色戦争、その後
第55話 8月27日-1 一人法師
八月二十四日の夕方から、何日間にわたって大雨が降るという予報は全く当たることなく、その三日後たる本日も快晴だった。暑さはあるものの気持ちのいい天気で、歩くのも苦とならない。
S,N,O,W,での戦闘から三日後、あの日の翌日には目を覚ましたらしい嵐呼風名のお見舞いをするため、五木は。なぜ三日も過ぎたのかというと、すべてを思い出した現在、風名に会うのが気恥ずかしかったのが大きい。
あの戦争は結局誰も死ぬことなく終わった。いや、悪魔は多数死んでしまった。人間と何ら変わりはない。召喚士がそのようなことを言っていたことを五木は思い出した。
召喚士の消息は不明。青騎士こと本殿橋獅子は騎士団を抜け、他の三名の騎士は八月末まで滞在するとのことだった。休暇を取るような口ぶりで白騎士は言ったが、帰るまでの間は召喚士を探すのだろう。五木はそう推測した。
榊橋鳥居もとい株式会社アヤタイにはしっかり報酬が支払われたようだった。マルコシアスはもちろん、ちゃっかりセーレの分も請求したと五木は聞いている。確かに最後は鳥居が五木を
剣は東京の動物園に飛ばされたらしい。パンダのいるところに降ろされ、園の職員から事情聴取を受けたと言っていた。アスモデウスと死闘を演じている最中、動物園を廻ったようだった。もっとも剣の言うことなので五木は半信半疑だ。確かに遠距離を一気に移動できるすべを持たない剣ならあるいは、というのもある。職員の追及をどうかわしたかは今度詳しく尋ねるとしよう。
「おおっと、お前さんがあの五行五木かい。
いい加減食傷気味だった謎の二つ名が増えたことよりも、そう話しかけてきた男の方が五木は気になった。
話しかけてきた男は黒い僧衣を身にまとっているが、剃髪はしていない。坊主頭というわけでもなく、短く切り揃えられている。上背は高い、おそらく百九十センチメートルはあるだろう。その体格は痩せても太ってもいない。
この男を奇異たらしめているのその容貌だけではなかった。実物を恐らく見たことがある人の少ないであろう
「その呼ばれ方は知りませんが、僕が五行五木です」
五木は歩を進める。今日のお見舞いは病院で剣と待ち合わせだ。遅れたところで文句を言う人物ではないが、遅刻は避けたいのが通常の心理だろう。足は止めない。
「そんな怪しいもんを見る目をするなって、俺は
変なあだ名が増えたことを不満に思っていた顔がそう見えたのか。聞くまでもなく男は名乗った。
一人法師。本名不明。何をどうこうしての顛末は知らないが、四勢力をたった一人で五勢力にした男。その名の通りたった一人で。
恐らく世界最強の人間。
「……その一人法師さんがどうしてこんなところに?」
単純な疑問を口にする。S.N.O.W.での事件となにか関係があるのだろうか。一人法師はその前の
「いやさ、召喚士出現の予知夢の話を聞いたんで俺も助太刀にと。でも遅かったみたいだけどな」
間に合ってくれればあんな思いはしなかったのに、という言葉を五木は飲み込んだ。そんなことを言っても無意味で、死者を出さずに予知夢を覆すことはできたのだから責める理由はない。
風名のことは私的な感情だ。五木はそう断じた。
「町には被害がない。でもお前の顔は暗いな。何かあったのか?」
一人法師先ほどまでとは打って変わって神妙な面持ちで静かに尋ねた。その顔は確かに僧侶然としている。
「幸運にも誰も死んでいません。僕はただ友達を守れなかっただけです」
友達、五木はそう言った。
「友達、友達か。生憎俺には友達はいないが、いたときはあった。誰かが傷つくのは辛い。それはわかるつもりだ」
破戒僧じみているが、一僧侶のような言動だった。
「まあそいつは俺が潰したんだが」
前言撤回、この僧侶、僧侶ではない。
「それで、僕に何かご用が?」
このままでは、一人法師とともに病院へ行ってしまうことになると思った五木は会話を進めることにした。
「用ってほどのものはない。ただその顔が見てみたかったってだけさ。それにあの光の出どころも見ておきたかったんだ」
快活にそう言って笑った。あの光、ゴールデンウィーク最終日に天まで昇った五色の光のことだろう。五木は何となくそう思った。
「風使いのねーちゃんは残念だったな」
耳が早い。少なくとも五木はSNOWの戦闘において友人がけがを負ったとしか言っていない。
「あなたは」
「刀刃の末裔にも顔出したかったが、俺は次に行かなきゃならねえ。邪魔したな。五行五木君」
一人法師はそう言うと駆けだし角を折れていった。「またな!」という声だけが聞こえた。追いかけるつもりはなかった。一人法師が曲がっていった角に差し掛かった時にはもうその姿は消えていた。
病院にまでついてくる気はなかったらしい。彼が消えたのは病院の番地の手前の角だった。
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