第48話 色戦争-2 炎の豹・石の牛・緑の狩人

 フラウロスの発した炎は当初円型だったが、野を燃え上がらせ、不規則な範囲を火に包んでいた。それはさながら結界のように五木と獅子を閉じ込め、釘付けにした。


「獅子さん! そっちからは?」

「近付けないのな」


 妖化の鎧はすぐ炎の熱に侵されることはない。それでも炎を突っ切るのは難しい。フラウロス討伐に向かった五木と獅子は分断されていた。赤騎士はすでにゼパルと呼ばれていた悪魔と交戦し、もう少しで剣が合流するだろう。下の方では風名と黒騎士が、消火と分身からの防御に当たっている。


「ヒャーァ! これで時間が稼げる!」


 豹の姿の悪魔――フラウロスは独特の掛け声を伴わせ言った。五木たちは身の丈に倍はあるだろう炎で分断されてしまっている。これではアスモデウスを狙うどころか、剣と赤騎士の戦闘へも加わることができない。もちろん、炎の中心であるフラウロスには特に近づくのは難しい。


 だが、五木には通じない。朱雀を用いた飛行能力。それは炎の壁を容易く超える。超えずとも、五行の火を司る朱雀なら問題はないが完全な耐性を得るには全身に朱雀を顕現させる必要があり、エネルギーの消費が激しい。


 フラウロスとの戦闘よりも先に獅子との合流を五木は選択した。眼下ではマルコシアスの分身体が、炎に構うことなく動き回っている。


「獅子さん」

「来られたのな。ブレスはまだらしいのな」


 アスモデウスは動いていなかった。どれくらいで次が放たれるのか、全く予測ができない。


「飛びます!」

「わかったのなぁぁぁぁ――」


 獅子を掴み、舞い上がる。一人を抱えていても朱雀の羽の飛行能力に問題はない。五獣の力をまとうことによって強化された肉体は人一人をつかみ続けることのできる力も有していた。そのままフラウロスを目指す。五木の飛行速度は翼の生えた狼より速い。

 

 風を切る音とともに突如飛翔した矢に気を取られる。白騎士の光の矢、ではない。得体のしれない攻撃を、全身を防御しているからといって、受けるのは得策ではない。回避のための急な方向転換。その遠心力で五木は獅子を取り落とした。獅子は落下しても平気だとでも言うように親指を立てて落下していった。


 獅子の落下地点に見えるのは灰色の石像だった。その形はギリシャ神話のミノタウロスのような人体牛頭。高さは獅子の倍程度に見える。その手には身の丈ほどの長さの戦斧が握られている。色からしてこちらも石でできているようだった。


「白騎士、こいつはなんなのな!」

「モラクスです。石です」


 モラクス。序列二十一番目の伯爵にして総帥。天文学や宝石についての知識を与えるとされる。


 獅子の問いに白騎士はそれだけ答えたのを五木は聞いた。今は戦場を混乱させているフラウロスを狙う。


 再び五木を狙い、飛んできた矢を光の矢が撃ち落とす。それ以上に光の矢は多かった。一射あたりの時間の短さ、光を分裂させることによる一射最大三矢を放つ白騎士の力に勝てる弓使いはそういない。


「おそらく悪魔レラジュです! すぐ倒すようにしますが、矢に気を付けてください。当たると腐ります」


 悪魔レラジェ。緑衣の狩人と伝えられる序列十四番の大侯爵。弓を使う悪魔。


 白騎士はその矢の処理にかからねばならない。自然とマルコシアスの分身体が入り乱れる状況になってしまった。


 白騎士よりも後方にいる風名と黒騎士が気にかかる。まずはフラウロスを何とかしなくてはならない。その上でドラゴンブレスをいつ放つかわからないアスモデウス、時折飛び掛かってくる分身体へ注意を向けなければならない。後衛の二人なら自己防衛できると信じる他なかった。


 五木はフラウロスの目の前に着地し、翼を畳む。


「ヒャーア、勝負、勝負」

「さっさと消えてもらう」


 フラウロス、その姿は俊敏な豹そのものだ。山林での翻弄する動きがこの野山ではできない。炎の陣を抜けられた今は真っ向から戦う以外の道はない。


 朱雀の胴鎧はそのままに、五木は左腕に玄武の盾の付いた籠手を顕す。速いのなら接近させて叩けばいい。


 フラウロスは早速接近してきた。爪をこちらに突き立てんと右前足を振りかぶっている。玄武の盾で受ける。どれほどの爪かわからないが問題なく防ぐことができる。五木が攻撃を加えようとすると、すぐに離れていった。


 マルコシアスの分身体ほど弱くはないが。動きは似ている。翼がない分、わかりやすい。ゴールデンウィークの白虎に比べれば速いだけで弱すぎる。盾にぶつかる衝撃も軽い。それでも、一番恐ろしいのはその発火能力だった。


 こちらから近づこうとすると、炎の壁を瞬時に築き、接近を阻まれる。フラウロスは炎から一方的に飛び掛かってくるのが繰り返される。


 アスモデウスに注意を向けながらではこの攻防もきつい。時折乱入してくる分身体も弱いが厄介だった。


「五木君!」


 白騎士の呼びかけ。五木は応じアスモデウスの姿を視界に入れる。その騎乗する龍が顔を向ける方向へ急がねばならない。


 光の矢が豹の悪魔を阻んだ。その隙に飛翔する。ドラゴンブレスは、再度同じ方向を狙っていた。逸美原の中央、最も人が多いところだ。龍の口から光が零れる。


 果たして五木は間に合った。ブレスを空中で受ける。圧倒的なエネルギーの奔流に押し流されそうになるのを朱雀の羽の推進力で押しとどめる。


 みるみるうちに盾が熱を帯びていく。地上からフラウロスが飛び掛かろうとしているのを視界の端に捉えた。ブレスの掃射時間は先ほどから考えるに、まだ半分も過ぎていない。妨害されては街に被害が出てしまう。


 フラウロスが脚を曲げる。五木を狙っているらしく、飛び掛かる姿勢。


 豹の爪は五木を傷つけることはなかった。車がぶつかったような音を立て、豹の体は宙を舞う。獅子の殴打だ。そしてそのまま光となって炎ともども消えていった。


「間に合ったのな。そのまま防いでて大丈夫なのな」


 獅子が駆け付けフラウロスを消滅させた。おかげで五木はブレスの防御に徹する。十秒弱、ブレスが止まる。二発目の被害もなかった。


「獅子さん、えっと、モラクスは?」

「殴ったらすぐに砕けたのな」


 ここに来た時間を考えると冗談ではないらしい、ほとんど一撃で倒したようだ。心強い味方がいて助かったと五木は思った。フラウロスに邪魔をされていたらどうなっていたかを考えたくはない。


「レラジェというのは白騎士が撃った。赤騎士は戦闘不能だが、刀刃のが二体斬った」


 聞き終えると、マルコシアスの分身体も消えていった。


「やりましたね。鳥居君」


 白騎士の言うように、上空の鳥居がマルコシアスの本体を倒したのだろう。S.N.O.W.に残る悪魔は、アスモデウス一体のみとなった。これで予知夢を覆すまであと一歩。五木はアスモデウスをまっすぐに見据えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る