第54話 色戦争-6 終戦
悪魔がいなくなった山野には風が葉を
全身顕現が消えると同時に五木は倒れ込んでいた。今まで動けていたのが不思議なくらい体に力が入らない。このまま目を閉じて眠りに落ちたい。そう思ったが、大切なことを思い出す。
嵐呼風名。アスモデウスの攻撃によって飛ばされた彼女は――。体は動いた。どこかが軋んだような気がするが、風名が飛ばされた方へと、五木は動く。
風名には黒騎士が寄り添っていた。手をかざしている。草を少し濡らした液体は乾いてすでに暗い色になっていた。出血は多くないように見える。それでも風名の目は閉じられていた。
「大丈夫。命に別状はないから」
五木が訊く前に黒騎士は言った。その言葉に安心する。
「ひとまず救急車を呼んだわ」
「容態は?」
「さっき少し意識が戻ったけれど――」
落雷の音がした。新たな悪魔が召喚されたのかと思い、二人は身構えてその方向を見やる。
「えっと、状況は?」
「悪魔はいない、召喚士も。怪我人二名、一人は大丈夫、もう一人は怪しい」
鳥居の問いに黒騎士は淡々と答えた。怪しいのは風名の方だろうことは五木にもわかる。
「……二人とも骨折しているな。闇雲に運ぶのはよくないが、下の道路までは運ぼう。力は出せるな?」
そう言った鳥居は五木の方へ眼を向ける。
「……少しならなんとか」
「落としては事だからな。あとあまり揺らさないようにしっかりと支えろ」
五獣、
殺生を嫌う麒麟は。地面を歩かない。これなら滑ることも、
持ち上げた風名の体は軽かった。眠っているような表情。それでも運び終えるまで目を開けることはなかった。
赤騎士を担ぐ鳥居が先行した。腕を妖化させているからだろうか、軽々と運んでいる。
「すみません。私としたことが、ここまで戻ってくるのに時間がかかりました」
運び終えて少ししてから、白騎士が戻ってきた。最初に会った日に消えた時のように、光を伴っている。その光は悪魔が消えた時のそれに似ていることに五木は気が付いた。
「ああ、この光はエネルギー、または魔力・妖力というものです」
五木が尋ねると白騎士はそう言った。つまりは魔法の一種なのだろうか。
「召喚士は取り逃がしましたが、死者は一人も出ませんでしたね。我々にとっては残念な結末でしたが、不可解部にとってはこれで解決、でしょうか?」
白騎士はそこまで残念さを感じていない調子で言った。確かに騎士団にとっては任務失敗ということになる。五木はそのことに気が付き、申し訳ない気持ちになった。
「気に病むことはありません。召喚士は戦場に全く姿を現しませんでした。不可解部の参戦の有無に関わらず逃げおおせたでしょう。逆にこれほどの悪魔を召喚されては、我々も無事では済まなかったでしょう」
ありがとうございました、白騎士は深く頭を下げた。
「いえ、僕のわがままでした。誰も死なせたくないだなんて」
風名と赤騎士を見ながら五木は言った。自分の勝手な望みが、仲間を傷付けたと思っている。召喚士を殺す選択肢をしていればあるいは――。
「あなたが一人で殺せるような召喚士ならば、我々も取り逃がしませんよ。セーレとアスモデウス、他にも悪魔を殺すことができました。咎められることはありません」
サイレンの音が近付いてきた。二台の救急車。
降りてきた救急隊は何も言わず、作業に従事している。
「彼らは事情を知っているので大騒ぎしませんからね。……赤騎士には私、風名嬢には五木君が付き添います。黒騎士と鳥居君はお帰りください。あ、報酬の話は改めて」
騎士団が手をまわしていたらしい。何も聞かれることなく二人は運び込まれていく。同時に、何か言いたげだった鳥居に白騎士はそっと釘を刺した。それで黙ったのだからお金をするつもりだったのだろう。
「この国の人間であることはわかりました。それはそれで手を打ちます」
白騎士は意味深な笑みを浮かべ赤騎士が担ぎ込まれた救急車へ乗り込んだ。救急車は音を立てて扉を閉めるとサイレンを鳴らし、走り出した。
「ほら、行きなさいな」
黒騎士は五木を促した。もう一台の救急車にはすでに風名が運ばれている。
「ああ。……っと。ありがとうな。最後、君が力を貸してくれてよかった」
「お礼を言われるようなことじゃないけれど、まあ受け取っておくわ」
「同じ町にいるからには、また会うだろう。またな。あと妖怪退治のご相談は株式会社アヤタイまで――」
「はいはい高校生相手に営業しないの」
鳥居と黒騎士のやりとりに五木は思わず笑ってしまう。
「はい、鳥居さんもお元気で」
救急車に乗り込みながら言葉を交わした。そういえば剣は、獅子はどうなっただろう。ドアが閉められる音で我に返る。
安否は不明だが不思議と無事だろうという予感はある。
黒騎士と鳥居を残し救急車は走り出した。
揺れる救急車の中で五木はそっと、意識のない風名の手を包み込みように握った。
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