第49話 色戦争-3 天馬の美男子
各所で展開していた戦闘はすべて悪魔の消滅という結果で終わり、戦況はすでに決しつつあった。不可解部・
倒した悪魔は八体。これで召喚士がどれだけ生き永らえることができるのかは誰にもわからない。何もせず騎士団に捕らえられるよりは、延命しただろう。
悪魔を呼び出す気配はない。このまま一気にアスモデウスを狙う。戦闘可能である前衛三名、五木、剣、青騎士は走り出す。白騎士は風名と黒騎士がいる後方へ合流し、弓を構えている。
羽ばたく音が聞こえた。
「セーレ、頼むぞ!」
アスモデウスが叫んだ。途端に現れたのは。天馬に乗った美しい青年だった。全員が動きを止め、セーレを警戒する。
「お任せを」
短く言った青年――セーレの姿が消える。
「セーレは瞬間移動ができるの! 触れられたらどこに飛ばされるかわからないから避けて!」
悪魔セーレ。序列七十番の君主。瞬間移動の使い手。
消えたわけではなかった。その姿を捉える。青騎士の後ろ。天馬を傾け、セーレは青騎士の肩に触れると、ともに姿を消した。一瞬のち、セーレは再び姿を現す。青騎士はどこかへ飛ばされたらしい。
白騎士が矢を放つ。セーレは天馬を駆り避ける。それだけでは足りない。光の矢は追尾する。セーレは避けても動きを止めていなかった。矢に追われながらも逃げている。やがて矢がセーレを貫こうとする一瞬前、嘲笑うかのように姿を消した。
同時に白騎士は黒騎士と風名を突き飛ばす。
「なんとか五木君を――」
風名と黒騎士は無事だったものの、触れられた白騎士は消えた。再び現れるセーレ。
すでに二人、どこかに飛ばされた。
ただでさえ速度のある天馬に乗っている。そこに加わる瞬間移動。どう対応すればいいか五木にはわからなかった。
「とりあえず動き続けて!」
黒騎士の声に残った不可解部三人は反応し、駆け出す。
「赤騎士はどうすればいいかな?」
「とりあえずそのままでいい。自分の能力で止血してるから」
木の幹に体をもたれさせた赤騎士は放っておくしかないらしい。敵意のない相手に残虐な行為を及ぼす相手ではないことを祈るしかない。
再び現れるセーレ、天馬を駆る速度には勝てない。かといって武器を構え迎撃しようとすると消えてしまう。
「こいつの対処は!」
「待ち伏せて叩くしかないけど、早すぎるわ。とりあえず五木君はアスモデウスに警戒しつつ逃げて。風名と剣君は五木君のサポート!」
消えた白騎士に代わり、黒騎士は指示を飛ばす。不可解部・騎士団側に有利だった戦局は一気に混乱に陥った。ここで召喚士に新たな悪魔でも召喚されればひとたまりもない。
「くっ、なかなか逃げやがる」
ばらばらに逃げる四人にセーレは苦戦している様子だった。それでもこの状況を続けられるといつかは捕まってしまう。
「五木、来るよ」
剣の声に反応し、五木はアスモデウスを見た。その龍の口から光が漏れている。その方向は五木のいる方だ。その光線が到達するであろう自分の後ろを五木は見る。街の中心部。その狙いは一発目のブレスから変わっていない。
玄武の盾を構える。立ち止まってしまうことになるが仕方がない。迫りくるエネルギーの帯が上空へ逸れるように盾を傾ける。三度目となれば慣れたものだった。
立ち止まったのを見過ごすセーレではなかった。すぐに五木を狙う。ドラゴンブレスを防いでいる今、セーレに対して何もすることができない。
迫るセーレと五木の間に二人、剣と風名が立ち塞がる。
「風名は上方向に注意して、まずは僕が迎え撃つ」
「わかった。五木は守るから」
今は二人に背中を託し、ブレスが止まるのを待つしか五木にはできない。
剣は迫りくるセーレに真っ向から向かっていく。セーレが消えると同時に、激しく右足を踏み込み。左へ飛び刀を振りかぶる。読みが当たったらしく、セーレがその刀の軌道上に現れる。
セーレはその顔を驚きの色を浮かべたものの、すぐ対応に出た。左手で剣の刀を掴みにかかる。触れれば瞬間移動させられる。多少の傷は
セーレの左手は前腕の半ばほどから失われ、
残った風名は複数の風の刃を纏わせた小型警棒を構える。セーレはそれすらも迷わず掴みにいった。
風名が消えた瞬間にドラゴンブレスが止まる。これでしばらくは大丈夫だろう。セーレは再び目の前に現れた。
その右手は風の刃に繰り返し斬られたらしく、ボロボロになっていた。もはや手は使えない。触れるの範囲がセーレのどの部分かわからない以上手がなくても油断はできない。
セーレの右腕に光の粒が集まり、その腕を元に戻した。一本の剣が握られている。
天馬から跳び、地上に降り立つ。端正な顔の剣士は五木を見据える。
「我は序列七十の君主セーレ。貴様は」
「五行、五木だ。一つ聞いていいか?」
「答えよう」
「移動させた四人は無事か?」
「今は、な。案外近くにしか飛ばしていない。これでいいか?」
敵の口からだが無事と聞いて安心した。次のドラゴンブレスまでにセーレとアスモデウスを何とかしなければならない。
互いに構える。五木は柳葉刀。セーレは剣。山上のアスモデウスは御前試合を見物する王のように動かない。
「黒騎士、アスモデウスに警戒してくれ。こいつは僕が引き受ける」
「わかった。準備だけはしておくから」
セーレの姿が消える。同時に五木は前方へ走った。背後に風を感じる。振り返るとセーレが剣を振った後だった。
すぐに向き直るもその姿はない。瞬間移動かと思わせられる速度を誇っていた剣ともう少し訓練しておけばよかったと後悔した。何度手合わせしても一撃で気絶させられそうだから意味はないかもしれないが。
左側面に現れる。視界に入ったから対処はできた。辛うじて柳葉刀で受ける。セーレはまた姿を消す。剣での接触は、触れた内に入らないらしい。セーレの一撃は重くなかった。右腕一本では五木に分がある。
それを補うに余りあるのが瞬間移動だ。いくつかのパターンで現れるがワンパターンではない。
全身武装――玄武。五獣の力で最も防御に優れた玄武の力を全身に顕す。少し緑が混じったような黒色で全身を覆うそれは、五木の元の体格がわからなくなるくらい重厚なものだった。
腕にのみ顕していた時に着いていたラウンドシールドは様々な大きさで肩や膝部分にも取り付けられていた。背面にはワニガメのような攻撃的なフォルムの甲羅の様な鎧。防御において隙のない様相だった。
動きは極端に制限されるがそれは問題ではなかった。最硬の防御だけではない。
セーレの剣が鎧を叩く、ほぼ同時に甲羅の表面から飛び出す一頭の蛇。その牙はセーレの右腕に牙を突き立てる。
「くっ」
セーレは短く声を上げる。牙での接触では瞬間移動をさせられないらしい。やはり手で触れる必要があるのだろう。
五木は武装を解除し、右腕に白虎の鎧を顕した。
抜き手の形にすると、セーレの腹部を狙い、貫き、引き抜いた。
剣を落としたセーレの手が伸びてきた。まさかまだ――。
「勝負は、私の、負けだ。それでも、お前を、連れて」
避けられない。五木がそう思った時、間に立つ男が一人。
「誰もが俺を忘れていただろう?」
榊橋鳥居。空から帰還した彼の妖化は右腕のみだった。
鳥居は放電した右腕をセーレの手と合わせるとそのまま消え、両者は戻ってこなかった。残されていた天馬は光となって消えていった。
残る悪魔はアスモデウス一体。その顔には余裕のある笑みが浮かんでいるように見えた。
対してこちらは二人になってしまった。飛ばされた仲間のことも気になるが、今は無事を信じる他ない。
「まだやれる?」
「やってみる」
黒騎士の問いに五木はそれだけ応えた。ブレスの防衛手段は残っている。あとはこの悪魔を倒すだけだ。
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