第50話 色戦争-3 忘れえぬ誓い

 ゼパル、アミー、フラウロス、モラクス、レラジェ、アンドラス、ブエル、マルコシアス。既に八人の悪魔が犠牲になった。先日のカイムも入れると九人。初めて悪魔を殺されたどころかこの数を失ってしまった。色の騎士団コロル・エクエスと関わってしまうとこうなるらしい。


 悪魔が死ねば死ぬほどに、召喚士の体力は戻っていった。ここまで体が自由に動くことを忘れていた。セーレに場を掻き回してもらい、時間を稼ごう。まだ間に合う。アスモデウスに並ぶ悪魔を――。


(主殿、恐れながら意見具申します)


 召喚士の思考を切ったのは、いつになく真面目な様子で語り掛けてきたアスモデウスだった。


(何? 急いで準備しないと、間に合わなくなる)

(その必要はありません。エネルギー……魔力が回復しているでしょう?)

(ああ、だからこうして強い悪魔を呼ぼうとしている)


 触媒たる体の一部はすでに譲り受けている。あとは陣を描き、血を垂らし、名前を呼べばよい。


(逃げるのです)

(は?)

(逃げてと申しました)

(それはわかっている)


 アスモデウスがこんなことを言う意味が分からなかった。二人目の王をべば戦局は変わる。逃げる理由などない。


(あなたは回復している。エネルギー切れの前に行き延びる手段を探してください)

(今更そんなこと……私はもう人を傷付けた)

(その通りです。ですがまだ、。あなたは人を殺したくない。そう言いました。まだ元の道へ戻ることができます)


 人を殺そうとした。でもまだ一人も殺していない。まだ引き返せるのだろうか。


(……でもやられたみんなは)

(あなたがいなければ存在を保てない存在です。たとえ人間を食べることを抑制されていたとしてもあなたを恨む者はいません)

(……私はあとどれくらい持つと思う?)

(セーレと私が死に、かつ悪魔の力を使わねば五年)


 召喚士は考えた。五年生き永らえたところで、助かるのだろうか。


(指輪……)

(指輪? 生憎してないが)

(指輪を探してください。かの王はそれで――)


 アスモデウスは黙った。召喚士も感じた。セーレが死にかけている。余裕のできた魔力をセーレへ送る。大半は拒否された。その右腕だけを回復させたらしい。剣さえ握ることができればいいと考えているのか。


(見えていないでしょうが、セーレはすでに四人、どこかへ送っています。かなりの時間が稼げそうです)

(でも、それではお前も)

(いいのです。また蘇らせてください)


 召喚士はまだ迷っていた。彼らを見捨てることが許されるだろうか。


(あなたの本心、それに従ってください)

(私は、生きたい)

(それで充分です)


 アスモデウスのその声には笑っているような色が感じられた。


(でも、私だけで生きていたいわけではない。お前たちと――)

(だから言っています。また蘇らせてくださいと。我々の死は消滅ではありません。それにまだ六十以上の仲間がいるでしょう)

 

 そんなことを言われてもアスモデウスはアスモデウス。マルコシアスはマルコシアスだ。何人いてもみんな違う。誰かがいなくなるのは嫌だ。


(あとは私だけです。いいですか? ソロモンの指輪を探してください)

(……またね。アスモデウス)

(ええ、では最後の絶頂を味わいに)


 それきりアスモデウスは何も言わなかった。戦闘の音が聞こえる。戦場に残っている敵方は誰だろう。考えている暇はない。この場から逃げ、再起を図ろう。


「主早く手を」


 急に現れたのはセーレだった。美しい天馬はおらず、すでにその体は揺らいでいる。


「ありがとう」


 召喚士がセーレの手を取った瞬間、裸電球がぶら下がる自身の部屋にいた。セーレの姿はもうない。確かに死んだ。


 脱力してベッドに倒れこむ。以前ほどの倦怠感はない。ただ単に疲れただけだろう。


 指環、その在処ありかに心当たりはない。他の王ならば何か知っているのかもしれない。命令以外には答えないというスタンスの悪魔も多数いる。質問の仕方に気を付けなければ知りたいことを教えてくれない連中だ。

 

 ゆっくりと目を閉じる。交わしたいつ果たされるかわからない誓い。それを確かに胸に刻んだ。

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