第51話 色戦争-4 山の中

 見渡す限り木々だった。風名は鬱蒼うっそうとした森林に囲まれていた。セーレに転移させられたこの場所がどこか、まったく見当がつかない。


 先に飛ばされた三人は近くにいないようだった。彼らも心配だったが、ドラゴンブレスを防いでいた五木が気にかかる。あの場に残ったのは五木と黒騎士、戦闘不能の赤騎士だった。アスモデウスとセーレ相手に勝てるのだろうか。一刻も早くあの戦場へ戻らなければならない。風名は気持ちばかりがいていくのを感じた。


 どちらに進めばいいのか全く分からない。手近な木に登ることを考える。魔法のアシストがあれば簡単だ。風魔法で飛行というほどの動きはできないが、浮遊はできる。万が一落下したとしても怪我の心配はない。


 十五メートルくらいはあるだろうか。半ばまで昇り、下を見るとさすがに少し怖い。下を見るのはよそう。降りるときは魔法でゆっくり降りればいい。


 木の天辺てっぺんに辿り着き、目に映ったのは住宅街だった。反対側を見ると山頂がある。あまり高い山ではないように風名は感じた。下の住宅街より、山頂の方が近い。


 一つ思いつく。住宅街が見える位置だ。位置情報がわかるかもしれない。電波基地が届く範囲にあればいいが。


「頼むよ」

 

 一言。スマホを取り出し、地図アプリを起動する。青い丸いアイコンが地図の緑の部分の真ん中に表示されていた。近くに道はないらしい。


 ズームアウトする。果たして今いる位置は――S.N.O.W.がある山だった。現在地はそのちょうど反対側。


「近くてよかった。待っててね、五木」


 一人そう言い、木から降りる。


 木から降りると小休止も兼ね、先に飛ばされた剣へとメッセージを送った。


(無事? どこに飛ばされたかわかる?)


 送信、既読は付かない。すぐに返事が来るわけないことは予想ができた。


 風名は山の反対側のS.N.O.W.を目指し走り始めた。


 ◇


 先行する風の刃が腰くらいの高さの植物を切り倒していく。魔法のアシストを受け風名は山頂を目指し走っていた。


 そのままの道を行くのは少し気持ち悪い。虫の類は苦手だった。風の刃で伐採しながら進む。背面からならアスモデウスの不意を突くこともできるだろう。ただ、この移動方法では魔力の消耗も激しい。


 首にかけたペンダントのチャームに触れる。縦長の楕円形のロケット。中にはワンカラット程度のエメラルドが収まっている。それは、嵐呼家の家宝だ。


 二十日、家に帰った際、母が貸してくれた。「何かあったらいけないから」と母は言っていたからお守り以上の使い方をしても許されるということだろう。

 

 ただのペンダントではない。嵐呼家代々の固有魔法が内包されている。無論ノーリスクで使用できるわけではないが。


 当然、魔力は消費する。その上、オリジナルの術者と比べると、各々が劣ったものになってしまう。魔力を貯めておける宝石の特性を利用すればその魔力で魔法を使用することができる。


 立ち止まる。位置の確認だ。


 スマホを手に取ると通知が届いている。剣からだ。


(返事が遅くなってごめんね。僕は東京、しかも動物園に飛ばされてね。パンダがいる檻にいていまやっと園の人からの事情聴取が終わったよ)


 時間はおよそ二分前。なかなかに大変な目に遭っているらしかったが、無事のようだ。


(こっちはS.N.O.W.のある山に飛ばされた。戻るつもり)


 風名は自身の無事を知らせ、地図アプリを起動し、現在の位置を確認する。もう少しで山頂だ。


 再び剣からメッセージが届いた。


(気を付けて、僕が戻るころには終わっていそうだから、動物園でも見てから帰るよ)


 随分と呑気だなと、風名は思った。じたばたしてもどうしようもない状況にあきらめを示しているだけではなく、残された五木を信頼しているという心理の表れだろう。


(写真、期待してる。あとおみやげもね)


 それだけ返事をすると画面を消灯させた。


 ここまで来たのと同じ移動方法では気付かれてしまう。そろそろ気配を殺しながら進まねばならない。


 早く行きたいという焦燥に駆られる。それでも確かな一撃を与えるため、ゆっくりと進まねば。風名は道なき道をゆっくりと進み始めた。

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