第7話 8月5日-4 赤の襲撃

 閑静な、というほど一般的な住宅街ではない。白群高校前駅の北側は古い街並みが残っており、観光客すら来るような場所である。時期によっては和風の家屋を拝みに来た人々で騒がしいときもある。

 夏休みの今時期はそれなりに人が多いはずだが、辺りに人の気配はない。

 あの二人はもっと素直になればいいのにと、つるぎは一人思う。あの二人とは五木いつき風名かぜなのことである。

 五木の一目惚れに過ぎないと最初は思っていたが、ゴールデンウィークの間になにかがあったらしく、あの二人の関係は複雑になっていた。

 なにかあったことは明白である。五木から出る矢印の先が変わったわけではない。その質に変化があったように剣は感じていた。

 とはいえ、どちらかと言うと物事ははっきりさせる性質たちの風名が何ら行動を起こさないことも不思議だった。それは当人たちの問題だろう。そのあたりの事情にあえて剣は踏み込まないようにしているが、ゴールデンウィークの事件で五木は確かに変わったという、根拠のない確信を剣は抱いていた。

 

 風を斬る音がして、剣は思考と共に足を止めた。


 目の前に振り下ろされたのは一本のけん、その風を顔に感じた。


 持ち主は赤い装束の男、フードの下のその顔から見るに、年齢は剣と同じくらいか下に見えた。

 学校から出るときから感じていた気配。そのうち一つのあるじなのだろう。


「っけ、もーちょい歩いてくれれば真っ二つだったのによ」

「君、会うの初めてだよね」


 剣は刀を抜いた。ただ抜いた、のではない。居合の要領で放った斬撃。それは惜しくも受け止められてしまう。


「刀刃剣。君は」

「赤騎士」


 静止したまま名乗り合う。互いに弾かれるように離れ、構える。赤騎士が携えるは西洋剣。両手で扱っていることからロングソードと思われる。


 赤騎士なら、色の騎士団コロル・エクェスだろうか。五勢力について剣は深く知らない。独立勢力・他勢力として存在している刀刃家は干渉されなければ相対しないからだ。何をする集団かは知っていても、そのメンバーまでは知らない。

 おそらく何かしらの特殊能力を持っているだろうことを予測できている。


 刀とロングソード、異種剣戟試合が始まった。


 先に示しておくと、剣の刀は違う。おかしい。

 何十代にもわたり、時代に合わせ数度打ち直されるのみでその強さを保ってきた名刀は、どんな衝撃でさえ折れぬという一振りだ。


 剣どころか、斧やハンマーとでさえ打ち合うことができる最硬の刀。


 そして使い手は使い刀刃家の末裔まつえい、剣である。その技量は既に達人、名人の域に届きつつある。


 一方のロングソード使い、赤騎士の剣には何の変哲も銘も、号もない。加えてその実力は、血統と天賦てんぷの才を兼ね備える剣と比べると下の下。そのつかを握ってたった数年、才能はあるらしく、なんとか打ち合うことができている程度だ。


 あくまで刀刃の末裔と比べて劣るというだけだ。その剣撃は速い。ソードの重心が柄の方にあるのだろう。剣を巧みに回し、剣筋を読みにくくさせている。


 その激しい攻勢に的確に対応してみせるのが剣だった。対応している、だけではない。既に優勢。

 技量の差は明確。赤騎士は決定的な傷を負うことはなくとも、徐々に刃が体に届き始めていた。


「噂通りつえーな」

「そんなの被ってるからだよ」

「あっ、確かに」


 赤騎士はフードを降ろす。角刈りの少年。荒い口調に似合う目つきの悪さ。アジア系の顔立ち。やはり同じくらいの年齢だった。


 会話をするほどの余裕はあり、赤騎士の態度には焦りを感じられない。このままではすぐに剣が勝つ。実力差は明確。それは赤騎士もわかっているはずだ。


 赤騎士はただのソードマンではない。まだ手の内を隠している。剣はそう思った。


 赤騎士の腹部は浅く斬られた。横一文字に刻まれた刀傷かたなきずからは血がこぼれている。


 ここで剣が持った違和感。追撃をやめ一旦距離を取る。


 赤騎士の周りの景色が少し赤みがかっている。赤。それは赤騎士と無関係とは思えなかった。


「赤騎士ってのはさ、自分の血を操ることができる。アメコミみたいに他人の血をどうこうってのはできないが、自分ので十分さ」

「あれは血中の鉄を操ってるんじゃなかったけ?」

「詳しいな。まあそこは気にすんな」


 赤い霧のようなものは、自身の出血を空気中に浮かび上がらせていたものらしい。その血は集まると徐々に形を形成していく。一振りの血の西洋剣。


「ああ、そういうやつ」


 血剣は剣へと迫った。誰も握る者がいないのに、である。


「その剣は簡単な命令を受けて自律する。もう少し出血すれば二本、三本と増えるけどな」


 自身の出血が多ければ多いほど手数も増える。まさに諸刃の剣だ。

 オートで襲い来る血の剣の技術は大したものではない。だが、自律している。不死身の相手が増えたようなものだ。二対一に近い。


 浅い傷はダメ、かつ、意識を失わせるほどのダメージを与えなければならない。


 二本目の血の剣が生成された。戦闘の激しい動きで出血が増えたのだろう。


 ロングソードの一撃は重い。血のソードの重心は剣先に近い方にあるように思える。そこに加わる赤騎士の素早い攻撃。緩急、リズムを狂わせる巧さ。


 三本のソードを凌ぐには、剣であっても厳しいのだろう、傷を負うことはないが、赤騎士を攻めるいとまがない。


「ちょっと本気出すよ」


 この状況にも少し飽きてきた。そう言いたげな声色で剣は言った。

 刀を強く握り、腕が震えるくらいの力を籠めると刀を横に振る。


 一振り。たった一振りで三本のソードを折った。いや斬った。いずれも刀身の半ばほどで斬られている。血でできた剣のみならず赤騎士の持つ鉄剣も斬られていた。刃こぼれせずに鉄をも斬る。そんな芸当が刀刃の名刀には可能だった。


「嘘だろ」


 武器を失った赤騎士。ほんの少し狼狽うろたえたものの、形を失った血で、血の矢を生成し、攻撃を試みる。凝固する前の血ならば再び何かを作り出すことは可能だ。


 すぐに武器を作ることができる。とはいえ赤騎士がこの技術を使ったのは初めてだった。


 剣は懐からペティナイフを取り出し投擲とうてきする。その狙いは赤騎士の放った血の矢だ。


 三本のナイフ、その刃先は血の矢の中心を捉え、ばらけさせる。

 慌てて放った血の矢は圧縮が足りず、不安定なままだった。


 剣は刀を返す。狙いは峰打ち。多量の血で何をするかわからない。ならば殴ってしまえばいい、そんな判断だ。


 防御の術を赤騎士は失っている。散らばっている血液で何かをするには遅い。剣は瞬時に接近すると刀を振り下ろした。


 脳天に直撃、頭蓋骨がどうなったかわからないが、赤騎士は意識を失った。


 空中にあった血が静かに落ちる。


 剣は血振りをすることなく刀を納める。その切れ味はその号の通り、血をも寄せ付けない。

 刀刃家に伝わる名刀、その号は『血斬ちぎり』。刃に付着したものはすぐに落ち、銀色の刀身をすぐに表す。


 赤騎士の所持品を物色し、携帯電話を取り出す。赤いガラケー。パスコードロックはされていない。リダイヤル。表示名は白騎士。


(はいはい、赤騎士ですか?)


 敬語、丁寧な物腰の男性が出た。

 白騎士。五勢力、色の騎士団コロル・エクェスの一部隊のリーダー格、だったろうか。剣は自身の脳にある少ない情報を辿たどる。


「刀刃剣だよ」

(おや刀刃剣くんですか。あはは、面目ありませんね。生きてます?)


 ちらりと赤騎士を見やる。胸の上下、呼吸はしている。


「頭ぶっ叩いちゃったけど生きてるよ」

(ならいいです。あとで回収します)

「ほっといていいの?」

(ええ、ええ、ありがとうございます。明日伺いますので、不可解部の部室にてお待ちください)


 白騎士との通話はそれで終わった。


 明日、不可解部に来るということだ。時間指定はない。聞きそびれてしまった。


 ほかの二人も襲われているだろうか。赤騎士程度の相手ならば、五木と風名ならなんとかできるだろう。それに強い殺意は感じられなかった。おそらく試されていただろうと推測する。後で二人に連絡しておこう。


 ふと気が付く。意識のない赤騎士。そのままでいいとは言われたが、この血まみれの男を道端に置いておくわけにもいくまい。通りすがりの人が見つけ、騒ぎになってはことだ。とりあえず草むらに引きずって、見つかりにくいようにしておく。


 携帯電話はGPSが入っているかわからないが、赤騎士の体の上に乗せておく。


「こんなものかな」


 そこら辺に散らばっている血はどうしようもないので放っておくしかないだろう。白騎士とやらがすぐに回収に来るのを願うばかりだ。


 赤騎士の移動を終え、一息つくと剣はそのまま自宅へと足を向けた。

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