていたらしく、剣は証言した。風名の表情を見るに実際に見ていないと咀嚼そしゃくしにくいらしい。手掛かりは現状これだけという少なさだ。これ以上この場で考えたところで、何か思いつくとは思えなかった。


「今日はここまでにしよう。これ以上考えても何か進展はなさそうだし、明日部室で考えるか」


 場を改めても獣について思い浮かばない可能性の方が大だとは思うものの、この場で立って考えるよりはましだろうと思ったがゆえの五木の提案だ。


 明日になれば何者かに襲われたこの男性が通報でもして、警察やらの調査が行われるかもしれない。


「確かに、学校なら資料もあるかも……」

「うん。まあ僕は明日になっても思いつかなそうだけどね」


 前向きな風名とやる気の感じられない返答をする剣だった。

 どちらも解散の提案に肯定的だ。

 別れの挨拶もそこそこに今夜はこれにてお開きとなった。

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