第47話 色戦争-2 皆殺しの狂鳥・車輪の獅子

 前方では二か所に分かれ戦場が展開されていた。風名と黒騎士がいる後方と主戦場、そのちょうど中心にいる白騎士は絶えず矢を放っている。


 ドラゴンブレスで雲は散り、快晴となっているが、時折雷鳴が地上までとどろいていた。


 炎が上がったのは五木と青騎士がいた方だったろうか。黒騎士が言っていたゼパルかフラウロスの能力だろう。


「ほかにも色々いるわね」

「一通り目は通したけどどれが何だか……」

「気を付けてね。白騎士が撃ち落としているけど矢を撃ってくる悪魔もいるから」

「わかった。……火の手がこっちに回ってきたら消さなきゃ」


 炎は草を舐めるように少しずつ山を下りている。どこまで燃え広がるか予想はできない。

 

 五木が青騎士と空を飛んでいるのが目に入る。剣は真っ赤な装束の悪魔と相対していた。赤騎士は槍を持つ悪魔に応戦している。まだ比較的まともな姿形の悪魔たちだった。それでもこの炎と矢、そして翼の生えた狼が飛び回る光景は地獄のようだった。


 後衛に迫りくるのは炎ばかりではなかった。狼も駆けてくる。前衛のそれぞれが、個々の悪魔に対応し始めたからだろう。獣を狩る手が疎かになっている。


「後ろのお二人! 申し訳ありませんが、自分の身は自分で守ってください」

「当然! いいから早くレラジュを」


 黒騎士の言ったレラジュという悪魔が矢を放っているのだろう。狩人の姿をした悪魔という情報は以前読んだ。


「準備するから風名は狼を阻んで」

「はい!」


 風の刃を複数生成し、自身の周囲にとどまらせる。とりあえず弾数は三十。これでしばらくは凌げるはずだ。黒騎士は天秤を出した。


 固有魔法。本来は魔法使い一人一人に定められた魔法。重複はあれど持ち主にしか使うことができない個人の絶技。数千を超える種類のそれは、大半が無属性魔法に分類される。ただしすべての無属性魔法が固有魔法といわけではない。持っている個数は決まっていないが、大半の魔法使いは一つだ。それを簡単に、とはいえ相性もあるが、手に入れる方法がある。それは魔法道具を使うという方法。


 黒騎士の天秤はその一つで「天秤」、「真実」といった複数の固有魔法を備える破格の魔法道具。

 白騎士の弓には「光矢」、赤騎士の血には「操血」、獅子は持っていないが青騎士の帽子には「操獣」の固有魔法が宿っている。


 ちなみに風名はいまだ固有魔法に目覚めていない。


 黒騎士は、天秤の皿を二つ出していた。大の字になった人間がそのまま入りそうなくらいの大きさだ。それに水魔法で水を注いでいる。


 狼が迫りつつあった。六体。方向はすべて違う。風の刃をそれぞれ二つずつ放つ。ほかの魔法を展開していない今ならその制御に曇りはない。全ての標的を光の粒へ変える。残弾十八。


「黒騎士、まだ?」

「日本は湿度が高くて助かるわ」


 すでに皿は水に満たされている。それを浮き上がらせると白騎士いる位置まで移動させる。炎は白騎士に迫りつつあった。


「白騎士! 避けて!」

「はいはい」


 皿とすれ違うように白騎士は後退した。すぐに水がぶちまけられる。


「これでしばらくは炎も来ないでしょ。その前にフラウロスが倒れればいいけどね」

「あはは……」


 風名は笑うしかなかった。自分と対峙したとき、黒騎士は全く本気を出していなかった。偉そうな口をきいてしまったものだ。天秤の操作という固有魔法を消火に使うセンスも面白い。


「皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し」

「ねえ、転がる? 転がる?」


 悪魔がいた。いつの間に。ひたすら同じ言葉を繰り返す悪魔は黒い狼に跨っていた。


 シルエットは人間だが、天使のような羽、頭はフクロウ。右手には細剣を持っている。一方、無邪気な調子で話しかけてきた悪魔は人間の姿をしていない。ライオンの生首、その周囲に車輪がついた異形の姿をしていた。


「アンドラスにブエル」


 アンドラス。序列六十三番目の大侯爵。

 ブエル。序列十番目の大総裁。


「で、どんな奴なの?」

「アンドラスは見ての、というか喋ってる通り戦闘狂。狼を先に潰せば楽。ブエルは、見た目のまんま、ライオンの頭にタイヤがついてる」

「ちょっと雑じゃない? なんかこう、特殊能力的な」

「大丈夫、どっちも突っ込んでくるだけだから」


 先行してきたのは、狼に乗ったアンドラスだった。騎兵さながら細剣を高く掲げている。あとに続くのはブエルだった。生首の周りについている車輪で転がってくる。


 確かに直線的な動きだった。マルコシアスの分身体に比べると動きが単調で対応は簡単そうですらある。


 油断は禁物だ。展開した風の刃は残り十八。先日分身体は軽々と両断できたが、迫りくる二体の悪魔にこの攻撃が通るかわからない。


 先行してくるアンドラスへ向け、風の刃を全て放つ。一人で戦っているわけではない。黒騎士もいる。出し惜しみをすべきではない。


 風の刃はアンドラスの下の狼を容易く切り裂く。アンドラスは直前に羽を広げ上空へと逃れた。


 転がってくるブエルと風名の間に天秤の皿が落とされる。水を流してからここまで戻ってきたらしい。


 衝突音が響いて、ブエルが天秤に衝突したことが分かった。こちらから見る限り凹んではいない。天秤はそのまま倒れるとブエルを下敷きにした。


 アンドラスが自身の飛行能力で突進してくるのが見える。風名は魔力を練った。自身の身の丈はあるだろう風の刃を生成し、待ち構える。


「皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し――」


 叫びながら迫りつつあったアンドラスは横から来た天秤に跳ね飛ばされた。


 ブエルを押しつぶしていた天秤が動く。アンドラスとブエルは天秤の一撃で倒れなかったらしい。その短い隙で風名には十分だった。手元で生成した気流の流れをまとめ回転させる。


 アンダースロー。地面を撫でさせるように投げた風は瞬く間に砂や石、草を巻き上げ二メートルほどの竜巻へと変わった。


 真正面から転がってくるブエルを巻き上げる。砂や石が当たったのだろう、多数の傷が見て取れる。


 風名はそのまま竜巻を操作し、衝突から体勢を立て直しつつあったアンドラスを狙う。


 ブエルを巻き込んだ竜巻はアンドラスに砂と石を浴びせ、さらには巻き込んだ。そのまま維持し、細く細く空へと竜巻を伸ばす。


 二十メートルくらいまで昇ったところで散らせる。回転で方向感覚を失った悪魔二柱はそのまま落下し、地面に叩きつけられる。これでも死んでいないらしく、体は残っている。


 そこに有無を言わさず叩きつけられたのは天秤の皿。アンドラスとブエル、それぞれに一つずつ。隙間から光が散った。これで死んだらしい。


 風名は前の戦場を見た。炎は消え、分身も消えている。多数の悪魔が倒されたことは明白だった。山上にはただ一柱、アスモデウスが見下みおろしていた。

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