最終話 8月27日-2 Papaver somniferum (albus)

 

 病院の敷地に入る。建物手前の駐車場を横断し、入口へ。

 

 建物はそこまで古くない。外壁は白ではなく、薄橙色をしており、時折、縦に白のラインが入っていて、小洒落れている。

 

 自動ドアが開いた瞬間に消毒液やら薬剤の独特なにおいに包まれた。

 午前十時少し前、剣との待ち合わせ時間には間に合った。内部を見渡す。草木の描かれた壁紙、謎の壺や置物。派手な内装が出迎える。

 

「やあ、五木」

「おっと、もう来てたか。悪い、待たせた」

 

 剣は一足先に着いていたようで、缶ジュースを片手に持っている。

 

「ん」

 

 ただそれだけ言って、剣が差し出したのはよく見る果物の詰め合わせだった。それにパンダの描かれたクッキーも。動物園の話は本当だったらしい。

 

「あちゃー、思いも至らなかった」

「親しき中にも礼儀あり、だよ。この朴念仁」

「ははは……」

「それとも、心配しすぎたかな」

「うるせーよ」

 

 顔が熱くなるのを五木は感じた。あれから約三ヶ月。ずいぶん待たせてしまった。こんな朴念仁に既に愛想を尽かしたかもしれない。それでも構わない、と五木は思った。ただ謝って、それから自分の気持ちを伝えるだけだ。


「決まった?」


 唐突な問い。五木は何のことかを考える。


「今回の事件のタイトル」

「今回も僕が考えるのか?」

「当然、センスもあるし」


 前回は『五行のきょうだい』だった。今回の出来事思い出しながら考える。色の騎士団コロル・エクエス、召喚士、悪魔、株式会社アヤタイ、四ツ橋よつはし、そして不可解部。


「……色戦争いろせんそう

「いいね。それでおーけー」

「……なんかないのかよ」


 絞りだした答えに対して剣の返答は随分とあっさりしたもので五木は拍子抜けしてしまう。


「僕の言いたいことは多分風名が言ってくれるだろうから、やめておくよ」

「怖いこと言うなよ、まあ話し合って決めようぜ」


 『File02 色戦争(仮)』ということで二人の間では落ち着いた。風名のコメントを待つだけだ。


「じゃあ、いこっか」


 二人は病室を尋ねるため、受付へと向かった。受付の人は階数を教えてくれ、五木と剣はお礼を言うと、すぐにエレベーターへ乗り込んだ。他に乗客はいない。

 

 病室のある階まで一度も停まることなく到着した。五木が先行して降りるとき、乗り込もうとした人とお見合いとなりなかなか降りられなかったが、それ以外に問題はなかった。


「病室はこっちだよ」

「いや、デイルームを見てこようかと」

「いきなりデイルームに用はないと思うよ」


 平坦な声だが、少し呆れているのが五木にはわかった。


「ちょっと待って、心の準備が」


 どうしても風名を意識してしまう。片思いだと思っていたのが、五木の記憶喪失のせいで奇妙な両片思いになっていた。ゴールデンウィークから三か月以上がたって風名の気持ちがどうなっているのかはわからないが。

 

「行くよ。ほら。深呼吸して」

 

 剣に言われるまま深呼吸する。少し気持ちが落ち着いたような気がした。

 

「さんきゅ」

「ん」

 

 剣はある方向を指さす。病室があるのだろう。早く行けとばかりにこちらを見る。

 

「そういや剣、一人法師って知ってるか?」

「うん」

「さっき会ったんだ」

「へえ来てたんだあの生臭」


 どんな人物なのか知っているらしい。


「お坊さんの格好をしているけどね、ただの強いおっさんだよ。むしろあれほどの俗物もいないくらい」


 ひどい言われようだった。確かにそんな印象は受けたが、それは共通認識で合っているらしい。


「でも強いよ」

「まあ、それはなんとなく」


 とは言ったものの、会った印象だとそうは見えなかった。そのようなオーラというか雰囲気を一人法師はまったくといっていいほどに纏っていなかった。


「ほら、病室の前にで立ち話なんて邪魔になるよ」


 いつしか病室の前に着いていたらしい。プレートには「嵐呼風名」と記されている。個室らしい。


 ノックを三度、剣が扉を叩く。


「はい、どうぞ」


 と風名の声が室内から聞こえる。


「元気そうだな。これ、僕と剣から」


 開口一番、剣から受け取ったお見舞いの品を五木は示すと、テレビ台の開いている部分に置いた。さりげなく自分からのお見舞いも含まれていることを伝える。買ったのも用意したのも剣だ。

 

「お見舞いありがとう。えっと五行君に、刀刃君」


 その改まった様子に五木はなんの冗談を企んでいるのかと疑心暗鬼になる。


 本を読んでいたらしい。視線を五木たちの方へ向けると、明るい笑顔で風名は言った。どうも機嫌がいいらしかった。機嫌が良すぎて、気持ち悪いくらいだと五木は思った。まるで赤の他人に接するような。

 

 剣はというと、何かに気が付いたのか黙っている。それに気が付く五木ではない。

 

「なあ、か――」

「いけない、忘れてました」

 

 五木は今の風名の様子について何か聞こうとしたが、風名は遮り、続けて言った。

 

「改めて初めまして、二人とも。嵐呼風名です。これからよろしくね」

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